第62話【頭はそれなりに冷えましたか?】
「楓がどうしてこんな場所に…? また偽物なのか?」
西村駿は戦闘態勢を解いてぼそりと小さく呟いた。全員の注目が集まる中で神凪楓はその場に立ち止まると、三本指を立てながら愉悦に浸る表情で一人一人の目を見ながら、
「三分で片づけてあげるわ」
高らかにそう宣言した。その発言に全員がどよめいていると、楓は右足を一歩だけ前に踏み出した。
「――!?」
瞬間、姿が見えなくなり気が付けば西村駿の脇腹に回し蹴りを打ち込んでいた。脇腹に蹴りを入れられた本人でさえ、何が起きているのか分からず、激しい痛みが襲ってくる頃には体が宙に浮かびながら樹木へと背を打ち付けていたのだ。
「まずっ…」
何が起きたのかを理解したときには既に遅かった。木村玄輝の顎に神凪楓の飛び膝蹴りが目前まで迫っていたのだ。それを避けられるはずもなく、意識が大きく揺らぎながら後方に背中から倒れる。ルシファーとベルフェゴールもユメ人である二人の意識の揺らぎによって、姿が消えてしまっているようだ。
「玄輝っ」
楓がそれだけで止まることはなかった。次の標的である金田信之の背後へと回り込むと、右肘で背中を突いて脊髄へヒビを入れて再起不能にする。側にいた白澤来は、反射的に体が動いて右ストレートを神凪楓目がけて打ち込もうとしたが、
「ぐぁぁあ…ッ!!」
楓は白澤の右腕の肘を狙って掌底打ちを叩き込み、関節を外してしまう。 腕を押さえながらその場にうずくまる白澤を他所に次の標的である鈴見優菜へ視線を送った。
「あかんで! 距離を取って――」
注意喚起すらも言い切ることが出来ないほどの速さ。神凪楓は気が付けば鈴見優菜の前に立っており、左手で優菜の首元を掴むと地面へと二度叩き付けた。楓が側まで来てることに吹が気が付いたのは、二度目を叩き付けられていた時。あまりにも速すぎるのだ。そんな化け物を相手に波川吹は双剣を握りしめて、斬りかかろうと試みる。
「取捨選択ができないヤツは、誰も助けられないって言ったわよね」
楓は波川吹の右脚に目を付けると左脚に渾身の力を込めて蹴り飛ばした。吹の右脚はあらぬ方向へと曲ってしまい体重を支え切ることができず、前方へと倒れ込んで悲痛の叫びを上げる。
「…アイツは楓じゃねぇ」
木村玄輝が【再生】を使用してその場に立ち上がる。周囲に倒れている駿たちも【再生】を使用して、何とか一命を取り留めたようだ。
「失礼ねぇ? 私は楓よ?」
姿を消した、と同時に木村玄輝の前に立って脚を振り上げていたため、玄輝はすぐに横へと飛んで何とかそれを回避する。
「お前は仲間を傷つけるようなやつじゃねぇんだよ」
「…さぁ? 性格が一変する、なんてこともあり得そうじゃない?」
玄輝たちの味方だと考えていた神凪楓の増援は第三者という立場になっていることに気が付いた西村駿は、白銀の剣を握りしめて、斬撃を楓に向かって飛ばした。
「話を遮らないでくれる?」
瞬間移動することを予測して後方へと距離を取ると、立っていた場所の地面にヒビが入る。間一髪で避けられたことで、西村駿は木村玄輝の元まで接近してこう提案した。
「お前のことは信用していないが、ここは協力するのが無難だろう。手を貸してくれ」
「…それしか方法はなさそうだな」
相手の正体が何者なのかを考えている場合でも、互いを敵視している場合でもない。協力しなければこの危機を乗り切ることは出来ないのだ。玄輝と駿は半信半疑のまま手を組むことにし、優菜たちへと協力するように促した。
「ガッシー! おれら全員を強化してくれ!」
「うん、分かったよ玄輝!」
玄輝に言われた通り、金田信之はパッヘルベルが作曲した【カノン】を演奏する。集団戦において最も重要なことはどれだけ仲間と意思疎通をし合えるか、信之の演奏した【カノン】は自然と仲間たちの連携能力を上げるというものだ。
「全員まとめてかかってきなさい」
木村玄輝と西村駿がまず最初に飛び出して、剣を構えながら左右から挟み撃ちにしようとする。神凪楓は左右を確認することをしなくとも玄輝の剣と駿の剣を両手で一本ずつ掴むと、まず西村駿を蹴り飛ばした。その後に木村玄輝の腕を両手で握り、背負い投げをして駿の方向へと投げ飛ばす。
「ほなやったるで…!」
波川吹が単独で双剣による連撃を繰り出す。 その攻撃は連携とはかけ離れた全く効果のない攻撃だ。
「当たって…ッ!」
しかし視線が波川吹へと向いている最中に、上空から鈴見優菜が神凪楓目がけて槍を振りかぶりながら落下攻撃を仕掛ける。あくまで吹は囮であり、本腰は鈴見優菜が担当していたのだ。
「面白いわね…!」
楓は虚空を掠めながら地面へと刺さる優菜の槍を左手で軽く握り、瞬く間に粉々の塵へと変えた。創造破壊、それを使用したのだと西村駿、波川吹、白澤来の三人は理解する。創造力が高い者は自分より低い者の創造したものを容易く破壊できる。分かってはいたが、神凪楓は自分たちよりも遥かに高い創造力を備え持っているのだ。
「だけど無意味よ」
支えを失くしたことで落下してくる鈴見優菜の胸倉を右手で強引に握り、波川吹もろとも樹木の方角へと投げ飛ばす。不意は確実に突いたはず…誰もがそう確信を得ていた。けれど神凪楓は目が至る所に付いているのか、上空からの優菜の攻撃に対応することが可能。何か裏があるのではないか、玄輝と駿は互いに視線を交わして意思の疎通を図る。
「白澤! 今だよっ!」
「オーケー!」
楓の周りを金田信之は水の矢で埋め尽くすと、白澤へと合図を出した。神凪楓を水の矢で囲むことで逃げ場を塞ぎ、近接特化の白澤を突入させる。仮に楓がそこから逃げ出そうと試みれば水の矢は追尾性能を働かせ、一直線で追いかけるのだ。
「本気で殴るぜッ!」
白澤はステップを刻みながら楓との距離を近づけると、右拳を強く握りしめて渾身の力でストレートを放つ。この中で最も高い瞬間火力を誇るのは白澤来。その威力は言わずとも絶大のはずだった。
「軽いわね?」
その考えを打ち砕くかのように、白澤の拳はいとも簡単に左の手の平で受け止められる。右拳を掴まれた白澤はすぐに距離を取ろうと右腕を引っ込めようとした。何故ならボクシングを経験している白澤は相手を一度でも殴ればその人物の強さが大体分かるからだ。
「背中を見せないだけ褒めてあげるわ」
掴まれた右拳の骨がみしみしと音を立てるほどの馬鹿力で白澤に距離を取らせないようにすると、空いている右手を握り、
「意識が飛ばないといいわね」
白澤来の顎を目がけてアッパーを食らわした。その威力は白澤のストレートと比べ物にならないほど強力で素早く、白澤の体が宙に浮くほどのものだ。これには殴られた当の本人でさえ、何をされたのかが分からないまま、地面へと背中を打ち付ける。
「白澤…!」
「人の心配をしている場合?」
金田信之の頭部を自らの両足の太股付近で挟み込むと、そのままバク宙のような形で回転する。木村玄輝はその戦い方に見覚えがあった。フランケンシュタイナー、玄輝のユメノ世界へ助けにきた楓が偽物の信之に行っていた技の一つなのだ。
首の関節に苦痛が伝わり、そこを両手で押さえながらもがいている、金田信之を視線で見下す。一網打尽という言葉がその場に居合わせる全員の頭の中を過った。彼女が本物の神凪楓ではないということは分かっている。分かっているからそれがどうした、それを理解していた所で勝ち目がないのは変わりないではないか。
「弱い、弱いわ…! もっと力を見せなさいよ!」
自分を満足させてくれる強者を探している戦闘凶。戦うことにしか生き甲斐を感じない戦闘狂。今の神凪楓を例えるならどちらの言葉も間違いではない。木村玄輝たちを殺すことをせず、損傷を与えるたびに再生を使わせるための時間を与える。これでは拷問のようなものだ。
「あいつ、どうする?」
「一斉に掛かるしかない。それしか勝機は見えないだろう」
木村玄輝は西村駿の案を呑み、全員に一斉攻撃を仕掛けると大声で指示をした。 作戦が相手に知られてしまうが、作戦を密かに立てたところで意味がない。それを波川吹と鈴見優菜の連携で理解していたため、隠す素振りを一切見せなかった。
「ほら、私を楽しませなさいよ!」
六人は神凪楓を標的にし、それぞれの獲物を振りかざしながら一斉に駆け出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
雨空霰は夕陽が沈んだ薄暗闇の中、神凪楓と神凪零が寝ている病室へと顔を出していた。楓の容態は比較的に良好になりつつある。心拍数も安定しており、少しずつ身体機能も正常に機能するようになっているのだ。
「起きているんだろう?」
霰が目を瞑っている神凪楓の目の前で一言そう呟く。傍から見れば眠っているようにしか見えないが、霰の声を聴くとバレたかと目を開いて霰へと視線を向けた。
「何の用?」
「…少し話をな」
雨空霰は傍に備え付けてある椅子へと腰を下ろすと、見舞いの品である近場の高級プリンをベッドの横へと置いた。神凪楓が入院していることは極秘であり、それを知っているのは雨空霰が率いる四人と木村玄輝だけ。
そのせいで見舞いに来る人物は雨空霰のみ。一般人ならば少しは寂しがるだろうが、神凪楓は人に心配を掛けることを最も嫌うため雨空霰一人だけの見舞いで丁度良かった。
「…私は寝ていたいんだけど?」
「そんなあり得ない治癒力を持っているんだから、少しは寝なくても大丈夫だろ」
楓の回復速度は霰も度肝を抜かれた。入院して二日目で意識を取り戻し、心拍数を安定させたかと思えば、次の日には手を動かせるようになっていたのだ。硬直状態の体がここまですぐに抛れてしまうのは運がいいのか本来の治癒力が高いのかのどちらか。
「…で? 話って?」
「七つの大罪がどういう状況なのかを話にな」
神凪楓は上半身を起こすと、見舞いの品のプリンを取り出して開封する。これは楓なりの聞いてやるという態度だろう、と霰は溜息交じりに口を開いた。
「ルシファー、マモン、サタンは俺たちが対処した。その際に狙われたのは西村駿、白澤来、波川吹だ」
「…ほぼ二年一組の生徒ね」
「そう、そこなんだ。俺はこの事件を校内の誰かが引き起こしているとしか思えない」
楓はプリンを開封すると、同封されていたプラスチックのスプーンを取り出して、一杯分を口の中へと放り込む。霰は真面目に聞いているのか、適当に受け流しているのか、分からない神凪楓をジト目で見ながら、
「今は内宮智花が残り一体のベルゼブブに狙われている」
「…助けは?」
「西村駿たち三人に任せた」
その言葉を聞いて眉間にしわを寄せながら、険しそうな表情を浮かべる。
「戦い方は雫が教えた。三人いれば大丈夫だろう」
「三人…ねぇ?」
プリンをすくったスプーンを口へ運びながら、何か言いたげな反応を示していた。雨空霰はその横顔に懐かしさを感じるような視線を送る。脳裏に思い浮かぶ神凪楓の顔は過去に見たものと変わらないもので…。
「…何よ?」
「何が?」
「いま、私のことを見てたじゃない?」
「自意識過剰だ」
その言葉にイラっとしたのか口に運ぶスプーンの速度を上げながら不機嫌そうな表情を浮かべる。
「何が気になるんだ?」
「…木村玄輝は私よりも先に鈴見優菜をユメ人だと勘付いた。まだユメ人としての経験も浅い段階でね」
「そういえば、波川吹のユメノ世界でも木村を見かけたらしい」
誰がユメ人かの判断も難しいというのに、悪魔が入り込んでいるユメノ世界を見極めるというのは至難の業だ。それを未熟者の木村玄輝が分かるはずもない。二人は互いの情報を吸収して、すぐに一つの結論へと辿り着いた。
「誰かが木村に情報を与えている者がいる、か」
「ソイツが黒霧かは分からないわ。でも、ロクでもないやつだということは確かよ」
「…ん? 黒霧?」
雨空霰は首をやや傾げながら楓へと尋ねる。「知らないの?」と神凪楓に若干バカにされながらもどのような存在なのかの説明を受けた。
「…そんな奴は俺たちの時には出てこなかった」
「姿を見せなかったの? 私たちの時は毎回見せていたわよ」
三体同時に悪魔が攻め込めば、黒幕も姿を現すのに手一杯なのかもしれない。そんな推察を立てていると、神凪楓が空になったプリンのカップを机に置き、話の続きを始めた。
「もし今回の内宮智花がユメ人だということを知っていたら…間違いなくアイツは助けに向かうわよ」
「…俺が知り得る中で最もヤバい状況は、ユメ人とユメ人が交戦することだ」
「交戦するって。そんなのあり得るのかしら?」
気が付けば三十分以上、神凪楓と雨空霰は話し合っていた。プリンの空のカップも増えていくばかりで、机の置き場も徐々に消えていく。一日で全部食べるつもりなのかと雨空霰は内心呆れていたが、食欲がここまであるのなら上々ということにして、自身をどうにか納得させる。
「そういえば、私が頼んでおいたぬいぐるみは持ってきてくれた?」
「ああ、一応持ってきたが、お前はこんなのが趣味なのか?」
病室の枕ほどの大きさはあるであろう鳥のぬいぐるみ。ゲームセンターでよく見るプライズ景品だ。雨空霰は楓に持ってきてほしいと頼まれていたため、言われた通り指定されたものを袋に入れて持ってきたのだ。
「コイツを抱き枕にすると快眠できるのよ」
「は、はぁ…? そ、そうか」
ギャップを感じてしまい雨空霰は微妙な反応をしてしまう。楓は受け取った鳥のぬいぐるみをもふもふと両手で揉みながら、病室のベッドへ横になる。
「まぁ、俺はもう帰るよ。また用があったら連絡してくれ」
「はいはい、分かったわよ」
世話の焼けるやつだ、と一言ボソッと小声で呟いて病室の外へと出ていこうとする。
「…ねぇ」
「何だ?」
しかし霰へと背を向けながら、呼び止めるように声を上げたためその場で足を止めた。 鈴見優菜のユメノ世界へと干渉する前にもこんなことがあったなと雨空霰は思い出す。
「あなたたちは何者? どうして教えてくれないの?」
「…知る必要がないから、たったそれだけの理由だ」
能天気に声出していた雨空霰の声色が冷たく変わっていく。それに気が付いた神凪楓は「…そう」とだけ返答をした。霰はしばらく黙ったままその場に立っていると、扉に手を掛けて病室から足早に出て行く。
「…アイツは何なのかしら?」
神凪楓は鳥のぬいぐるみの背中に付いているチャックを上から下へ移動させて綿が見えるように中身を開く。そして、中へと手を突っ込むと、クモの巣状の目の粗い網が組み込まれた装飾品を取り出した。




