第60話【再会は喜ばしいものですか?】
時刻は数時間前に遡る。西村駿たちがユメノ世界へと入り込む前、金田信之と鈴見優菜のスマートフォンに差出人不明のとあるメッセージが届いたのだ。
『内宮智花が悪魔に狙われている』
そのメッセージが届いたとき、二人は偶々その場に居合わせていたため思わず顔を見合わせた。自分だけで助けに向かっても無駄だと考えていた二人だったが、鈴見優菜はこのメッセージを見て黙ってはいられない。仮にも親友である内宮智花が危険な目に遭っているのだ。ここで見捨てれば後悔しかしない。優菜は助けに行くことを決意して、金田信之にどうやってユメノ世界へと干渉するのかを聞き出した。
「僕も行くよ。優菜一人じゃ危険だからね」
信之も流石に鈴見優菜一人では無茶だと考えて、自分自身も智花を助けに向かうと決意した。木村玄輝にも一応連絡を入れておいたが、ユメノ世界へと入り込む時までメッセージが返ってくることはなかったのだ。
「良かった! こんな生い茂っているところで一人は心細かったんだ!」
「うん、合流できて良かったよー!」
そして、なんやかんやで金田信之と鈴見優菜は内宮智花のユメノ世界に潜り込んでいた。西村駿たちとは違い、運が良かったのはユメノ世界へと干渉して数秒で二人が合流できたということだ。この時はまだ巨大な化け物たちがそこら中にいることは知らなかったが多勢に無勢。一人でも多く仲間がいると心強い。
「ガッシー、どうやって智花ちゃんを探し出そう?」
「うーん…僕もそこまで詳しくないから分からないや」
運が悪かったのはユメノ世界に無知な鈴見優菜が、それらについて教わる相手が半端物の金田信之だったこと。いざ乗り込んだのはいいが、これからどのようにして内宮智花を助け出そうかを考えるに至らなかった。
「はぁ、やっぱりおれも来ておいてよかったな」
「あ、玄輝…」
蔦を払いながら姿を現した木村玄輝に、金田信之は嬉しいような戸惑うような反応を見せる。ここ半月ほど話すことが少なかったことで、妙な距離感を感じていたのだ。
「おはよう、玄輝」
「もう夜だろ」
鈴見優菜はいつも通りの挨拶を交わしていた。変に対応を変えるよりも、昔と変わらずに受け入れてあげること。それが木村玄輝にとっても楽なのだと鈴見優菜は考えていた。
「玄輝、来てくれたんだ」
「そりゃあ、お前たち二人だけじゃ心配だからな」
もう一人増えたことにより、安心感が一層増したことで金田信之は木村玄輝にこれからどうしようかと相談をする。木村玄輝もその回答には困っていたが、辺りを見渡して巨大な樹木が目に見えると、そこへ向かおうという提案を返した。
「玄輝は休んでいる間は何をしていたの?」
「まぁ…色々やってたな」
目的地へと向かいながら金田信之は気になっていた疑問をぶつけたが、木村玄輝は適当に誤魔化すような返答をする。そして話を変えるように、鈴見優菜へと戦い方の話題を持ち掛けた。今まで自分が学んだ戦いの術を今のうちに教えられるだけ教えておこうと考えていたのだ。
「……? 何か凄い声が聞こえない?」
甲高い虫の奇声。自分たちのことを狙っているのか、と一瞬だけ緊張感が漂う。けれど聞こえてくる方角と距離は明らかに遠い。ユメノ世界では何が起きてもおかしくないだろう、進める足を少しだけゆっくりにしながら、巨大樹木へと歩を進める。
「私、この声知ってるかも」
「え? そうなの優菜?」
「クリーチャーハンターっていうゲームに出てきたサザミンゴの声に似てるから…」
呑気にお喋りをしている二人に木村玄輝は溜息をついて呆れてしまう。こんな死ぬかもしれない状況でよくもまぁこんなぬけぬけと会話が出来るものだ。そうか、ユメノ世界の怖さをまだ知らないだけか、と玄輝が自己解決をしたところで巨大な樹木の場所へと辿り着いた。
「げ、げんき…何あれ?」
「…素材剥げるかな」
巨大な樹木が目に入る前に、あまりにも巨大なムカデの死体が視界に入ってしまった。そのムカデに一名はビり、もう一名は相当な根性を持っているのか剥ごうと考えている。木村玄輝は死んだふりをしていないかと確認をする。両足がすべて付け根から綺麗に斬られ、体の至る所に傷跡があった。おまけに頭部は内部へとへこみ、一体どれだけの力が加えられたのか地面へと牙からめり込んでいた。
「…誰がやった?」
考えられるのは同じ虫同士で喧嘩をしたのか、自分たち以外にもこのユメノ世界へと干渉をしている者がいるのかのどちらか。後者は考えにくいが、前者だとしてもこの巨大なムカデをここまで滅多打ちにできるのは同等のデカさの化け物しか不可能だ。
「玄輝! 何か来るよ!」
鈴見優菜の声で我に返る。樹木がガサガサと音を立てている方から視線を外さずに剣を構える。どんなデカい虫が現れるのかと全員が身構えていると、
「何あれ…?」
そこへ姿を現したのはハエのような虫だった。眼球が飛び出し、茶色の体を持ち、羽を二枚背中に付けている。その場にいる三人が最も驚いたのはそのハエの大きさ。ハッキリ言ってしまえば拍子抜けだった。ハエにしてはかなりデカい部類に入るだろうが、巨大なムカデを六等分にしてやっと大きさが一緒になるぐらいだ。
「気を付けろ。何をしてきてもおかしくないからな」
中型のハエは玄輝たちを一瞬だけ見ると、三人に興味がないのか巨大なムカデの死体の元へとカサカサと接近する。このハエはただムカデの死体を貪りに来ただけなのかもしれない。木村玄輝たちはそのハエの行動をよく観察してみると、
「…針をムカデに刺したぞ」
自身の尾に付属している針をムカデの体に深く突き刺した。 何をしているのか理解ができない三人はしばらくその光景を見ていたが、ハエは何度かムカデの体に針を突き刺すと満足したのかそのままどこかへ飛んで行ってしまう。
「何だったんだろう?」
金田信之がムカデの死体へと接近する。玄輝は危険だと注意をする…が、聞く耳を持たない。ムカデの体を至近距離で観察をしている金田信之を見ていた鈴見優菜が「うーん…」と何か気になることでもあるのか唸っていた。
「考え事をしているのか?」
「昔にやってたパニックアクションゲームでね。確かあんな行動をするモンスターがいたんだけど…何だったっけなって」
またゲームの話かと期待していた玄輝がガッカリする。早いところ巨大樹木に登って辺りの様子を眺めたいと考え、玄輝は二人を放って巨大樹木へと手を置いた。
「…あ、思い出した。死んだ敵を蘇生するんだった」
「う、うわぁぁあああああ!!」
優菜が思い出すと金田信之が叫び声を上げる。木村玄輝は振り返り、信之の近くに転がっているムカデの死体を見てみれば、
「…何だよあれ」
死んでいたはずのムカデが生き返り、体の至る所から芋虫のような生物が顔を覗かせながらこちらへと向かってくるではないか。その不気味さに三人は血の気が引いて、急いでその場から逃げ出す。
「ぼ、僕が見ていたら突然起きて…!」
「さっきのハエが何かしたんだよ…!!」
三人の前に姿を現したあのハエの名前は「ネジレバネ」。見た目は歪なハエとしか見られないが、その真の恐ろしさは"寄生中"を虫に植え付けて主の意思関係なしに操ること。通常、スズメバチやゴキブリの体内に卵を産み付けて繁殖活動をするところが多くみられる。
けれどそれは一般的な話。このユメノ世界では例外なことが起きてもおかしくはない。そのネジレバネが異端なムカデに寄生虫を植え付けたことも、死体を大量の寄生虫が操ることもあり得てしまう。
「ガッシー、このままじゃ追いつかれる! あの芋虫みたいなものを狙って攻撃しろ!」
「分かった…!」
金田信之はキーボードを創造すると、鍵盤に指を乗せてムカデに付着している寄生虫へと水の矢を撃ち出した。走りながらでは狙いが定まらないのか、八本の矢を撃ち出して一体の芋虫にしか当たらず、ムカデのスピードが緩むことはなかった。
「やるしかないか…! ガッシー! おれらを強化してくれ!」
「任せて!」
金田信之は指を鍵盤に走らせ、ポルカ「雷鳴と電光」を演奏して木村玄輝と鈴見優菜の素早さを上げた。木村玄輝は近くの木の上に飛び乗ると、向かい側にある木に飛び移りながらムカデに付着する芋虫を数体斬り落とした。
「行くよ…!」
鈴見優菜はムカデの後方側へと回り込んで、背中にジャンプで飛び乗り、そのまま頭部へ向かって駆け抜ける。道中、芋虫が行く手を阻もうとしてきたが、すべて手に備え持つ槍で的確に頭を貫いてひたすらに前へと進む。
「ここらへんかな?」
ゲーマーなりの勘に頼りながら一定の場所まで辿り着くと、優菜は槍でムカデの背中を深く突き刺して、石突の部分を踏んで高く飛び上がる。
「これで動けないでしょ…っ!」
そして落下速度を利用しながら石突を強く踏み込んで、ムカデの体を貫通させると地面へとへばりつかせた。
「今だよ! 早く逃げようみんな!」
一本の槍がムカデの急所を的確に突きながら、体を貫通し地面へと深く突き刺さっていることでムカデは動くことが出来ない。その隙に三人は急いでその場所から逃げていく。
「はぁ…何とか助かったな」
「凄いね優菜! 僕よりも全然動けるよ!」
「ゲームの世界とあまり変わらないからねー」
玄輝たちは自分たちが今、どこにいるのかを確認するために巨大樹木の方角を見る。かなり距離を取ってしまったようだ。戻るにはムカデを避けて遠回りをせざる負えない。それには時間を費やしてしまうため、あまり気乗りはしないが…。
「優菜ちゃん…!」
「え…?」
突如聞こえてくるその声に全員が動揺する。この声は間違いなく内宮智花の声だ。声のする方角へ顔を向けると、そこには辺りを窺がいながら慎重にこちらへと歩み寄る智花の姿があった。
「智花ちゃん! 無事だったんだね!」
「私は大丈夫だけど…皆に聞いてほしいことがあって…! 悪魔が駿君たちに化けて優菜ちゃんたちに襲い掛かろうと企んでいて…」
最後まで話を聞こうと鈴見優菜が接近しようとした瞬間に、内宮智花が蔦に巻き取られ樹木の中へと引きずり込まれていく。親友が連れ去られていく姿を黙ってみているはずもなく、鈴見優菜はすぐに駆け出した。
「待て優菜! 一人で先走るな!」
二人も優菜の後を追いかけるが、先頭を走る優菜と連れ去られる内宮智花の距離は離れていくばかり。その結果、一分もせずに智花をすぐ見失ってしまい、優菜がその場で足を止めた。
「智花ちゃん! 返事をしてっ!!」
「落ち着け…! ここで大声を出しても敵が寄ってくるだけだぞ!」
親友を一心に助けようとする気持ちは分からなくもない。玄輝が信之を助けようとした時もそんな必死な気持ちだった。だからこそ、優菜にはもっと落ち着いてほしいのだ。自分を焦らせても周りを巻き込むだけ、それを痛いほど身に染みていたのは木村玄輝だったのだ。
「…? 人の声が聞こえる」
金田信之が聞き耳を立てると、すぐにその場から走り出した。この二人は考えるより先に足が出るのか、と愚痴を溢しながら鈴見優菜と共に今度は信之の後を追いかける。音楽において長けているからこそ、聴力に力が付いているのかもしれない。
そこは褒めるべき点だが、叱るべき点が多すぎてマイナス要素が多すぎる。
「この声は智花かもしれないよ!」
信之は止まることを知らないのか、どんどん先へ先へと突っ走る。一瞬だけ殴るべきなのではないかと思考したが、これが普段通りなのだからぐうの音も出ない。しばらく樹木の間を駆け抜けると、玄輝や優菜にも人の声が聞こえてきた。
「智花!」
金田信之を先頭に樹木を抜けて、ただただ広いだけの平地へと樹木から飛び出す。
「待てよガッシー! 一人で突っ走る――」
注意を入れようとした時、視線の先に立っていたのは三人で向き合いながら話を進めている…西村駿、白澤来、波川吹の三人だった。
~次回予告~
「おれがアイツをやる。幼馴染に化けられるのだけは気に入らねぇ」
「偽物の癖によく分かっているな。俺もその意見には賛成だよ」
「わいは偽物に手加減せぇへんで。分かってるんやろうな?」
「凄いね、本物と並べられたら区別がつかないかも…」
「オレは本気でお前を殴るぜ。だからお前も偽物なりに本気で来いよ」
「僕は偽物でも少しは心が痛むけど…仕方ないよね」




