第57話『体育祭は近いですか?』
雨氷雫にユメノ世界での戦い方を教わった次の日の学校。西村駿は再び空いている木村玄輝と神凪楓の席を見て、重いため息をついていた。テストだけ出席すればいいというわけじゃないのだ。クラス一丸となって体育祭を乗り越えたいというのに、早速欠けていては先が思いやられる。
「ガッシー、玄輝から何か連絡はないのか?」
「ううん。僕が話しかけてもどっか行っちゃうし…スマホで連絡しても全然反応してくれないんだ」
木村玄輝と仲が良い金田信之に安否を確認するが、友人とも連絡を取っていないらしい。信之は玄輝がいないことで、いつの間に仲良くなったのか鈴見優菜とよく会話を交わすようになっていた。ゲームの話をしているのか、音楽の話をしているのかの二択だが、あそこまで仲良くなるきっかけは一体何なのだろうか。
「駿君、女子の方から二つぐらい案が出たんだけど…」
内宮智花が西村駿に女子たちで出し合った案を一つずつ丁寧に説明を始める。一つ目は創作ダンス。クラス全員で振り付け、演出を一から考えて、ステージの上で披露するというもの。西村駿はその案を否定はしなかった…が、肯定もしない。こういうものは客観的に見て考えるのだ。国のトップと噂される高校生たちが披露するのはダンス…どこかしっくりと来ない。
「…その反応だと微妙なのかな? 取り敢えず、もう一つの案を話すね」
二つ目はバンド演奏。これはクラスの一部分が楽器を演奏して、他のクラスメイトはバックで盛り上げるというものだった。これも客観的に見れば、微妙なもので西村駿は腕を組んで喉を唸らせる。
「新しい発想が必要なんだ。ありきたりのものじゃなくて、なんかこう斬新な…」
「斬新…? うーん、そんな簡単に思いつかないよね」
「その二つを混ぜればいいんじゃないか?」
二人が頭を悩ませている中、雨空霰がひょっこりと二人の間に顔を出してそんな案を出す。創作ダンスとバンド演奏、この二つを混ぜることによりクラス全員が一丸となれるステージへと、変化を起こせると思ったのだろう。西村駿は単純に混ぜて上手くいくものではないことを知っていたため、霰に「それもいいと思うが斬新さがな…」と愚痴を溢す。
「なら作詞作曲すればいい、金田は作詞作曲ができるからな」
「作詞作曲。確かにそれなら…」
「クラス全体で動きたいのなら、二つに役割分担すればいいんだよ。ダンス組とバンド組でね」
雨空霰の口からすらすらと出てくる案には、智花も駿も驚きを隠せなかった。全ての発言が確実に的を得ているのだ。斬新さを求めれば、寄せ集めた意見を無駄にすることなくそれらを改善して更に良いものへと変える。それに加えて金田信之が作詞作曲が出来るという情報、そのことは学級委員の二人も知り得なかったもので、自分達よりもクラス全体を見ているのだと感心してしまう。
「ダンスならダンス部の部長がいるし、バンドならギターを弾ける西村、ドラムを叩ける波川、ピアノを演奏できる金田の三人がいるから問題はないだろう」
「あ、ああ…そうだな」
「霰君はみんなの事をよく見てるんだね」
西村駿と内宮智花は霰に圧倒されてしまっていた。着眼点や視野の広さは勿論ずば抜けているが、神凪楓を想像させる何においても劣らない完璧さ。駿からすればユメノ世界でもかなり強かった雨空霰が、現実世界でも変わらない風格でいることに多少恐ろしさを感じつつあった。
「あー…悪い、少し喋り過ぎた。これがどうも悪い癖なんだよなぁ」
自分が一方的に喋り続けたことに対して、申し訳なさを感じたのか一言謝罪の言葉を入れると二人の元から嵐のように去っていった。西村駿と内宮智花は互いに苦笑いを浮かべながら、霰の案を有難く使わせてもらうことにする。
「取り敢えず、俺はバンド組を担当するよ。智花はダンス組を担当してくれるか?」
「分かった。今からダンス部の子に声を掛けてくるね」
ならば自分は金田信之に話をしようと、西村駿は鈴見優菜と楽しそうに喋っている信之に再び声を掛けた。先ほどの霰の案を詳しく金田信之に話すと、みるみるうちに表情が明るくなっていく。そして、作詞作曲を任せたいと頼むと「勿論!」と大きな声で返事をした。やる気に満ち溢れてくれるのは西村駿としては有難いことだが、信之の場合は無理をし過ぎて倒れないかが心配だ。
「まさか夢で見たことが本当になるなんてなー」
体育祭で音楽関係の出し物をするというだけで、ここまで喜ぶなんて幸せ者だ。夢で見るほど体育祭でバンド演奏がしたかったのだろうか。ともかく西村駿は金田信之に承諾を得られたため、次に波川吹へと声を掛ける。
「吹、頼みがあるんだが…」
「おん、なんや?」
波川吹にも体育祭の出し物について詳細を話し始める。バンド演奏でドラムを叩いてほしいと頼む、すると特に考える様子もなく「ええで」と二つ返事で承諾を得た。西村駿は演奏するドラム譜は金田信之が作成すると伝え、今度は自分の席に戻りバンド編成について考えることにする。
(取り敢えずは…)
ドラム→波川吹
ギター→西村駿
キーボード→金田信之
ベース→
ボーカル→
バンド編成で使用する楽器を紙に書いて、それぞれ担当する枠に当てはめる。空いている枠は二つ、ベースとボーカルだ。誰か頼める人物はいないかと考えるが、このクラスにはこの二つの役割に適している生徒はいなかった。
残り三週間弱で勉強と部活を怠らず練習をして、ステージに立つことが出来るのは生粋の天才だけだ。そんな天才が一体どこに…
「どうだ西村? 上手くいきそうか?」
「…霰か、お前に頼みがあるんだが」
「…あー、悪いが却下だ」
雨空霰ならば器用に熟せるはずだと西村駿は頼み込んだが、先を予測されているのか即答で断られた。理由を聞く前に雨空霰は西村駿の書いたバンド編成の紙を覗き込むと、
「…常識にとらわれずもっと楽器を増やしたらどうだ?」
「楽器を増やすって、ただでさえ枠が埋まらないのにどうやって」
「このクラスは全員が全員一緒じゃない。それぞれ別々の夢を持ってこの教室にいるんだ」
霰は伝えたいことだけ伝えると、自分の席まで戻っていってしまった。机の上に置かれているバンド編成の紙をジッと見つめ、本当にこれでいいのかと考える。それぞれ別々の夢を持ってこの教室にいる、霰のその言葉は西村駿の考えを改めさせるものとなっていた。
「…夢か」
誰にも聞こえぬ声で静かに呟く。西村駿は授業が始まるまで、バンド編成の紙を見つめながらどうするべきなのかを考え続けることになったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
内宮智花は独り、自室で本を読みながら悩んでいた。
今や人気の的となったモデルの仕事。智花からすれば現段階で自身を最も悩ませる根源となってしまっていた。そもそもモデルを始めたきっかけは黒百合玲子との握手会の際、黒百合に一目置かれたことにより【White Strawberry】のスカウトマンにスカウトされたことがきっかけだった。
黒百合玲子は当時の内宮智花の憧れでもあり、同じ事務所に入れるうえ、黒百合玲子と会話を交わせるというだけでも、スカウトを断るという選択肢は頭の中にない。両親も勿論、大賛成してくれたことで内宮智花は黒百合を目指してモデル業を営み続ける日々を送った。
(…モデル、辞めたいな)
しかし現実は甘くないのだとすぐに知らされる。内宮智花は子供の頃から食べることが大好きだったのだが、モデルの事務所へと所属した瞬間から厳しい食事制限を掛けられてしまったのだ。最初の方こそ我慢していたが、人間の欲求は簡単に収まらない。
時が経てば経つほど、その苦しさは上がりに上がり、今となってはモデルを続けることが苦痛でしかなくなったのだ。
(でもお母さんたちも黒百合さんも許してはくれないだろうし…)
ここまで人気モデルとなってしまえば、誰もが必ず反対をするだろう。元々気弱な内宮智花は、話で押されたときに押し返すことは出来ずに押されるがままに生きてきた。ファンからの握手やサインなども周囲に集まってしまえばそこから抜け出すことができず、あたふたしてしまうほどなのだ。
「どうしよう…」
今までずっと迷ってきた。その迷いを晴らしてくれる人物は鈴見優菜ぐらいしかいないだろう。しかし入院をしたりと体調面で不安定な分、自分が優菜にそんな話を持ち掛けるのは友人としてどうなのかと思ってしまう。
彼女の中で渦巻くモヤモヤとした霧は着実に体の中に広がってきていた。やりがいを感じないモデル業、食べたいものが食べられない鬱憤、それらが内宮智花の心身を大きく疲労させてしまっていたのだ。
「…寝ようかな」
時計の針は午後九時さえ指していなかったが、内宮智花は悩みを忘れたいがためにベッドへと横になり目を瞑ってしまう。夏場の暑苦しい空気が漂う室内、眠りを妨げるには十分な原因で寝ようにも寝られない時が続く。
(……)
頭の中で幼少期の頃の自分をふと思い出してしまう。とにかく綺麗なものが好きだった智花はファッション雑誌に載っていた黒百合玲子に一目惚れしてしまった。オパールのように虹色に輝くその姿は、幼少期の智花にとって衝撃的なもので、歳もそう変わらないと知った時、身近な存在のように感じたのだ。
両親が度々買ってくるファッション雑誌には必ず目を通していた。そこには当たり前のように黒百合玲子が載っており、握手会があると記載されていたときは絶対に参加すると母親に話して、その日までを楽しみにしていた。
考えてみれば、子供の頃の自分は少し無知過ぎたのかもしれない。黒百合玲子という憧れの存在に一目置かれて、流されるがままにモデルになって……本当は近くなくても遠い存在としてファッション雑誌で見守る方が遥かに良かったのではないか。
【現実に飽き飽きしているのじゃろ?】
(……?)
声が聞こえた。この部屋には誰もいないはずなのに、自分以外の声が頭の中で響いてくる。辺りを確認するために目を開けようとするが何故か開けられない。
【わしならお主の夢を叶えてやれるぞ】
(…夢って?)
【お主の理想する世界へと連れて行ってやれる。悪い話ではないじゃろ?】
幻聴のように頭の中で木霊するその声の主は、自分が理想する世界へと連れて行ってくれるらしい。詐欺に近い甘い誘いなど普段の智花ならばすぐに断っていたが、やつれていることもあるのか正常な判断ができず断わろうとはしなかった。
【現実は辛い事ばかりじゃからのう。ユメノ世界でゆっくりと休むんじゃ】
そして、内宮智花は夢を見た。
―――緑色に染まっているユメノ世界を
◇◆◇◆◇◆◇◆
「私が推察した通り…この植物状態と陥る現象は夢が関連する」
眼鏡を掛けた女性はカタカタとノートパソコンのキーボードを打ち鳴らしながら、独り言をぶつぶつと呟いていた。辺りには数式や図が記された書類が、足の踏み場もないほど大量に散らばっている。
「実に興味深い話だ。要約すれば、これは私が今まで見てきた数々の現象の中で最もワクワクさせてくれるものだろう」
彼女は政府から派遣された「レーヴ・ダウン」という組織の研究者だった。近年から増加しつつある植物状態へと陥る症状、それは国から見ても強大な脅威となり得るため、急遽設立した極秘の組織…それが「レーヴ・ダウン」。
彼女の実力ははかり知れぬものだった。小中高と溢れんばかりの知識によって何度か飛び級を繰り返すと、海外へと何度か留学をし、大規模な研究施設とあるモノを対象としたグループを建立していた。そんな彼女に政府は目を付けて、今回の植物状態へと陥る症状を治療する方法を探し出すように指示をしたのだ。
彼女からすれば面白そうな話を断るはずもなく、すぐに日本へと帰国して植物状態の患者が多い真白町へと住み着き始めた。
「…ミラのウォーミングアップも済んだ。後は実験対象となる植物状態の患者を見つけるだけだが」
スマートフォンを取り出し、一枚の写真を画面に映し出す。そこには真白高等学校が大きく映し出されていた。
「…まずは職に就くところからだ」




