第53話【犯人は誰ですか?】
この校舎に避難してきて三日目の夜。月影村正は宣言通り犯人を炙り出そうとしているのか、二年一組の教室に残っている生徒たちへ、
「トランプでもしないか? 全員でやれば恐怖も少しは和らぐだろ」
と何かしらの理由を付けてトランプの参加を促した。トランプの舞台を用意するために村正は机を四つほど真ん中に集めてくっつける。トランプなんかでどうやって犯人を見つけ出そうと考えているのかが分からない波川吹は少々不安になりながらも全員分の椅子を机の周りに置いた。
「好きな場所に座ってくれ」
月影村正は窓側に近い席へと座ったため、波川吹はその隣へと腰を下ろす。木村玄輝と金田信之は波川吹の視点から右側に、鈴見優菜と内宮智花は逆の左側の椅子へと座っていた。最後の神凪楓は窓側とは正反対の廊下側に近い椅子へと腰を掛けている。
「まずは簡単なババ抜きでもしよう。これなら全員ルールぐらいは分かるからな」
村正が慣れた手つきでトランプのカードを全員に配り始める。ババ抜きのルールは最初に自分のカードがなくなった人が勝ちで、最後にジョーカーを持っている人が負けというシンプルなものだ。
「順番は決めるのが面倒くさいから俺から始まって右回りでいいか?」
カードを配り終えると、月影村正は揃ったペアを場に捨てながら順番決めの話をする。村正のその意見に対して、反論する者は誰一人としていない。
「じゃあ始めるぞ。まずはお前が俺の手札を引いてくれ」
「わ、分かったで…」
取り敢えず、最も右に寄せられているカードを一枚引く。引いたカードはハートのエース。波川吹は自分の持ち手札にハートのエースがあることを確認すると、机の中心に揃った手札を投げ捨てた。
「…喋らないままも気分が乗らなくなるから少し話でもしようか」
(先輩は何を企んでいるんや?)
吹は次に村正とは逆の位置に座っている金田信之に手札を引かせる。ジョーカーを誰が持っているのか分からない以上、目星がつくまで適当に引かせればいいと波川吹は考えていた。
「俺はこの中に西村駿と白澤来を殺した犯人がいると推察している」
「推察しているって、何を根拠に?」
木村玄輝が村正にそう思う理由を尋ねながら、金田信之の手札から一枚カードを引いた。村正は玄輝を含めた全員に波川吹が犯人を捕まえようと校舎内に細工をしていたこと、殺された後に食料と水が消えていたことを話す。
「…僕たちの中に犯人が?」
「確かにあなたの言い分は最もよ。殺害現場が近いうえに二階で寝泊りをしている人物なら私たちが適正だもの」
神凪楓は木村玄輝の視点から見て、左端のカードを一枚引くと手札とペアを作り机の上に捨てた。
「勿論俺も疑われて当然だと考えている。だから、お前たちの言い分を聞かせてほしい」
「…うん、分かったよ」
今度は鈴見優菜が神凪楓の手札から一枚引く。引いたカードを見て表情が和らいだのを視認した月影村正は、比較的に話しやすそうである優菜と智花へとアリバイを聞き出すことにする。
「なら、お前たち二人から聞かせてくれ。ここへ避難してきた初日と二日目の夜…どこで何をしていたのか」
「私と優菜ちゃんは廊下側に近い場所で寝ていたよ。一度も教室の外に出なかったし、白澤くんと駿くんがあんなことになるなんて朝まで知らなかったから…」
内宮智花は自身たちのアリバイを証明すると、優菜の手札からカードを一枚引いて村正へと体の向きを変える。村正は「…そうか」と答えると、智花の手札の真ん中のカードを引いてペアを机の上に捨てた。
「俺は二日目の夜までは三階の教室でずっと過ごしていたな。で、二日目の夜以降はさっき話した通りだ」
「わいはここに避難してきた初日の夜は何も知らへん。二日目の夜は…犯人見つけようと試行錯誤していたら駿が知らんうちに殺されて…」
吹はあまり思い出さないように気を付けながら、自分自身のアリバイを口頭で説明する。村正の手札からカードを引いている波川吹のことを神凪楓と月影村正以外は少しだけ心配をしているような眼差しを送っていた。
「僕と玄輝も優菜たちと同じだよ。教室の窓際の方で寝ていたら白澤と駿が殺されていたんだ」
信之が全員に説明をすると、吹からカードを一枚引いてペアとなった二枚を机の上に捨てる。玄輝は何一つ話すことなく、黙って金田信之の手札からカードを引くと神凪楓に引かせようと軽く目線で促した。
「私は初日も二日目も夜まで本を読んで、日が暮れたら教室内の自分の席で寝ていたわよ」
全員がアリバイを主張し終える。 吹は全員のアリバイを聞いた限りでは怪しい人物など見当すらつかないため、ここからどう動くのかと月影村正に視線で訴えようとしたが、
「…なるほどな。色々と他にも聞きたいことはあるが、取り敢えずはこの一戦を終わらせよう」
アリバイを聞けたことで満足しているのか、次のゲームで他に聞こうと思っているのか、村正はこのババ抜きに決着を付けたがっているようだった。波川吹は言葉を抑え、早いところババ抜きを終わらせることにする。
「…わいが一着やな」
数分で手札が全て消えた波川吹は一上がりを宣言する。大富豪のときも一着で上がれたことを思い出し、自分がいつの間にか勝負事に強くなっているのかそれとも運がただ良いだけなのかと一瞬考えたが、こんな状況になっていて運がいいも悪いもないと自身の境遇を呪った。
「私も上がりだよ」
内宮智花たちが次々と上がっていく中で最終的に残ったのは月影村正と神凪楓だけだった。楓の手札が残り二枚に対し、村正の手札は残り一枚。ジョーカーを持っているのは楓のようだ。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「…神凪楓よ。あなたは?」
「月影村正だ」
互いに自己紹介をしているようにも見えるが、既に心理戦が始まっている。何を狙っているのか予測できない彼と完璧超人と称されている彼女は両者とも、このババ抜きで全力を懸けているようにも見えた。
「白澤来と西村駿が殺されたが…お前はあの二人の遺体を見たか?」
「ええ、見たわよ。酷い有様だったわ」
波川吹は神凪楓の後ろへと回って手札を確認すると二枚のうち右がジョーカー、左がダイヤのエースだった。村正の視点から見て考えれば、左を引けばジョーカーでゲーム続行、右を引けばダイヤのエースでペアが揃い神凪楓の敗北となる。
「お前は秀才だと噂を耳にする。あの現場を見て気になる個所はあったか?」
「…私が気になったのは遺体の損傷具合と犯行現場…この二つよ。誰かが二階で殺されたとなれば、その周辺への警戒がよりいっそう高くなるはずでしょ? それなのにどうしてわざわざそこまでのリスクを背負って同じ場所であんな殺し方をしたのか…不思議よね」
核心を突いた意見だ。波川吹のように犯人を見つけ出そうと考える者がいると予測ぐらいは素人でも出来る。それなのに同じ現場で同じ殺し方をしたのには何か訳があると考えるのが妥当だ。
「…遺体の損傷具合っていうのはどういうことだ?」
「そのままの意味よ。死因が刺殺でも撲殺でもないこと…これは一体どういうことなのかしらね? 猛獣にでも襲われたかのような噛み跡。普通の人間が殺したとは思えないわ」
波川吹もこの校舎内に野犬が侵入して、白澤来と西村駿を殺したのではないかと考えていたことがある。だが西村駿が殺される際に鳴き声や足音すらも聞こえなかったため、吹はその可能性はないと昨夜に結論付けていた。
「酷い殺され方だったな。血の臭いだけが充満して…」
「そうね、気分のいいものではないわ」
月影村正は勝負を終わらせようと、神凪楓の手札へと手をゆっくりと伸ばす。どちらを引くのか、緊張感が高まる中で村正は右を引くか左を引くかで右往左往していた。
「どんなに優秀な奴でもヘマをするときはとことんヘマをする。俺は過去に自分よりも強い奴が死んでいく姿を何度も見てきた…だからそれだけは言い切れる」
「…何の話よ? さっさと引きなさい」
突然長々と喋り始めた月影村正に神凪楓が手札を早く引かせようと腕を前に突き出した。しかし気が付けば村正は手札ではなく楓の目を見ながら口を動かし、
「あの二人を殺した犯人はきっとこう思っているはずだ。自分に欠点はない、完璧なシナリオだ…と」
「…気でも狂ったのかしら?」
「完璧なんてこの世に存在しない。存在するのは完璧という名の驕りだ」
左を引けばジョーカー、右を引けばダイヤのエース。張り詰めた空気の中で月影村正は一呼吸を入れて、楓に向かって微笑し、
「お前がジョーカーだ」
「…!」
ダイヤのエースを引いてペアを揃えると、カードをその場に捨てた。神凪楓は目を丸くしながら、ジョーカーを机の上に表向きで置く。
「ちょっと待ってくれや! 本当にコイツが犯人なんか!?」
「ああ、確実にコイツが犯人だ」
村正の発言を聞いた信之や優菜たちは楓から距離を取る。犯人だと断言された神凪楓はそれに対し、
「私があの二人を殺した証拠でもあるのかしら?」
不機嫌そうな表情を浮かべながら月影村正へキツイ当たりをする。村正は「当たり前だ」と返答をして、大詰めに差し掛かろうとしていた。
「お前は俺の誘導に引っかかって自白したんだよ」
「自白って何の話よ…?」
「俺が遺体について聞いた後の会話だ」
それは大富豪の決着がつく寸前の会話にしたとある同調。
「酷い殺され方だったな。"血の臭い"だけが充満して…」
「…そうね、気分のいいものではないわ」
血の臭いだけという言葉に神凪楓は何の疑問も抱かずに頷いていたのだ。
「本当に血の臭い"だけ"だったか? 俺は他にも負けじと臭いのするものがあったと思ったが…」
波川吹はその時に思い出した。確かにあの現場では血の臭いだけでなく、卵の腐った臭いも同等に充満していたことを。
「確かに、他にも臭いがしたで! 皆もそうやろ…!?」
「思い返してみれば、血の臭い以外にもしていたね」
神凪楓以外は波川吹に賛同してその臭いに気が付いているようだった。村正はその勢いを利用して更に問い詰めることにする。
「お前はかなり鋭い推理をしていた。それだけの推理力があるのならどうしてその臭いに気が付かない? もし言い忘れていたのならその臭いがどんなものだったかを俺らに説明してくれ」
「……」
「…スカンクは他の動物からすれば激臭の対象となるが、自分自身の激臭を嗅いでも何とも思わない。この原理と同じならば、あの臭いを発する人物は自分自身の臭いに気が付かないだろうな」
月影村正に問い詰められた神凪楓は反論をすることなく黙ったまま、ジョーカーのカードを見つめていた。
「現場に必ず残されたあの臭い。あれが犯人のものならば…現段階でお前が最も容疑者となり得る人物だ。弁解があるのなら聞いてやる」
神凪楓が犯人だった。これには波川吹も言葉を失ってしまう。このクラスの生徒を恨んでいたとも考えられるが、あそこまで無残な殺し方をする必要はあっただろうか。
「…廊下側の席を取る。これも逃げやすくする為の行動だろう?」
「ふふっ」
僅かに微笑むと、徐々に徐々に顔を上げていく。
「……!!」
「…やっぱりお前が犯人なんだな」
神凪楓の顔は狂気に染まっていた。頬が吊り上げられ、瞳孔が完全に開いた状態。犯罪者の中でもとびっきりのサイコパスが持つ、独特の表情に波川吹は息を呑んだ。
「残念だ。やっぱりお前はイレギュラーだった」
楓は中心の机を持ち上げて派手に吹き飛ばすと、一瞬で廊下へと飛び出して逃げ始める。村正は逃がすまいと教室を出ていこうとするため、
「あいつはわいたちで捕まえるからここで待っていてくれ…!」
智花たちにそう伝えると、月影村正の後を追いかけていく。人間だとは思えない速さで逃げていく楓を捕まえようとする村正はその場で足を止めると、背後を振り返って波川吹の姿を確認する。
「…あいつはここにいるやつらを皆殺しにするつもりだ」
「ホンマか!? ならはよ止めんと…!」
そう考えた時にはもう遅かった。下の階から悲鳴が聞こえてくる…いや、悲鳴一つずつが消えていく。そこでは既に神凪楓による殺戮が行われているのだ。
「今更こんなことを言っても信じられないと思うが、あいつは人間じゃない」
「…人間じゃないってどういうことや?」
「もっと言えば、お前が今まで見てきたものは全てユメだ。現実に起こっている事じゃない」
気が狂ってしまっているのかと月影村正の顔を見るが、冗談を言っているようにも狂っているようにも見えない。至って真面目な顔で階段を見つめながら波川吹に話をしていた。
「ここはユメノ世界、お前はユメ人という病のせいでこんな悪夢を見せられている」
「ユメノ世界?」
「ああ、それでお前をこのユメノ世界へ引きずり込んだのが…悪魔だ」
これは全て夢であってほしいと何度願ったことか。月影村正の言っていることがすべて真実ならば、西村駿も白澤来も死んではいないということになる。信じられない話だが、今はそう信じたいと無理やり自分自身に信じ込ませるしかない。
「俺はお前を助けに来た。この世界で唯一の味方みたいなものだ」
「もしこれが本当にユメなら、わいはどうやって目を覚ませばええんや?」
「簡単だ。お前をユメノ世界に引きずり込んだ悪魔を倒せばいい」
大したことではないと口にしているが、波川吹からすれば悪魔などを相手に太刀打ちできるのかと不安要素しかない。
「お前は自由に物質を創造出来る。試しに武器を頭の中で創造してみろ」
「創造してみろ言われても…」
武器というイメージが上手く創造付かないが、最近ゲームで見た武器を思い出し取り敢えずそれを創り出そうと言われた通り頭の中で強く念じてみると、
「…なんや!? 何もないところから物騒なもんが出てきたで…!?」
両手に迷彩柄の双剣のようなものが握られていたことで恐縮しながらも驚きの声を上げる。
「神凪楓に化けているヤツが悪魔だ。アイツを探し出して殺せばユメは覚めるだろうな」
「本当に殺す必要があるんか?」
「アイツはお前を殺すつもりでいる。このユメノ世界では先に殺すか、先に殺されるかだ。先手を打った方が最後まで生き残れる」
月影村正は波川吹にそう告げると、階段を一段ずつ下り始めた。




