第67話『体育祭の準備は整いましたか?』
長く感じた昼休憩が終わると、五限目からは体育祭の準備に取り掛かる時間となる。西村駿がクラスの皆に役割を指示しているのを他所に木村玄輝は金田信之と、適当に駄弁っていた。
「玄輝は何の種目に出るか決めたの?」
「決めてねぇよ。走るのも跳ぶのも嫌だからな」
頬杖をつきながら気だるそうに金田信之へ返答する。運動は得意な部類ではないため、体育祭は玄輝にとってただの地獄だった。太陽の光が照らす中で体を動かすことは苦行に過ぎないのだ。
「それなら僕と一緒に借り物競争に出ようよ!」
「は? そんなの却下に決まって――」
「いいじゃないか。丁度一人枠が空いていたんだ」
西村駿が金田信之の意見に賛成するかのように声を上げる。勘弁してくれ、と頭を左右に動かし否定をしたが、『借り物競争』という種目名が書かれた場所に玄輝の名前が記されてしまう。意見を聞かず、取り消そうとしない西村駿を木村玄輝は目で訴えようとするが、
「玄輝、一緒に頑張ろうね!」
隣から聴こえてくる金田信之の声に肩をガックシと落とした。とんだ災難だ。種目に一切出場しないと決めていた玄輝は、この先が思いやられると大きなため息を付く。その姿を遠くから見ていた白澤来が大声で、
「期待してるぜー!」
と半分からかうように声を掛けてくる。木村玄輝は相手にしたくないと無視を決め込んで、全く違う方向で会話を交わしている鈴見優菜と内宮智花の様子を窺うと、いつも通り楽しそうに話しているようだった。
「おいおい、オレを無視するなんて悲しいぞ?」
「声を掛けてくるなら、もう少し距離を保て」
無視をされたことに気づいた白澤来が玄輝と信之の元まで近寄ってくる。玄輝は馴れ馴れしいのが嫌いなため、白澤を手で追い払う…が、それをものともせず肩を無理やり組んできた。
「オレと駿と智花は『スウェーデンリレー』に出るからな! 応援してくれよ!」
「はぁ…?」
『スウェーデンリレー』は第一走者百メートル、第二走者二百メートル、第三走者三百メートル、第四走者四百メートルを走り、四人で合計千メートルを走る種目だ。走る距離が等分ではないことで、選手が走る順番も考えて組み合わせなければならない。
「おん、ちなみにわいは普通の『リレー』に出るんや」
聞いてもいないのに波川吹が、出場する種目について話を持ち掛けてくる。白澤や吹の種目に関して興味など一ミリも無い為、黒板に記入される知った顔の生徒の名前を確認することにした。
――――――――――
『リレー』
波川吹、鈴見優菜、神凪楓
『スウェーデンリレー』
白澤来、西村駿、内宮智花
『借り物競争』
木村玄輝、金田信之
『しっぽ取り』
女子全員
『騎馬戦』
男子全員
『クラス対抗リレー』
神凪楓、西村駿、雨氷雫、雨空霰
『ロミオとジュリエット』
―――――――――――
「…ん?」
『ロミオとジュリエット』と書かれた種目名を目にした瞬間、思わず視線がそこへ留まる。聞いたこともない種目名。去年はこんな種目はなかったはずだ、と木村玄輝が苦渋の思いで白澤たちに尋ねようかと考えた時、
「ロミオとジュリエットって何だ?」
窓際で雨氷雫と話していた雨空霰が西村駿に質問をした。タイミングが良かったと木村玄輝は興味がないフリをしながら、聞き耳を立てて駿の言葉を聞き取ろうと試みる。
「紙に書いてある説明文によるとだな…女子一名と男子一名が違う場所から走ってきて、出会ったら男子が女子をお姫様だっこして走ってゴールする、という種目らしい」
「――へ、へぇ」
種目の説明を聞いた霰は苦笑いを浮かべる。誰か出場してくれる有志のある者はいないかと西村駿は教室中を見渡したが、種目の説明を聞いたことで誰一人として目を合わせる生徒がいなくなった。
「しゅ、種目の紙を提出するのは明日の夕方までだからな…それまでには決めてほしいんだが――」
「そんじゃあさー…駿が出ればいいんじゃね? お前にお姫様抱っこされるのなら女子も本望だろ」
駿の言葉に一人の男子生徒が声を上げる。随分と人任せな発言だが、その意見には一理あるだろうと他の男子生徒も共感した。妬ましいことに西村駿は学年内で最も女子から好意を寄せられている男子生徒。罰ゲームになり得るこの種目が、女子からすればチャンスとなり替わるのだ。
「考えてはおくが、期待はするなよ」
問題視されている一種目を除けば、出場する種目はほぼ決まっているも同然。駿は種目決めを終えると、次にステージで発表するバンド組のメンバーを招集する。金田信之と波川吹が待ってましたと言わんばかりに西村駿の元へ向かうと、残された木村玄輝と白澤来は顔を見合わせて
「お前は何かしないのか?」
「オレか? オレは白澤来だ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ふざけた回答をする白澤に嫌気がさし、仕方なく席を立って西村駿たちがいる場所まで気だるそうに歩み寄った。
「冗談だぜ! そんなに怒るなよ!」
後を追いかけてきた白澤来も招集場所へと来たことで、西村駿は「どうしたんだ?」と顔を傾げる。
「こいつが鬱陶しいんだ。どうにかしてくれ」
「考え方を変えて仲良くすればええやろ。何が気に入らないんや?」
白澤来の何が気に入らないかと聞かれれば色々とあるが、やはり最大の原因はこの馴れ馴れしい態度。徐々に距離を詰めようとせず、無理やり接近してくるこのやり方。それだけで白澤来とは仲良くしていけそうにない。
「そんな話は後だ。今はどうやって残りの枠を埋めるかだが…」
木村玄輝は机の上に置かれているノートを目にする。
そこには
――――――――――
ドラム→波川吹
ギター→西村駿
キーボード→金田信之
ベース→
ボーカル→
――――――――――
というような一般的なバンド編成と演奏者の名前が記されていた。 未だに決まっていないベースとボーカルの枠をどのようにして埋めようか考えているようだ。
「玄輝、お前は何か楽器が弾けないのか?」
「さぁな」
興味のないような返答をしているが、実は自分の部屋に趣味で購入したアコースティックギターが置いてある。暇なときに弾いたりして時間を潰したりする程度に使用しているだけであり、とても人前で見せられるものじゃない。
「玄輝はアコースティックギターなら弾けるよ」
「おいっ!?」
しかし金田信之は持ち前の天然を発揮して、駿たちの前で玄輝の秘密をばらしてしまう。その話を信之から聞いた三人は意外だったというような反応を示し、玄輝へ視線を向けた。前にも金田信之のせいで紫黒高等学校の生徒に暴力を振るわれたことを思い出す。そろそろ一発だけぶん殴ってもいい頃合いだろう。木村玄輝は拳を握りしめて、後で殴ることを決意する。
「必要なのはベースとボーカルだろ。アコギが弾けるのは本当だが、それ以外は一切触れてすらいない。本当だ」
「…そうか」
西村駿は少し残念そうにそう言うと、右手で顎を触りながらどうしたもんかと考え始める。二つも枠が空いてしまえば、企画倒れもいいところだ。この二年一組に駿、吹、信之の三人以外、楽器を弾ける人物などいるのだろうか。ましてやベースとボーカル、素人に任していい役割ではない。
「あー…編成は決まったか?」
雨空霰が駿たちの元へ顔を出す。机の上に置いてある紙を一目入れると、前の時から全く進行していないことに気が付き、口癖のように「あー…」と何を思ったのか曖昧な言葉を口に出した。
「ベースとボーカル…。ボーカルは内宮、神凪で、ベースは鈴見で…」
「ちょっと待ってくれ。何でそんな簡単に決められるんだ? そもそもその三人は楽器も歌の経験もないんじゃ…」
悩むことなく次々と空いている枠を埋める霰に思わず駿は横槍を入れる。雨空霰は「そうでもないよ」と駿の言葉を否定するとこう説明した。
「ボーカルが必然的に目立つとするなら、"元"モデルの内宮智花と校内で有名な神凪楓がいいだろう。逆に鈴見優菜は目立つことを極力避けた方がいい。『鈴見グループ』の関係もあるからね」
「いや、そうじゃなくて…三人に歌と楽器を任せても大丈夫なのか? 今からそんなに時間はないぞ」
淡々と説明をする霰に駿が歌と楽器を任せて大丈夫なのかと尋ねているが、木村玄輝は他にも気になる点があった。それは何故、よりにもよってユメ人である神凪楓たちを抜粋したのかだ。音楽に触れたことのある生徒ならこの二年一組に数人ほどいる。しかしその生徒たちを選ぶことなく、楓たちを取り込もうとしていた。
「内宮は歌の経験があるし、神凪は器用だからすぐに熟せるよ。鈴見はお得意の音ゲーのおかげでベースぐらいものともしないと思う」
「霰! オレはDJがやりたいぜ!」
「あー…いいんじゃない?」
胸ポケットからボールペンを取り出すと、机の上に置いてある紙に役割を記す。
その結果……
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ドラム→波川吹
ギター→西村駿
キーボード→金田信之
ベース→鈴見優菜
ボーカル→神凪楓、内宮智花
DJ→白澤来
――――――――――
という分担で確定した。ほぼ全員顔見知りというか、知り合い以上の人物たちで木村玄輝は嫌そうな視線を書いてある紙へと向ける。自分だけメンバーから外れたようで、少しだけ仲間外れにされた気分に陥った。
「不安だな…」
「これだけ大規模なんや。かなり練習せんとあかんで」
編成が決まったと同時に丁度鐘の音が鳴る。下校時刻だ。木村玄輝はさっさと自分の席に戻り、帰りの支度をし始めた。西村駿たちはバンドの打ち合わせをしようと考えているのか、内宮智花と鈴見優菜へと声を掛けているようだ。
(さっさと帰るか)
普段から一緒に帰っている金田信之もバンドの打ち合わせ。木村玄輝は一人で足早に帰ろうと教室から出ていく。家に帰ったら何をするか考えながら、下駄箱へと続く階段を降りていると、
「あれ? もしかして木村君?」
「あ、どうも…」
生徒会長の東雲桜と鉢合わせした。片手にはスマートフォンを握っており、先ほどまで誰かと電話していたように見える。木村玄輝は軽く挨拶を交わすと、そのまま帰ろうとしたが、
「ごめんね、木村君。少しだけ時間あるかな?」
「え? おれに何か用でもあるんですか?」
質問に質問で返すなと言われているが、まさか自分なんかが東雲桜と話す機会が生まれるなんて思いもしなかった。その驚きのあまり聞き返してしまったのだ。
「うん。ちょっと話したいことがあってね…」
断る理由はなかった。どうせこの後は家に帰る以外目的などなく、特に用事もない暇人なのだ。玄輝は快く了承をすると
「それじゃあ屋上で話そっか。木村君もあんまり話しているところを見られたくないだろうし…」
桜が屋上に続く階段を上り始める。玄輝も一応階段を上る速度を東雲桜に合わせながら、屋上へと向かう。その最中に会話はなかったが、屋上への扉を開いたと同時に東雲桜が一呼吸入れて口を開いた。
「木村君って、西村君と幼馴染なんだよね…?」
「…まぁ、そうですね」
東雲桜の表情はとても困惑しているように見えた。この話を打ち明けようか、打ち明けないべきか、その選択に困っているようだ。
「おれなんかでも力になれることがあったら、協力はしますよ」
「……」
「多分悩んでいるのは駿のことですよね?」
大体予測は付いていた。わざわざ自分を話し相手に選んだ理由。それは西村駿と幼馴染だから。東雲桜は駿のことに関して悩みを抱えているのに違いなかった。
「うん、実は――」
東雲桜から聞いた話によれば、最近西村駿が何か悩んでいるように見えるということ。自分でも力になれることはないかと聞いたが、断られてしまったこと。いつも助けてくれる西村駿に自分の力も貸してあげたいこと。桜はそれらを気に掛けているらしい。
(駿がユメ人になる前か)
悩んでいた時期は大体それぐらいだろうと目安を付ける。流石に東雲桜へとユメノ世界、ユメ人の話を持ち掛ければ、ふざけているのかと機嫌を悪くしてしまう。純粋な心を持つ桜に、どのようにして解決案を述べればいいかと悩んでいると、
「――おや?」
突如扉が開き、白衣を纏った女性が屋上へと足を踏み入れた。木村玄輝と東雲桜が向かい合っている光景を目にしたその女性は、
「すまなかった。私のことは気にせず続けてくれ」
一言謝罪すると白衣のポケットから電子タバコを取り出し、屋上の塀に背を付けて空を見上げながら吸い始める。続けてくれと言われても、見ず知らずの女性がいる目の前で話を続行することなど出来るはずもない。
「…ああ、自己紹介が遅れたようだね。私は四童子有栖、最近この学校の養護教諭として勤め始めた者だ」
「あ…ご丁寧にありがとうございます! わたしはこの学校の生徒会長を努める、東雲桜です!」
「君の話は常々聞いているよ。私の予想していた通りの姿で安心した」
電子タバコの煙を吹かしながら、東雲桜へと知的な眼差しを向けた。木村玄輝は四童子有栖の声をどこかで聞いたことがあるような、と頭を唸らせて思い出そうとする。そんな玄輝の姿を見た有栖は、
「西村駿について悩んでいるのだろう?」
「…え?」
「彼からは実に興味深い話を聞かせてもらったよ」
まさか駿はユメノ世界について話してしまったのだろうか。いや、話したところで信じる者などいるはずもない。木村玄輝は西村駿がもっと違う悩みを打ち明けたのだろうと考え、四童子有栖と視線を合わせる。
「君たちは彼の事を話していたのだろう? もし心配しているようなら安心してくれ。私が彼の悩みを解消させた」
「そ、それなら西村君はもう大丈夫なんですね…!」
「少しだけ教室を覗いてみたが、あの様子ならもう大丈夫だろう。気に掛ける必要もない」
東雲桜は四童子有栖のその言葉を聞くと、安堵して胸を撫で下ろす。解決策を考える前に四童子有栖が解決させてしまった。時間の無駄だったと木村玄輝は心の内で後悔をしていると、四童子有栖が東雲桜に向かって、
「君は職員室まで来るように言われているのだろう? 早く顔を出した方が良い」
「あっ…すっかり忘れてた! ごめんね、木村くん! また今度お礼するから!」
お礼をされるようなことをした覚えはない。 すべて四童子有栖が解決してしまったではないか。木村玄輝は桜にそう言いたかったが、既に急ぎ足で階段を駆け下りていたため、その後姿を見送ることしかできなかった。
「生徒会長も忙しいものだな。君もそう思うだろう?」
「ええ、まぁ…そうですね」
これ以上、この人と話す必要性は感じない。玄輝は適当に話に区切りをつけて、屋上から姿を消そうと歩を進めた時、
「君のクラスの学級委員は実に面白い生徒だ。非常に想像性に長けている」
そんな話が耳に入り、その場で足を止めた。想像性に長けている。西村駿をその一文で褒め称える者などいるはずもない。玄輝は彼女が何を知っているのかが気になり、言葉の続きを待つ。
「ユメ人、ユメノ世界、七つの大罪。まるでおとぎ話のようだ」
「――!」
自分たち以外知り得ることのない言葉。それを彼女は知っているかのように口に出した。その出来事で木村玄輝は西村駿が四童子有栖という女性に全てを話してしまったのだと理解する。
「君も"知っている"のだろう?」
「…知らねぇよ」
焦ったら負けだと自分に言い聞かせ、慎重に返す言葉を選ぶ。四童子有栖という女性が何を考えているのかが分からない。たったそれだけのことがとてつもなく恐ろしく感じてしまう。
「内宮智花、今回は彼女が七つの大罪とやらに狙われた」
「…」
「しかしそれを彼が助けたのだろう」
この女性はどこまで知っているのだ。 的確に弱い個所を突いてくる彼女に反論をしようと玄輝は、
「あいつらのことなんて何も知らねぇよ」
平然を装ってそう返答をする。
しかし――それがかえって裏目に出てしまった。
「私は"彼"としか口に出していない。それなのに君は何故"あいつら"と称した?」
「――!」
聞き逃さなかった有栖はそれについて追求をする。失言させるように誘導していたのか、それとも元々知っているうえでからかっているのか。玄輝は口を籠もらせて誤魔化そうとするが、
「君も知っているんだな。彼と同じように」
確信を得るように玄輝へそんな発言をすると、電子タバコを裏ポケットに仕舞い終える。今更「本当に何も知らない」と自身の潔白を証明しようとしたところで、四童子有栖は既に結論に至り、考えを変えることはしないだろう。
「あんな馬鹿げている話を、お前は信用しているのか?」
「年上には敬語を使った方がいい」
有栖は木村玄輝の質問に答えることなく、背を向けながら屋上の扉を開き、校内へと姿を暗ましてしまう。屋上に一人残された玄輝は、あの四童子有栖という女性を注意するべきだと考え、スマートフォンで神凪楓へとメッセージを送信した。




