第56話『戦うことが出来ますか?』
「…遅い」
西村駿はテストを終えると事前に受け取っていたドリームキャッチャーをベッドに括り付け、指示された時間通りに『雫のユメ』を強く念じ、ユメノ世界へと訪れていた。そこでは雫が待ちわびていたかのように不機嫌な表情を浮かべている。
「すまない。寝ようにも寝付けなかった」
「気にせんでええで。わいたちも今、来たところやから」
雫以外にも白澤来と波川吹が駿のことを待っているようだ。指定された時間は夜中の十九時。普段から早寝早起きを心掛けているからか、ここまで早く寝ることは早々できない。逆に波川吹や白澤来は夜更かしなどを少々しているためか、早く寝つけることが出来た。
「にしても、何にもないところだよな…?」
白澤来に対して反論する者は誰もいない。物一つ置かれていない殺風景なユメノ世界、その世界を言葉にするには何もないとしか例えようが無いのだ。
「戦い方を教えるのなら、こっちの方がやりやすい」
彼女、雨氷雫の戦い方はまだ誰も目にしたことはなかった。西村駿は雨空霰の戦い方を、白澤来は朧絢の戦い方を、波川吹は月影村正の戦い方を、とそれぞれ四人の中の一人の戦い方は見てきたため、仲間である雫も只者ではないことを前もって理解していたが、
「まずは自分の武器を出して」
「…ああ」
こうやって向かい合えば、その段違いの力が更に体へと染みわたるようで、三人は若干緊張をしてしまっていた。それでも西村駿は白銀の剣を、白澤来はガントレットとバトルブーツを、波川吹は双剣を創造して、一息入れながら手に持つ。
「私たちはその力を創造と呼んでいる。創造は創造力を使って扱えるもの」
「創造…ねぇ? これって何でも創造できるのか?」
「創造力が高ければ高いほど創造できる物の幅が広がる」
白澤の質問に雫はそう回答をすると、手元に大量のダイヤモンドと札束を創造する。その光景を目の当たりにした三人はどよめきながら、足元に転がってきたダイヤモンドの粒を拾い上げた。
「これならあなた達にも創造できる。やってみて」
雫に指示された通り、ダイヤモンドと札束を頭の中で大きくイメージを膨らませてみると、雨氷雫と同様に手元から溢れんばかりのダイヤと大金が創造されていく。
「ユメノ世界だから何でもあり…ってわけか」
「それじゃあ、次はこれを創造してみて」
次に創造された物は、一台の青い普通車だった。無から生み出された青い車を見た三人は、意気込みながら同じように創造しようと試みるが、
「…なんでや! 全然創造出来へん!」
ダイヤと札束のように上手く創造されることはない。必死に念じている三人を他所に雨氷雫は、もう一台同じ普通車を創造して、背もたれに使って様子を窺がっていた。
「車はさっきのダイヤや札束より価値は少ないのに、どうして創造できないか…それが分かる?」
「もしかして、創造は金銭的な基準じゃなくて大きさが関係するのか?」
西村駿の解答に雫は一回だけ頷くと、今度は車よりも更に大きな高級リムジンを一台創造してみせた。
「創造できる物はその物の質量が大きく関係する。創造力が高ければ質量の大きな物を創造できるし、低ければ創造ができない」
「なるほど。ユメノ世界と呼ばれている割に融通が利かないんだな」
現段階の三人には質量の高い物、つまりは大きな物を創造することは不可能。小型な物ならばなんとか創造は出来るが、それは使用用途が限られてしまうため、自由に戦うことはほんのばかり厳しいようだ。
「次、今度は紙を一枚創造して」
次に行ったのは紙を一枚だけ創造するという行為。三人は一枚ずつ紙を創造して手に持つと、今度は「破ってみて」と言われ、意味も分からず創造した紙を破り捨てた。
「知っていると思うけど、紙はどんな人間にも破ることができる」
「…? ああ、そうだぜ。破れないほど貧弱な人間はいないからな」
「試しにこの紙を破ってみて」
三枚の紙を一枚ずつ渡された三人は、雨氷雫が一体何をしたいのか理解できなかったが、手渡された紙を破ろうと力を込めたが、
「…何やこれ!?」
破ることが出来なかった。先ほどは簡単に破ることが出来たはずの薄っぺらい紙一枚が、どれだけ両手に力を込めて引っ張っても跡すら付着しないのだ。
「それは私が創造した紙。どうしてあなた達に破れないか分かる?」
「何故なんだ?」
「その答えは単純、あなた達の創造力よりも私の創造力が上回っているから」
ユメノ世界で個人個人の強さを決めるのは創造力。それを雨氷雫は伝えようとしていたのだ。
「逆に私はあなたの創造したその剣を、一瞬で破壊することが出来る」
「…!」
雨氷雫は実際に目で見た方が理解が早いと判断し、西村駿の剣の刃を手で掴み真っ二つに折ってしまった。
「これは創造破壊と呼ばれるもの。ユメ人同士の戦いになった時に使えるから覚えておくといい」
「ユメ人同士の戦いって…そんなこと起こり得るのか?」
「私にも分からない。でも、覚えておいて損はない」
雫の教え方が案外上手かったため、ユメノ世界での戦い方を三人は大体理解が出来ていた。このユメノ世界では創造力が要となり、高いか低いかでその人物の強さが決まる。創造力が高ければ戦いにおいて有利に持ち込めるが、それに対して低ければ不利な状況へと持ち込まれてしまうのだ。
「創造力を上げるためにはどうすればいい?」
「…内なる自分の変化で大きく変わる。突然強くなったりは出来ない、だから現実世界で肉体的に強くなるのも一つの手。このユメノ世界で現実世界の身体能力は反映されるから」
現実世界で体を鍛えておけばユメノ世界でも少しは動けるようになる。だが現実での肉体強化には限界があるため、結局は創造力のぶつかり合いとなってしまうのだ。体を鍛えておかなくとも創造力が高ければ、ユメノ世界では無双できる。
ゲームで例えるなら、喧嘩すらしたことのない男性が80レベルだとして、喧嘩で負けたことのない男性はレベル20。現実世界ならば間違いなく負けてしまう前者の男性も、ゲームの世界ならば一方的に殴り続けることが可能となる。それが起こり得るのがユメノ世界。
「もう一つ覚えておいてほしいのは、ユメノ世界を管理するユメ人。要するにこのユメノ世界でいう私は、創造力があなた達よりも上昇している」
「上昇って…何で上がってるんや?」
「私がこのユメノ世界を創り出したから。そのユメノ世界を管理するユメ人とユメノ使者は、自分たちのテリトリーだということもあって、通常よりも凡そ二倍増しの強さになっていると思ってもらっても構わない」
西村駿たちは自身のユメノ世界での出来事を思い出す。言われてみればあの時は体が軽く、普段は避けられない攻撃も軽々と回避したり、溢れんばかりの力が込み上げていた。その理由は、ユメノ世界の管理人だったから力が増していたから。雨氷雫に説明をされて「…だからか」と言葉を漏らしながら納得してしまう。
「悪魔たちは副管理人のユメノ使者としてユメノ世界を支配しようとしてる。だから通常よりも強い」
「…それでもお前たちには勝てないんだよな?」
「それは修練の差」
三人を助けに来た雨空霰たちは全く苦戦している様子はなかった。むしろ武器などを一切使用せず、素手のみで悪魔たちを圧倒していたのだ。そして副管理人として力が増強されている悪魔相手でも彼らはハンデを感じさせない戦い方をしていた。雲泥の差、その言葉に尽きる。
「次はユメノ使者を呼び出して」
「ユメノ使者を呼び出すって…どうやって?」
「叫べばいい。ユメノ使者ー…って」
活気のない腑抜けた声で伝えられた三人は、半信半疑になりながらも言われた通り叫ぶことにする。
「「「ユメノ使者…!」」」
すると、三人の背後から気配を漂わせながら何者かが姿を現した。
【ヒャッハァァァアッ!! オレ様に何か用かァァア!?】
【吾輩を呼んだか?】
【アンタたち五月蠅いよ。少し黙りな】
そこへ現れたのは倒したはずの、マモン、サタン、ルシファーの三体だった。これには駿たちも武器を構えて、後退りをしながら距離を取ってしまう。
「お、おい! 何でお前たちが生きとんねん…!?」
【ふん…何だい? そんなにアタシたちと戦いたいのかい?】
「よぉマモン! もう一回殴り合うか?」
【イイネェェ! テメェを一発ぶん殴ってやりたかっ――】
悪魔たちと西村駿たちの間に雨氷雫が呆れながら、止めに入り仲介をする。只々五月蠅いだけのこの空間に流石の雫も嫌気がさしてしまっていたのだ。
「あなた達はこの三人に手を出すことは出来ない。手を出せばあなた達が消えるから」
【そんなこと言われなくても分かっている。吾輩はそこまでアホじゃない】
「…そう、なら黙ってて。私は三人に戦い方を教えているから」
悪魔たちを手で静止させながら、西村駿たちの方へと顔を向ける。今なら不意討ちが可能かとルシファーたちも考えていたが、自分たちを打ちのめした人物の雰囲気と似ているものを感じ、返り討ちに合うだろうと手を出すことはなかった。
「これがユメノ使者。あなた達の使い魔みたいなもの」
「本当に大丈夫なんか? 実はわいたちのことを殺そうと…」
「あなた達が死ねば、このユメノ使者も消える。生き長らえた命を無駄にするほど、この悪魔たちは馬鹿じゃない」
雨氷雫は悪魔たちに怯えていないようだった。それはその場にいる悪魔三人を同時に相手しても、勝てる自信があるという意味でもある。雨空霰たちと同様の強者のみが醸し出す余裕。一体どれだけの経験を積めばここまで、強くなれるのだろうか。
「次は実践。この悪魔たちと連携を組んで、私に攻撃を仕掛けて」
「もう実践か? んー、じゃあ誰から…」
「違う、一斉に掛かってきて」
ユメノ使者を含めた六人を相手にすると宣言する雨氷雫。六人でタコ殴りにするなど駿たちからすれば気が引けるものだったが、
「遠慮はしなくていい。私は負けないから」
若干挑発気味に駿たちへと向ける視線。どうしても六人同時に相手をしたいと捉えた西村駿は白澤と吹に「行くぞ」と伝え、武器を構えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゲホッゲホ…!!」
どれぐらい戦ったのだろう。西村駿は息切れのせいで咳ばらいをしながら、辺りを見渡す。気が付けば、雨氷雫以外の全員の息が切れてその場に座り込んでいた。ルシファーたちもお手上げのようで舌打ちをしながら、平然と立っている雨氷雫を睨んでいるようだ。
「…連携はどうしたの? ユメノ使者と手を組んで戦わないとあなた達は私に触れることすら出来ない。それに悪魔たちも自分の能力を使うには、この三人の力が必要なんでしょ?」
ユメノ使者と仲良く協力など到底出来るはずもなかった。一度は自分の命を狙った悪魔。そんな存在と連携など背中を任せることすらままならない。雨氷雫は物言いたげな表情を浮かべながら一人ずつ話しかける。
「波川吹、あなたの攻撃は荒すぎる。本当に相手のどこを狙うかを考えて、その双剣を振っているの? もう少し落ち着いて双剣を振るった方がいい」
「……」
波川吹は感情の揺らぎが大きい分、攻撃の挙動に隙が多く狙う個所があまりにも甘すぎるのだ。次の手を考えずに攻撃をしている吹に雨氷雫は助言をすると、次に白澤来へと声を掛ける。
「白澤来、あなたは距離を取らなさすぎる。果敢に攻めすぎて引き際が分かっていない、もしかして相手が見えていないの? じっくりと相手を観察しながら戦って」
「…了解だぜ」
白澤来は使用武器の事情もあり、相手に接近をしなければ戦うことが出来ない。しかしあまりにも前に出過ぎているのだ。時折、距離を取って相手を見極める洞察力が必要だと雫は考えた。
「…最後に西村駿。あなたは、特に私から言うことはない」
「俺の戦い方にも何か欠点があるんじゃないのか?」
「…それは私が伝えることじゃないから」
雨氷雫はなんとか言葉を紡ぎながら、西村駿にそう返答をした。自身の戦い方は特に問題がなかったのか、と駿は首を傾げながらその場に立ち上がる。
「……残っている悪魔はベルゼブブ。この三人で叩けばきっと勝てる」
【随分と自信ありげだねぇ? アンタは一体何を考えているんだい?】
「……」
雫はルシファーに対して口を利くことがないまま、ユメノ結晶を目の前に出現させる。
「これが戦い方。創造と創造破壊、この二つを上手く利用して戦えば問題ないから」
「ああ、分かった」
彼女が一体何を考えているのか。その答えは返ってこないまま、雨氷雫によってユメノ結晶が粉々に破壊された。




