第74話『体育祭が終わりますか?』
『ロミオとジュリエット』。ステージ発表の前に、場を和ませるために入れられた種目。この種目は、ただのお遊びに過ぎないもので、出場する女子生徒はドレス姿に身を纏い、かえって男子生徒は貴族らしい燕尾服を装着して、種目に挑む。
「おー! 駿のやつ、似合ってるぜ!」
二年一組から男子の代表者として出場する生徒は西村駿。結局、最後の最後まで希望者が届け出をしてこなかったため、男子学級委員の駿が仕方なくその役割を務めることにしたのだ。
「そんでお相手は…」
出場する女子生徒たちの中に一際目立つ存在。白色のドレスに身を包み、金色の髪をなびかせている。
「…神凪か。まぁ、選ぶにしては妥当だよな」
西村駿が『ロミオとジュリエット』に出場すると決まった日から、一組の女子生徒の希望届けが急に増え始めていた。神凪楓は勿論、希望などしていなかったのだが、
「それにしても意外やな。駿が自分から指名するなんて」
神凪楓を直々に指名したのだ。駿が自分から誰かを選ぶことなど珍しいため、今までこの種目に食いついていた女子たちも、すぐに諦めを付けて自ら身を退いた。
「キャー! 駿君カッコいいーー!」 「トラぁぁーー! 可愛いぞぉおーー!!!」「二人とも頑張れぇーー!」
西村駿は応援をしてくれている生徒たちに軽く手を振っているが、楓はこの歳でこんな格好をさせられることが恥ずかしいのか、顔を若干赤くさせながら他の女子生徒の陰に隠れていた。
(ふざけるんじゃないわよ…! 何で私がこんな格好をしないといけないの!?)
衣装を持参しなければいけないルールだが、神凪楓と西村駿はそんな衣装を持っているわけがないため、鈴見優菜が父親に頼んでドレスと燕尾服を用意してもらったのだ。サイズは制服のサイズとほぼ一緒のため、問題なく着ることが出来たが、
(この格好で走り回るなんてただの馬鹿じゃない…!?)
靴はリボン付きの黒パンプス。女子生徒たちは走ることが困難な状態なのだ。それはつまり、男子生徒側のロミオが相方の女子生徒をすぐに見つけ、お姫様抱っこをしながら全速力で走らなければならないことを意味する。
「ルールは簡単だ! ロミオがジュリエットをゴール地点まで運ぶこと! それじゃあ、始めるぞー!」
東にロミオ役の男子生徒、西にはジュリエット役の女子生徒。説明役の教師が手に持つ鐘をカランカランと大きな音で鳴らすと、一斉にロミオとジュリエットが駆け出した。お互いに動きがしづらい恰好で、最初に走らなければならない。
「楓ちゃんが一番早いよ!」
「駿くんもかなり早いね…!」
普段と比べ物にならないほど走る速さは遅いが、他の女子生徒たちをかき分けてトップに躍り出ている。対して、西村駿も他の男子生徒たちを置き去りにして、一目散に楓の元まで走っていた。
「楓…!」
「遅いわよ…! もっと早く――」
駿は楓と合流をすると、クレームを最後まで聞くことなく、神凪楓の体を軽くお姫様抱っこをして抱え上げた。
「ちょ、ちょっと…!? 乱暴すぎるわよ!」
「俺はレディの扱いを理解していないロミオだからな。我慢してくれ」
神凪楓を抱えながら、西村駿はゴール地点まで走り始める。しかし、楓を落とさないように工夫をしていると走る速さが少しだけ遅くなってしまう。
「楓…! 俺にしがみつけ!」
「はぁ…!? 何で私があんたにしがみつかないと…」
「楓、頼むから…!」
必死に頼み込む駿の顔を間近で見た楓は、仕方なく首に手を回して落ちないように駿の体へ自身の身体を密着させた。その一部始終を見ていた観客が、駿たちを囃し立てるように声を上げる。
「しっかり捕まっていろよ…!」
これで神凪楓を振り落とすことはないと、全速力で西村駿はゴール地点までグラウンドを駆け抜けていく。
「速すぎよ…! ドレスが捲れるからもう少しスピードを落として…」
「後少しなんだ…! 辛抱してくれ!」
神凪楓の黒いドレスのスカートの部分が、向かい風によって少しずつ捲れ始める。勿論、ドレスの下は下着姿のため膝から上の部分が露になっていくので、それに気が付いた観客の男子生徒たちはそこへ視線が釘付けになった。
「…男子って野蛮だよね」
「そうだな。ああいう場所ばかり見るのは、同じ男として恥ずかしい限りだ」
「…玄輝、鼻血拭こうよ」
西村駿と神凪楓はそのままゴール地点まで辿り着き、見事一着でゴールをする。歓声に包まれながら、二年一組の観客席まで戻ってくると、内宮智花がスマートフォンを取り出して、
「記念に写真を撮るね」
二人が並んで立っている姿を写真に収めた。全種目、無事に終えることが出来たことで一安心した西村駿は、三十分後にステージ発表があるため、急いで準備をしようと提案をする。
「完成した衣装は教室に置いてあるから、先に着替えようぜ!」
二年一組というクラスで創り上げた衣装、歌、ダンス。それらを披露する瞬間が、刻一刻と迫ってきている。一部を除いた全校生徒が緊張を覚えながら、準備を着々と進めていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「えー…それでは、体育祭最後を締めくくる、各クラスのステージ発表を披露してもらいましょう」
ステージ発表は第一学年から始まる。やはり右も左も分からない新入生たちは、定番のダンスやお笑いありの劇等などを披露して、観客を盛り上げているようだった。
「……」
教師席からそれらを見ている雨宮徹の表情は非常に険しいものだ。口には出さないが「期待外れだった」と心の底でそう思っているに違いない。
「これで第一学年の発表は全て終わりました。次に二年四組の皆さん、お願いします」
ステージ発表の大トリは二年一組。第三学年の生徒たちは観客席に座って、レベルが上がっているだろうと期待しながらその披露に目を向ける。黒百合玲子たちは観客席に座り、この学校を任せられる人物がいるのかと生徒たちを品定めしているようも見えた。
「次に、二年三組…」
用意されたステージの裏で、前のクラスたちが表へ次々と出ていき、二年一組の出番が迫ってくる。最後の最後まで打ち合わせを怠らないように、しっかりと確認し合った。だから大丈夫だ、と各自言い聞かせながら息を潜めてその場で待つ。東雲桜のクラスである二年二組が一体どのようなパフォーマンスをしているのか、西村駿は気になっていたが、そんな余裕など持ち合わせている場合ではないと自身の担当するギターのメロディーを頭の中で繰り返す。
「最後に、二年一組の皆さん。お願いします」
バンド組とダンス組でハイタッチを交わして、表のステージへと駿たちが姿を現すと、メディアや生徒たちの盛り上がりも一段と上がる。人気モデルの内宮智花が衣装を身に纏い、マイクを片手に持っているだけでも十分絵になるのだろう。
「よし、やるぞ…!!」
西村駿の掛け声にバンド組とダンス組が応答すると、ドラムの波川吹がリズムをスティックで鳴らして始めようとしたが、
「…ちょっと待ってくれ! 機材の音が鳴らないぜ!?」
白澤来がストップを掛けた。それだけではなくギターやベースのアンプさえも音が鳴らない状態になっているではないか。キーボードの音も出せず、金田信之は焦りながら様々な場所を弄り始める。
「電力が通っていないんじゃないか…!?」
「で、でも…! さっきのクラスの時は普通に動いていたし…! 僕たちの番で突然動かなくなるなんて…」
機材トラブルによって、生徒たちがざわざわと不安の声を上げる。裏で待機をしていた雨空霰と雨氷雫はその様子を見て、電力を通しているケーブルの先を辿っていくと、
「…ケーブルが切られている?」
ハサミのようなもので切られたのか、綺麗に断線をしていた。 何者かがこのケーブルへ細工をして、二年一組のステージ発表を妨害している。その事実が発覚したことで、雫と霰の目つきが変わる。
「俺がこのケーブルを繋げて直してみる。雫は別のケーブルがないかを探してくれ」
「…分かった」
「それと、西村駿に――」
雨氷雫は伝言を霰から預かると、ステージで慌てふためいている駿たちの元まで顔を出して、ケーブルが断線していたことを伝えた。
「本当か…!? それじゃあ、この状況が持ち直せるまで俺らは一体何をしていれば…」
「それについてだけど…」
雫はステージの裏へ消えると、数十秒してから木村玄輝を連れながら、アコースティックギターを片手に持ってきた。
「何だよいきなりおれをここに連れてきて…!?」
「今からこれで時間を稼いで」
玄輝は何が何だか分からない様子だったが、雨氷雫にアコースティックギターを手渡されて、何かを理解してステージの裏へと消えようとする。
「なるほど…! これなら電力はいらない! ワイヤレスマイクを上手く利用すれば時間稼ぎにはなるのか…!」
「おれは嫌だぞ…!? こんなところでギターを弾くなんて!」
西村駿は勝手に納得をしているが、玄輝はひたすらに拒否をし続けていた。しかし、この場で時間を稼ぐには唯一アコースティックギターを弾ける玄輝の力を借りるしかないのだ。
「玄輝…! 俺たちに協力してくれ…!」
「…!!」
死んでも手を貸したくはないと考えていた玄輝だったが、このステージ発表のために努力をし続けていた駿たちのことを思い出し、視線を下に落とす。バンド組は全員が全員、自分の時間を使って一生懸命練習してきたのだ。それに比べて玄輝は、この体育祭の為に何もしてこなかった。それについては罪悪感を覚えていたし、もっと協力的になればよかったと後悔している。
「…今回だけだ」
――ならば、せめてもの償いをしよう。玄輝はアコースティックギターをしっかりと構えて、マイクスタンドの前に立つ。金田信之がもう一つのマイクスタンドを持って、アコースティックギターの音を拾う位置へとマイクを設置する。
「玄輝、頼んだよ!」
「できるだけ早く状況を立て直してくれ」
正直なところ、アコースティックギターの技術に自信などない。歌にも自信などはない。不安要素しか残らないこの時間稼ぎに、木村玄輝は大きく息を吸って
「【Change Dear Your】」
ピックを動かし、静かな曲調を弾き始めた。音楽の才能など感じたこともないが、今は観客を静かにさせることが大事だ。そう考えた玄輝は、盛り上がらないように平坦な歌を披露していく。
(…それなりに弾けるのか)
ケーブルの断線部分を精密な作業で繋ぎ合わせていると、雨氷雫が二本のケーブルを持って、霰の元へと訪れる。
「霰、持ってきた」
「ナイスだ。こっちの電源に差して――」
霰と雫が裏方で奮闘している中、表側では木村玄輝が汗水を垂らしながら時間を稼いでいた。
「楓ちゃん」
「…そうね」
木村玄輝の演奏に合わせて、神凪楓と内宮智花もマイクを握りしめ、バックコーラスとして参加する。玄輝は一瞬だけ動揺したが、平静を保ちながら演奏をし続けた。
「…出来た!」
雨空霰はすぐさま電源をオンにして、機材等の電力を復旧させる。それに気が付いた駿たちはすぐに楽器を手に持って、スタンバイをした。霰は再び邪魔が入らないように雫にその場の監視を任せ、流れを作ろうとステージの表側へと飛び出し、
「3・2・1……!」
大声でカウントをする。玄輝はそのカウントが終わると同時に、駿と視線を合わせて弦を一気に上から下へと弾き下ろし、ステージの裏へと消えていく。
「『現のユメ』」
神凪楓が曲名を叫ぶ。ドラムを叩く波川吹、キーボードで鍵盤を弾く金田信之、ベースで弦を弾く鈴見優菜、DJ機材で電子音を奏でる白澤来。全員が一斉に練習してきた成果を見せようと、演奏を始めた。
"夢の無い高校生の またとない小惑星は"
"下らない感情論 ダメだダメだと口出し"
神凪楓と内宮智花の綺麗な声が共鳴し合い、生徒たちが体育祭一の歓声を上げる。作詞、作曲は全て金田信之が受け持ったものだ。
"努力努力と優等生の 辿るべきはず小概念は"
"逃れられない宿命論と 口先だけの感情で"
雨空霰は木村玄輝に「助かった」と感謝の言葉を述べると、タンバリンを持ってサビが来るのを待つ。
"構わないで構わないで 私が生きていること"
"忘れないで忘れないで 絵空事"
ドラムが盛り上がりを表現すると、裏で待機していた雨空霰たちはステージの後ろで、ダンス組はステージの下へと姿を現し、それぞれの己の役割を果たす。
"I hope I get see you again."
(また会えたらいいな)
"彼の背中を見つめる私"
"I'll never come here again."
(もう二度と来ない)
"嘘ついて"
"素直になれなくて 現でユメを見る"
楓と智花はタイミングも音程も一切のミスなく、サビまで歌い切った。雨空霰と雨氷雫は笑い要素として、タンバリンをバンド組の背後で跳ねながら叩いている。
"夢のある高校生の 限りない小論文は"
"下らない文法論 あーだこうだと口出し"
"堕落堕落と劣等生の 学ぶべきはず道徳性は"
"定められない方法論と 正しさだけの旧情で"
二番に入った時点で、用意された衣装は汗だくになってしまっている。それほど、声を出して必死に演奏をしているのだ。ダンス組も誰一人として踊りをずらすことなく、完璧な踊りを披露していた。
"背けないで 背けないで"
"私が見ていること"
" 変わらないで 変わらないで"
"絵空事"
月影村正と朧絢は観客席で、飛び跳ねている霰と雫に微笑しながらもこう感じていた。この二年一組のクラスは落ちこぼれでも恥晒しでもない、むしろこの真白高等学校の誇りにするべきだ、と。
"I hope I get see you again."
(また会えたらいいな)
"彼の背中に触れたい私"
"I'll never come here again."
(もう二度と来ない)
"微笑んで"
"息を詰まらせて 現のユメを見る"
二番が終わると、それぞれの楽器のアピールタイムが始まる。
ギターの駿、ベースの優菜、キーボードの信之、ドラムの吹、DJの白澤、それぞれが順番にほんの数秒だけ自由に演奏する。
"構わないで構わないで 私が生きていること"
"忘れないで忘れないで 絵空事"
観客席に座っていた生徒たちはその場で立って、腕を振り上げていた。体育祭のことなど頭に残っておらず、今のこの空間のことをライブ会場だと思っているのだろう。
"I hope I get see you again."
(また会えたらいいな)
"彼の背中を見つめる私"
"I'll never come here again."
(もう二度と来ない)
"嘘ついて"
"素直になれなくて"
最後の盛り上がり。神凪楓と内宮智花は声を掠らせながらも会場を沸かせ、
"現でユメを見る"
最後の歌詞であるこの言葉で、曲がピタリと止むその瞬間に、余韻を持たせる静寂へと持ち込ませた
「「ありがとうございました…!!」」
智花と楓がお辞儀をすると、駿たちも楽器を手放して観客席に礼をする。そんな駿たちに観客は拍手と声援を送って、ステージ発表のすべてを讃えた。間違いなく、今までのステージ発表の中で最高の出来上がりだろう。
「それと報告があります!」
内宮智花がそれに付け加えて、報告があると観客に伝える。その内容は楓たちに知らされておらず、何を言うのかと智花の姿を見ていると
「私は今日をもって、モデルを引退します…!」
「……なっ!?」
前々から考えていた話をメディアがいる前で、高らかにモデルを辞めると宣言をした。そんな引退宣言に至る所から驚愕の声が沸き上がり、メディアのシャッター音がより激しく聞こえてくる。黒百合玲子は智花がモデルを辞めると聞いて、少しだけ驚きながら「フフッ…」と軽く笑みを浮かべていた。
「理由は後日きちんと話させていただきます。今まで応援してくれたファンの方々…ありがとうございました…!」
内宮智花は深々と頭を下げる。その潔さにファンだった生徒たちも、涙目を浮かべながら温かい拍手を送り、背後でその姿を見ていた駿たちも自然と拍手を送っていた。
「えー…とんでもない発表もありましたが、お時間も来てますので…とりあえず、二年一組の皆さん! 素晴らしい発表をありがとうございました!」
司会を務める生徒が時間の都合上もあり、まとめにかかると駿たちは速やかにステージの裏へと消えていく。トラブルもあったが、無事に終えられたことで安堵の息を付きながら、ダンス組とハイタッチを交わして、二年一組の観客席へと移動する。
「これで、真白高等学校体育祭の全スケジュールが終了しました。閉会式のまとめとして、最後に雨宮徹様に一言頂きたいと思います」
雨宮徹が席から立つと、辺りが静まり返る。どんな厳しい言葉を口に出すかと、生徒だけでなく教師たちもビクビクと震えていると
「…何も言うまい。このまま精進するがいい」
たったそれだけの言葉を残して、舞台から降りて自分の席へと座る。一瞬、司会の生徒もボケっとしていたがすぐに我に返り、
「ありがとうございました。それでは、これにて閉会式を終わります。午後十九時に校舎は閉まりますので、生徒達は速やかに片づけを行い、帰宅してください」
全校生徒にそう伝えた。西村駿は迅速に片づけを終わらせるために、ステージ発表の衣装のまま二年一組全体へと指示を出す。楓たちも汗だくの衣装を着たまま、片づけを始めることにし、小道具等を抱えて校舎内に戻ることにした。
「玄輝、お前のおかげで助かったよ」
「…いや、おれは大したことはしていない。おれなんかよりお前たちの方が凄かったぞ」
「そうか?」
駿は教室に戻ろうとする玄輝を見て、感謝の言葉を伝えると逆に褒められてしまい曖昧な反応をしていると、
「…自分を変えるっていうのは、こういうことかもしれないな」
それだけ西村駿に伝えると、二年一組の観客席に置いてある小道具を手に持って、校舎口へと歩いて行った。
「駿くん、私たちはここの後片付けをしよう」
「ああ、そうだな。智花はそっちを頼む」
この体育祭のおかげで深まったこと、変わったこと、報われたこと。様々な経験を得ることが出来た。西村駿は本当に良い体育祭だったと改めて実感しながら、皆が早く帰れるように片づけに集中することにした。




