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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第十三章『夏』

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第79話『夏休みは何をしますか? 駿編』

「おかえりー! シャワー浴びたら朝ごはん食べなー!」

「分かった」

 

 西村駿は夏休みに入ったからといって、怠けるような生活習慣へと変える気はなかった。いつも通り遅くても二十二時よりも前には就寝し、早朝の六時頃に起床。朝食を取る前にサッカーの自主練と走り込みに励んで、規則正しい生活を送っているのだ。


「朝食を取ったら…昼まで夏休みの課題に取り組むか」


 トレーニングウェアを洗面所で脱ぎ捨て、シャワーで軽く汗を流し終えると、これからの予定をしっかりと把握しながら、テーブルの上に並ぶ朝食を口に運んだ。


『私、明日学校で生徒会の仕事をしないといけないんだけど…もし手が空いていたら西村君も手伝ってほしいなー(; ・`д・´)』


 スマートフォンでPINEを開いてみると、数ある連絡の中に東雲桜から顔文字付きのメッセージが届いていた。


(…予定は入ってないな。東雲を手伝おう)

 

 特に予定も入っていなかったため『問題ない』と桜に返信をして、時間等について話を聞くことにする。


「ごちそうさま。俺はこれから昼まで勉強してくるよ」

「おーそうかい! 頑張りなー!」


 食べ終えた食器を母がいる洗面台まで運ぶと、階段を上がって自分の部屋まで向かった。その最中にPINEの通知音が聴こえてきたが、西村駿は課題に取り組む前はスマホを見ないように心掛けている。


「今からは数学をやるか」 


 画面を見ることもなく勉強机の片隅にスマートフォンを置くと、透明なクリアファイルを鞄から取り出して、課題の範囲を確認する。


「さて…やるか」


 駿はシャープペンシルを握ると、問題集を見ながらスラスラとノートに数式を書いて問題を解いていく。数学を得意とする西村駿からすれば、今までの復習など敵ではないのだ。唯一学業の敵として見ているのは神凪楓ただ一人。


 まだ入学してばかりの頃は、駿も楓も変わらない成績だった。

 しかし神凪零が目を覚まさなくなったことによって、神凪楓の成績は西村駿を追い越して、雲泥の差と言えるほどまで広がってしまったのだ。


(…どうにか楓に勝ちたいな)

  

 目指すべき目標は神凪楓。

 次に控える期末テストで、学年一位を取りたいと考えている西村駿は、この夏休みで徹底的に勉強へ力を入れようと意気込んでいた。真白高等学校での学年トップは無数に存在する高校生たちのトップを意味する。


 以前から二位をキープし続けてきた西村駿にとって、学力で張り合えるのは神凪楓ただ一人なのだ。現在、地道な努力のおかげで少しずつ楓のテストの点数に近づけている。この夏休みを利用して、目標まで手に届く範囲まで近づきたい。  


「…もう昼か」


 集中してしまえば時間が経つのも早く感じてしまう。

 休憩ついでにスマートフォンを確認してみると、金田信之からバンド演奏を録音したいというメッセージが届いている。信之に承諾の返信を返していると、見知らぬ番号が画面に表示された。


「…この番号は?」


 間違い電話かもしれないが、念のために応答ボタンをタッチして「はい、どちら様ですか?」と相手の出方を窺がうことにする。


『四童子有栖だ。この番号は西村駿であっているだろうか?』

「……有栖先生?」


 その電話の声の主は四童子有栖だった。 

 なぜ電話番号を知っているのかと疑問に思ったが、よく考えてみれば真白高等学校の養護教諭として勤めている。電話番号を他の先生から聞いただけだろう。


『どうやらあっているらしい。早速ですまないが…今から学校の保健室まで来れるか?』

「今からですか? 一応予定はないので行けますが…」

『なら良かった。保健室で待っている』


 連絡をしてくるほど重要なことならば、急いで向かった方がいい。西村駿は制服に素早く着替えて、家の外へと出る。


 道中で財布を家に忘れたことを思い出したが、取りに帰るほど必要なものではないだろう。今は少しでも早く四童子有栖の元へ顔を出すことが先決だ。


「言われた通り来まし―――」


 正門を通り下駄箱で靴から上履きへと履き替えて、保健室へと直行し、ノックを三回ほどして中へ入ると


「…楓?」

「へぇ、あんたが呼ばれたのね」


 制服姿の神凪楓が四童子有栖の前に立っていた。


「突然呼び出してすまなかった。早めに君達へ頼みたいことがあったんだ」


 神凪楓は不機嫌そうな表情で西村駿に「何でこいつにユメ人の話をしたのよ?」と問い詰める。どうやら四童子有栖は神凪楓に、駿からある程度の話は聞かせてもらったことを伝えたらしい。


「この人はユメ人に関して研究をしているらしい。俺たちもユメ人に関する情報は少ないはずだ。だから、協力をすれば何か新しい情報が得られると思ってな」 

「……ユメ人の研究?」


 四童子有栖は自身が政府が設立した『レーヴ・ダウン』という組織から派遣された研究者だということ、今まで楓たちが七つの大罪と戦う姿を人工知能であるミラを経由して記録していたこと、あらゆることを話した。


「私が君達を呼んだ理由は私の研究に協力してほしいからだ」

「研究って…具体的には一体何を?」


 有栖は金属のケースから注射を二本だけ取り出して、二人に見せる。

  

「血液検査だ。少しだけ血液を採取させてほしい」

「それぐらいなら協力しますよ。楓も協力するだろ?」

「…何であんたに指図されないといけないのよ」


 反抗心を剥き出しにしながらも、楓は右手の袖を捲り上げた。ユメ人に関することになれば、協力はしてくれるらしい。


 注射を刺されることなど久しぶりだ。自分の腕から血が抜かれていくのを間近で見ていると、少々気分が悪くなる。


「神凪楓、君には色々と聞きたいことがある」

「……」


 血液採取を順番にし終えると、四童子有栖が神凪楓から何かを聞き出そうとする。そういえば、有栖には神凪楓が二年一組の中で最も早いユメ人だったことを話していた。


「私は君が西村駿たちの知る限りで、最初期のユメ人だと聞いた。一体いつ頃に、どのようにして目を覚ました?」

「……それを答える必要は?」

「もし仮に君が誰かに助けられたのなら…その人物たちは君よりもユメ人に関して詳しいと予測できる。身の回りから得られる情報源を増やしていくこと、それが研究をするに至って重要なことだ」


 神凪楓は何が原因で一度ユメ人になったのか。

 その話は木村玄輝はおろか、身の回りにいる者誰一人として知らないのだ。それを今、この場で初めて語ろうとしている。 


「…結論から述べるわ」


 そして楓の口から発された言葉は


 

「―――私はユメ人になったことなんてないのよ」



 四童子有栖さえも硬直してしまうほどの一文だった。

 西村駿も「え…?」と思わず声を上げてしまう。ユメ人になったことがない、その事実は今までのユメ人の規則をいともたやすく崩壊させた。


「どういうことだ? 私の聞いていた話とは全く違ってくるが…」

「ユメノ世界の存在を知ったのは…私の兄、神凪零の日記を見たからよ」

「…零兄さんの日記をか?」


 神凪楓は有栖と西村駿に当時のことをこう語る。



 それは神凪零が目を覚まさなくなった次の日に起きた出来事がきっかけだった。

   

「……零、どうして…」


 神凪零の自室を眺めながら涙を流している時に、ふと机の上に日記のようなものが置いてあることに気が付いたのだ。


「これは……」


 その日記には様々なことが書かれていた。

 真白高等学校での生活についてや、今では五奉行を名乗る彼女らの話、妹である自分の話、様々な記録が記されていたのだ。


「…うん?」


 最初は微笑ましい思い出ばかりで少しだけ悲しい気持ちが抑えられていたが、その日記帳の最後のページに奇妙なものがまとめられていた。


「…ユメ人? ユメノ世界?」


 聞き覚えのない単語ばかりが記入された最後のページ。

 兄が厨二病を患っているとは到底思えず、何か重要なことが書かれているのではないかと一生懸命そのページに目を通すと


「ユメ人は…植物状態に陥り、目を覚まさなくなる症状?」


 原因不明と判断され寝たきりの状態となってしまった神凪零と似た症状について書かれていた。その症状は"ユメ人"、西村駿たちが一度は経験したものだ。


「…もしかして、零はユメ人っていう病気に掛かって…」


 そこにはユメノ世界についてのあらゆる情報が記録されていた。

 ユメノ世界で人体を治癒させる【再生】という能力の事、自身の創造力によってどんなものでも創り出せる事、勿論ユメノ使者がユメ人を守ろうとすることもだ。


「どうやってユメ人を治せばいいの?」


 一番下の段にユメ人を救う方法と書かれた欄を見つけ、そこを読み上げる。

 

「元ユメ人だということ…ユメ人の頃の記憶があること…後は、ドリームキャッチャー…?」 

 

 ユメ人になったことのない神凪楓はそこで頭を抱えることになった。

 これでは神凪零を助けに行くことが出来ない。   


「一か八か…!」


 それでも兄を助けたいという気持ちを抑えられず、神凪零のベッドに掛かっていたドリームキャッチャーを手にして、自身の寝室で記されてあった通りのやり方で零のユメノ世界へと干渉しようとすると


「………え?」


 目を開ければそこは自分の知らない草原の中だったのだ。

 何が起きたのか分からず、神凪楓は困惑しながら辺りを見渡していた。


「…ねぇ?」

「――!」


 そんな楓に声を掛けてきたのは白のワンピースを纏う赤髪の少女。

 楓は視界の隅に現れたその少女に驚いて、飛び退いてしまう。


「驚きすぎ」

「…あなたは誰?」

「わたし? わたしは神様だよ」


 自分自身の事を神様と説明するその少女は、尻餅をついている神凪楓の姿をジロジロと観察する。


「あれ? あなたはどうしてこの世界に来れたの?」

「兄の日記を読んで…その方法を試したら…」

「でも、あなたはユメ人になったことないでしょ? わたしはルールを改定した覚えなんてないんだけどなー」


 見下ろしてくるこの少女が何を言っているのか理解が出来なかった。ここにいては危険、脳がそんな信号を送っているような気がした神凪楓は尻餅をついたまま、後方へと距離を取る。


「ははーん…あなたの兄が何か細工をしたんだね?」

「…! 零について何か知ってるの…!?」


 その少女が兄という単語をわざとらしく振りまいて、神凪楓を上手く吊り上げた。今の神凪楓は神凪零を助けること頭にないのだ。


「知ってるよ。今までユメ人を助けていたことも、わたしとの勝負に負けたことも」

「どこにいるの…! 零はどこに―――」

「この草原のどこかで気持ちよさそうに寝ているよ」


 神凪楓はその言葉を聞いた途端、零を探すために草原を走り始める。

 そんな姿を見て、赤髪の少女は


「あははー…ダメだよ? 勝手に走り回っちゃ…」


 背後から神凪楓に抱き着いて、それを阻止した。

 楓は無理やり振りほどこうと暴れ回るが


「暴れ回ったら、わたしが手加減出来なくなっちゃうよ?」

「いっ…痛い…!!」

 

 少女とは思えない力の強さで、楓の体をミシミシと締め付けてきたため、暴れ回るのを止めて、体の動きを止めてしまう。


「あの人間さんに会いたいのならチャンスをあげる」

「チャ、チャンス…?」

「今は見逃してあげる。まだあなたは何も知らなさそうだし」

 

 その少女はパッと手を楓から離すと、無邪気な笑顔を向けた。

 

「でも次にここを訪れた時は…わたしがあなたを"殺しちゃう"」

「――!!」


 神凪零のノートに書いてあったことを思い出す。

 ユメノ世界で死んでしまえば、現実世界では目を覚ますことがなく一生を終えてしまうのだ。

 

「だから…あなたはわたしを殺していいよ。もし殺すことが出来れば、あなたのお兄さんを助けてあげる」

「こ、殺すなんて…私が出来るわけ…」 

「ふーん…だったらさー」 

 

 "今ここで死ぬ?"


 少女の皮を被った悪魔。

 神凪楓は口を震わせながら、後ずさりをする。


「あははー! 冗談だよー!」

「な、なんでこんなことを…」

「どうして自分で創ったもので遊んだらダメなの?」 


 少女は神凪楓の目の前まで歩み寄り、その場に押し倒して圧し掛かった。


「今回はわたしの"邪魔"をしてくる人たちがいるからもうバイバイしちゃうけど…今度はもっと遊ぼうね? お姉ちゃん」 


 神凪楓はまともに動くことが出来ず、少女に耳元で囁かれた瞬間に意識を手放してしまった。



「…だから、私は今まであいつに勝つために今までユメ人を助け回って、自分自身の力を成長させようとしてきたのよ」

「………」


 四童子有栖は神凪楓の話を聞きながら、必死にノートPCへ指を走らせていた。西村駿もそんなことがあったのかと言葉を失っているようだ。


「零兄さんも俺たちと同じように…ユメ人を助けていたのか?」 

「あいつは確かにそう言っていたわ。それが真実ならば、あの日記の説明もつくもの」


 神凪零が自分たちより先駆者のユメ人であること。

 その事実が判明したことで、状況は一変した。

 

「……実に興味深い話だ。その少女は黒霧ではないのだろう?」

「ええ、黒霧よりとは違う…危険な何かを…」  


 その少女が神凪零のユメノ世界に存在していた。

 ならばユメノ使者ではないのかと神凪楓に尋ねる。


「あれはユメノ使者でも私たちのように干渉しているユメ人でもなかった」

「君は、神凪零を助けに行かないのか?」

「私がどれだけ強くなっても、あいつには敵う気がしないのよ。ユメノ世界でユメ人を何人、何十人助けても力の差を感じるだけだから」 


 神凪楓がここまで弱気になるほどの存在。

 その少女は一体何者なのか、四童子有栖はそれに興味を持ったようで


「ユメ人の始祖かもしれない神凪零に接触が出来ないのならば、その少女とやらに話を聞くしかないようだ」

『私の出番でしょうか?』

「……誰よそいつ」


 人工知能のミラを初めて目にした楓は、PCの画面の奥を覗き込むようにして観察する。有栖はそんな楓を他所に、神凪零のユメノ世界へと干渉させようとミラへ指示をするが


『……有栖様、干渉は不可能です』 

  

 数秒で即答された。


「不可能だと? 何故だ?」

『干渉しようと試みましたが、何者かによって弾かれてしまいました』

「…あいつの仕業よ」

  

 神凪楓はぼそりとそう呟いた。

 彼女が求めているのは神凪楓ただ一人、それ以外の者は干渉すらさせないつもりなのだろう。


「楓…どうしてそんな大事な話を今まで俺たちに黙っていたんだ?」

「零を二度と助けられない。そんな結末を想像してしまった時に、零のユメノ世界であいつと戦って"死のう"と思っていたからよ」


 楓はユメノ世界に懸けるのではなく、現代の医療に懸けようとしていたのだ。

 しかし優秀な医師でさえお手上げの状態。だからこそ神凪楓は学ぶことを止めるわけにはいかなかった。 


「だから私はあんたのもう一人の幼馴染、木村玄輝に"元ユメ人だった"って嘘を付いたの」

「お前…俺と玄輝が幼馴染だということを知っていたのか?」

「あいつとユメノ世界で戦っていくうちに何となく分かったのよ。あんたとあいつは似ているから」


 似ていると指摘され、西村駿は「そうなのか?」と首を傾げる。

 そんなやり取りを見ていた四童子有栖は咳払いをして、話を中断させると


「今日は興味深い話を聞かせてもらった。特に神凪楓、君の話は私の研究をより進展させる情報を与えてくれた」

「…この話は他の奴にもするつもり?」

「してはいけないのか? 隠したままにしていては君の心持を重くするだけだと思うのだが…」


 神凪楓は「別に…どっちでも」と有栖に曖昧な返答をする。

 駿は保健室の壁に掛けられた時計を確認してみると、いつの間にか十七時を過ぎていた。喋っていただけのつもりが、三時間以上は消費してしまったようだ。


「もう夕暮れ時だ。改めて、今日は時間を取らせて申し訳なかった。その詫びといってはなんだが…何か私に聞きたいことがあればここへ訪れてくれ」

 

 有栖は西村駿と神凪楓に、殴り書きされた紙片を一枚ずつ手渡す。

 住所らしきものが記されていた。


「私の住所だ。君達であれば快く歓迎しよう」 

「…分かりました」

 

 二人はその紙片をポケットに仕舞うと、四童子有栖に背を向けて保健室の扉に手を掛けて


「……俺は有栖さんを信用してます」


 それだけ言い残すと保健室を出ていった。

 

「…信用している、か」  


 ――政府が君達に疑いを掛けているなんて口が裂けても言えないな。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「学校に行ってくる」   

「はーい、気を付けて行ってきなー」

 

 その次の日、東雲桜の手伝いをする約束をしていたため、再び西村駿は真白高等学校へと訪れていた。気温が四十度近く上がっていることで、数分歩いただけで額に汗が滲み出てしまう。


「東雲、約束通り手伝いに来たぞ」

「西村君! ごめんね! 夏休み中に呼び出しちゃって…!」


 生徒会室に顔を出すと、東雲桜が少し嬉しそうな表情を浮かべて西村駿の元に駆け寄ってきた。駿は「気にするな」と返答をし、早速仕事に取りかかろうとする。


「さっき下駄箱で木村君たちと会ったよ」

「玄輝たちとか?」

「うん。補習を受けに来たんだって」


 実力テストの成績が悪かったからだろう。

 自業自得としか言いようがない。


「俺たちもそろそろ進路について考えるべきかもな」 

「…そうだね」

「東雲は将来の夢とかはあるのか?」


 東雲桜は突如そんな質問をされ、困ったような顔をして「うーん…」唸っていた。あまり将来について考えたことはないのだろうか。


「それは…きっと近いうちに分かると思うよ?」

「…?」


 桜は輝かしい笑顔を西村駿に見せながらそう答える。

 西村駿はそんな桜を不思議に思いながら、生徒会室の机の上に溜まっている書類へと手を伸ばした。


「来月の海に行く約束…わたし、本当に楽しみにしているんだ」

「そうなのか?」

「だって、西村君たちと無人島で好きなだけ海を満喫出来るんでしょ? わたし、あんまり友達と休日に遊ぶ時がなかったから…」

 

 駿は「意外だな」と表に出さないように、心の中で驚いていた。

 東雲桜は誰もから好かれる生徒会長として異性や同性の交流も深い。てっきり夏休みも色々な人とショッピングや旅行をしていると思っていたが…


「だからね、西村君の方からわたしを誘ってくれた時…とても嬉しかったんだ」


 東雲桜は片付けなければならない書類に目を通しながら、しみじみとゆっくりとした口調で話す。  


「わたしの周りはどうしても遠慮して一歩退いちゃうから、遊びの誘いなんてしてくれないし…」

「…そうだったのか。俺は東雲にそんな事情があったことなんて知らなかったよ」


 西村駿と東雲桜は互いに視線を交わすことなく、書類を確認しながら会話をしていた。明るい話ならば顔を上げるが、このように自身の境遇を話す際は下に顔を向けたまま話すことがほとんどだ。


「なんかごめんね、湿っぽい話をしちゃって…」 

「いや、いいんだ。むしろ、東雲自身の話を聞けて良かったと思っている」

「そ、そっか…」

 

 この時、駿は気が付いていなかったが、東雲桜は若干頬を赤くして西村駿の顔をジッと見つめていた。


「西村君ってさ…気になる女の子とかいないの?」 

「…突然どうした?」

「え、えーっとね…? いないのかなーって…」


 西村駿はふと自分の身の回りにいる異性について考える。

 クラスが変わってから仲が深まったのは鈴見優菜、内宮智花、神凪楓、そして目の前にいる東雲桜ぐらいだろう。雨氷雫は異性というより頼れる先輩のような存在だ。


「…気になる、とまではいかないが一目置いている人物はいるな」

「へ、へぇー! それってさ、もしかして――」


 東雲桜が次の言葉を口にしようとした瞬間、生徒会室の扉が開き


「おっすおっす! 生徒会の仕事を手伝いに来たぜ!」


 有り余る体力を曝け出す朧絢が生徒会室へと入ってきた。

 

「絢先輩も東雲に呼ばれたんですか?」

「いや? 偶々廊下を歩いていたらお前たちの話し声が聞こえたからさー? ついでに手伝おうかと思ってな!」


 西村駿にそう説明をしている最中、桜が書類で顔を隠しているのに気が付いたため、朧絢は「桜、体調でも悪いのか?」と心配をする。


「だ…大丈夫です…!」

「お、おう…そうか」


 随分と大きな声で返事をされた絢は戸惑いながら、駿の向かい席にある机へと腰を下ろして、山のように積み上げられた書類を手に取った。


「おー…結構な量あるなー」

「絢先輩が手伝いに来てくれて助かりました」


 絢が参戦したことによって、書類の片付く速さが段違いに上がった。

 朧絢はデキる部類に含まれるため、このような雑務処理も難なくこなせるのだ。


「そういえば絢先輩。新しく保健室に先生が来たのは知っていますか?」

「全然知らないな。どんな人が入ってきたんだ?」

「名前は四童子有栖です。いかにも知的な感じの先生で…」


 名前を耳に入れると、一瞬だけ朧絢の書類を読む手が止まった。

 西村駿はその瞬間を見逃しておらず、口を閉じたまま絢の返答を待っていると

  

「そうなのか! 今度、顔を合わせてみることにする!」


 朧絢は明るい声でそう答えた。

 しかし駿は見逃していなかった。四童子有栖という名を聞いた途端に朧絢の表情から笑顔が消えていたことを。


「よし! こんなもんだろ!」 


 山積みの書類を一時間足らずで片付けた絢は、東雲桜と西村駿の顔を交互に見ながら


「後は二人に任せた! 俺はこれから村正と会う約束してるからまたな!」


 それだけ伝えると、生徒会室を勢いよく飛び出していった。

 嵐のように現れて嵐のように消える人だ、と駿と桜は苦笑いをして出て行った扉をしばらく眺めていた。


「絢先輩のおかげでかなり仕事が減ったな。このまま一気に終わらせるか」

「うん、そうだね」


 それでも朧絢のおかげで仕事の半分以上が終わったのは確かだ。

 東雲桜と西村駿は再び気合を入れて、自身の机に置いてある書類に目を通し始める。この後、駿たちが生徒会の仕事を終えた時刻は夕方前となるのであった。

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