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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第十章『節』

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第58話『養護教諭は理系女子ですか?』

 ダンス組とバンド組でクラスを分けて活動をするのはいいが、準備は万全にはならず体育祭までの日数は近づくばかりだった。西村駿も教室の休み時間は全力でステージで披露する曲の大まかな『テーマ』というものを考えているのだが、曲の構成おろか、楽器の構成すらまともに考えることが出来ていない。

 

「駿、どういう曲にするか決めた?」

「…悪い、ガッシー。まだあんまり考えが固まっていないんだ」 

「うーん。早く僕にイメージでもなんでも伝えてくれると助かるなぁ…」


 作詞作曲を頼んだ金田信之に締め切りを迫られながらも、もう少し待ってほしいと西村駿は返答をかえした。迷惑はかけたくない駿は、再び数日ほど構想を練っては記しを繰り返しているノートへと視線を向ける。右往左往する自身の思想はまとまりがつく様子はない。クラス全体で合わせ練習をしたいというのに、自分が早く結論を出さないことが原因で皆に迷惑を掛けている。


 それは心が痛むほど理解しているのだが、考えれば考えるほどクラスメイト全員の責任を背負うというプレッシャーのせいで、自分自身をただ追い込むだけだった。


「あー…今日の夕飯どうしようか?」

「…シュークリーム」

「却下だ」


 雨空霰に助言を貰えばいいと一瞬だけ考えてはみたが、それでは霰に頼りすぎると甘い自分に喝を入れた。ならば内宮智花と話し合えばいいじゃないか、駿は出し物が決まった翌日にバンド曲についてアイデアを聞き出そうとしたのだが、生憎の欠席。


 智花が欠席するのは珍しい事でもない。モデルの仕事で忙しくなる時期は、一週間ほど学校を休んでいるのだ。何しろこの真白高等学校が変わっているのは『成績優秀者による校外の勤労は公欠とする』という規則。これは内宮智花だけでなく、同じモデルを務める黒百合玲子も含まれている。

 

(連絡も取れないな)

 

 仕事が溜まりに溜まっているのか全くもって返信がかえってくることはなかった。仕方がない事なのだが、今の西村駿からすればそれは非常に困ることで、一人では解決の出来ない重大な問題だ。


「…ここで考えていても埒が明かないな」


 数分だけ思考を停止させて、校内を歩き回りながら気分転換をしようと教室を出ていく。やはりどこの教室も体育祭ムードとなっているため、全員で話し合っているであろう声が聴こえてくる。どのクラスも既に舵を取れているようで、大海原に躍り出ていくようだ。

 

 それに比べて、自分たちのクラスは完成している船を前にして海へと出航できていない状態。次の段階へと進むことが出来ない。それもこれも船長である西村駿がどちらへ進んでいくのかを指示していないから。


「…!」

「おっと、すまない」 


 考え事をしていたせいか、前から歩いてくる人物に気が付かず正面からぶつかり合ってしまった。耳に入ってくる女性の声に対して、西村駿はすぐに謝罪の言葉を述べようとその女性の顔を見る。


「先生、ですか?」


 校内で初めて目にする背の高い女性、抹茶色の短髪に眼鏡を掛けているいかにも理系女子のような女性だ。制服を着ていないということは先生なのだろうか。 駿は謝る前にその人物が一体何者なのかを聞き出そうと、相手の所在を尋ねた。


「初対面なのは無理もない。私は今日からこの学校の養護教諭として働かせてもらう四童子 有栖(しどうじ ありす)だ。よろしく頼む」

「養護教諭…ってことは保健室の先生ですか?」 

「要約するとそうだな。君達生徒の心身ともに気を使う仕事だ」


 彼女の手元へと視線を向けると、タブレットのようなものを持っていた。自分がよそ見をしていたからぶつかったのではなく、互いによそ見をしていたからぶつかったのだということを理解した西村駿は自分だけの不注意ではなかったと一安心する。


「で、君は何か考え事をしていたのだろう?」

「…ええ、まぁ」

「それなら私の出番だ。保健室で話を聞こう」

 

 西村駿は四童子有栖に保健室まで連れられる。その最中に数人の女子生徒が駿と有栖を見て、何に衝撃を受けていたのか愕然としていたが、見て見ぬふりをしていた。四童子有栖という女性に至っては、その辺に転がっている石ころのような存在として女子生徒を見ているのか微塵も視線を逸らすことはない。


「その椅子に座ってくれ」


 保健室まで辿り着くと、診察を受ける際の椅子に座らされ話をすることになった。駿は白澤や吹のような友人には悩みを打ち明けようとしなかったが、話す相手が先生となれば隠す必要もないので、悩みのタネとなる体育祭のことを口にする。

 

 最初は体育祭の出し物について話をしていたがその話の幅は膨れ上がり、クラス全体で起きている不思議なことや、欠席者が新クラスになってから増えたことなどを話してしまった。四童子有栖は西村駿の話を全て聞いてから、解決策を見出そうとしているのか相槌を打つだけだ。


「ふむ、なるほど」

 

 西村駿の話が終わるのを確認した四童子有栖は顎に手を置きながら、待っていたと言わんばかりに口を開いた。 


「まず一つ、私が考えるにクラスの生徒の中に流行りの『植物状態』となる病に掛かっていた生徒がいるのではないか…ということだ」

「…え?」

「要約すれば『植物状態』に陥る病を治せる人物がいる。あくまで私の見解だが」


 西村駿は四童子有栖が話している内容はユメ人…独創者の事だとすぐに勘付いた。表向きにユメノ世界やユメ人のことは公表されていない。世間に公表されているのは『植物状態』に陥る若者が増えているということ。たったそれだけだ。 

 

「…俺が今から話す内容は、信じてもらっても信じてもらわなくても構いません」 

 

 現実から目を背けた者はユメ人となること、ユメ人はユメノ世界という場所で理想の世界を築き上げていること…西村駿は四童子有栖に自分自身が経験した全てのことを話した。


 雨空霰からは話すなとは言われていない、口止めをされたのは雨空霰たち四人に関する情報だった。だからといってユメ人に関する話をしたところで信じる者など一人もいない。悪魔が体を奪い取ろうと企んでいるなどと口にしたところで精神科に連れていかれるだけなのだ。


「興味深い、私はその話を信じよう」

「…こんな話を信じるんですか?」

「もし、今の話が君の戯言だったとしても私が興味に惹かれたのは変わりない」


 四童子有栖は信じると即答すると、机の上に置いてあるタブレットを手に持ちながら続けて考察を始める。


「君の話が本当ならば、この学校には君を含めた三人のユメ人と呼ばれる存在がいる。そして七つの大罪と呼ばれる悪魔たちは人間の体を狙っている、と?」

「…はい」

「悪魔は全員で七体。そのうちの三体は君達三人が倒し、他の三体は何者かが倒してしまった。要約すれば残された悪魔は一体ということだ」


 話の内容をタブレットに打ち込みながら進めていく。養護教諭だというのに熱心なことをするんだな、と西村駿は疑問に思っていたが、興味を持てば止まることができないのか次々と話の段階を変えていく四童子有栖の気迫に駿は押されていた。


「私はこう考察する。七体のうちの三体が君達三人を狙った…偶然も考えられるがこの国の人口を考えればそれは通常あり得ない確率だ」

「確かにそうですね。しかも普段から仲良くしている俺たちを狙うなんて…」

「だから、最後の一体も君達のクラスメイトの誰かを狙うだろう。もっと言えば君が知らないところで倒されている悪魔の三体も、君のクラスメイトを狙っていた可能性がある」


 養護教諭とは思えない鋭い考察。誰もが気が付きそうだが、あまりにも当たり前のことで気が付かない。そんな点を言葉にする四童子有栖は一言で表すのなら"不気味"だ。   


「現段階で欠席している生徒は何人いる?」

「はい、一応三人ほど…」

「その三人の中で近々欠席を始めた生徒は?」 


 頭の中で内宮智花が思い浮かび、有栖に智花の事を説明する。しかし智花はモデルの仕事で公欠することが多々あるため、珍しい事でもない。


「その可能性も十分あり得るだろう。だが、確証がない…その事務所は黒百合玲子も所属していたはずだ。今からでも内宮智花の現状を尋ねてみればいい」


 四童子有栖はタブレットを巧みに操作して、何者かにメッセージを飛ばし始める。タブレットの画面は有栖の方へ向いているため、どのような文を入力しているのかは分からなかったが、打ち込む時間の長さで短文ではなく長文を送ろうとしていることは理解できた。


「もう一度だけ言っておこう。私は君の話を信用する。何故なら私の興味を惹いたからだ」

「興味って、こんな馬鹿げた話に興味を持つなんて…」

「…この世には解明できない現象が数多く存在するだろう? それが何故だか分かるかい?」


 そんな問いを投げられた西村駿はその質問に見合う回答を考えてはみたが、難しいというより哲学となってしまうことで答えを見出すことは出来ず、首を横に振った。


「多くの者が良い結果を出せないと結論づけて、それらに手を出さないからだ」

「結論付ける、ですか」

「頭の中だけの結論は何の意味も持たない。どんな結果でもそれは必ず過程を踏んでいる。その過程を踏まえずに自分の中で結果を出してしまえば、それは結果でも結論でもない。それこそただの"推測"に過ぎないだろう」


 理系女子だということは見た目で分かっていたが、ここまで論理的なことを言葉にする四童子有栖を見ていると養護教諭ではなく科学者のようにも感じてしまう。 

 

「わたくしに何の御用でして?」


 保健室の扉が音を立てて開くと、そこには黒百合玲子の姿があった。黒百合玲子は西村駿の姿を見つけると、見えないフリをして四童子有栖の元まで歩み寄る。


「内宮智花について聞きたい。彼女は現在モデルの仕事で欠席をしているのか?」  

「さぁ? わたくしがあの子のスケジュールを全て把握しているわけないですもの」

「そうか。わざわざこちらへ呼んで悪かった」


 黒百合玲子は涼しい顔をしながら有栖へ返答し、体育祭の準備があるからこれで、と取って付けたような理由を述べて保健室から出ていこうとする。 


「…ああ、そうそう。言い忘れていましたわ」

「…?」

「あの子と連絡が取り合えないのはあなた方だけでなくて…事務所側も取れないと慌てふためいておりましたわね」


 西村駿はその話を聞いて、四童子有栖の先ほどの推測が確信へと変わってしまったと目を見開いた。現在ユメ人となってしまっている人物、最後の悪魔が狙った人物、それは"内宮智花"だ。


「わたくしはこれで失礼致します」


 黒百合玲子が保健室から出ていくと西村駿は四童子有栖の方へと視線を向けた。

 

「これでほぼ確定だろう。どうやら私の考察通り、内宮智花が次に狙われる標的だったようだ」

「すいません、用事を思い出したのでこれで失礼します」 


 西村駿は足早に席を立つと、保健室の扉へと手を掛けた。まだ何かを話したそうな表情を浮かべていたが四童子有栖だったが、焦りを覚えている西村駿の事を止めるはずもなく、


「分かった。また何かあれば私の所に来ればいい」

 

 ごく普通に送り出した。西村駿は感謝を言葉にすると、廊下へと足を踏み出して保健室の扉を閉める。自分の姿が四童子有栖から見えなくなった瞬間、全力疾走で階段を駆け下り始めた。


(こんなに早く来るとは思っていなかった…!)


 その最中にスマートフォンで波川吹と白澤来に『下駄箱へ来てくれ』とメッセージを送り、たまたま道中ですれ違った東雲桜に、


「すまない東雲、今日の帰りは生徒会の仕事を手伝えそうにない」

「え? う、うん…分かったけど」


 それだけ伝えると再び階段を駆け下りる。ここまで焦っている西村駿を見たことがない東雲桜はその気迫に押され、事情を上手く聞けずにそのまま了承してしまった。


 西村駿が下駄箱に到着した頃には、既に白澤と吹の二人が会話を交わしながら待機していた。


「おう、どうしたんだよ駿? オレたちを急に呼び出して」

「…なんかあったんか?」


 かなり切羽詰まった顔になっているのか二人が少々心配そうに駿へと事情を尋ねる。西村駿はすぐに内宮智花が悪魔に狙われていることを説明すると、二人の表情もみるみるうちに強張っていった。


「…すぐに助けに行こうぜ」

「当たり前だ」

「ちょ、ちょっと待たんかい! 本当にわいたちだけで助けられるんか!?」


 今更怖気づいているのか波川吹が二人に不安の声を上げる。駿と白澤も決して怖くないわけではなかった。むしろ波川吹と同等の不安も募り、弱音を吐いてしまいそうなほど気弱になりかけている。

 

「吹、やるしかないんだ」


 だからといって助けに向かわず、内宮智花を見殺しになど出来るはずもない。それに自分たち三人以外に智花を助けられる者などいないのだから。


「……やるしか、ないんやな」 


 そんな弱々しい吹の言葉に、二人は強く頷いてそう応えた。

 

 

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