第48話【正々堂々と戦いますか?】
「オマエは誰だァ? 部外者がリングの上にあがっていいなんていつ言ったんだァァ?」
「お前は気が付いていなかったと思うが、俺は今までずっとリングの上にいたぜ?」
絢は挑発交じりにマモンを微笑して、白澤来の背中を軽く押す。その際に小声で「さっきの人工知能よりは弱いから安心しろ」と絢が呟いていたため、白澤は少しだけ安心をしガントレットとバトルブーツに力を込める。
「白澤ラァァァアイイ! オレ様と楽しく殺り合おうぜェェェェ!?」
「お前にオレの体をやるわけにはいかない。オレには楽しいことが待っているからな」
「良い事を教えてやるよォォオ!! オレ様はテメェの体なんてドーデモいいんだぜエェェ!?」
マモンは自身の拳と拳を打ち鳴らしながらそう叫ぶ。目的は白澤来の体を奪い取ることだ、と事前に絢から聞かされていたこともあり反射的に「じゃあ何で…」と口に出してしまう。マモンは腑抜けた白澤を見て高笑いしながら指を差してこう言った。
「オレ様はシぬかイきるかのイノチを懸けた殺し合いをしたいだけだからなァァァアア! 支配だとか現実の世界なんてこれっぽォォッッちも興味ないんだぜェェェ!」
「狂ってやがるな…お前は」
本当に頭のネジが外れている悪魔。白澤来はマモンに対しての哀れみはどこへ消えたのか怒りだけが込み上げる。白澤は命を大切にしない相手がこの世で最も嫌いだった。イジメや陰口、陰湿なもの全てが白澤からすれば非道なことなのだ。
「オレ様を楽しませてくれよォォォオ!? 白澤ラァァァァイイイイ!!」
「お望み通り、お前のそのぶっ壊れた頭を直してやるよ…!」
試合開始の合図として使われていたゴングはもう鳴ることはない。これは試合ではなく殺し合い。互いにどちらかが死ぬまで止まらない死合なのだ。
「くらいなァァァア!!」
マモンの左ストレートと白澤来の右ストレートがぶつかり合い、辺りの空気を揺るがした。拳と拳同士の押し合い。力量は互角のように見えるが、マモンの方が少しだけ上回っているようでじりじりと白澤の腕を押し返していた。
「おらぁッ!!」
「イェアァァァッ!!」
次にマモンの右ストレートと白澤来の左ストレートがぶつかり合う。辺りにその衝撃が伝わっているのか、ぶら下がっているライトが大きく揺れ、散らばる破片などがリングの外へと飛ばされていく。
(…白澤)
繰り返される拳と拳の攻防。人と悪魔の攻防。それは汗だくで殴り合うという何とも質素なものだが、マモンは全く気にする様子もなく殺し合うことを楽しんでいるように見えた。
「オイオイ? 白澤ラァァアイイッ! オマエの力はそんなもんかアァァァ!?」
「やかましいんだよ…!」
白澤来の右拳がマモンのボディに吸い付くように入ると一瞬だけマモンの攻撃が止んだため、透かさずボディへと何発もガントレットで抉るような拳を放つ。
「イテェェェゼェェッッ! さいッこうにイタムゼェェェェ!」
「戦闘狂が…!」
吐き捨てるようにそう叫ぶと、最も得意とするミドルキックでマモンの脇腹を蹴り付ける。マモンに損傷を与えているはず、白澤は強くそう確信を得ていたのだが同時に違和感も感じ始めていた。損傷を与えれば与えるほど、こちら側に感じる手ごたえが薄くなっているのだ。
「ドォシタンダァァァ!? オマエの動きが鈍くなっているぜェェェッ!?」
「…ッ!?」
お返しにと言わんばかりにマモンの左拳が一発だけ白澤のボディに入った。ヘビー級の重い一撃を食らった白澤は少しだけうろたえるが気をしっかりと保ち反撃に出る。
「知っているぜェェェェ? オマエ、家族に見放されているんだよなァァ!?」
「――!」
「テメェが親の期待に応えないからァァア! 妹が過度な期待をされているんだろォォォ!?」
白澤はこの程度で動じない…動じないはずだったが、冷静さに欠けているこの状態ではその揺さぶりが戦いに大きく影響を出した。
「オマエの妹がどれだけ苦しんているか分かっているんだよなァァァ!? 分かっているのに距離を空けて逃げているんだろォォ!? ミホネェっていう甘っちょろいヤツの元に逃げてなァァァ!!」
「だまれッ!!」
互角だった殴り合いが一方的なものへと変わっていく。白澤は腕でマモンのパンチを防ぎながら一歩ずつ後ずさりを始めていた。マモンのパンチの速度と威力が徐々に上がってきている。それが違和感の正体だったと気が付いたころには
「チェストォォォ!!」
顎にアッパーカットを決められ、白澤来の体は宙に飛んでいた。
『兄さん。私の事は気にしないで』
同じ真白高等学校にギリギリの点数で入学した妹に言われたその言葉。走馬灯のように頭の中で過る。白澤来は歳を重ねるうちに白澤クスリと距離が離れていくことは重々承知しているつもりだった。それでも兄として妹がやっていけるか心配をしていたのだが、
『やっぱりクスリは来と違って優秀でお利口だねぇ』
気が付けば"妹だけ"しか家族の中で見られないようになっていた。普段から自由奔放な白澤来は両親の眼差しから外れかけていたのだ。マモンの言う通り、期待値は全て妹である白澤クスリへと押し寄せている。それを分かっていても尚、白澤来は両親の期待に応えるような態度を示すことなく自由をただ求めて生きてきた。
『クスリ。最近、元気がないが大丈夫か?』
『…大丈夫。私の事は心配しなくても大丈夫だから』
『…そうか』
最後に話したのは一か月前。偶々自室の前ですれ違った時に白澤来は一度だけそう声を掛けた。返ってきた答えは入学当初とほぼ一緒のものだ。もう関わらないでくれ、遠回しにそう言っているような気がした白澤は、普段の笑顔を向けると逃げるようにして自室へと入った。
――"家族に見捨てられた"白澤来は心の隅でそんなことを考えてしまい、夜中に外を出歩いて忘れるようにしていたのだ。心を寄り添える場所は小さい頃から姉のような存在である柳未穂。
『来くん~? 笑顔を忘れちゃダメだよぉ~?』
キープスマイル。柳未穂に教わった通り、どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、笑顔でいることを忘れず今まで過ごしてきた。そのおかげで家族と同等に大切に思える友人が沢山出来たのだ。相談事があれば乗ってくれたし、家に帰りたくない時は自分の部屋に泊めてくれた。
「くそったれがッッ!!」
「ブッハァァァア?!」
白澤はすぐに我に返るとそう叫びながら体の向きを変えて、リングに飛び乗りその反動を利用してマモンの顔面へと膝蹴りを食らわせて吹き飛ばした。
「白澤…?」
自分をここまで育て上げてくれた未穂姉には人一倍感謝をしているし、自分のせいでここまで追い込んでしまった妹には人一倍申し訳ないと思っている。
「もう手加減なしだ。てめぇはオレがここでぶっ潰してやる」
だからこそ、白澤来は笑顔を絶やした。怒りに満ち溢れ、殺意だけを剥き出しにしてマモンへと殴り掛かる。その光景を見たマモンは高笑いをし、朧絢は不吉なものを感じて表情を曇らせていた。
「やっとマジになってくれたかァァァ? オレ様は嬉しいぜェェェェ!!」
「くたばれッ!!」
白澤来が本気になり嬉しそうな声を上げながらマモンは拳を振るって白澤と殴り合っていた。対して白澤来はただマモンを壊すことだけしか考えていないのか、殴りと蹴りの威力とスピードは上がっているが狙いどころがかなり甘いものとなっている。それを見た朧絢は彼が頭に血が上って、冷静さに欠けてしまっているのだと一瞬で理解した。
「コレだよコレェェ!! このイきるかシぬかのスリルがたまんねェェェ!!!」
蹴りと蹴りが接触し合い激しい衝突音を発する。マモンが一向に衰える様子を見せないのは【マーベリック】という能力を所持しているためだ。効果は至極単純なもので、【戦えば戦うほど自身の力を向上させる】というもの。自分自身でこの能力は止められず、ユメノ世界から出ていくしか止まる方法がない。
しかし、この能力の大きな課題は使用者の体が向上していく力に耐えられるかというものだ。使用者と釣り合わない力まで達してしまえば反動によって動けなくなってしまう。"戦えば"、力が向上するというものなので戦わなければ力は一切上がらない。
「どんどんスピードを上げていくぜェェェェ!」
マモンの体は機械の体。普通の人間よりも数倍以上の耐久力を誇る。向上していく力の限界値はかなり高く、現段階でもマモンのパンチを受け止めただけの白澤の腕の骨に振動が伝わるほどの威力と化していた。
殴り合う時間が長ければ長いほど、マモンが有利となるこの状況。現在のマモンに太刀打ち出来ていない段階で、このまま戦いを続けても白澤来が勝てる確率は"ゼロ"に等しいものだ。
「フィストォォォブロォォォウウッッ!!」
渾身の力を込めたマモンの拳が白澤来のガントレットに触れた直後、バキバキと嫌な音を立てながら頑丈にできているリングの紐を引き裂いて観客席へと飛ばされていく。
「フィニィィィィッッシュッッ!」
マモンが勝ち誇るようにリングの紐の上に乗り片腕を上げる。朧絢は観客席まで飛んでいった白澤来の元まで駆け寄ると、
「まだ…だっ!」
絢を押しのけてマモンのいる場所まで接近をして殴り掛かろうとする。
「そうこなくっちゃなぁァァァアアッ!!」
だが、マモンは白澤来が殴り掛かってくることを予測できていたのか、拳を片手で受け止めると両手で白澤の体を抱え込み、
「ブレェェェェェェンンバスタァァアーッッ!!」
体を垂直になるまで持ち上げて背中から倒れ込んで、白澤の頭部をリングの床へと打ちつけた。白澤の意識が大きく揺らぎ、あんなにも眩しいと感じていたライトが徐々に暗くなる感覚を覚える。首の骨が変な音を立てていた、頭部にとてつもない痛みと共に衝撃が伝わった。
「白澤!」
汗にまみれた衣服、消失していくガントレットとバトルブーツ、口から垂れていく涎、白目を向いた瞳……朧絢は脳裏に【死】という言葉がよぎる。
「次はテメェが相手かァァァッァァァ!? いいぜェェェ! ウォーミングアップも終わったからなァァァァ!」
挑発してくるマモンを他所に絢は倒れている白澤来の意識を確認する。どれだけ呼び掛けても反応がない。白目をむいて、口から涎を垂らしているが、心臓だけは動いている。それが生きているという証拠だ。
「お前、自分を強くするためにワザと白澤を煽ったな?」
「何のことだかサッパリだぜェェェェ?? オレ様はただお喋りしただけだからなァァァア!!」
マモンはユメ人の意志の強さでユメノ使者の強弱が変わることを知っていたのだ。知っていたからこそ白澤来を煽り、我を失わせて自分自身を強くした。白澤の体には興味がないと言っていたが勝負事に関してはどんな手を使ってでも勝とうとするらしい。
「…昔、お前みたいな最低野郎に仲間がやられたんだ」
「おいおいいきなりどうしたんだァァ!?」
「最終的にソイツはどうなったと思う?」
「ハァァァ? どうでもいいぜェェェ~? そんなことはなァァァァ!!」
朧絢はリングの紐を握ると、両手で思いっきり引きちぎり、
「惨めにその辺で野垂れ死んだ。…だから、お前も同じ道を辿れよな」
床下へと叩き付けて、マモンを睨みつけた。




