第54話【怒りは静まりますか?】
「この臭いは…」
一階に足を踏み入れた途端に鼻を劈く臭い。それに思わず波川吹は口を塞いだ。
「硫黄だ。嗅ぎすぎると鼻がイカれるぞ」
月影村正は片手にマスクを二枚創造すると、その一枚を着けるように波川吹へと手渡した。吹は言われた通り口元に装着し、スマホのライトを点灯させて辺りを照らしてみる。案の定、真っ白な床が赤色に染められており、吐き気を抑えながら神凪楓に化けた悪魔を探すことにする。
「こっちだ」
「アイツがどこにおるんか分かるんか?」
「…長年の勘だ」
村正の後に続いて、右側の角を曲がって真っ直ぐ進んでいく。やはり転がっている死体には全て首元の頸動脈を噛みちぎられているような跡が付いていた。それを見た波川吹はやっと神凪楓が犯人だったのだと確信を持てる。
「…? あそこに倒れてるのはチビやないか!?」
「おい、むやみに先走るな!」
波川吹は進む先に霧崎真冬が倒れているのを見つけると、月影村正を押しのけて急いで側まで駆け寄った。よく見てみれば左の脇腹が抉られ、真っ白な制服が床と同様血の色によって染められている。何故、霧崎真冬だけ瀕死の状態で生きていたかは月影村正に言われなくても十分に分かっていた。
「しっかりするんやチビ…! すぐに治療したるからな!」
「お前とは最近、本当によく会うよね」
吹を標的とした見せしめだ。関わりの深い人物を瀕死にさせたまま放置をしておく。そうすればその者の死までの距離を伸ばし、苦しみをより深く味合わせられるのだ。
「…諦めろ」
「何でや!? ここがユメノ世界ならまだ助けられる可能性だって…」
「ユメノ世界だからこそ諦めろと言っているんだ。ここにいる者は全員創られた偽物、助ける必要はない」
月影村正の言い分は最もだ。死にかけているのが霧崎真冬本人ならともかく、ここはユメノ世界で目の前にいる真冬も創られている偽物。助けようとする意味も気にする必要もない。
「逃げ、な。お前たちだけ、でも」
「喋るんやない! 傷が広がるだけやで…!!」
波川吹は自身の手や制服に血が付着することを気にせず、霧崎真冬の冷めた身体を支えていた。村正はこれ以上何も口出しをすることなく、辺りを窺がいながら逃走した偽の神凪楓を警戒する。
「先輩、何か方法はないんかッ!? このチビを助ける方法は…!」
「…【再生】という力がある。本当なら自分の傷を治すために使うものだが、他者にも使うことが出来るはずだ」
吹は村正から【再生】の使用方法を教わるとすぐに真冬を治療しようとした。しかし、霧崎真冬の傷が癒えることはない。波川吹は何度も試すが変化の時はいつまで経っても訪れることはなかった。
「…【再生】は死人に効果は出ない」
霧崎真冬は既に息を引き取っている、と村正は遠回しに波川吹へと伝えたが認めようとしていないのか、真冬の身体を支えたままでいる。村正はいつまでもこんな場所にいられないと吹の肩を掴み、真冬の遺体から引き剥がした。
「どこや、アイツは」
「落ち着け。何度も言うがそいつは偽物で…」
「本物なのか偽物なのかは関係あらへん…!! 仮にもわいの友人を、先輩を…こんな目に遭わせておいて怒りが込み上げない方がおかしいやろ!」
波川吹は手に持つ双剣の柄を強く握り、窓から校舎の外へ視線を向ける。そこには運動場の真ん中でこちらを観察する偽物の神凪楓がいた。村正もそれを見つけると、怒りに満ちている波川吹に忠告をする。
「…お前に理性を失わせるのが悪魔の目的だろう」
「……」
「怒りは死ぬ前の準備運動だ。いかなる状況でも冷静さを保て」
吹は村正の言葉を最後まで聞くと、両手の双剣で窓ガラスを突き破りそこから校舎外へと飛び出した。月影村正もやれやれとため息をつくと、後に続いて窓から身を乗り出し土へと足を付ける。
「どうだったかな? この惨劇を生むユメノ世界は? シナリオは吾輩が考えたのだが…」
「…センスがないな。今すぐ筆を折れ」
神凪楓の姿をしているが、声は野太い男性のもの。吹からすればそもそも楓自体が嫌いだったこともあり、これに加えて悪魔が化けていると知れば大が付くほど嫌な存在となる。
「おおそうか。それはすまんかったな。だが、もうシナリオの続きを考えていない。ここからはアドリブでやらせてもらうぞ」
偽物の神凪楓が宙に浮かぶと、辺り一帯の地面が大きく揺れ始める。震度六以上を感じさせる揺れのせいで、背後に建っている校舎の支柱が折れ崩壊していく。村正はその場に立っていられない吹の腕を掴んで無理やり立たせると、本校舎から離れた場所へと避難する。
「な、なんやアレ…っ!?」
「ここからが本番だ。気を引き締めろ」
宙に浮かんでいたのは本校舎とほぼ同じ大きさを持つ"生物"のようなもの。青黒い体、先が鋭利な尻尾、二本腕、昆虫のような六枚の羽根…波川吹はそのおどろおどろしい見た目ですぐに正体が分かった。
「あ、あれが悪魔なんか…?」
「そうだな。思ったよりも随分デカい見た目をしているが…」
「吾輩の名は【憤怒を司る サタン】。キサマの身体を吾輩のものにし、外の世界へと返り咲いて見せようぞ」
サタンはその鋭利な尻尾を波川吹に向かって振り下ろす。 咄嗟のことで動けない吹の代わりに月影村正が波川吹の体を押して、寸前のところで何とか回避をした。
「キサマ…何者だ? 何故吾輩の邪魔をする?」
「答えるのが面倒くさいから回答拒否だ」
村正はあり得ない跳躍力で数十メートルよりも上に浮かんでいるサタンの場所まで接近をする。サタンは目の前まで近寄ってきた村正を叩き落そうと二本の腕を必死に振り回すが、
「的がデカい分…攻撃は当てやすいな」
月影村正はサタンの片方の腕の上に着地すると、そのまま腕伝いに体を走ってよじ登る。体を大きく揺らして振り落とそうとするサタンだったが、村正はバランスを崩すことも立ち止まることもしない。
「悪いが一発目は手加減できない」
サタンの脊髄ともいえる部位に腕を振り上げて拳を叩き込んだ。村正の数十倍以上の大きさを誇るサタンの体はその威力と衝撃に耐えられずに地上へと墜落する。砂煙が立ち込める中で月影村正は波川吹の元へと着地する。
「なんや今のは…! 先輩、何をしたんや!?」
「少し力を込めて殴っただけだ。案の定、やり過ぎたが…」
砂煙でサタンがどうなったのかは見えないが、何か大きな物体が這いずる音が聴こえてくるということはまだ生きているということ。波川吹は弱っているチャンスだと双剣を握り直し走り出そうとしたが、
「――!」
砂煙を巻き上げるかの如く辺りに竜巻が複数発生する。更にその竜巻は真白高等学校を囲む消えない炎を纏いながら、村正と吹の元までじりじりと接近してくるのだ。瓦礫なども混ざり、巻き込まれれば負傷どころの話じゃなくなる。
「今度は吾輩の番だ。人間ども、怒りの裁きを受けるがいい」
「…やっぱりさっきのじゃ仕留めきれないか」
月影村正は波川吹に「逃げるぞ」と指示を出して、竜巻から距離を取る。しかし、竜巻の数は増えていくばかりで距離を取れば取るほど運動場の真ん中へと追い込まれて竜巻に囲まれてしまう。
「囲まれたで…! どうするんやこっから…!?」
「…仕方ない。使いたくはなかったがアレを使うか」
竜巻に囲まれて声を荒げる波川吹とは打って変わって村正には何か打開策があるようで、面倒くさそうに片手を前に突き出す。
「俺の後ろに隠れろ」
「分かったけど…。な、なにをするつもりや…?」
迫ってくる竜巻を見据えながら村正は前に突き出した腕を横に振り払った。波川吹はその光景を見て息を呑む。たったそれだけの動作によって、周りを囲んでいた竜巻がすべて消滅してしまったのだ。
「…! 何だと…?!」
「もう二度と使わないと思っていたが、またこの力を使うことになるとはな」
月影村正の能力の正体は衝撃操作という能力。自身の攻撃によって発生する衝撃を強めたり、相手の攻撃に発生する衝撃を弱めたりと戦いにおいてかなり万能な能力となる。
「その竜巻がお前の力か? 正直さっさとこの戦いを終わらせたいんだが…」
先ほど村正は腕を振り払うという動作で発生する衝撃の強さを能力によって向上させて、竜巻にぶつけたのだ。端から見れば村正が腕を振り払うだけで竜巻を消したように見えるため、サタンも波川吹もその能力の正体に気が付かない。
「やはりキサマがイレギュラーのようだな。アスモデウスもキサマのようなイレギュラーな存在にやられたと吾輩は聞いた」
「…霰か」
サタンと波川吹に聞こえないほど小さな声でそう呟き、波川吹の方へと振り返る。
「今からお前を投げ飛ばす。アイツの右羽根を斬り落としてこい」
「…は? じぶん何を言うとるか分かってるんか?」
「俺は左羽根を引きちぎる」
月影村正は波川吹の胸倉を強く握る。吹は「ちょっと待ってくれや、まだ心の準備が出来て…」と弱気になりながらそうブツブツと述べて村正の行動を抑えようとするが、
「行くぞ」
「無茶ぶりやろぉぉぉおお!!?」
説得できるわけもなく、ボール投げの要領で飛ばされサタンの右羽根に向かって宙を切りながら突進をする。月影村正は波川吹よりも先にサタンの元まで辿り着き、吹に向けられた尾による攻撃を蹴りで防ぐとサタンの頭部を殴って怯ませ、左羽根を片手で掴む。
(なんや…? 妙に身体が軽いで)
波川吹の中で目覚めた力、身軽足軽。自身の身体の重さを軽くし、跳躍力等を向上させるというもので、回避や空中戦において効果を発揮する優れた能力だ。月影村正はその能力が吹の中で目覚めていることを知っていた。
「羽根はこんなにいらないだろ」
「やったるわぁぁあぁぁああッッ!」
「グゥウウ…!?」
村正が左羽根を根こそぎ引きちぎると同時に波川吹も右羽根の一枚を双剣で斬り落とした。羽根を処理できた月影村正は減速していく吹の背中を掴むと振り向きざまに、
「もう二枚やってこい」
「ちょい待っ…」
左羽根と右羽根が一枚に重なる瞬間を狙って投げ飛ばした。波川吹は空を飛んでいる感覚に叫びながらも、右羽根、左羽根を二本の双剣を巧みに扱い斬り落とす。
「ぐぬぅッ?!」
サタンもその巨大な体を一枚ずつの羽根だけでは飛んではいられず再び地上へと墜落した。減速し今度こそ落下していく吹の身体を村正が回収して、地上へと無事に帰還する。
「死ぬかと思うたで…!? 何してくれてんや!?」
「安心しろ。何かあっても俺がどうにでもできた」
嘘偽りのない表情を浮かべながらそう断言する村正に波川吹も「ほなええんやけど…」と怒りが静まってしまう。吹を守りながら戦うよりも、吹を武器として扱いながら戦う方が村正にとっては、守れるうえに攻撃も出来て一石二鳥となるのだ。
「…【エルガープロス】」
「今度は何や…!」
サタンの声が聞こえると共に突風が吹き荒れる。その突風は辺りの炎を全てかっさらいサタンの元へと吸収されていくようだ。
「吾輩の真の姿を見せてやろう」
サタンの体は喉が焼けるほどの熱気を放つ炎に包まれ、辺りを太陽のように照らしながら宙に浮かんでいく。灼熱ともいえる炎に包まれているはずのサタンは苦しむ様子もなく、むしろ居心地の良い空間にいるかのようにして二本腕を動かしていた。
「消し炭にしてくれる」
サタンを包む灼熱の炎が隕石のような塊となり、周囲に降り注ぐ。炎に触れた草木や瓦礫の残骸は一瞬にして灰に変わるのを見た波川吹は走り回りながらそれらを回避していた。
「吾輩を怒らせたことを後悔するがいい」
サタンの能力である【エルガープロス】とは"怒りによる裁き"を意味する。言葉通り自身の内なる怒りの感情を灼熱の炎として具現化し、相手を裁くというものだ。その炎は生半可な消火方法では消えず、使用者の怒りが静まるまで永遠に燃え続ける。
「厄介な力だな…」
「どうするんやぁ!? こんなんいつまで耐えられるか分かったもんじゃないで…! はよ炎だけでも消してくれ!」
「…残念だが、それは無理だ」
どれだけ強大な力でも炎は消えない。怒りが静まる以外に炎を消す方法は使用者を倒すことだけなのだ。それに加え、その使用者自身が炎を纏ってしまえば如何なる者も触れることすら出来ない。所謂"無敵状態"となり得るのだ。
「…まぁ、やれるだけやってみるけどな」
月影村正はサタンを包んでいる炎に向かって地面を踏み込んで跳躍する。 向かう先は人間さえも一瞬にして灰へと変えてしまうほどの灼熱の炎。それを分かったうえで村正は、
「っと、これは予想以上に熱いな…!」
その炎の中へと飛び込んで、サタンの背中へと着地した。村正は灰になるどころか、燃えてすらいないようだ。
「キサマ! 吾輩の炎の中へ!?」
「うるさいぞ! こっちは喋ると少し苦しいんだよ…!」
村正は舌打ちをしながら一回転して踵落としをサタンの頭部に食らわせる。会心の一撃だったようでサタンは大きくバランスを崩しながら、地上へと三度目の墜落をした。
「大丈夫なんか!? 少し燃えとるやろじぶん…!」
「アイツを倒さないと消えないらしいからな。しばらくはこの状態で戦う」
制服の裾に火が付いている村正を見た吹は心配をしていたが、月影村正は全く熱がることもなく涼しい顔でサタンの方を見つめていた。
「ぐぬぅ、今のは流石の吾輩も少し気を失いかけたぞ」
「そのまま気を失ってくれると助かったんだけどな」
サタンは失った四枚の羽根の代わりに炎で生成した羽根を生やすと再び空へと浮かんでいく。
「なんや? 炎の色が青色に変わったで…?」
「小学校の時に習ったガスバーナーの実験以来だな。青い炎を見るのは」
先ほどの赤い炎が青い炎へと変わっているのに気が付き、波川吹は顔をしかめる。炎の温度は赤色よりも青色の方が遥かに高い。そう習ったことを思い出し、辺りの温度が段違いに上がっていることに気が付く。
「こんな熱かったら…呼吸もできへん…!」
「酸素スプレーを創造してしばらく耐えていろ。俺が決着をつけてくる」
月影村正が今度は本気で始末しようと思い切り踏み込んで跳躍する。
「――ッ!?」
しかし、サタンの青い炎が自我を持っているかのように村正を包み込んでサタンのいる逆方向へと連れ去った。
「大丈夫なんかッ!? …ってわいにも炎が向かってくる!」
波川吹は片手に持っていた酸素スプレーを投げ捨てて必死に逃げ回る。だが壁も何もない平坦な跡地で青い炎を防ぐ方法は何もない。波川吹は熱により呼吸も苦しくなる中で、瓦礫に躓いてその場に転んでしまう。
「た、たんまやたんま! わいが立つまで待ってくれ…!」
当たり前だが炎に言葉が通じるはずもなく、襲い掛かろうしたその時、
「早く立て…!」
二年一組の教室で生き残っていた木村玄輝が、一枚の布切れにその炎を付着させて吹の事を守った。
「玄輝か…!? た、助かったわ!」
「あの炎が消えない特質を持っているのなら、代わりに何か燃えるものを創造して誘導を切れば対処は出来る!」
「分かったで…!」
この木村玄輝は偽物なのか。波川吹の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。あの崩壊した校舎の中にいたのに生きていることが不思議なのと、聞き間違いでなければ創造という言葉を出したこと。けれど本物がこんな場所にいるはずがないと自分に言い聞かせる。
「ユメノ使者…!」
【承知した。力になろう】
玄輝がそう叫ぶと、特徴的な牛の骨の被り物をした黒いローブの何者かが姿を現す。片手に持つ忌まわしい剣の矛先をサタンへと向けると、玄輝と共にサタンの元へ接近していく。
「チッ…本当に熱いな」
「先輩! 大丈夫やったか!」
「特に問題はない…が、アイツらは誰だ?」
月影村正は険しそうな顔をしながら、木村玄輝と黒いローブの者を見る。青い炎を纏ったサタンへ果敢に攻め込もうとしているその姿は、村正の目から見れば命を捨てようとしているようにも思えた。
「…話は後か。今はサタンを倒すことが先決のようだ」
村正は「ここで待ってろ」と波川吹に伝えると跳躍して、木村玄輝たちへと合流を試みる。
「おい、誰かは知らんが俺は今からこいつの炎の力を弱めてくる。炎が消えた瞬間、下に叩き付けてくれ」
「…ああ、分かった」
月影村正は青い炎の中へと突っ込むと、生えている残り二本の羽根を片手で一本ずつ引きちぎる。サタンは呻き声を上げて炎で生成された羽根を生やしたが、炎の色が段々と青さが薄くなってきているようにも見えた。
「次はラッシュだ」
「ぬぅは…ッ!?」
サタンの顔の正面で浮かぶと村正は殴りや蹴りやらで滅多打ちにする。二本腕で村正に攻撃を仕掛けるが、力で押し負けて逆にカウンターを食らわされていた。村正が休む暇もなく殴打をし続けると、炎の色が青色から完全な赤色へと戻っていく。
「ここまで弱らせれば怒る力も出ないだろ」
村正が最後に渾身の蹴りの一撃をサタンの顎に直撃させると、炎は水でも被ったかのように消え去ってしまい辺りが薄い暗闇に閉ざされる。
「"ベルフェゴール"…!」
【御意】
「……」
薄い暗闇の中で木村玄輝とベルフェゴールがサタンの背中に剣を深々と突き刺して、地面へと落としていく。
「そうか…! キサマのことをどこかで見たことがあると思えばベルフェゴールか…!」
【久しいな、サタンよ】
サタンの重い体が地面へと衝突すると、木村玄輝、ベルフェゴールは剣を抜いて距離を取る。月影村正は「今までの怒りをぶつけてやれ」と波川吹の背中を強く押した。
「キサマが吾輩を倒せると…? 馬鹿な人間め」
体を動かせないサタンは尻尾で吹を殺そうと試みるが、
「…なんだとッ!?」
「お前、聞いた話によると憤怒を司るらしいやないか!」
その尻尾は双剣で受け流され、真っ二つに斬り落とされる。驚きの声を上げるサタンを他所に波川吹は双剣を逆手持ちで構えて走り出した。
「なら人間が最も怒るときはどんなときか知っとるんか!」
「…人間は愚かな生き物だ。自分の思い通りにいかなかったときに怒るのだろう!?」
二本の腕で接近してきた波川吹へ殴りかかろうとするが、吹はそれをジャンプで回避してそれぞれの腕の付け根を斬り落とした。
「ちゃうわアホ」
波川吹はゆっくりとサタンの顔の正面まで歩み寄り、
「人間は仲間を侮辱されたときに最も怒るんや。よく覚えておくんやな」
双剣で二度斬り刻み、サタンの頭部を首元から斬り落とした。ユメノ使者であるサタンを倒したことにより、サタンの亡骸が光の塵と変わりユメノ結晶を生み出していく。
「これでわいの怒りも収まったわ」
「これで一先ず安心ってところだ。あの結晶を破壊すればユメは覚めるんだが、その前に――」
月影村正は背後に立っている木村玄輝を睨みつける。波川吹は何故木村玄輝に敵意が向けられているのかが理解できず、そのまま棒立ちしていることしかできない。
「お前は何故このユメノ世界にいる? 誰のさしがねだ?」
「……」
「答えろ。俺は不安要素は何一つ残したくない性分なんだ」
木村玄輝は月影村正の問いに対して何も答えることはなかった。村正も黙秘権が使えると思うか?と厳しく問い詰める。
「逆におれが聞きたい。あんたは何者だ? あそこまで戦える元ユメ人は初めて見たぞ」
「最初に質問をしたのは俺だ。お前が答えなきゃ俺も答えない」
「…助けようと思ってここに来ただけだ」
やっと答えたかと思えばたったそれだけの情報。村正も喉を唸らせながら溜息をつくと、
「もっと簡単で分かりやすい質問をする。どうしてこのユメノ世界だと割り切れた?」
「……」
「それにお前の戦い方は何だ? あれは誰かを助けるために死ににいく戦い方じゃない、ただ自分を殺すために戦いにいくようなものだろう」
少々イラつきながら木村玄輝に再び問い詰める。玄輝は黙ったまま手に持っている剣を大きく振り上げると、
「おい、待て…ッ!!」
ユメノ結晶へと投げ飛ばして粉々に破壊した。
「おれも自分で何をしているのか分からないんだ。放っておいてくれ」
――密かにそう呟いて。




