第52話【悪とは何ですか?】
次の日の朝、西村駿の遺体が発見されたことで予想していた通り悲鳴が飛び交い、不安の声が徐々に募り始めていた。二年一組の教室に残っているのはこれで波川吹、木村玄輝、金田信之、鈴見優菜、内宮智花、神凪楓の六人に加え、手を貸してくれるという月影村正の七人だけとなる。
「…何か用?」
波川吹は月影村正と共に昨日と同じく遺体処理をしている五奉行へと声を掛けた。 真冬は隣に立っている村正を見ると露骨に嫌そうな表情を浮かべて、用件を尋ねる。
「これで殺されたのは二人目だ。お前たちは犯人に対して何か対策を立てているのか?」
「私たちは私たちなりに立てているよ」
霧崎真冬がこれ以上何かを口にすることはなかった。それに関する詳細を聞き出そうとしても、決して教えてはくれないと分かっていた吹と村正の二人は五奉行たちを後にして、村正が夜中に回収して回った三つの防犯ブザーをポケットから取り出す。
「…駿が殺される前に何か変わったことは起きてなかったか?」
「変わったこと言われてもな…わいはそこまで見とらんかったから…」
そこでふと昨日にしていた駿の発言を思い出した。西村駿がまだ生きていたとき、教室で白澤来の食料と水が見当たらないと行方を捜索をしていたのだ。波川吹はその情報を村正に伝えると、
「教室に戻って確認するぞ」
足早に二年一組の教室へと向かい始める。道中で逆方向へと歩いていく神凪楓とすれ違ったが、互いに話すことが何もないため挨拶すら交わすことがなかった。
「…駿が寝ていた場所はここか?」
「な、ないで…! 駿の食料と水が消えてしもうてる…!」
教室に戻ってきてみれば昨夜はそこにあったはずのものがきれいさっぱり消えてしまっていた。やはり犯人は西村駿と白澤来の食料と水が目当てで殺したのか、と推察している吹の横で村正は、
「なるほど」
何かを納得したように教室に残っている生徒達を一人一人観察し始める。
「…犯人はこの教室の中にいる誰かだ」
「…!」
防犯ブザーが作動しなかったのは元々二階にいた人物が犯人だということが理由で、波川吹の証言と不自然に消えた食料や水から考えれば、それらを容易に盗むことが出来るのはこの教室内にいる生徒しか不可能なのだ。
「…それよりも、先に確かめることがある」
「先に確かめることって何や?」
波川吹のその疑問は村正に窓の外を見るように促されたことですぐに解決した。この校舎内に避難してきた当時から、夜遅くになると昇降口から引きずってきた何かを炎の中へ投げ入れている光景。この一連の様子を吹だけではなく村正も三階の窓から眺めていた。
「二日間とも深夜を過ぎてから外で行動を始めている。俺らは深夜を回る前に外で待ち伏せをするぞ」
村正は波川吹にこれからの予定を伝えると、近くの席に座ってスマートフォンを弄って時間を潰そうとする。スマホは圏外と表示されており、インターネットは疎か電話すら繋がらない状態となっていた。恐らく月影村正も同じ境遇のはずなのだが…何故か普段と変わりようがなくスマホの画面をタップしているようだ。
(回線のいらんアプリで遊んでいるんか?)
そんな些細なことが気になっていた波川吹だったが、いつまでも村正のことをジロジロと見ているのは失礼に当たる。ならば自分はこの先に備えて仮眠をしておくことにし、静かに目を瞑って机に伏せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…そろそろだな」
時計の針が深夜を回ろうとしている時間帯に月影村正と波川吹は予定通り、校舎の外へと出て正門近くの草むらの陰へと隠れていた。真白高等学校を囲う、炎の強さは二日前と変わりなく自然鎮火する気配が全く見えない。この炎が果たしてただの炎なのか、それさえも怪しくなってきている。
「誰か校舎の中から出てきたで…!」
校舎の外へ出てきた者たちは明かりとなるライトを持っていないため、ハッキリと姿を視認することは出来ない。しかしこの時間に校舎外へ出てくる者は確実に村正と吹が待ち構えている標的で間違いはなかった。
「…誰かに見られたくないからこそ、明かりを持っていないんだろうな」
月影村正と波川吹はその者たちがいつも通り正門に近づいてくるのを待つことにする。やはり数人で何か一つのものを引きずっているのか、地面に重いものが擦れている音が聴こえてくるようだ。吹は聞き耳を立てながらその正体を暴こうと草むらの陰でジッと息を潜める。
「……」
少しだけ距離が近づくと同時に村正の表情が険しくなる。自分にはまだ鮮明に見えていないが村正はこの暗い中で見えるのだろうか。何が見えているのかが気になった吹は少しだけ身を乗り出してこちらへ向かってくる数人を視認すると。
「な…!?」
「…!」
思わず声を上げてしまった。村正は見つからないようにとすぐに吹の制服の袖を引っ張って草むらの中へと引きずり込む。
「声がデカい。もう少し静かにしていろ」
「そんなことより…! アイツらは、五奉行は一体何をしとるんや…!?」
波川吹と月影村正が見たもの。それは五奉行の五人が協力して人型の寝袋を引きずっている姿だった。これには吹も自分自身の目を疑い村正へ小声で事実確認をしようとする。
「…見ての通りだ。アイツらは人間を炎の中に捨てているんだろ」
「どうしてそんなことをするんや…! 何のためにそんな…」
「誰だい? そこに隠れているのは」
吹の声量があまりにも大きかったのか、五奉行の柏原瑞月の耳までやり取りが届いてしまう。村正は「少しは黙っていろ」と少々イラつきながら草むらの陰から、五奉行の前へと姿を現す。波川吹もまた信じられない光景に目を丸くしながらその場に立ち上がった。
「…五奉行は毎晩毎晩残業ばかりで大変そうだな」
「あんたたちは…」
姿を見せた二人に対して五奉行は、「見られたくないものを見られた」のか少しばかり殺気立ちながら村正たちを睨み続ける。
「…どうしてお前までいるの? 波川吹」
「そんなことどうでもええやろ…! お前ら何しとるんや! その寝袋を炎の中に投げ込むつもりか!?」
波川吹は引きずっている寝袋を指差して、何をしようとしているのかを問い詰める。通常この状況ならば隠し通そうと試みるため誰も返答をしない、もしくはお前たちには関係ないと一点張りして村正と波川吹を追っ払おうとする…吹はそう思っていたが
「うん、投げ込むんだよ。この人間には苦情が入っていたからね。寝かせて寝袋に詰めてから炎の中に放り込むだけで校舎内の治安は良くなるから」
特に悪びれる様子もなく至って普通に霧崎真冬がそう回答した。それを聞いた波川吹は「…狂っている」と小さく呟く。頼りになるはずの五奉行は校舎内を一つの国として考えているのか、周りに迷惑となる人間がいれば懲役などという甘い判決ではなく死刑で裁きを下すのだ。
ここへ逃げ込んできたときに目に入ったあの五奉行たちはどこへ消えてしまったのか。今の五奉行はもはや面影すらないように見える。
「なるほどな。お前たちは【悪】となり得る人たちを、度々ここまで引きずって炎の中に放り込んでいたわけか」
「そうですわね。【悪】は絶対に取り除かなければいけない対象ですもの」
自分たちが絶対的に正しいと思い込んでいるからか、既に正気の沙汰じゃないからかは分からない。けれど彼女らの声色からするに全く躊躇も迷いもないように聞こえて、波川吹は不気味に感じ後退りをする。
「…だから、白澤来と西村駿も殺したと?」
「いいや? あたしらはあの二人に関しては一切関係ないよ」
月影村正の問いに対して柏原瑞月は否定する。 五奉行は【悪となり得る存在は人知れずに抹消する】というやり方が主流となっているのだ。悪の対象とならない西村駿と白澤来をあれだけ派手に殺したところで何一つメリットはないが、
「本当なんか? 人を焼死させておいて信用なんか出来へんで?」
「別に信用はしなくていいと思うよ。ただ私たちの目的は悪を抹消して、その分の食料と水を節約したいだけだし…」
波川吹たちを会話を交わしながら、今晩も悪とみなされた人間が炎の中に投げ入れられる。
「お前たちは悪の対象となっていないから狙うつもりはないよ。…私たちの邪魔をするのなら話は別だけどね」
「…いや、お前たちの邪魔もしないし口外もしない。俺たちはただここで何をしているのかを探りたかっただけだからな」
月影村正は波川吹に「戻るぞ」と声を掛けると、昇降口の方へと歩き始めた。波川吹も歩いていく村正に追いつくために草むらを飛び越して小走りを始める。その際に霧崎真冬とすれ違ったが互いに視線を合わせることはない。何故なら、吹の知っている真冬はもうそこにはいなかったからだ。
「五奉行に好き勝手させるつもりなんか?」
「あいつらを相手にするのは苦手なんだ。それに校舎内で起きる面倒事を解決してくれるのなら万々歳だろ」
どんな状況であっても自分たちの理由で人を殺してはいけないと考えている波川吹は、村正の意見に納得が出来ずに一人でひたすらに唸っていると、
「…正しさなんて形だけだ、そんなに気にすることじゃない。それよりも犯人が五奉行じゃないとなれば…どう考えても二年一組の教室にいる連中の誰かが犯人だ」
「どうやって犯人を絞り出すんや?」
村正は波川吹の疑問に対して、ポケットから白澤来が娯楽室から持ってきたトランプを取り出して、
「これで明日の夜に全てが終わるだろうな」
面倒くさそうな顔をしながらも自信に満ち溢れている声色でそう答えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふーん、行動が読まれていた…ねぇ?」
黒霧は現実とユメの狭間で西村駿、白澤来、波川吹のユメノ世界を覗き見しながら笑みを浮かべていた。自分の筋書き通りにいかないときほど楽しいものはない。これからどうやって攻めていこうかを考える黒霧に、
「黒霧様よ、わしはこのまま残っていて良かったのか?」
「あ、うん。相手の力量が測れないうちはお茶でも啜って待ってていいよ」
巨大な蠅が突如姿を現して親しみを込めて話しかけてきた。黒霧はその巨大な蠅に怖気づくこともなく老人と接するように受け答えをする。
「ルシファーたちはどんな感じかのぉ? いい線いっておるか?」
「んー、もしかしたら相手が悪いかもねー?」
ユメノ世界に干渉するに至って神凪楓だけを天敵として考えていたけど、まさか更にイレギュラーな存在がいるなんて思ってもみなかった。アスモデウスが倒されたときも違和感を感じていたけど、今回こっち側の行動を先読みされて本格的に邪魔をされるなんて。
「ところで黒霧様はこんな昔話を知っておるか?」
「…昔話?」
「これはわしらの中で信じるか信じないか賛否両論ある話じゃが…」
話を聞いてみればそれはどこにでもありそうな昔話だった。
二年前、無数に存在するパラレルワールドの中で核となる世界が二つ存在した。一つはこの世界、もう一つはこの世界に似た別世界。それぞれ異なる世界として存在していたらしい。 もう一つの別世界が身勝手な神によって創り直されようとするまでは…
その別世界では人間たちが信じるはずもない架空の存在たちによって、人間はことごとく殺され消えていった。しかしただ殺されていく人間ばかりではなく、抵抗できる者たちもいたのだ。架空の存在に対して架空の力を扱い戦って世界を取り戻そうとした者たちが。
「架空の存在とか架空の力ってどんなものなの?」
「わしも詳しいことは知らないんじゃが…妖怪や、それこそわしみたいな悪魔を相手に人間固有の能力や魔力、霊力というような力で戦っていたらしいぞ」
首謀者である神を追い詰めた頃に最後まで生き残った人間はたった四人。一人目は太陽を覆いつくすほどの闇を司る妖怪を倒した者。二人目は幾千を越える能力を持っていた神に等しい人間を倒した者。三人目は神からも最狂と称されていた悪魔を倒した者。四人目は全知全能である神を追い詰めて倒した者。
その四人は別世界ですべてを終わらせることは出来たが…その世界はバランスを保つことが出来ずに崩壊を始めてしまっていたのだ。そこで四人はこの世界ともう一つの世界を同化させてしまおうと考え、危険を承知に実行をした。その結果、二つの世界を一つにすることには成功したがここで問題が発生する。それは神が置き土産で世界に掛けた人間に対する呪いがこの世界に反映されてしまったこと。
「へえー…つまり人間をユメ人にする呪いっていうこと?」
「そうじゃな。そうとも言われておるが、実際のところは誰にも分からないんじゃよ」
人間が夢の中に閉じ込められる呪い。それがユメ人の始まり。結局その四人の戦いは終わることなくまだ続いており、この世界に住む人間たちの呪いを解こうとこの世界でユメ人を助け回っている…だとか。
「その四人は四色の蓮と呼ばれているぞ」
「そのーなんだっけ? しいろのはす、とやらは今もこの世界にいるの?」
「さてのぉ…? わしも姿までは見たことがないから分からないわい」
架空の話だ。そんな人間がいるはずもない。そもそも別世界とこの世界が同化したなんていう設定はおとぎ話でも面白くない内容だ。悪魔も大したことのない話で賛否両論出しているんだなと黒霧は鼻で笑った。
「そんな話、誰も信じないと思うよ?」
「老い耄れの話じゃからな。一部の者は別世界での記憶を引き継いでいるらしいのじゃが…とは言っても四色の蓮以外は生き残っている人間もいないじゃろうからきっと迷信じゃよ」
お喋りな老い耄れ悪魔に黒霧は暇つぶしにはなったと一応感謝をすると、再びユメノ世界を覗き込んで事の行く末を傍観することにした。




