第81話『夏休みは何をしますか? 吹編』
「アカンな…金がない」
夏休みが始まったばかりだというのに、波川吹の財布の中身は金欠状態へと陥っていた。
「…流石に回しすぎてしもうた」
アルバイトをせずに親からの小遣いで生活をしてきたが、吹は数万円ほどスマホのゲームアプリに課金をしてしまい、食事代はおろか飲み物さえ拵えない境遇となってしまっていたのだ。
「バイトせぇへんとな」
スマホのアプリを使用して、真白町一帯で新規バイトを募集している店舗を探す。その結果、飲食店や喫茶店等の募集要項が一覧として表示されていたが
「飲食店はキツいから嫌やな」
飲食店等は時給が高い分、勤務としてキツイ店舗がほとんどを占めている。
身の丈に合わないと判断した波川吹は、考え方を変えて夏休みの間だけ稼げる短期のバイトを探そうと、条件付きで何度か検索をかけてみる。
「…どうも胡散臭い説明ばかりやな」
短期という検索条件で絞ると、"簡単バイト"と書かれていたり、"短時間で高時給"と書かれていたりと、どうも信用ならないものばかりしか出てこない。
波川吹はアプリで探すことを止めて、真白町の掲示板に良い短期バイトが書かれていないかを確認しようと、私服へと着替える。
「ほんまに暑すぎやろ…!」
熱を帯びたコンクリートと、上空からの陽射しに挟まれ、イライラしながら家から近い場所に立っている掲示板へと足を運ぶ。
「…短期、高時給、飲食店以外」
掲示板の元まで辿り着くと、汗を垂らしながら呪文のようにバイトの条件を呟きつつ、良いバイト先を一つずつ確認する。掲示板に張られているバイト募集の貼紙は、ネットのように大きく募集を掛けているわけではなく、真白町の中で絞られた地域にしか募集を掛けていないものばかりだ。
ネットを信用するよりも、このような貼紙の方が断然信用できる。
波川吹は貼紙を黙読しながらバイト先を探していると、その条件に合うものを一つだけ発見した。
「……家庭教師」
時給はそこそこ高く、夏休みの間だけという期間、それに加えて教え子は真白高等学校の高校一年生。吹自身も夏休みの間に以前の範囲の復習をしながら、お金を稼ぐことが出来る。これほど、とても美味しい話はなかった。
「早速電話や…!」
貼紙に書かれた電話番号を打ち込んで、一早く電話を掛ける。
すると、すぐに向こう側の母親らしき人物が受話器を取って「はい」と応答してきたため
「すいません、掲示板の貼紙に書かれた家庭教師に募集しようと、電話をかけさせてもらったのですが…」
普段の口調を抑えながら、謙虚気味にそう趣旨を伝えた。
『ああそうでしたか! それでは一度お話をさせて頂きたいので、今からこちらまで伺えるでしょうか?』
「はい! 住所を教えていただけますか?」
教えてもらった住所を電話を掛けながらスマートフォンへとメモをする。そして向こう側との話を終えると、相手が電話を切るのを待ってからスマートフォンをタップして電話を切る。
「ほな、行くか」
スマートフォンで住所を入力して、現在位置と目的地を確認しながら歩いて向かう。自宅からは然程遠くない場所にあるようで、ますますこのバイトを見逃すわけにはいかないと気合を入れていた。
「ここやな」
二階建てのどこにでもある一軒家。波川吹は表札に【白澤】と彫られているのを見て、こんな偶然もあるのかと玄関のインターホンを押した。
「はーい」
「すみません。家庭教師の件で先ほどお電話した者ですが…」
「あ、ちょっと待ってくださいー」
廊下を走る音が聴こえてくるとガチャと鍵が開き中から、扉の向こうから茶髪の母親が顔を見せた。
「こちらへどうぞー」
「すんません、お邪魔しますー」
玄関で靴を脱いで家へと上がると、涼しい冷房が波川吹のことを迎えてくれる。
快適さも抜群、これはこの夏場に最適のアルバイトだ。
「こちらへ座ってください」
「どうも、失礼します」
食卓として使われている木の椅子に腰を下ろすと、その母親は冷えた麦茶を吹の目の前に置いて、向かい側に座った。
「暑い中ご苦労だったでしょ?」
「いえいえ、お気になさらないでください」
波川吹は謙虚さを決して忘れることなく、その母親に愛想よく受け答えをする。
真白高等学校の面接練習の時に「第一印象がとても大事だ。無理してでも笑え」と中学校の先生に言われたことを思い出し、笑顔を常に心がけていた。
「それじゃあ…まずはお名前と職業を聞かせてくれる?」
「僕の名前は波川吹です。今は真白高等学校に通っていて、第二学年の二年一組で学業に励んでいる最中です」
「二年一組って優秀なクラスじゃない…! 凄いわねぇ!」
面接に来ているはずが何故か褒められてしまい、波川吹は少しだけ動揺をする。
そういう揺さぶりをかけているのかと疑ってしまったが、その母親の表情からして微塵も試そうなどとは思っていなさそうだ。
「私の息子も二年一組にいるんだけど…なんせ成績が悪くてねぇ…」
「…もしかして、その息子さんの名前って白澤来君ですか?」
「ええそうよ! もしかしてお友達?」
お友達というか、ユメノ世界で共に命を懸けて戦っている仲間というか。
そんな返答が出来るはずもなく「仲がいい友達です」と模範の回答をする。
「あの子ったら…! 大丈夫? 周囲に迷惑を掛けていない?」
「迷惑は掛けていないと思いますよ」
話は徐々に白澤来の話へと変わってしまっていた。
それはマズイと波川吹は即座に「僕が教えるのは白澤君ではないんですよね?」と話を軌道へと戻す。
「そう、あの子じゃなくて妹の方に勉強を教えてあげてほしいの」
「妹さんもいるんですね」
「そうなのよぉ~! 最近自分から「勉強を頑張りたいから家庭教師が欲しい」なんて言い出しちゃって! 前の時とは大違いよ!」
白澤来とは違って向上心のある妹なのだろう。
波川吹は自分から積極的に教えを乞う生徒で良かったと少しだけ安心する。
「ところで…吹君の成績はどのぐらいなの?」
「そうですね。一応実力テストで27位を取っています」
「成績もいいじゃない! なら後はあの子が気に入るかどうかよね!」
波川吹は白澤の母親に連れられて階段を上がり、二階にある白澤来の妹の部屋の前まで案内をされた。
「薬ー! 家庭教師の人が来てるから少し話をしなさいー!」
母親の声が廊下に響き渡ると扉が開き、茶色髪をした女子高生が中へと波川吹を招き入れる。
「私は下にいるから話が終わったら教えなさいよー!」
母親が扉を閉めて、白澤来の妹と二人きりの空間となってしまう。
「白澤薬です。あなたが家庭教師の人…でいいですよね?」
「はい、波川吹です。話をしてほしいと言われたんだけど…」
「無理して口調を抑えなくていいですよ。兄さんと話す感じでやってくれた方が私もやりやすいので…」
吹は「そこまで言うんなら」と普段通りの口調へと戻すと、白澤薬が用意してくれた椅子へと腰を下ろした。
「そんで、今はどんぐらいの成績や?」
「そうですね…今は四組で、この前の実力テストは九十三位でした」
兄よりも悪くはないが、一組に上がるとなればかなりの努力が必要だ。波川吹は自身の成績等を説明して、得意分野と苦手分野を薬へと尋ねる。
「得意な教科は数学です。苦手な教科は…英語とか国語とか…」
「つまり完全に理系分野へ偏ってるんやな」
英語は文系も理系も必ず学ばなければならない教科。それが苦手分野ならば順位がここまで低いのも仕方がないだろう。
「取り敢えずは英語を平均点まで底上げするんや。この夏休みは打倒文系科目という目標でええか?」
「はい、お願いします」
白澤薬の意気込みはまぁまぁなものだ。
吹はこれならこちらも教え甲斐があると、英語を中心的にやるための日程を考える。薬によれば週二日を目安としているらしいが
「それでかまへんが、八月上旬は少し無理かもしれへん。少し遠出をしないといけないんや」
「旅行…ですよね?」
「なんや、白澤から聞いていたんか?」
白澤来はいつも隣の部屋で上機嫌に歌を歌いながら「無人島楽しみだぜー!」と叫ぶことがあるらしい。いつもは我慢しているが、五月蠅いときは壁を叩いて威嚇するだとか…
「兄がアイツだと大変やな」
「そうですね。今日だってナップサックを持って、何も言わずどこかへ出かけていきましたし…」
「ほんまもんのアホや」
白澤来がそんな生活をしているとは思わず、額を押さえながら頭を左右に動かし呆れてしまう。
「そんで、家庭教師はわいでええんか?」
「こっちも何かしらの繋がりがある人の方がやりやすいので、これからよろしくお願いします。波川吹先輩」
波川吹は理想通りのバイト先を見事に見つけることができ、これからに備えてデパート『ニュアンス』で買い物をするため、意気揚々と白澤家を後にしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「まぁこんなもんでええやろ」
買い物をする最中に金田信之と遭遇して、共に必要なものを購入し終え別れた後。波川吹は『ニュアンス』の近くに建っている書店へと訪れていた。
「親から借りたお金やからな。ちゃんとした参考書を選ばなあかん」
英語の参考書や問題集のある棚を歩き回って探していると
「…ん? あれは雫ちゃうか?」
見覚えのある青髪が目に入り、数多くの漫画が取り揃えられた棚の近くで足を止める。何に対しても興味を持たない雫が漫画に興味があるのかと身を隠しながら、観察をしていると
「………」
(何や? 気になった漫画でも取ったんか?)
上段から三番目の段に置いてある一冊の漫画が気になったのか、そこから抜き取って表紙を確認した。
(……なんやあれ? 漫画いうても結構過激なやつちゃうか?)
目を凝らしながら見てみるとその漫画の表紙には、いかにもあっち系のピンク色を想像させる美少女が描かれているようだ。
(あいつ…あんなんが趣味なんか!? それを読むのは大抵男やぞ!?)
吹の中で雨氷雫のイメージがあらぬ方向に進み始めてしまう。
クールな表情の中に潜む性格はとんでもないものなのかもしれない。
「……違う」
(なんか呟いて漫画を戻したな)
気に入らなかったのか元にあった場所へとその漫画を戻すと、隣の棚へと移動して再び目に留まる漫画を探し始めた。
(あの棚は少女漫画やな)
年頃の女子がトキメク少女漫画。
漫画に出てくる主人公の女の子が、同じクラスのイケメンと甘酸っぱくなるような関係を築いていく物語。残念なことに雨氷雫のイメージとはとてもかけ離れている。
「……」
(…またなんか取ったな)
今度は下段から二段目の段にある漫画を一冊手に取った。
波川吹は再び目を凝らして、その漫画の表紙を確認してみると
(それは乙女の純粋な恋やない! 男同士の禁断の関係を描いたアカン恋や!)
男同士が抱き合っている系統の漫画だった。
吹は心の中でツッコミを入れると、雨氷雫が道を誤ってしまっているのではないかと心配をしてしまいそうになる。
「……違う」
(ほんまに…あいつは何を探しとるんや?)
雫のお気に召さなかったようで、その漫画を元あった場所に戻す。
逆に戻してくれて良かったと、波川吹は安堵をしていた。
「…何してるんだ?」
「おん…っ!?」
後ろから突然声を掛けられ、即座に背後へ振り返ってみると
「…村正先輩と絢先輩?」
「おっす! 確か…吹だったな!」
月影村正と朧絢が立っていた。
怪しい人物として見られていたことに気が付いた吹は、問い詰められる前に隠れていた事情を説明する。
「雫が?」
「そうなんや。あそこで漫画を見てるから、どんなん読むんか気になって…」
村正と絢は納得すると、未だに漫画の棚を見て探している雨氷雫に声を掛けた。
「……遅い」
「悪いな、途中で寄り道をしていた」
「そんで何かいい本は見つかったか?」
雨氷雫は顔を横に振って「全然」と返答する。
「…波川吹? どうしてここに?」
「わいは参考書を買いに来ただけやけど…お前こそここで何をしとるんや?」
「私は霰の誕生日プレゼントを探しに来ただけ」
雫の回答を聞いて、吹は呆然としてしまった。
村正と絢はそんな波川吹を見て「そういうことだ」と視線だけで訴える。
「俺と絢は雫と待ち合わせをしていたんだ。霰に送るものを探すためにな」
「そ、そうなんか…」
波川吹は勘違いしていた自分が恥ずかしくなり、顔を下に向けた。
「んー…じゃあ、本はやめておくか」
「一応、候補は二つあった」
雨氷雫が先ほど手に取った漫画を二冊、村正と絢の元まで持ってくる。それを目にした瞬間、絢と村正の表情が固まった。
「雫、どうしてこの本をあげて霰が喜ぶと思ったんだ?」
「…何となく」
「はははー、こりゃあ雫一人にプレゼントを決めさせなくて良かったな」
二人は苦笑いをしながら、その漫画を一冊ずつ元の場所へと戻す。雨氷雫は首を傾げて、何故そのような反応をされたのかが分からないようだ。
「…吹、俺たちと霰のプレゼントを考えてくれないか?」
「おー! そりゃいい名案だな!」
「わいも考えるんか?」
村正の提案に朧絢は賛同する。
波川吹はどうして自分に協力を求めるのかを質問すると
「俺たちはこう見えてプレゼントを選ぶセンスがないんだ。だからこそ、お前に頼みたい」
月影村正にそう返答をされた。
自分もそこまでプレゼントを選ぶセンスがないと反論したかったが、先輩の頼みでもあるため、渋々了承すると
「助かる! それじゃあ、ここから近いニュアンスにでも行くか!」
朧絢が張り切るように書店の出口まで歩いていくため、波川吹は三人の後に付いていくことにする。
「霰が欲しいものやろ? そもそも、そんなもんあるんか?」
「それなんだよなぁ…俺たちも付き合いが長い方だけど、アイツの欲しい物なんて全く見当もつかないんだ」
思い返してみても何かにのめり込んでいる様子は一度もなかった。
体育祭の騎馬戦の時は本当に楽しそうにしていたが、あれを趣味の範疇にしてはいけない気がする。
「花束じゃダメなのか? そっちの方が手っ取り早いと思うが…」
「…想像してみて。私たちが花束を霰に渡す姿」
村正は言われた通り想像すると「キツイな」と一言だけ呟いて、再び思考に浸る。朧絢と雨氷雫もかなり考え込んでいるようだ。
「……腕時計とか財布じゃダメなんか?」
「そうか! そういうのもいいかもな!」
自分たちで選ぶセンスがないと自負するだけあって、簡単な発想に辿り着けないらしい。自分が協力していなかったら、このデパート『ニュアンス』でひたすらに悩んでいただろう。
「だけど、霰は財布にも腕時計にも興味がない」
「…そうだな、別の案を考えるか」
この人たちは大きな勘違いをしている。誕生日プレゼントを選ぶときはその人が喜ぶものかどうかではなく、腕時計や財布といった日常的に汎用性のあるものを選ぶことが正解なのだ。
「考え方を変えたらどうや? 興味があるかどうかじゃなくて、日常的に使えるものかどうかって…」
「おおなるほどな! それは一理あるぞ!」
ユメノ世界や現実世界での能力値は化け物染みている三人だが、こういう些細な所はポンコツなのか、と波川吹は少しだけ笑ってしまう。
「日常的に使える物だったら…電動歯ブラシとか加湿器とかが定番やな」
「そういえば前に霰と…」
『雫、ちょっといいか?』
『…何?』
『ドライヤーってこの家になかったっけ?』
『ない』
「っていう会話をした気がする」
「ドライヤーって髪を乾かすドライヤーだよな?」
霰がそれを必要としているのかはともかく、ドライヤーならば日常的に汎用性が高い。雫の発言に間違いがなければ、新しくドライヤーをプレゼントした方がいいだろう。
「うーん…? 何でドライヤーを探していたんだろうな」
「分からないけど、私たちの家にはなかったから買っても損はない」
「ちょ、ちょっと待つんや! 雫と霰は同じ家に住んでるんか!?」
声を荒げる波川吹を見た三人は、何かおかしいのかとでも言いたげな顔をしているため、吹はこの三人に常識は通用しないのだと実感させられ、思わず「な、何でもない…」と答えてしまった。
「おし! そんじゃあドライヤーをプレゼントするか!」
「なら、家電売り場に行くぞ」
結局三人はドライヤーを買う意見が一致したことで、そのまま家電売り場へと向かうことにする。そんな三人の後姿を見ながら波川吹は
「わ、わいにはあの三人と付き合っていくのは到底無理や…」
げっそりとした表情を浮かべながら、とぼとぼと三人の後に付いていくことにした。




