第68話『テストの結果は乏しいですか?』
体育祭への準備が着実に進みつつある本番二日前。盛り上がりを迎える体育祭を前にして、二年一組の生徒達は全員が静かに席へと座っていた。中には祈っている者や、机に顔を伏せて何かに対して絶望しているようにも見える。
「全員席に着け…ってお前たち一体どうしたんだ?」
担任の水越一馬は教室へ顔を出すと同時に、あまりにも雰囲気が違い過ぎる自分のクラスを見て一瞬だけ体を仰け反った。最初は何故ここまで謎の空気に包まれているのかが理解できなかったが、自身の手に持つ複数の封筒を見てすぐに理解する。
「な、なるほど…テスト返しだからか」
ぎこちない笑みを浮かべながら教卓の前に立つと、より一層教室中の空気が強張るように感じる。この学校は体育祭の前に以前行った実力テストを生徒達に返し、わざと集中力を乱す行為を行っているのだ。これは嫌がらせではなく、生徒達が上手く切り替えを行うための訓練。
切り替えができなければ体育祭で力を発揮が出来なくなる。逆に切り替えが上手くできれば、存分に体育祭に集中が出来るようになるのだ。体育祭にテストの結果も大きく関わらせる。それがこの学校の策略らしい。
「よし、順番に一人ずつ前へ出てきてくれ」
名簿番号順に生徒が教卓前へと呼ばれていく。玄輝が顔見知りの中で最も早く呼ばれていたのは雨空霰。大して不安がる様子も見せず、いつものヘラヘラとした表情で水越先生から三枚の答案用紙を受け取ると、リアクションなど取るはずもなく自分の席へと戻っていった。
(余裕なのか?)
次に呼ばれた顔見知りは内宮智花と雨氷雫。雫は無表情のまま答案用紙を受け取ると、流れるように自分の席へと戻っていく。対して智花は、点数に一安心したのか胸を撫で下ろしていた。
(…何か緊張してきたな)
徐々に呼ばれる番が近づくが、その前に呼ばれていたのは金田信之。緊張しているのか足取りが重いようだ。
「――!」
答案用紙を受け取り一枚目を目に入れた瞬間、誰よりもいいリアクションを見せた。悪い点数だったのか、良い点数だったのか、何度も答案用紙を見返している。木村玄輝は一応どのような結末を辿るのかと、こちらへ向かってくる金田信之を見届けていたが
「玄輝…」
その声色ですぐに結果は想像できた。金田信之の点数を見せてもらうと、数学九十四点、国語七十八点、英語が、
「三十五点…ッ!?」
思わず木村玄輝は大声を上げて驚いてしまう。不幸中の幸いだったのは、周りがテスト返しで盛り上がっていることで、玄輝が叫んだ信之の点数が周りに広まることはないということ。しかしその点数の酷さに玄輝も愕然としてしまった。
「ガッシー、本当に勉強したのか?」
「勉強したよ! でも勉強しても解けないんだよ!」
必死に訴える信之を抑えていると、いつの間にか木村玄輝の名前が水越先生に呼ばれていた。変に低い点数を見せられたことにより、自分もヤバいのではないかと不安な気持ちをどうにか落ち着かせながら、水越先生から答案用紙三枚を受け取る。
(自分の席に戻ろう…)
この世の終わりかのような表情を浮かべている金田信之を他所に、玄輝は自分の席に戻ると一枚ずつ点数を確認しようとする。
「国語が、八十五点か」
最も勉強時間が多いであろう国語の点数は予想よりも十点ほど高く、思わず笑みがこぼれてしまう。この調子で頼むぞと念じながら、国語の答案用紙を捲り次の科目へと目を通した。
「英語は、六十三点か」
悪くも良くもない点数。だが自分にしてはあの勉強量で、ここまでできたのは奇跡だと玄輝は安堵する。何よりも安心したのは金田信之に二教科とも勝っているということだ。そして最後の数学の結果を見るために、英語の答案用紙を捲ると…。
「――」
声を失った。もはやその点数を点数として見ていいのかさえ不明だ。金田信之を心の中で馬鹿にしていたツケがこんなすぐに回ってくるとは思っていなかった。玄輝はその点数をもう一度だけ、確認する。
「…三十九点」
金田信之よりも低くはないものの、三十点代は致命的な問題。実は数字の向きが逆で93点でした…なんてこともあり得ないようだ。玄輝は机に顔を伏せて、信之と同じ絶望に満ちた表情へと変わってしまう。
「あれ、玄輝とガッシー? そんな顔してどうしたの?」
玄輝たちからすれば地獄の詰まった答案用紙。そんなものを持ちながら、清々しい表情をした鈴見優菜が玄輝と信之へ声を掛けてきた。
「優菜、おれとガッシーはもうダメだ。今までありがとな」
「あはは…そのセリフはこのタイミングで言うべきことじゃないかな」
状況を察した優菜は苦笑交じりにそんなツッコミを入れる。どうやら優菜のテストの結果はかなり良かったようだ。前の時は玄輝と変わらないほどの実力だったが、ユメノ世界での一件以来、父親と和解しそれなりに努力を積み重ねているのだろう。
「よぉー! 天才、白澤来の登場だぜ」
「おん、玄輝とガッシーはどうしたんや?」
答案用紙を右手でひらひらとさせる白澤来と、結果が悪くも良くもなかったのか普段と変わらない調子の波川吹が玄輝たちに声を掛けてくる。五月蠅い声に、玄輝は顔を上げると周りの声が聞こえないよう頭を抱えた。
「結果があんまり良くなかったみたいだよ」
「そんなくよくよするなって! オレらが勉強を教えてやるからよ!」
信之と玄輝の肩に腕を回してくる白澤来に「余計なお世話だ」と言って腕を振り払う。
「白澤と吹の結果はどうだったの?」
「わいはボチボチやで」
「オレはやっぱり自分が天才だってことを改めて理解したぜ」
優菜はそう答えた二人の答案を見せてもらうことにする。波川吹の点数基準は不明だが、確かに鈴見優菜からすれば悪くはない点数だった。数学八十三点、英語八十点、国語七十二点、まさに妥当と言える点数だろう。それでは白澤来の方はどんなものかと優菜がチラッと答案用紙を見る。
「え? 白澤、これって…」
国語六十点、英語六十五点、数学五十五点。これのどこか天才なのか。優菜は理解が追い付かず、白澤へと説明を求めると、
「だって、見ろよこれ。数学から英語まで五点ずつ上がっているんだぜ?」
とてつもなく下らない理由だった。優菜は自慢するように胸を張っている白澤に苦笑いを浮かべる。今まで知らなかったが、もしかしたらこの男は馬鹿なのかもしれない。
「おん、"ある意味"天才やな」
「だろー? やっぱり持ってるもんが違うのかもな」
「盛り上がっているが…もしかして点数が良かったのか?」
波川吹が適当に白澤来のことを褒めていると、西村駿、内宮智花が点数を見せ合いながら声を掛けてきた。木村玄輝は軽く舌打ちして西村駿を追い返そうとするが、聞こえないフリをしているのかこの会話の輪の中に溶け込むように入ってくる。
「玄輝とガッシー以外は、ね?」
「…違いないな」
「駿と智花はどうだったんや?」
口を合わせて「それなりに」と答える二人の点数を見せてもらうと、三教科とも九十点代。立っている舞台が違うのだとすぐに優菜たち三人はそう思い知らされた。流石、二年一組の男子学級委員と女子学級委員を努めているだけある。
「学年順位を見に行こうと思っているんだが…お前たちも来るか?」
「当たり前だろ駿! 天才のオレがどんなものか知りたいしな」
吹と優菜もそれに賛同し、学年順位を見に行くことにする。木村玄輝と金田信之も死んだ魚のような顔をしているが、現実を受け止める気があるのか学年順位を確認しに廊下へ出て行く。そんな二人の後姿を見送ると、駿たちも教室を出て、学年順位が張り出されている場所まで向かうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「何だ…? やけに騒がしいな」
駿たちが掲示板の前まで辿り着くと様々な学年の生徒たちが、学年順位の掲載される掲示板を見ながらざわざわと騒いでいた。
「あ、西村君…」
東雲桜が西村駿を見つけると、不安そうに名を呼んだ。 駿たちは桜の元まで歩み寄り、何があったのかを聞き出そうとしたが、
「駿、あれは何だ?」
珍しく木村玄輝が駿に声を掛け、掲示板へと指差した。駿たちの視線が一斉に掲示板へと向けられる。
ユメに怯えろ
「――何だアレは?」
学年順位が記されている張り紙。それに加えて余計なものが張り出されているではないか。B4程の白い紙に赤いマジックペンで書かれている「ユメに怯えろ」という文字。
「ユメに怯えろ…?」
「これって、もしかして僕たちに向けての…」
赤い文字で記された「ユメに怯えろ」という文。その文に心当たりがあるのはユメノ世界のことを知っている玄輝たちだけだった。この事から、あのメッセージが自分たちに向けて書かれているのだということが確かになる。
「君達への警告なのだろう。私はそう予測する」
背後から現れた四童子有栖に木村玄輝はギョッとし、西村駿と東雲桜は「あなたは」と見知った反応を示す。その他の者は一体誰なのかと疑問に思っているようだ。
「紹介が遅れた。そこにいる三人は知っているとは思うが、近々この真白高等学校で養護教諭を務めることになった四童子有栖だ。以後よろしく頼むよ」
優菜たちは自己紹介を受けて納得するように頷くと、四童子有栖が続けて話をし始める。
「恐らくは君達を襲った悪魔の首謀者。その人物が警告をしてきたのだろう」
「…? 何でわいたちのことを知ってるんや…!?」
波川吹の発言で優菜たちが一歩後退りをする。もしかして、この先生があの黒霧なんじゃ…という疑いを掛けているのだ。
「残念だが私は君達に警戒されるような人物じゃない。この話はそこの男子学級委員君から聞いている」
「西村くん、本当なの?」
「ああ、本当だ。ダメ元で話したら、この先生はユメ人の話を信用してくれた」
木村玄輝は本当にコイツは四童子有栖に話してしまったのか、と苛立ちを覚えてしまう。ただ、からかわれているだけかもしれないというのに、こんな怪しい先生にペラペラと秘密を口に出してしまうのは問題だ。
「本当は信用していないんじゃないか? おれらをバカにして遊んでいるだけなんだろ?」
「本当に君達を馬鹿にしているのなら私は相当暇人なのだろうな。もっとも、私がこの話に興味を惹かれたのは真実だが」
四童子有栖はタブレットを取り出すと、駿たちに一枚の写真を見せる。その写真を見た瞬間、東雲桜を除いた全員の体が凍り付いた。
「――どうしてそんな写真が? というような顔をしているな」
その写真に写っていたのは、今まで戦ってきた悪魔たちの写真。木村玄輝が初めて戦ったベルフェゴールから最後に戦ったベルゼブブまでしっかりと一枚の写真にまとめられている。ユメノ世界でしか姿を現すことの出来ない悪魔たち。それらを写真で捉えることなど不可能だ。
「ユメノ世界は実在するのだろう? そしてこの写真に収められた悪魔たちは、君達が戦った悪魔たち本人」
「何でそんな写真を持っている…!? お前は一体何者なん――」
「私が何者か。そんなことはどうでもいい。君達には聞きたいことがある」
玄輝たちは四童子有栖が恐ろしく不気味に見えてしまう。対して東雲桜は何のことか分からず、その場の空気を読み取り不安そうな表情を浮かべているようだ。西村駿は息を呑むと、一文字ずつハッキリと四童子有栖へこう述べた。
「――交換条件です。あなたが一体何者なのか、どうやってその写真を手に入れたのか、それを教えてくれるのなら質疑応答に応えます」
「いいだろう、どうせ明かさなければならない時が来ることは分かっていた。昼休みに保健室まで顔を出してくれ。そこで話をしよう」
有栖はその条件を呑むと、タブレットを仕舞い、掲示板に張られている『ユメに怯えろ』と書かれた張り紙を剥がして、階段を降りて姿を消してしまった。
「あいつは何者なんや?」
「分からない…けど、私はあの人をどこかで見たことがあるんだよね」
鈴見優菜が頭を捻らせて考えている最中に、木村玄輝は学年順位表を確認する。騒ぎも段々と収まってきているようで、生徒達は徐々に捌けて自分たちの教室へと帰っていく。
「あ…! ごめんね、西村君! わたし、体育祭の準備を手伝わなきゃいけないんだった!」
「ああ、俺たちのことは気にするな。準備頑張れよ」
「西村君もね!」
手を軽く振りながら、軽い足取りで走っていく東雲桜を駿は見送ると、自分の順位を確認しようと顔を掲示板へと向ける。
「――やっぱり一位は楓か」
学年一位は当たり前のように神凪楓が陣取っていた。その下に自身の名前である西村駿と記されており少しだけ安堵する。三位は生徒会長の東雲桜。体育祭の事で忙しかったというのに三位へと上り詰めているのには驚きだった。
「…?」
八位に雨空霰、九位に雨氷雫が並んでいるのを見つけて西村駿は首を傾げる。あの二人は百パーセント無理だと言われていた真白高等学校の編入試験を乗り越えてきたのだ。もう少しトップに近づいていてもおかしくはないのだが……
「や、やべぇ…おい駿、見てみろよ!」
白澤来が必死に駿の事を呼ぶため、何の用かと指差す掲示板の順位を見てみると、
「百十一位だってよ! ゾロ目って凄くね!?」
自分の順位がゾロ目だったと盛り上がっているだけ。駿は「順位の悪さをまずは悔しがってくれ」と大きなため息を付きながら教室に戻ることにした。




