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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第十一章【タベタイ】

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第65話【意思表示が出来ますか?】

 ――十分前


「…最悪ね。じめじめしているし、虫はうじゃうじゃいるし…」


 神凪楓は鳥のぬいぐるみの中に隠してあったドリームキャッチャーを使用して、内宮智花のユメノ世界へと訪れていた。現実世界では着替えることが出来なかったため、ユメノ世界へ訪れてから制服を創造し病衣から着替えたのだが…尋常じゃないほどの暑さで既に汗だくの状態だった。


「取り敢えず、内宮智花を探そうかしら」


 ユメノ世界へかなりの期間、干渉をしていなかったことで、ユメ人を見つけ出す感覚が鈍ってしまっている。楓は創造した虫よけスプレーを自分に掛けながら、バリバリ君というプリン味のアイスを食べながら適当に勘だけで先へと進む。


「……」


 十歩ほど前へと進むと、すぐに足を止めて銃剣を創造する。何かが進行方向にいるのだ。ぬめりで黄色い体を覆い、ズルズルと長い体を引きずりながら歩いている生物。神凪楓はその生物についての記憶があった。 

 

(コウガイビル)


 コウガイビルとは陸棲ではあるが、ミミズやナメクジ以上に乾燥に弱いので、湿った土壌や石の下、朽ち木の中などにおり、夜間に湿った所を徘徊する肉食のヒル。捕まえた獲物に体全体で巻きついて腹面の口から吻を伸ばし、肉を消化しつつ飲み込む。

 

(…夜間じゃないのに表に出てるじゃない)


 普段なら、人間にとって身近な場所に棲んでいて、畑地の周辺で石をめくればとぐろを巻くような形で休んでいる個体を見つけることができる。ちなみに名前の『コウガイ』は昔の女性の髪飾り『(こうがい)』の形に頭が似ているからこの名がついているといわれている。


(人間には害を及ぼすようなことはしないはずだけど…)


 コウガイビルは人間の血を吸いそうなイメージがあるが、それは大きな間違いだ。肉食というレッテルを貼られているが、捕食するのはミミズやナメクジといった生物のみ。そもそも飲み込むまでの動きや、捕食対象を追いかける速さが遅いことで、仕方なく足の遅い生物を狙っているだけなのかもしれない。


(無視でいいわね) 


 人間に害がないからといって下手に目の前を通れば、何をされるかなど見当すらつかない。下手をすれば交戦すら免れないため、神凪楓は一度前に進むことを止めて、遠回りをしようと後戻りをしようとしたが


「……!」

 

 背後にも黄色い体が立ち塞がっていた。してやられた。既に自分の事を見つけていたのか、と神凪楓は銃剣を銃モードへと変化させる。

 

「通させてもらうわよ」


 楓は振り向きざまに銃剣で、コウガイビルの黄色い体へと何発か撃ち込む。被弾をしたコウガイビルの体はいとも簡単に大穴が三つほど空いたことで、硬さは中の下だということが分かった神凪楓は銃から剣のモードへと変更して、黄色い体に斬りかかる。

  

「柔いわね…」


 ゼリーを斬る感覚と大差ない。楓はコウガイビルの縦に斬り裂いた体と体の間を抜けると、そのままやり過ごそうと樹木をかき分けてとにかく先へ先へと脚を動かして必死に走る。 


(…こっちね)


 勘を取り戻してきたのか神凪楓は脚を止めることなく、右へ左へと曲がりながらユメ人のいる場所まで走り続けた。道中で様々な巨大な虫を見かけたが、相手にする必要もないので全て無視をする。


「…?」


 勘を頼りに走り続けていると、何やら甘い匂いが鼻に伝わってきたことに気が付く。何があるのか気になった神凪楓は少しだけ走る脚を緩めて小走りを始めた。


「ここは」


 その匂いの元まで辿り着くのに一分も掛からなかった。樹木をなぎ倒しながら辿り着いたその場所は、蒸し暑い熱帯地獄とは程遠い涼しげな花畑。色とりどりの花が咲き、そよ風により花びらが舞っている。そんな光景を見た楓は呆気に取られてしまう。


「…楓さん?」


 その花畑の中央には内宮智花が座っており、神凪楓のことを見つけると名前を呼んだ。楓は自身の名前を呼ばれ、智花が本物かを見極めるためにゆっくりと歩を進めながらその正体を探ろうとする。

  

「こんなところで何をしてるの?」

「…私にも分からないよ。お爺さんがここは夢の世界だって教えてくれたけど」


 辺りに怪しい気配がないこと、内宮智花の言葉に嘘を感じないことを根拠に、目の前にいる彼女は本物なのだと理解して銃剣を手元から消した。


「どうして楓さんはこんなところに?」

「あんたを助けに来たのよ」

「私を…?」


 内宮智花の表情は酷く曇っていた。すべてを諦めているかのような暗い顔を見た神凪楓は、悪魔に何かを吹き込まれたのではないかと疑い、軽く対話をしようと、内宮智花の隣に腰を下ろす。


「私だけじゃないわ。あんたのことを心配して、他にも助けに来た連中もいるのよ」

「…楓さん、私はどうすればいいんだろう?」


 何かを思い詰めている声色。余計なことを吹き込まれたという神凪楓の予測は的中し、その先に続く言葉を黙って聞くことにする。


「…私、モデルなんてやりたくない」

「どうしてよ?」

「食事制限のせいで好きなものは食べられないし…将来は学校の先生になりたいのに、モデルの仕事が邪魔をするし…」


 神凪楓は心の中で「そういうことか」と納得をしてしまう。内宮智花のことを引っ張り続けていたのは、モデルという仕事。事務所のトップ2まで上り詰めてしまったことで辞めるにも辞められない。絶対に反対をされる、ファンを悲しませることになる…そんな不安ばかりが募り、いつまでもいつまでも言い出せずにいるのだ。


「嫌なら辞めればいいのよ」

「でも、黒百合さんや事務所の人達…両親や私の事を応援してくれる人になんて言われるか…」


 壊れてしまいそうなほど小さな声でそう呟く智花を、神凪楓は大きくため息をついて目を瞑った。


「…あなたがしたいようにしなくてどうするのよ?」

「……」

「あなたはあなたなのよ。自分の道は自分できっちりと決めてあげないとダメだわ」    

  

 あまりにも優しいその返答に内宮智花は口を開いたまま、呆然としてしまう。神凪楓は誰かに助言をすることなどは滅多にない。ただ厳しい言葉をぶつけるだけ、周囲の噂からはそんな話しか耳にしなかった。


「あなたには将来の夢もあるし、好きなこともある。それを邪魔するものはすぐに切り捨てればいいのよ」

「楓さん…」 

「――あなたは周囲の為に生きるんじゃない…自分の為に生きるのよ」


 その言葉が内宮智花の心へと強く突き刺さる。今までは誰かの為になることばかり考え…自分の為になることを全く考えていなかったのだ。周囲の威圧に押し負けない強い意志、それが智花には必要だった。


「…ありがとう」

「礼はいらないわ。私には今、あなたの力が必要なの」


 内宮智花はその場に立ち上がり、スカートに付いた花びらを払うと左手を胸の前で握り、本を数冊自分の周りに創造した。その本たちは魔導書のように開いたページごとに色の違う魔方陣を一つ一つ描き、辺りに漂う。


「うん…! 行こう、楓ちゃん」

「ええ、方角は多分西よ」


 神凪楓は本の上へと飛び乗ると、内宮智花と本一冊一冊がそのまま浮上して、樹木全体を見渡せる高さまで飛んでいるようだ。楓は悪魔がいるであろう方向へ指を差して、智花に指示をする本と共に目的地まで飛んでいった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 

「無事…ではなさそうね」

「本当に楓、なのか?」

「その反応を見る限り、私の偽物に何かされたわね?」


 西村駿が目を疑っているのを他所に、神凪楓と内宮智花は駿たちの元へ着地をする。そしてボロボロになった六人を一通り見ると、ベルゼブブへと銃剣を向けた。


「気を付けろ楓! あいつは創造力を喰らう能力を持っている!」

「ああ、あんたもいたのね」


 玄輝の助言に神凪楓は興味がなさそうな反応を示し、銃剣で発砲を繰り返しながらベルゼブブの元まで歩み寄る。ベルゼブブは迫りくる弾丸を配下の蠅で防いでおり、一発も被弾することはなかったが、


「放射…!」


 ベルゼブブを取り囲んでいた智花の本たちがレーザーを放ち、体の至る所に小さな穴を空けた。内宮智花の能力は乙女の魔導書(メイデングリモワール)。創造力をエネルギーとして放出し遠距離攻撃が可能となる力だ。


「どこを見てるのよ?」


 それに怯んだベルゼブブを見逃さない神凪楓が地面を蹴って飛び上がると、銃剣で何連撃も体外へと斬り刻み、銃形態で発砲しながら駿たちの元へと着地をする。


「お主たち。かなりやるのぉ」


 ベルゼブブは右手と左手を合わせる。創造力が高まるのを感じた神凪楓は金田信之に、


「防壁を作りなさい…!」

「ええでも創造力が足りなくて…」

「根性でどうにかするのよ!」


 と半ば無理やり八人分の防壁を作らせると、防御態勢へと入る。玄輝たちもそれぞれの武器で防ぐような態勢へと変えると、ベルゼブブが高めていた力を解き放つ。


「――!」

「このユメノ世界ごと崩壊させるつもり!?」

 

 とてつもない衝撃波が八人全員を襲う。この衝撃波はベルゼブブの持てる全ての創造力を込めた一撃であり、その絶大な威力は周囲の樹木を根こそぎ遠くへ吹き飛ばし、ユメノ世界が大きく揺らがせているようだ。玄輝たちは次々とその衝撃波に耐え切れず、樹木と共に遠くへと吹き飛ばされていく。


「ど、どうじゃ…これが老い耄れの全力じゃぞ」


 衝撃波が止んだ頃には既にユメノ世界は全てが平地と化していた。樹木は一本も残ることなく、そこに残るのはベルゼブブの巨体のみ。この全創造力を費やす攻撃には流石の本人も疲れたのか、ガックシと重い体をふらつかせる。


「あやつらもこれには耐えられんじゃろう…」


 物音ひとつ聞こえないことでベルゼブブは勝利を確信する。この渾身の一撃は樹木だけでなく、人間の体など軽く粉砕してしまうのだ。今頃、全員諸共あの世のへと道を辿っているはず…。


「――!」


 そう考えていたが、横から足音と共に何者かが腹部へ一太刀入れてきたことで、思わず呻き声を上げてしまう。


「何じゃ――」


 間髪入れずに水で生成された矢が周囲を取り囲み、体の至る所に突き刺さる。そんな正体が掴めない攻撃に紛れて、もう一太刀だけ先ほどとは別人の誰かが左腕を斬り落とした。


(ぐぬぅ!? こやつら…!) 


 背中に槍が深々と突き刺さり、体の至る所を双剣で斬りつけられる。止まらぬ猛攻、ベルゼブブはよろめきながら反撃をしようと試みるが、手負いの状態では手出しをする前に攻撃を仕掛けられてしまいどうしようもなかった。


「――くたばりな」


 上空からそんな声が聞こえると、踵落としがベルゼブブの頭部へと叩き付けられる。その衝撃にくらみながら地面へとひれ伏すことになったベルゼブブは、立ち上がろうと右手を地面へと着けるが、


「…させないわ」


 右腕ごと銃剣によって斬り落とされた。なすすべもなく滅多打ちにされたベルゼブブが顔を上げて最後に見た光景は、



「私は自分の意志に従うんだ。もう周囲に惑わされない」  

 


 ――内宮智花が魔導書によるレーザーを放つ瞬間だった。


「…終わったのか」

 

 ベルゼブブの脳天をレーザーが貫くと、それらはすべて光の塵となり、そこからユメノ結晶が姿を現す。 戦いが終わったことを確認した智花以外の七人は土塗れになりながらそれぞれ地面の中から姿を見せた。


「土の中に隠れるっていう発想はなかったな…」 


 衝撃波によって吹き飛ばされる瞬間、神凪楓が自身の真下を爆破させて空洞を作り、他の七人をその中へと放り込んだのだ。地面よりも下にいれば、衝撃波は軽減され、大きな揺れだけが伝わるだけ。そのおかげで大怪我も死傷を負うこともなく無事に弱ったベルゼブブへと攻撃を行うことが出来た。


「でもこれで七つの大罪は全員倒したんだ。残りは――」

「そう、わたしだけだね?」


 全員が一斉に背後を振り返る。そこに立っていたのは黒霧。西村駿、波川吹、白澤来、内宮智花は初めて姿を見るが、楓たちはその懐かしい黒い霧を思わず睨みつけていた。


「…玄輝、あれは誰だ?」

「アイツは黒霧。この七つの大罪を呼び出した張本人、いわゆる黒幕だ」


 その言葉に四人はすぐさま武器を構えた。黒霧は何が可笑しいのか、視線の先にいる八人を鼻で笑っている。


「まさか全員倒しちゃうなんてね。わたしもこれにはびっくりしたよ」

「どうするんや? こっちは八人、お前が敵う人数じゃないやろ?」

「…人数? あー、残念だけど…八人同時に襲い掛かってきたところであなた達が死ぬだけだよ」

  

 立ち振る舞いからするに八人を相手にしても余裕なのは本当らしい。神凪楓は銃剣で黒霧を狙い発砲をするが、前と同様に黒い霧に触れた瞬間、塵へと変わってしまう。

 

「そんなに戦いたいのなら、少しだけ遊んであげようか?」

「…遊ぶだって? オレたちも随分となめられたもんだな」

「あっはっはっ! いいよ! 少しだけ本気を出してあげる!」


 黒霧のその発言で辺りの空気が一瞬にして凍り付いた。天候が暗くなり、周囲を闇へと変える。視界を悪くしただけでなく、全員が全員の位置を把握しきれないのだ。


「ガッシー? 楓?」


 名を呼んでも誰も反応しない。声すらも闇によって届かない。辺りに黒い霧が立ち込める。触れても塵へと変わらず、ただの目くらましのようだ。

 

「…!!」


 目の前に立っているのは西村駿。西村駿は神凪楓の首を絞めて殺していた。楓の瞳は虚ろで生気がない、口から涎を垂らし、失禁しているようにも見える。一方、西村駿は…ただ笑っていた。普段通りの、変わらない笑顔で。殺意もない、喜びもない、ただの笑顔。それがこんなに恐ろしいものだと実感して、玄輝の呼吸が乱れていく。  


「何だよこれっ…!?」


 周囲のどこを見渡しても仲間が仲間を殺し合っている。殺されたはずの楓が至る所にいた。首を絞められている楓だけでなく、刺殺されている楓、目玉をスプーンでくりぬかれている楓、集団で強姦されている楓、どこをどう見渡してもそれしか視界に入ってこない。叫び声、悲鳴、嗚咽、雄叫び、聴覚さえもそれらによって支配されてしまう。

 

『ザコが! 目を覚ませ…ッ!』 


 呼吸が止まってしまいそうなほど胸が締め付けられると同時に、頭の中でアメの声が響き視界がガラリと変わる。そこには視界も聴覚も支配されることのない元の場所だった。


「――」


 辺りを見渡せば全員が小刻みに震えていた。情けないと笑ってやりたいところだが、玄輝本人も震えを押さえられずにいる。八人全員が同じものを見せられたのかは分からない。ただ、木村玄輝と同様に心臓が止まりそうなほどの"ナニカ"を見せられ、聞かされたに違いない。


「だらしないなー? その程度で怖気づいちゃうの?」

「…何を、何をしたのよッ!?」

  

 神凪楓が銃剣を何とか握り、黒霧へと斬りかかる。その刹那、黒い霧が神凪楓の頭部へとまとわりついた。何かを見せられているかのように銃剣を手放して、呆然とその場に立ち尽くす。

 

「楓…!」

 

 黒い霧が自分たちに"ナニカ"を見せて聞かせていたのだと理解する頃には、神凪楓がその場に座り込み、顔を隠して情けない声を上げながら涙を溢していた。普段から弱い自分を見せない楓がここまで衰弱してしまっているのを見た他の七人は黒霧が自分たちの手には負えないものだと錯覚してしまう。


「わたし一人でもこの腐った世界を立て直せる。止めれるものなら止めてみるんだね」

  

 黒霧はトドメを差すことなく、黒い霧と共にその場から姿を消してしまう。 黒霧が姿を消した後も体を動かすことも声を上げることも出来なかった。その空間だけ時が止められてしまったような感覚を覚えながら、意識だけが飛んでいるようだ。


『おい! しっかりしろよ! おいっ!』

「……」

『チッ、こうなったら…』 

 

 誰も動けずにいる状態で唯一アメだけが正常に動けたため、剣の状態から少女の姿へと変化させるとユメノ結晶目がけて、


「ザコキャラどもっ! 全員目を覚ませやぁっ!!」


 ドロップキックをぶっ放し、粉々に破壊して全員の目が覚めるように仕向けた。






 Gluttony

 END

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