第66話『仲間とは何ですか?』
「……」
木村玄輝は自室で目を覚ます。ユメノ世界から現実世界へ戻ってきたというのに、体の震えは一向に止まらなかった。夢はすぐに忘れると言われているが、ユメノ世界での記憶は忘れることがない。どんなに恐ろしい悪夢も自分自身の頭に、現実世界での記憶と同様に刻みつけられるのだ。
「…学校に行かないと」
深呼吸をして自身の心を落ち着かせると、ベッドから立ち上がり身支度を始める。忘れたくても忘れられない。それがどれだけ恐ろしい事なのか、黒霧と交戦したことにより身に染みて理解をしていた。だからこそ、木村玄輝の中にある自信や勇気などは全てが無謀なものになってしまう。
「玄輝ー! お友達が玄関で待ってるわよー!」
一階のリビングから母親の呼ぶ声が聞こえ、一体誰がいるのかを確かめるために階段を駆け下りる。
「…辛辣な顔をしているな」
玄関に立っていたのは、玄輝が波川吹のユメノ世界で出会った月影村正だった。何故、自分が住んでいる場所を知っているのかと聞き出したかったが、母親に無理やり朝食代わりのサンドイッチを持たされ、家から追い出されるようにして村正と共に外へ出る。
「俺がお前を迎えに来た理由は何だと思う?」
「……」
若干鋭い目つきをしている村正は木村玄輝からすれば不良のようなものだ。月影村正に問われた玄輝は返答が出来ず、俯きながら口を閉じてしまっていた。その姿を見た村正は「学校に行くぞ」と真白高等学校の方角へ向かって歩き始める。
「七つの大罪を全員倒したんだろ」
「…ああ」
「ならどうしてそんな顔をしている?」
村正に対する返答は簡単だ。一言、"悪い夢を見たから"と答えるだけで十分。しかし思い出したくもないことをこの場で口にはしたくなかった。月影村正は玄輝の異変に気が付いているのか、溜息交じりに頭を掻きながら
「…黒霧とやらにやられたのか」
いとも容易く核心を突いた。木村玄輝は黙りこくったまま、一度だけ縦に頷く。
「黒霧がどんな奴だったのかを聞きたいところだが、今は学校に向かうぞ」
「…」
「駿たちもお前と同じ状態だろうな」
交戦してはダメなものと交戦したのだという実感が湧いてしまう。もしあの場で無駄に挑発をしなければ、自分たちの戦力の低下と共に現実世界での支障をきたすことはなかったのだ。選択を誤った、それを痛感して唇を強く噛む。
「…黒霧とやらに好きなだけ恐怖を感じればいい。恐怖を感じられるうちは成長の見込みがあるっていうことだからな」
「……」
精神的にかなり参っているのだと村正は悟った。無理にカウンセリングをしたところで、逆効果になる。そう考えた月影村正はそれだけ伝えると、口を閉じてしまい学校の下駄箱へ辿り着くまで一言も会話を交わすことはなかった。
「…木村か」
下駄箱で鉢合わせしたのは左手をポケットに入れて内宮智花を連れている雨空霰だ。内宮智花の顔は酷く生気がないように見え、木村玄輝は自分もこんな顔をしているのかと思わず右手で顔を触って確認をする。
「…神凪を除けば木村で最後だ。後は絢と雫が既に教室へ連れて行った」
「そうか、俺と絢はこの後どうすればいい?」
「昼頃に前の空き教室に来てくれ」
月影村正と雨空霰に連れられて、二年一組の教室へ向かう内宮智花と木村玄輝は、一言も言葉を発することはない。何か別の事を考えようとしても、数分刻みで黒霧に見せられたあの悪夢が蘇るのだ。
「…遅い」
「許せ、介護が大変だったんだ」
教室の扉を潜ると、そこには雨氷雫と朧絢が駿たちを一つの席へ集合させていた。 その席は神凪楓の席だ。勿論、その本人は病院で入院している頃だろう。絢は村正が来たのを見ると、その場から離れ、村正と共に教室の外へと出ていく。
「で、神凪以外の全員がここにいるわけだが…」
「……」
「まともに喋ってもくれなさそうだな」
西村駿でさえ、顔を真っ青にしながら棒立ちしている。雨空霰と雨氷雫を除いたその場にいる一同は傍から見ればかなり異端なものだ。実際、クラスメイトが心配をしているのか、気になっているのかチラチラと集まっているこの場所を見ていた。
「…まぁいいか。取り敢えず、昼に上の空き教室に集合だからよろしく」
霰は両手で音を二度鳴らすと「解散解散!」と自分の席に帰るように促す。雨氷雫は覇気のない背中を向けながら帰っていく全員の様子を見て、冷たい眼差しのまま霰へと視線を移し替える。
「何を見せられたの?」
「…詳細は本人に聞かなければ分からない。でもまぁ、どちらにせよあそこまで駄目にするんだ。余程のものを見せられたんだろう」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…はぁ、時間が経ったというのに全く雰囲気が変わらないな」
午前の授業を終えたが、その七人の姿は酷いものだった。問題を当てられても何一つ答えられず、周囲とのコミュニケーションさえも取れない。その度に雨氷雫か雨空霰がフォローに入り、手助けをするという繰り返しなのだ。
「西村、お前も喋れないのか? 」
「……」
雨空霰が余裕そうに左手をズボンのポケットに突っ込みながら一人ずつ呼びかけるが、誰一人として口を開こうとしない。その光景に村正と絢は額を手で押さえながら、「ダメだなこりゃ」というように首を横に振った。
「お前たちは七つの大罪を打ち倒すことに成功した。残るは黒霧と呼ばれている元凶ただ一人――」
「霰、この状態じゃ私たちの話もまともに聞けないと思う」
気にせず話を始めようとする雨空霰を、雨氷雫が横から口を挟んでそれを静止させた。だったらどうすればいいんだ、と文句を言いたげな表情を浮かべながら霰は溜息を付き、近くの椅子に腰を掛ける。
「…まさか黒霧が怖いのを理由に戦うのを辞めるつもりか?」
「……」
誰一人として口を開くことのない七人に嫌気がさしたのか、雨空霰はいつものおちゃらけた顔を真顔に変える。それに気が付いた他の三人は、滅多に真顔にならない霰の表情が変化したことにより、何が起きても良いように雨空霰の方向に体を向けてその場に立った。
「黒霧に恐怖を感じることは悪い事じゃない。人間ならばそれが当たり前だ」
不穏な空気を漂わせながら霰は七人に歩み寄る。雨氷雫、月影村正、朧絢…この三人でさえ手に負えない人物、それが雨空霰なのだ。この場で暴れるのであれば三人がかりで止めなければならない。雫たちは緊張感に包まれた教室内で、じっとその場で身構える。
「――だけどな」
霰が右手を上から下へ力強く降ろす。その瞬間、七人の首にワイヤーのようなものが巻きつけられ、強く締め付けた。ワイヤーは教室の至る所に設置されており、準備をしていたのだと三人はすぐに悟った。そして七人は我に返ったように、必死になって首元に巻き付く、ワイヤーを両手で解こうとする。
「"死"の恐怖より上回るものなんてこの世に存在しないんだよ。それだけは覚えておけ」
「霰…っ! 今すぐやめろ!」
朧絢が止めに掛かると、雨空霰はすぐに右手を戻してワイヤーを緩めた。どうしてこんな乱暴をした?と絢は掴みかかる勢いで、霰へと迫ったがその答えはすぐに明らかとなる。
「げほっ…げほっ」
「…何や? どうしてわいは学校に…?」
七人の体の震えは止まり、顔色が元へと戻っていたのだ。霰は元に戻った七人が辺りを見回しながら、呆然としているのを見て微笑すると
「どうせこんなことだろうと思ったよ。性格の悪い奴がよくやりそうな手だ」
ワイヤーを巻き取りながら一人一人の肩に手を置いて、安否の確認をし始めた。雨氷雫は月影村正と顔を合わせながら、どういうことなのかを霰へと尋ねる。
「黒霧とやらは夜驚症を利用したんだ」
「…聞いたことがある。一部の人間が恐怖によって、叫んだり暴れたりする症状だとな」
夜驚症。それは恐怖様症状を示す症状のことを指す。夜驚症はレム睡眠が始まる前の徐波睡眠の時に起こり、夢ではなく半分目覚めていて、半分意識がある状態。黒霧はそれをユメノ世界で引き起こして見せたのだ。
「気分はどうだ?」
「ああ…何とかな」
黒霧がユメノ世界から現実世界へと支障をきたすほどの力を持ち合わせていることは雨空霰でさえも予測していなかった。これはかなり厄介なことになる、霰はそう確信を得ると七人に向けてこう発言をする。
「ベルゼブブを倒した今、残るは黒霧一人だけだ。本当は今すぐにでもこの戦いを終わらせてほしいところだが…あまりにも戦力差があり過ぎるな」
「お前たちが黒霧を倒せばいいだろ? 何でわざわざおれらが――」
「木村、俺たちはお前たちが越えられない壁は壊してやるつもりだ。だけどな、今回のこの一件はお前たちで決着を付けないとダメなんだ」
彼が一体何を知っているのか。それは今になっても木村玄輝には分からない。というより雨空霰以外の雨氷雫、朧絢、月影村正についても理解が追い付いていなかった。
「勝てる気がしないよ」
鈴見優菜がぽつりと自信を消失させながらその場で呟く。そう考えるのは優菜だけじゃない、他の六人も全員が同じことを考えていた。どうすればあの化け物に勝てるのか、試行錯誤をすれば考えるだけ無駄だったという結論に至る。
「西村、お前たち三人組は知っているだろうが…あの世界は創造力だけが全てじゃない。現実の身体能力も十分、ユメノ世界に影響を及ぼす」
「――それって」
「ハッキリと述べる。今のお前たちじゃ黒霧には勝てない」
そんなこと百も承知だ。皆がそう口を揃えて横槍を入れようとしたが、
「だからこそ、この現実世界で自分自身を磨け」
雨空霰の述べた言葉によって、七人は唖然としてその場に立ち尽くす。雫たちは霰の言葉に賛成するように、軽く頷きながら雨空霰の元まで近寄り、七人と向かい合った。
「ユメ人として強くなるには、過去の自分を捨てて今の自分を新しく築き上げることが大切だからな」
「あなた達はまだ強くなれる素質がある。私たちはそれを知っている」
月影村正と雨氷雫の発言に、木村玄輝は心当たりがあった。神凪楓がいつの日か教えてくれたこと。ユメ人だった頃の自分からどれだけ変わることが出来るか、それがユメノ世界で強くなるために必要なことだということを。
「俺たちはもう変わりようが無いからさ! お前たちなりに頑張ってみろよ!」
朧絢が陽気な口調で七人を応援する。"もう変わりようが無い"、その一文はとても明るく自分たちを励ますために放った言葉なのだろうが、木村玄輝にはどこか悲しそうに聞こえてしまった。
「でもよ、そんな時間はあるのか? オレたちがのんびりしている間に黒霧はまた何か手を打とうとしてくるんじゃ」
「黒霧も七つの大罪を失った今、お前たちと同様に準備期間が必要なはずだ。向こうから仕掛けてくるのは明白だが、それも当分先だろうな」
雨空霰は「それに――」と続けて何かを発言しようとするが、それを月影村正に阻止されてしまう。
「まだその話はいいだろ」
「…分かったよ。お前がそこまで言うなら、その時が来るまで黙っておく」
霰は月影村正としばらく視線を交わすと、溜息を付いて渋々言葉を呑み込んだ。
「そういえば智花、モデルの仕事はどうするんだ?」
「え…?」
「悩んでいたんだろ?」
思い出したように西村駿は内宮智花へと問いかける。智花は下を俯きしばらく考える素振りを見せると一言だけ、
「…うん」
と小さな声で呟いた。答えになっていない言葉だが、その一言だけで西村駿たちは「モデルを辞めるんだな」と察することが出来る。まだハッキリとその答えを述べることは難しいようだが、心配する必要もなさそうだ。
「霰くん、楓ちゃんはどこなの?」
「神凪なら入院してるけど?」
雨空霰が内宮智花にそう返答をすると、木村玄輝を除いた六人が硬直する。玄輝は霰にこっぴどく言われたため、その事を知っているが、他の者たちは今まで適当にはぐらかせれており、神凪楓が入院していることなど知る由もなかった。
「え? 待ってよ! どうしてそんな大事なことを僕たちに教えてくれなかったの!?」
「別に俺の判断で黙っていたわけじゃない。神凪自身がそれを望んだんだよ」
「なら、今日の放課後にでもオレらで見舞いに行こうぜ」
お前は話を聞いていたのか、と雨空霰は白澤来を静止すると続けてこう話した。
「神凪の体調はそれなりに良くなっている。体育祭本番までには復帰をすると思う」
「本当か…! それなら良かった…」
西村駿は楓が退院できることを聞いて、一番に安堵の声を上げる。やはり幼馴染である西村駿は神凪楓の事を最も気に掛けているのだと、事情を知る霰たち四人組は改めて理解をした。勿論、他の六人はそもそも西村駿と神凪楓が幼馴染だということなど知りもしないため、男子学級委員として心配していたのだろうと勝手に解釈をする。
(――仲間、か)
雨空霰は神凪楓が病院に運ばれた時のことを思い出す。 楓の容態は下手をすれば心肺停止状態となっても可笑しくない危機的状態。神凪楓には親族が誰一人としていないため、雨空霰が付添人として身の回りの世話をしていた。
「…大丈夫か?」
一週間以上は寝たきり状態だと言われていたが、治癒力が高いおかげか一日ほどで楓は目を覚ました。深夜に届いた病院からの連絡でそれを聞いた霰は一目散に、神凪一家が寝かされている病室へと顔を出すと、何とも衰弱しきっていた神凪楓の顔が目に入ったのだ。
「…頼みがあるわ」
「…」
お得意である皮肉の一つも口に出すことが出来ない神凪楓。
霰は現状、かなり厳しい容態なのだとすぐに悟り、黙ったまま楓の口から続く言葉を待った。
「木村玄輝、をユメノ世界に、干渉させないで…」
「…何の話だ?」
なぜ木村玄輝という人物の名が出てきたのか、霰がユメノ世界の存在を把握していることを知っているのか。楓なりに何か考えがあるのか、霰はワザと惚けたフリをしてそう聞き返す。
「アイツは馬鹿、だから…すぐに助けに行こうと、するわ」
「……」
惚けても話を続けようとするため、雨空霰は何も口にすることなくただ黙って途切れ途切れの話を聞いていた。
「木村を気に掛ける理由が分からないな。一人で戦ってきたお前がどうして今更、他の奴の心配を…」
「…心配するのは、当たり前じゃない。アイツは馬鹿、なのよ…?」
神凪楓の口からそんな言葉を聞けるとは思わなかった、と霰は溜息を付きながら視線を窓の外に移す。暗い空に白く輝く三日月がとても綺麗だった。神凪楓は何故戦うのか、何故そこまで身を挺するのか、その答えはこの美しくも残酷な世界を守ろうとしているから。きっとそうなんだろう、と雨空霰は決意をし重い口を開いた。
「分かった。木村玄輝、金田信之、鈴見優菜の三人はこっちの監視下に置いておく」
やっぱりすべて知っているじゃないかとでも言いたげに軽く微笑しながら、神凪楓は目を閉じる。それが西村駿たちの一件以前に交わした最後の会話だった。
「何でお前は勝手にユメノ世界に干渉を――」
そして智花の一件後、霰の目を盗んでユメノ世界に干渉した神凪楓の病室へ訪れると手に持っていたプリンの入った箱を落としてしまった。
「……」
神凪楓はどこから持ってきたのか、果物ナイフを両手に持ち、隣のベッドで寝ている自身の兄ともいえる神凪零へと振り下ろそうとしていたのだ。
「やめろ」
霰はプリンの箱を蹴り飛ばし、楓の持つ果物ナイフへぶつけてそれを阻止するとゆっくり神凪楓へと近づく。
何かがオカシイことは既に気が付いていたが、それよりも不気味なのは果物ナイフを手放した瞬間、ピタリと動きが止まってしまったことだ。
「…おい」
すぐ背後まで迫ると神凪楓の肩に手を置いて、こちらを振り向かせようとする。
「縺溘☆縺代m縺励?縺ョ繧√&縺上i繧」
「――!」
霰は人間の口で発することなど出来るはずもない、バグったかのような言語を言葉にした神凪楓の顔を見る。 目に生気がない。目の中が黒い。いや、顔の全てが真っ黒だ。
「…目を覚ませ」
掴みかかってこようとする神凪楓の腕を掴むと、腹の溝に肘打ちを食らわせる。それだけじゃ物足りないと考えた雨空霰は、側に落ちている果物ナイフを拾い、背後から押さえつけながら首筋に刃を突き付けた。
「縺溘☆縺代m縺薙m縺帙◆縺吶¢繧阪%繧阪○縺溘☆縺代m縺薙m縺――」
機械の音声が壊れたかのように何かを連呼する神凪楓。雨空霰はその言葉の意味こそ理解はできなかったが、楓がどういう状態に陥っているのかは大体予想が付いたため
「一回死ね」
果物ナイフを神凪楓の首に突き刺した。血が神凪楓の病衣を真っ赤に染めていく。鉄の匂いが鼻を劈く。首に突き刺さる果物ナイフを楓は震える右手で触って引き抜きながら、"恐怖"をした。
「どうして、こんなことをッ…!?」
神凪楓が正気に戻り、その場で首を押さえながら倒れ込むと雨空霰を見上げる。
「やっぱりこれで正気に戻ったか。予想通りだったな」
「ふざけんじゃないわよ…! これじゃあ私が死んで…」
「いや、お前は死なないよ」
人の首にナイフを突き刺しておいて何を言っているんだコイツは、と神凪楓は刺された個所を必死に止血しようと試みるが、何かおかしいことに気が付く。
「――え?」
首には血がべったりと塗られているが傷跡は何一つ付いていない。何故なのか、その答えは雨空霰の手をよく見ればすぐに分かることだった。
「あんた、自分の手を…」
そう、雨空霰は神凪楓の首に果物ナイフを突き刺すと見せかけて、自分自身の左手に突き刺していたのだ。霰の左手から血が一滴一滴ずつ、白い病室の床を汚す。ナイフが貫通していたからか、手の平と手の甲で同じ傷跡が見えた。
「こうでもしないと目を覚まさないと思ってな」
「無理をするんじゃないわよ…!」
この後は大惨事だった。病室に駆け付けた看護師たちは血塗れの病室を見ると唖然としてしまう。応急処置として霰の右手は止血が施されたが、下手に動かすことはできないと医師に強く注意をされてしまった。事が収まるまで一時間以上かかり、ゆっくりと一対一で話が可能になったのは深夜の三時頃。
神凪楓は病室のベッドの上で不機嫌な様子を見せながら、
「私に何が起きていたのかを説明しなさい」
と雨空霰に状況を説明するよう求めた。霰も隠す必要はないと判断をし、この病室にやってきて起きたことを全て話す。楓は話を聞いていくたびに表情を険しくさせていくようだ。
「…どうして私を正気に戻すのにこんな手段を使ったのよ?」
「お前が極度の"夜驚症"に陥っていたからだ」
神凪楓は雨空霰から夜驚症についての説明を受ける。黒霧に与えられた恐怖によって現実世界の肉体を夜驚症にさせられた。下手をすればユメノ世界だけでなく現実世界でも人を殺めることが出来るのではないか、と神凪楓は張り詰めた表情のまま目を瞑る。
「結局、仲間が殺される恐怖よりも、自身に降りかかる"死"による恐怖の方が大きいからな」
「私以外は大丈夫なのよね?」
私以外、それは木村玄輝たちのことかと尋ねたかったが、敢えて雨空霰は何も言わず黙り込む。
「もし、私と同じ症状になっているのなら…助けてあげてほしいわ」
「…前と同じことをもう一度言わせてもらう。気に掛ける理由が分からない。一人で戦ってきたお前がどうして今更、他の奴の心配をする?」
以前と同じ質問をされた神凪楓は数十秒ほど口を閉ざしてその答えを考え、
「――仲間だからよ」
「仲間、だって?」
「どうせユメノ世界の存在を知れば、怖気づいてみんな逃げていくと思っていたわ。だってあの世界は醜いうえに怖いじゃない」
神凪楓の言葉を否定はしない。あの世界はユメ人のあらゆる欲望が詰まった場所。それだけでも恐ろしいというのに悪魔という化け物も加われば、誰一人としてユメノ世界に行きたがらないはずなのだ。
「でも、玄輝や駿たちは違ったのよ。友人を助けるために、諦めず、恐怖に抗いながらも悪魔に立ち向かおうと必死だったわ」
「……」
楓は、寂しかったのだ。孤独で戦うこと、それが怖くて怖くてたまらなかった。ユメ人を何人も助けていくが、誰一人として共に戦える仲間はいない。そもそも記憶を継承されていないことで、助けられた恩さえ忘れてしまう。
戦う意味がない。もしかしたら、戦うことに意味を求めてはダメなのかもしれない。それでも神凪楓は誰かに自分が戦っていることを知ってほしかったのだ。誰にも知られることなく死んでいくのはあまりにも悲しい。
「私と共に戦ってくれる…初めての仲間なのよ。だから、彼らを彼女たちを助けてあげて」
「――いいよ」
複雑な感情に戸惑っているのか、気恥ずかしそうに霰へそれを伝えた。そんな楓を見た雨空霰は席を立つと、スマートフォンを弄って雨氷雫たち三人へと連絡をする。
「この事はアイツらに言うんじゃないわよ。私はこんなことあまり言いたく――」
「分かってるよ。心の内にしまっておく」
神凪楓とそう約束をした雨空霰は病室の扉に手を掛け、
「仲間を大事にしろよ」
少しだけ喜びの感情を込めた声でそう言うと、病室から出て行った。




