第61話【偽物は本物ですか?】
彼らは樹木が消え去った平地で遭遇した。互いの姿を確認すると、自然と体を向き合わせて武器を握り直す。内宮智花に言われたことを思い出したのだ……悪魔が知っている人物に模倣して、不意を突こうとしていると。
「自分から出てきてくれるとはな」
「なるほど、おれらを待ち構えていたのか…」
木村玄輝と西村駿は一言ずつそう述べると、前へと一歩踏み出して戦闘態勢に入る。話し合えば互いが本物だということを理解するかもしれない。しかしこれ以上言葉を交わす必要はないと判断していた。
「智花はどこだ? どこにいる?」
「…俺をおちょくっているのか?」
その理由は現実世界にて、お互い距離を取りながら接していたからだ。仲が悪いとも捉えられる一触即発の状態は、玄輝と駿の奥底で黒い塊として増幅し続けている。お互いにそれを知らずして生活してきたことで、ユメノ世界という緊張感漂う場所はその黒い塊を膨張させても可笑しくない。
「白澤、吹。智花を助けるためにあの三人を倒す」
「ガッシー、優菜、おれが攻めるから援護をしてくれ」
呼びかけられた両者の仲間はどうしようかと顔を見合わせていたが、視線の先にいる人物たちが偽物だということを思い出し、すぐに武器を構えて迎撃態勢に入る。
「「行くぞ…ッ!」」
二人は声を上げながら、互いを標的にしてすれ違いざまに剣を振るった。木村玄輝は上段から赤黒い剣を振り落とし、西村駿は下段から白銀の剣を振り上げる。それらは甲高い金属音を一度鳴らすと、火花を散らしながら互いの頬を掠めた。
両者とも背後を取られないように方向転換をするために体勢を整える。まず木村玄輝は土を強く踏みしめて、振り向きながら右からの大振りを繰り出そうとするが、同じ事を考えていた西村駿による左からの大振りと衝突し、鍔迫り合いの状態へと持ち込まれた。
「がら空きやで…!」
その光景を見ていた波川吹が、背を無防備にしている玄輝に斬りかかろうと接近したが、
「させないよ…!」
横から割り込んできた鈴見優菜が吹の行く手を阻むために、片手に持つ槍で振り切って邪魔をする。吹は一旦距離を取ると邪魔をされ、イラっとしたのか頬をぴくぴくと痙攣させていた。
「なんや…!? わいの邪魔するんかパチモン!」
「パチモンはそっちでしょ…!」
波川吹の相手は鈴見優菜に任せることにした木村玄輝は、西村駿を睨みながら剣に込める力を更に強くした。
「ソイツに化けているのはおれに対する嫌味のつもりか…!?」
「お前こそ、それに成りすましているのは俺を動揺させるためなのか…!」
西村駿は白銀の剣を大きく一回転させ、玄輝の赤黒い剣のバランスを崩すと、胴体に向かって前蹴りを入れて後方へと蹴り飛ばした。駿の蹴りは玄輝の腹部に深く入り鈍痛のような痛みが体に染み渡る。それでは食い下がれないと木村玄輝は西村駿の脚を掴んで、自分の元まで引き寄せその反動を利用し、頭突きを顎に食らわせた。
「駿! 今行くぜ!」
それを見た白澤来が援護しようと走り出したが、水で生成された矢が数発白澤の元まで飛んできたことで足止めを食らってしまう。
「僕が相手だよ!」
「ガッシーの偽物か…! いいぜ、相手になってやるよ!」
これで三人はそれぞれ一対一の形で戦うことになる。木村玄輝と西村駿、鈴見優菜と波川吹、金田信之と白澤来……お互いにどのような戦い方をするのか不明なままだが、全力でぶつかりあえば大差ない相手だろうという余裕を持ち合わせていた。
「おらぁッ!」
「雑なんだよ…!」
玄輝は自信を高ぶらせるために声を上げながら剣を振るう。駿は白銀の剣で綺麗に受け流すと、空いた右拳で玄輝の左頬を強く殴った。ならばと玄輝も負けじと右拳を強く握りしめてその場で一回転すると、駿の右頬を裏拳で殴り返す。
「くッ、やるな…!」
西村駿は口元を左手で拭いながら、白銀の剣に力を込めて斬撃を近距離で玄輝へと飛ばした。距離が近いこともありその斬撃を避けられないと考えた玄輝は、赤黒い剣でそれを受け止めて上空へと弾き返す。そして、仕返しだと言わんばかりに玄輝は手に納まるサイズの鉄で出来た塊を創造すると、西村駿へと全力投球した。
「創造が出来るのはお前だけじゃないぞ」
自身へと飛んでくる鉄の塊を西村駿は同じ鉄の塊を投げて相殺する。互いに衝突し合い地面へと落下するよりも前に二人の体は自然と動いて、剣と剣を触れさせると同時に耳を塞ぎたくなるような金属の擦り合いによる音を発生させた。
何度も何度も攻め、防ぎ、を繰り返してどちらが先に倒れるのかの持久戦となりつつあるこの戦いは、やはりサッカー部に所属して体力をつけている西村駿が優位となっているようだ。
「ソイツに敗けるわけにはいかないんだ!」
「おれだってお前に負けたくないんだよ!」
西村駿は攻めの一手で多く詰めるが、木村玄輝は乱雑さが目立つ防御の仕方でそれらを防いでいた。王手となるような決め手は何度も打ったはずだが、玄輝はその王手で勝敗を決めさせないかの如く、回避するか相殺するかのどちらかで戦いを続けさせているようだ。
「現実世界だったらおれはお前に追いつけない…だからこそ、この世界ではお前に負けたくないんだッ!」
「追いつけないじゃないんだろ…! 追いつこうとしていないだけだ!」
徐々に溜まりに溜まってきた本心が表に現れ始める。優菜と吹は槍と双剣の攻防をひたすらに往復し、信之と白澤は遠距離と近距離の戦いになることで距離を取ったり詰めたりを繰り返していた。勿論、西村駿と木村玄輝に注意を向けている暇などは微塵もない。
「俺は待っているんだよッ! お前が自分から成長しようとするその時を!」
「――っ!!」
「だから俺はお前との関わりを断ったんだ!」
本当に望んでいたこと。それは木村玄輝の成長だった。西村駿は生まれつき天才だったわけではない。人知れぬ努力を得ているからこそ今の西村駿があるのだ。その証拠にサッカー部のエースとして所属していても自主練は欠かさない。学業だって授業の理解に遅れが出ないように家で予習や復習を怠っていなかった。
「お前が、お前がいつか俺に追いついてくれると思っていたから…!」
大きく差がついてしまったのはその努力の量が原因だった。毎日欠かさず磨き続けた刃と、適度にしか磨き続けない刃では歴然の差。西村駿は木村玄輝を幼馴染ではなく良きライバルとして小学校の頃から見ていた。テストでも駆けっこでも…負けたり勝ったりとほぼ互角の実力で競い合っていたのだ。
「何でお前は追いかけてきてくれなかったんだよ…ッ!?」
西村駿は木村玄輝に負けたくないという一心で隠れて努力をし続けた。きっと玄輝も自分に負けないようにと必死に努力をしているだろうと考えて。かえって玄輝は自分と駿は生まれつきの天才なのだと変な自信を付けてしまい磨くことを止めてしまった。きっと駿も自分と同じように何もしていないと。
すれ違ってしまった考えによって互いの関係は粉々に砕かれる。駿は負けることがなくなり、玄輝は勝つことがなくなってしまったのだ。負けることが生きがいとしていた西村駿と勝つことを生きがいとしていた木村玄輝。たったこれだけの思い違いで二人の間に大きな壁を作ってしまった。
「おれだって! 追いつこうと努力したんだよ…!!」
自分のせいで壁を作ったと考えた西村駿は関わることをやめた。関われば木村玄輝の成長を止めてしまうと思ったからだ。しばらくすれば玄輝は見返すために負かしてくれるはず、そう信じていた西村駿は過ぎていく日々の中で、適当に過ごしている木村玄輝が酷く【怠惰】に見えた。
逆に木村玄輝は自分一人を置いていく西村駿が、追いつこうと試みても駿は追いつけないほどの差をつけてくるため自分の事を見下そうとしているように見え、酷く【傲慢】のように思えた。
「「ユメノ使者…!」」
そして、その怠惰さが、傲慢さが具現化した。ベルフェゴールは西村駿の白銀の剣を西洋の剣で受け止め、ルシファーは木村玄輝の赤黒い剣を黒の大剣で受け止めた。
【ふむ…これはどういう状況だ?】
「手を貸してくれ…! こいつは偽物だ!」
【あれだけ嫌がっていたアタシの力を借りるのかい?】
「コイツに負けることよりも断然マシだ…!」
ベルフェゴールとルシファーは互いに視線を交わすと、すぐに両者とも本物だと理解する。しかしこの戦いはもはや偽物なのか本物なのかなど関係なく、西村駿と木村玄輝の喧嘩のようなものとなっていた。怪我を負うことなど気にしない二人に仕方なく付き合うことにしたルシファーとベルフェゴールは、
【…久しいなルシファー。まさかこんな形で再会するとはな】
【アタシも驚いたよ。アンタがそんな奴にやられるなんてね】
などと適当に会話を挟んで、仕方なく西洋の剣と黒の大剣をぶつけ合った。西村駿と木村玄輝はルシファーとベルフェゴールが戦い始めたのを確認すると、再び剣を強く握りしめ存分に振るい攻防を開始する。
「これで…!」
西村駿は雨氷雫から学んだ創造破壊をしようと、白銀の剣に創造力を込めて玄輝の赤黒い剣へと衝突させる。創造力が自分より低いと判断したうえでの一撃だったのだが、玄輝がバランスを崩すだけで赤黒い剣は破壊が出来なかった。
「やりやがったな…っ!」
木村玄輝も剣へと無意識に力を込め、土に剣先を付け辺りに散らしながら西村駿の白銀の剣へと衝突させた。駿もそれを受け止めてバランスを崩すだけで、剣には何の支障も至っていないようだ。
「おおん!? なんやお前は! わいの邪魔しかせぇへんな!」
「それはこっちのセリフ! どうして私たちの邪魔をするの!?」
吹の双剣を優菜は槍の持ち手で捌いていた。倒せるものなら倒したいところだが、どうやっても勝敗を決める一手を打ち出せないのだ。槍のリーチにより迂闊に双剣を扱い接近できない吹と、双剣による連撃を防ぐことしかできない優菜。互いの武器の長所と短所が目立ち、一歩退いては一歩前進するという足踏みをしているような状態だった。
「おいおい! そろそろ接近させてくれないか?」
「近づかれたら僕に手の打ちようがないから仕方がないでしょ…!」
超が付くほど近距離型の白澤来と近づかれたら一巻の終わりである金田信之。鍵盤による演奏で他の仲間たちを援護したいところだったが、白澤来への攻撃を止めてしまえばすぐに決着が付いてしまうため、ひたすらに水の矢を撃ち出していた。それに対して、白澤来は水の矢を蹴りや殴りでかき消して一歩ずつ踏み出していた。しかし、金田信之も一歩ずつ後退しながら攻撃を続けているので、プラスにもマイナスにもならない状況なのだ。
(もう一発決めてやる…!)
(もう一度創造破壊を!)
西村駿と木村玄輝は同じ事を考えながらそれぞれの剣に創造力を注ぎ、玄輝は右から、駿は左から剣を渾身の力で動かした。剣と剣の刃が触れ合う、その瞬間に、
「"シ"ャ"ァ"ァ"ア"ァ"!!」
鳴き声と共に樹木をなぎ倒しながら、寄生されたムカデがそこへ姿を現した。鈴見優菜の槍を力技で抜いたのか身動きが取れる状態になり、玄輝たちのことを探していたようだ。
「こんな時に面倒くさい奴が現れやがって…!」
木村玄輝は内心焦りながら、危機的状況をどのように回避しようかと考える。敵の増援となれば圧倒的に不利となるため、逃げるのが最もの打開策だった。しかしそう考えているのは木村玄輝だけではない。
(あのムカデ! まだ生きていたのか…!)
西村駿もまた逃走するべきなのではないかと思考を張り巡らせていた。お互いに敵だという認識を得ていることで、彼もまた白澤と吹に逃げる指示を出そうとしていたのだ。
「優菜、ガッシー! ここは一旦退いて…」
「白澤、吹! 一回手を引くぞ…」
二人が指示を出そうとした時、迫ってくるムカデが一瞬で縦に一刀両断された。ムカデの右半身と左半身が左右に倒れていく光景に圧倒され、その先の指示を出せずにそのまま呆然とする。
「一体何が――」
その瞬間だった。玄輝たちが手に持つ武器類がすべて弾き飛ばされたのだ。何かが目の前を通ったことは分かるが、上手く捉えられなかった。何が起きているのかさえ、理解できない一同は辺りを見回して様子を窺がう。
「何が起きているのか理解できていない。そんな顔をしているけど」
倒れているムカデの先から声が聞こえてくる。恐らくこの声の主が目にも止まらぬ速度で武器を全て弾き飛ばした。その人物の威圧感だけでそう悟ることは出来るのだ。
「冷静に物事を考えられないのならそれは当たり前ね」
聞き覚えのある声。その場にいる誰もが息を呑んだ。
「…いいわ。ここであなたたちを」
彼らと同じ制服姿、金色の髪、鋭い瞳。
そう、彼女は
「頭が冷えるまで粛清してあげる」
――神凪楓だ。




