第64話【食べ過ぎは体に悪いですか?】
「ほっほっほっ! 若い者が揃いに揃って…」
冠を頭に付けている巨大な蠅の王。信じられないほど強大で、凝縮していた力を解放させたかのような真の姿。六人は神凪楓の姿に化けていただけでも強大だったというのに、ここまで力を持て余していたのかと気迫に押し負けそうになる。
「わしが【暴食を司る ベルゼブブ】じゃ。お主たちの話は聞いておるぞ」
「…智花はどこだ? どこにいる?」
西村駿が内宮智花の所在を問うが、ベルゼブブは「さてどこじゃったかのぉ」と惚けたような返答を返す。老人を連想させるその喋り方は、非常に掴みづらいもので、何を考えているのかが全く予想することができない。駿は雨空霰からルシファーが七つの大罪の中で最も強いと聞いていたが、目の前にいるベルゼブブの方が遥かに強い風格を纏っているように思えた。
「…なら、手加減はしない」
西村駿が白銀の剣を向けると同時に、六人はユメノ使者を呼び出す。木村玄輝はベルフェゴールを、金田信之はレヴィアタンを、鈴見優菜はアスモデウスを自身の創造力を使用して呼び出した。
「ほぉ、懐かしい顔ぶれじゃな」
【…久しいな、ベルよ】
【うわぁ、今度はジジイが相手かよー! 嫌だなぁ…!】
【おや? これはこれはベルゼブブ様でしたか】
敵同士だというのに、懐かしさを感じるあまり必ず挨拶を交わす風潮はどうにかならないものかと木村玄輝は、額を押さえながらため息を付く。次に、西村駿がルシファーを、白澤来がマモンを、波川吹がサタンを呼び出した。
【ヒャッハァァァ! 爺さん、久しぶりだなぁ!!】
【ベルゼブブ、吾輩と今度一打ちしないか?】
「いいのぉ…時代をしみじみと感じるわい」
七つの大罪全員がその場に居合わせるのは初だった。同窓会のようなムードになってしまっているこの空気の中でルシファーだけが唯一、苦笑いを浮かべているようだ。
【…アタシはアンタらとは顔を合わせたくはなかったよ】
「それはどうしてじゃ? わしはルシファー殿に合えて嬉しいぞ」
縁起でもないことを言うな、とルシファーは言葉を吐き捨てた。七つの大罪は人間ではなく悪魔たちだ。必ず裏の顔が存在し、いつでも裏切り行為を平然とする。そんな連中が互いを信頼し合い、仲良く協力など出来るはずもない。
【ベルよ、久しい顔ぶれだ。ユメ人から手を引いてはくれないか?】
「無理じゃよベルフェゴール。わしらは召喚されるときに黒霧殿と契約を交わしているのじゃ。手を引くことも手を抜くこともできんわい」
【なら、吾輩たちも遠慮なく行くぞ】
裏切り行為を平然とする悪魔だが、契約となれば話は別となる。何かしらの代償を貰う代わりに、悪魔の力を貸すという契約。それは人間界で例える、物を買う際にお金を支払うという当たり前の行為と同じことなのだ。一応味方だった者たちが、自分以外敵になろうとも決して寝返ることはしない。
「老い耄れだと思って甘く見ないことじゃ」
「ガッシー! 援護だ!」
金田信之は玄輝に指示をされ、ドビュッシー作の【二つのアラベスク】という曲を奏でて、六人全員の創造力を上昇させる。創造力が上昇することによって、ユメノ使者の強さも更に上へと向上していくのだ。
「白澤、行くぞ!」
「おう! 任せとけって!」
マモンを引き連れた白澤来とベルフェゴールを引き連れた木村玄輝でベルゼブブの正面へと突撃する。白澤はマモンを踏み台にして空高く飛び上がり、戦えば戦うほど身体能力が向上する【マーベリック】を発動して、自身にオーラを纏わせる。木村玄輝は白澤来たちを横目に、ベルフェゴールと剣による連携攻撃を仕掛ける。ベルゼブブは片手に杖を創造すると、木村玄輝とベルフェゴールの剣を捌きながら、上空から迫る白澤来の拳を空いている手で受け止めた。
「マモン…ッ!」
【チェストォォォ!!】
白澤来はベルゼブブの背後へと忍び寄らせておいたマモンを突進させて、ベルゼブブの巨大な体のバランスに支障を生じさせる。玄輝はベルフェゴールと共に、ベルゼブブの足へと一太刀入れ、追撃しようと試みた。
「数が多いと厄介じゃのう」
杖を二度鳴らして、配下である大量の蠅を召喚して辺り一帯の視界を遮り自身捉えられない状態へと変化させる。無数に存在する蠅は倒しても倒しても減らないため、一同は苦戦を強いられていた。
「おおんッ!? 鬱陶しいんや!」
【吾輩の炎で燃やし尽くしてやろう】
しかし波川吹の怒りをトリガーにサタンの能力である【エルガープロス】発動して、辺りに舞う蠅たちを炎で燃やし尽くす。吹の体を覆う炎は蠅たち一匹一匹に絡みつくようにして引火し、蠅が散り散りになるまで燃やしていく。
「レヴィアタン!」
【もぉー! ほんとにサタンの炎は熱いんだから!】
辺りの樹木に引火は避けられないため、金田信之はレヴィアタンに炎を消させていた。無数の蠅たちが全員死滅すると、水で鎮火されたこともあり、焦げ臭いが辺りに漂う。あっという間に消滅させられた蠅たちを見ていたベルゼブブは、焦ることなく空から玄輝たちを見下ろしていた。
「流石じゃのう…これは手を抜いておる場合ではないわい」
杖を高らかに掲げると、玄輝たちにも聞こえるモスキート音をユメノ世界全体に鳴らした。今度は何が来るのかと辺りを見回していると、地響きと共にこのユメノ世界に住んでいる巨大な様々な虫たちが一斉に姿を現し、玄輝たちを取り囲んだ。
「やるよ…!」
【鈴見様の仰せのままに】
鈴見優菜はアスモデウスの能力である【虚眼】を発動し、瞳の色を七色へと変えた。そして辺りの虫たち全員を見渡して魅了をすると、思うままに操りながらベルゼブブへと攻撃を仕掛けるように仕向ける。ベルゼブブは「これは誤算じゃ」と唸りながら、杖を三度鳴らして、虫たちを一瞬で干からびさせた。自らの手で全滅させたが、そこで一安心する間もなくベルゼブブの真上に影が出来る。
「ルシファー!」
【分かってるよ】
ユメノ世界に浮かぶ金星と白い翼を持つ天使。その金星はルシフェルーの能力である【宵の明星】だ。西村駿の背中には右翼側だけの白い翼が付いており、それらを羽ばたかせながら、白い大剣を持つルシフェルと上空からベルゼブブへ剣を突き刺して、地面へと墜落させた。【宵の明星】による効果で、ルシフェルの力は本来の二倍以上の力を発揮できることで、ベルゼブブへと十分に損傷を与えられるのだ。
「ぐぅ! 歳を取ると腰に来るのぉ…!」
ベルゼブブは西村駿とルシフェルを振り払い、杖を二度鳴らして再び無数の蠅を呼び出して時間稼ぎをする。…が、残念なことに波川吹の炎によってそれらは瞬く間に全焼し、時間稼ぎにならず、
「【フィストォォォブロォォォウウッッ!!】」
【マーベリック】によって力が絶大なものへと変化している白澤来とマモンの二つの拳で、ベルゼブブの図体を数十メートル先へと吹き飛ばした。ベルゼブブの巨体は樹木を何本もなぎ倒しながら、遠くへ遠くへと転がっていく。
「これで決まったか?」
「…それはフラグってやつやで」
吹の言葉通り、西村駿の期待を裏切るようにしてベルゼブブが羽を扱いながら上空へと姿を現す。あれだけの攻撃を受けているにもかかわらず、全くもってふらついたりしていないようだ。余程頑丈なのか、【再生】を使用したのかは不明だが、六人をより警戒させるのには十分な理由となった。
「そうじゃったな、お主らは仮にも七つの大罪を打ち倒した人間じゃった」
「お爺さん、智花ちゃんがどこにいるのか教えて…! 私が助けないといけないの!」
「…おお、そうか。お主があの子の友達じゃったか」
ベルゼブブは鈴見優菜をしばらく見つめると、思い出したように杖で手の平を叩き、途切れ途切れに話を始めた。
「あの子は悩んでおったぞ。モデルとやらを辞めたいのに辞められない、とな」
「モデルを辞めたい…だと?」
「可哀想な子じゃ。最初は憧れで入った世界は自分の好きなものを奪うだけの卑劣な世界。そんな世界から抜けようとしても周囲の人間のせいで抜け出せずにいる」
内宮智花がモデルを辞めようとしている。その話を聞くのは鈴見優菜でさえ初めてだった。智花が何かを悩んでいるようにも見えなかったうえ、まさかモデルのことで自分自身を追い詰めていたなんて思いもしなかったのだ。
「わしら悪魔には理解できん。辞めたいのなら辞めればいいじゃろ? 何故人間はそれが出来んのじゃ? 周囲に何かを言われるからか? それとも、辞めれば自分自身の地位を失うからか?」
「…それは」
「お主らは悪魔のわしを悪者として見ておるが、あの子を追い詰めたのはお主たち人間自身じゃぞ? 本当の悪はどっちなんじゃろうな」
人間社会は悪魔たちにも理解が出来ないほど厳しく辛いものだ。ベルゼブブの発言に西村駿たちは反論が出来なかった。現実世界の人間は、上の身分の者によって強制されることに弱い。内宮智花で例えるのなら、憧れである黒百合玲子と自身を信用してくれている両親によって、モデルを続けるということを無意識に強いられているのだ。
「お主たちはまだ若いんじゃ。今のうちに嫌なものは拒否ができる、強い意志を持っておいた方がいいぞい」
【ふんっ…相変わらずお喋りな口だね。人間たちにお説教でもしているつもりかい?】
「これくらい言ってやらんと分かってはくれん。またわしらが生まれるだけじゃ」
ベルゼブブは地面へ降り立つと、杖を一度だけ鳴らす。何をしてくるのかと六人は呼吸を整えながら、慎重に観察をしていれば、
【…げげっ!? おいおまえら! 今すぐぼくたちをしま――】
レヴィアタンの声と共に、ベルフェゴール以外のユメノ使者が塵となって姿を消してしまった。自身のユメノ使者が意志と関係なく消滅してしまったことで、一同はどよめきを隠せず辺りを見渡す。
【…なるほど。ベルよ、彼等の創造力を奪ったのだな】
「ほっほっ…そうじゃよ。ヒルを利用して仕組んでおいたわい」
ベルゼブブの能力は【カースドグール】。虫たちを起用して、敵の創造力を喰らわせるというものだ。既にベルゼブブは本来の姿を見せる前に、創造力を喰らうヒルを一匹ずつ六人に付着させていた。創造力の消費が激しくなるように仕向けて、後は消耗戦をするだけ。そして六人の創造力が一定以下へと下がったことで、ユメノ使者は消えてしまったのだ。
【体のどこかに付着しているヒルを引き剥がすのだ。このままでは我も消えてしまう】
ならばなぜベルフェゴールは消えていないのか…と疑問に思うかもしれないが、それはアメの影響だった。アメの創造力が木村玄輝に加えられていることにより、唯一ベルフェゴールだけを維持することが出来たのだ。
「…っ! 剥がれへんで…!」
「何だよこの丈夫なヒルは…!?」
吹と白澤が皮膚に噛みついているヒルを取ろうとするが全く剥がれることはなかった。ベルゼブブのヒルは体長が小さいとはいえども、力技で引き剥がすことは出来ない。自身の創造力より上回っているものは創造破壊が通じないのだ。力の源と言える創造力がただただ失われていくだけ。創造力が底を尽きるのは時間の問題だった。
「甘いわい」
ベルゼブブは念力のような力で、六人全員に張り付いているヒルを引き剥がして自分の元へと引き寄せて、それらを片手で一気に握りつぶした。【カースドグール】は相手の創造力を喰らうだけでなく、その喰らった創造力を自分自身に付与させることも可能なのだ。六人分の創造力を喰らったベルゼブブの力は何十倍にも膨れ上がり、一辺の空気を緊張させるような気迫を体内から醸し出している。
【…黒霧がベルゼブブをを最後まで残しておいたわけだ】
「ベルフェゴール!」
ベルフェゴールも創造力の低下に伴いついに姿を消してしまう。集団戦において一発逆転を狙える有利な能力。それを持つのはベルゼブブしかいない。黒霧が何故七つの大罪の中で強いと言われるルシファーを残しておかなかったのか、その答えはこの状況が物語っている。
「年寄りの知恵じゃよ。まだまだ若いもんには負けないわい」
『おいザコ! テメェ何してやがるんだ!』
(うるせぇクソガキ! さっさと出てきてアイツを何とかしろ…!)
頭の中にアメの声が響いてきたため、何とかしろと命令をするが、アメは一言『無理だね』と回答する。
(何でだよ…! お前は最強じゃねぇのか!?)
『その最強であるワタシの力をアイツは喰らってんだろうが!! てめぇの脳みそはヒル以下か!?』
頭の中で言い争いをしていると、ベルゼブブが杖を二度鳴らして先ほどと同じように大量の蠅を呼び出して、六人に襲い掛かるよう仕向ける。波川吹の【エルガープロス】も創造力が足りないことで発動できず、処理する術を失い、六人は体に張り付く蠅を暴れて追い払うことしかできない。
「勝負あり、じゃな」
勝ち誇った顔で六人が倒れていく様を見ていると、
「…! 何じゃ…!?」
突如青色の光が平地であるその場全体を照らしつくした。蠅たちは青い光を浴びると、ボトボトと地面へと力なく落ちてゆき、六人にまとわりつく蠅たちも次々と死んでいく。青い光を浴びて死んでいく訳は波長の光が蠅の内部組織に吸収され、活性酸素が生じ、細胞や組織が傷害を受けるからだ。
「…みんな、迷惑を掛けてごめんね」
本と共に宙へ浮かぶ一人の人物。六人は空を見上げて、その人物を見据える。
「ぬぅ、まずいのぉ」
その人物が誰なのかに気が付いたベルゼブブはもう一度杖を鳴らそうとしたが、
「あんたも十分甘いわね」
そんな声が聞こえると杖が一瞬で塵へと粉砕されたことで、何が起きたのかとベルゼブブも困惑を隠せずに、上空を見上げる。
「立場を逆転されたのなら逆転し返せばいいのよ」
「楓ちゃんの言う通りだよ。こんなところで諦めたらダメなんだ」
そこにいたのは、数冊浮かぶ本を操る内宮智花とその本の上に立っている神凪楓だった。




