第50話【火災は恐ろしいですか?】
西村駿がイトナと初めて出会った頃…
「おおおんんん!? なんやこれはぁぁぁッ!!?」
勉強に集中ができずふて寝をした波川吹は、とてつもない熱気を感じて思わず目を覚ました。季節はまだ真夏でもないというのに、あり得ないほどの暑さ。その原因を探ろうとベッドから体を起こして辺りを見回してみれば、
「なんでわいの部屋に火が付いているんやぁぁッ!?」
自分の部屋が炎によって浸食され、波川吹家が大火事の真っ最中だった。波川吹は勉強机の上に置いてある財布とスマホだけをズボンのポケットに入れると、部屋を飛び出して階段を駆け下りる。
「オカンは先に逃げたんか!? 自分の子を見捨てて逃げるなんて白状もんやな!!」
波川吹は玄関で靴を履いて、外への扉に手を掛けた。消防車のサイレンが聴こえてこないということは到着が遅れているか、いまだに誰も通報をしていないのどちらかだ。吹は念のためにスマホを起動して、119番へいつでも掛けられるようにしておく。
「…は?」
吹はスマホの画面から視線を外の光景へ移すと、スマホを手から滑らせて落としてしまう。何故なら、波川吹の自宅だけが火事となっているわけではなく、一辺の一軒家全てを炎が包んでいたからだ。これには波川吹も声を失い、焦っていた心身が逆に落ち着いてしまっていた。
「こんなん…どこへ逃げればええんや」
どこを見渡しても炎、炎、炎…まるで真白町全体で火災が起きているかのような光景だ。こんな状態でどこへ逃げればいいのか、と軽く絶望をしたその時、
「こっちよ…! 早く来なさい!」
「お前…!」
灰色に汚れた制服を着た神凪楓が突如現れ、波川吹の手を握ってどこかへ連れて行こうとする。波川吹からすれば気に食わない相手。けれど現状で最も頼れそうな相手でもあるため、仕方なく言うことを聞いて神凪楓の後をついていくことにする。
「手は掴まんでええわ!」
「…はいはい」
神凪楓の後に続いて走っているが、どこまで行っても見渡せば炎ばかり。この真白町に何があったのか…波川吹はそれこそ何かを知っていそうな神凪楓へと尋ねたかったが、自分のプライドの事を考えればそんなことは到底できない。
「ここなら安全よ」
辿り着いた場所は何かしらの災害が起きたときには、避難個所とも指定されている真白高等学校だった。避難個所として指定されているだけあり、火災はまだ本校舎には浸食をしていない。
「…わい以外にも沢山の生存者がいるんやな」
校舎内で小さな子供が無邪気に走り回っているのを見て、自分や神凪楓以外にも生き残りが多くいるのだと吹は少しだけ安心する。
「きっと二年一組にあなたの友達もいるはずよ」
神凪楓に言われるがままに二年一組へ向かおうと歩を進める。 西村駿や白澤来が無事なのか、もしかしたら教室にいないかもしれない。教室にいなければそれは死を意味する。教室へ向かうまでの廊下や階段には負傷者が座り込んでいるが、それを治療する者は誰一人として見かけない。真白町に住んでいる医者の生き残りがいないのだろう。
「…! 吹たちも生きていたのか!」
二年一組の教室へ辿り着くと、西村駿が喜びの声を上げて波川吹と神凪楓の側まで駆け付ける。 その教室には西村駿だけでなく、白澤来、鈴見優菜、内宮智花、金田信之、木村玄輝といった普段通りのメンバーが揃っており、吹は考えすぎだったと安堵していた。
「一体何が起きとるんや…? 起きてみれば町中が火に包まれて…」
「俺にも分からない。気が付いたら俺の家も火災に巻き込まれていたんだ」
窓から町を見下ろしてみればそこは火の海と化していた。 さっきまでここに一つの町が存在した、なんて話をしても誰も信じてはくれないだろう。波川吹はひとまず落ち着こうといつもの自分の席に重い腰を下ろした。
「消防署に電話をしても全く繋がらない。もしかしたら…この火災が起こっているのは真白町だけじゃないのかもしれないな」
「鎮火するまで待てばええんとちゃうんか?」
「…残念だけど、あの炎は消えないわ」
波川吹と西村駿の会話に楓がそう口を挟んで否定をする。
「どういうことや?」
「私は自分の部屋の火を消火するために、水を何度もかけたりしたけど…あの炎、消える以前に熱で水を蒸発させるのよ。きっと消防隊に消火を頼んでも結果は変わらないわ」
神凪楓のその発言で教室の空気が静まり返る。その話が真実だとするならば、この真白高等学校は消えない炎によって囲まれている状態だ。
「この学校には食料も水も限りなものしかない。あの火が自然に鎮火することを信じて待つとしても、ここに避難してきた人数のことも考えれば、三日も持たないだろうな」
「流石に三日もあれば消えるやろ。そんな心配せんでも大丈夫や」
吹は西村駿を安心させるために口に出した言葉だったが、自分に言い聞かせるための言葉でもあった。波川吹と同様にいつかは鎮火すると考えているのか、教室にいる生徒達は不安そうな表情を浮かべていないようだ。
「そうや…! あのチビ…五奉行は生きとるんか!?」
「黒百合先輩たちか? 俺は見ていないが…」
「第三学年は俺と五奉行以外に生き残りはいない」
そう言いながら二年一組の教室に入ってきたのは月影村正だった。 西村駿は「村正先輩…!」と歓喜の声を上げる。波川吹はこの村正と呼ばれる人物が紫黒高等学校の一件で世話になったことを思い出し「あの時の…」と言葉を漏らす。
「アイツらなら購買で食料と水の配布を取り仕切っている。お前たちも貰いに行ったらどうだ?」
月影村正はミネラルウォーターと菓子パンを西村駿に手渡すと、教室全体を見回して人数を確認する。
「随分とこのクラスだけ生き残りの人数が多いな。運が良かったのか、それとも…」
その先の言葉は聞き取れなかった。いつもだるそうな雰囲気を漂わせている村正が何を考えているのか、それは一生不明なままのような気がする。
「村正先輩はいいんですか? 貰ってきた貴重な食料と水を俺に渡して…」
「気にするな」
村正は背を向けながら片手を軽く上げると、教室から出ていった。西村駿は差し当たってその菓子パンとミネラルウォーターを教卓の裏に隠すと、購買まで向かって食料と水を貰いに行こうと皆に提案する。男子学級委員としてまとめる力は衰えておらず、教室にいる者たちは全員それを承諾し、十数人ほどの生徒を引き連れて購買へと向かう。波川吹もまたその後についていくことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「何をしやがる…! その手を離せよ!」
「食料と水は皆、平等に配られている。アンタが子供からそれを横領するのは見過ごせないね」
購買まで顔を出すと、五奉行の柏原瑞月が真白町の住民かと思われる壮年の男性を床へ押さえつけていた。側にいる少年は酷い顔で泣きじゃくりながら、俯いていた。
「…あれ? お前たちも生きていたんだ」
配布所に並んでいる避難者を誘導していた霧崎真冬が、波川吹たちに気が付くと予想が外れたかのような反応をする。どうやらとっくに死んでいると思われていたらしい。
「おうチビ。お前も生きとったんか」
「お前はここに並ばなくてもよさそうだね」
言い合いをしながらも波川吹たちは霧崎真冬の誘導に従い列に並び始める。
男の怒声が収まったため、後ろの方を見てみると壮年の男性が奪った食料と水を少年に返している柏原瑞月の姿が目に映った。
「これは坊主のだ。もう誰かに取られたりしたらダメだぞ?」
「…ありがとう」
少年が嗚咽を上げながら瑞月に感謝の言葉を述べる。いつも険しい顔をしている柏原瑞月が、優しい表情を浮かべているのを見るのは初めてだった波川吹は、少々驚いているといつの間にか順番が回ってきていた。
「は~い! 食料と水で~す!」
受け渡しは柳未穂が担当していた。いつでも明るく笑顔で過ごしている柳未穂は、避難者の不安を和らげてくれるためこの役割は適任。黒百合玲子もそれを狙ったうえでの施策なのだろう。
「これで大丈夫よ。多少は歩けるようになるわ」
松乃椿は怪我人の治療に全力を尽くしていた。彼女の夢は医療関係の仕事に就くことなのだろうか。そう考えてしまうほど包帯の扱いや医療具の扱いが上手かったのだ。
「教室に戻ろう。きっと長い夜になる」
波川吹、西村駿、白澤来の三人は食料と水を受け取り、教室へ戻ることにする。寝床は硬い床になってしまうが、文句など言ってはいられない。
「どうする? 暇つぶしにトランプでもやるか? オレ、娯楽室から持ってきたぜ」
「…現状それしかやることはなさそうだな」
吹たちは教室に戻ると、窓側の席をくっつけて眠気が訪れるまでトランプで暇つぶしをして過ごすことにする。トランプのゲームは沢山あるが、駿の希望で大富豪をやることになった。配られる手札を触った波川吹は吸い込まれるように意識が大富豪へと集中する。
教室内でも予想していた通りグループが分かれていた。木村玄輝と金田信之は教室の隅でつまらなそうに何かを話しており、鈴見優菜と内宮智花は廊下側で貰った食料に手をつけていた。神凪楓は自分たちの少し後ろの席で、図書館から借りてきたのか本を読んで時間を潰しているようだ。
「…おん。これで上がりや」
波川吹は自分の思った通りの動きが出来たおかげで一番最初に上がることに成功する。未だに手札と睨み合っている二人を他所に伸びをしながらふと外を見てみると、
(なんや? 誰か外を歩いとるな)
何かを数人で引きずりながら燃え盛っている火の元まで近寄り、息を合わせて渦巻く炎の中へと引きずっていた何かを投げ入れていた。暗いこともあり何を投げているのか、誰が引きずっているかは見えないため目を凝らしながら見ていれば、
「吹。決着ついたから次のゲーム始めるぞ」
「ん? そうやな。都落ちは無しでええやろ?」
この後もしばらくの間トランプを続けていた三人だったが、辺りが静まり返るのを感じたことで睡眠は邪魔できないと各自それぞれ眠ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…吹! 起きろ!」
「ん…? なんや?」
西村駿が自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきたことで、波川吹は欠伸をしながら目を覚ます。
辺りがざわついており、その中には悲鳴も混ざっているように聞こえる。
「白澤が!」
友人に何かがあったのかと波川吹はすぐに飛び起きると、西村駿に案内をされ人が固まっている集団の中へと連れていかれる。近づけば近づくほど鉄が錆びた匂いに加え、卵の腐った匂いが鼻の奥を刺激してきて思わずそこで咳き込んだ。
「……ッ!?」
それを目にした時は何も考えられなくなった。
「誰が! 誰がこんなことを…!!」
白澤来は首筋の頸動脈をちぎられ、何かによって貪られたかのような跡が体中についており、自ら作り出した血だまりの中で倒れていた。その表情はいつも見せる笑顔ではなく、恐怖によって歪んだものだ。
西村駿が叫んでいる隣で波川吹は口を塞ぎながら、胃液の逆流を抑えようとする。こんなにグロテスクで残酷な光景に慣れてはいない吹はその遺体を長く見てはいられず、急いでトイレへと駆け込んだ。
(白澤が、白澤が、どうして殺されたんや…!?)
更に問題なのは傷から判断するに自殺ではなく他殺だということ。犯人が未だに校舎内にいるのだ。身近な友人が殺されたことで次は自分なのではないかと、不安に押しつぶされる。
「…大丈夫か?」
突然背後から声を掛けられ、犯人ではないかと体が反射的に振り返る。
「わ、悪い…驚かせたか?」
そこに立っているのは西村駿だった。あまりにも波川吹が凄い形相をしていることで、駿も苦笑いを浮かべているようだ。
「…すまん。少しだけ一人にさせてくれや」
波川吹は西村駿にそう頼むと、トイレから早々に出ていき廊下を歩き始める。クラスで最も仲の良かった友人を殺された吹は悲しみよりも怒りが上回っていた。
(犯人は絶対に許さへん。見つけ出してシバいたるわ)
吹は心の中でそう決意すると、犯人の手がかりを見つけるためにもう一度白澤が殺されていた場所へと向かうことにした。




