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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第八章【ホシイ】

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第44話『笑顔は本物ですか?』

「未穂ちゃんー! 今日も遊びに来たよ!」

「ありがと~♪ 私嬉しいなぁ~!」


 柳未穂はメイド喫茶『まじっく☆ほわいと』という場所でアルバイトとして働いている。メイド喫茶で働いている理由は至極単純なもので、訪れる客たちが自分の笑顔で喜んでくれるから。彼女は自分が笑顔でいれば、誰かが幸福を感じてくれると信じているのだ。


「未穂ー! 今日はもう上がっていいよー!」

 

 普通ならばアルバイトというものを苦痛に感じる人が大抵だろう。しかし柳未穂はむしろ一種の娯楽としてメイド喫茶で働いていた。柳未穂からすればメイドを演じるという感覚ではなく、ご主人様と遊んでいるという感覚に近いのかもしれない。


「お疲れ様でした~」


 そんな天然の混じった未穂だからこそ、このメイド喫茶で一番指名数の多いメイドとしての人気を獲得していた。メイド喫茶初心者も常連客も、一度柳未穂を指名するだけで必ずお会計を済ませる際には笑顔になる。人々を照らす太陽のような存在、誰しもそう崇めるようになっていたのだ。


「今日も家に帰るのが遅くなりそうだなぁ~」


 柳未穂は真白高等学校とは真逆の方向にあるマンションの一室で一人暮らしをしている。両親にオススメをされたからしてみた、という何とも適当な理由で部屋を借りているが、若干その判断に未穂自身が後悔を感じ始めていた。


(う~ん。ご飯は何を食べようかな~?)


 その後悔の原因は一人で暮らすとキープスマイルを保つ意味がなくなるというものだ。誰かを笑顔にするためにしていることなのに、誰も周りにいなければそれこそ意味がなくなってしまう。実家がこのマンションから近いのは唯一の救いの手であり、一週間に一度は実家へと帰宅をし顔を出していた。この行動の意味は両親を安心させるためというよりも、自分の笑顔を絶やさないようにするためなのかもしれない。 


「来くんは寝ちゃったよね~」 


 スマホを弄っていた未穂はまだ自分が幼かった頃をふと思い出す。あの頃の自分はとても笑顔なんて浮かべられなかった。性格に問題があったわけでも、心に闇を抱えていたわけでもない。ただ、笑えなかっただけなのだ。


 周囲の子たちも打ち解けず、暗い子という印象を付けられ、友達すら出来なかった。笑わずにいつも暗い顔をしているからという理由で避けられていることなど、当時の未穂には気が付くことが出来ないだろう。


「……あの人は笑顔で過ごしているかな~?」 


 そんな自分を初めて笑わせてくれたのは名も知らぬ二十代半ばの男性。下校中に何の前触れもなく道端で転んでしまった自分に手を差し伸べてくれた人。様々な笑顔を見てきたが、その人の笑顔は一段と段違いに眩しかった。未穂は笑顔の大切さなど知りもしないため、その眩しさに違和感を覚えながら呆然とする。


「転んだときは笑うと楽だぞ」  


 痛くて泣き出しそうになっていると思われたのか、そんな言葉を掛けられた。笑うと楽、その言葉を信じて試しに頬を引きつりながらも笑ってみれば、


「君、笑い方面白いな」


 と逆に笑われてしまった。自分の顔で相手が笑ってくれる。それはとても気分が良く、今までで一番幸せを感じられるものだった。柳未穂はそこで初めて笑顔の大切さを深く学んだ。

 

(あの人は、どこで何をしてるんだろ…)


 その男性とはそこで出会った以降、一度も再会はしていない。今考えてみればあの人は神様だったのではないか。そんなことを考えているうちに柳未穂は常に笑顔でいることを心掛け、キープスマイルという言葉を座右の銘にしていた。


「…玲子ちゃんたちもみんないつも笑顔で入れたらいいのにな」


 西村駿たちのことを見るときの黒百合玲子たちはとても怖い顔をしている。五奉行だけで話をしているときはみんなが笑顔でいられるのに、いつからこんな風に変わってしまったのだろうか。柳未穂は皆で仲良くしたいと心から祈っているのだが、黒百合たちはどうも仲良くやりたくないようで笑顔を感染させることができなかった。


「来くん…。大丈夫かな?」


 白澤来も今では未穂と同じように笑顔を浮かべているが、家庭関係のせいで笑顔を失ってしまうことが多々あったのだ。その度に柳未穂が笑顔で励まし、元気を与えた。未穂にとって白澤来という人物は、いつでもキープスマイルを守って笑顔でいてくれる弟のような存在。そんな存在と敵対をしたくない。その想いは未穂の心の中で徐々に募りつつある。


「……」


 鏡で顔を見てみれば、いつも通りの明るい笑顔。柳未穂はその顔を見ながら深呼吸をすると、頬の筋肉の力を抜いた。


「やっぱり…」

 

 力を抜けば鏡に映るのは真顔の自分。自然の笑顔じゃない。いつの日か作り笑顔をするようになってしまっている。これは本当の笑顔とは言えないではないか。柳未穂は自分自身の頬を叩いて、鏡を見直した。


 そこには再び笑顔の自分がいる。未穂の笑顔はとても作り笑顔とは思えないほど眩しいもの。今までそれを見破ったものは誰一人としていない……が、このままではいずれ無理をして笑っていると思われてしまう。


「心からの笑顔を、作らなきゃ」


 鏡を見ながら柳未穂は笑顔の練習をする。楽しいことを思い浮かべながらする笑顔、面白い話を記憶の中から引きずり出して笑う時の笑顔、様々な笑顔を浮かべる柳未穂。どんな人にも必ず笑顔を見せる。その平等さ故に"博愛の天使"と呼ばれたこともあるが


「……どうしよう」


 気になることや不安が募ってしまうと笑顔に綻びが生じてしまう。自分の笑顔に救われる人がいる。柳未穂はそう強く決心をしながら、最も安定する笑顔へと戻す。 


(私の笑顔以外の表情は、絶対に見せないようにしないと)


 その笑顔が真実のものなのか、それとも偽となるものなのか。周囲にはもちろん彼女自身にも分からないかもしれない。感情は常にアンバランス、しかし表情は常に一定。その姿はまるでロボットのようにも見える。


 そんな彼女を呼び出すかの如く、スマートフォンに黒百合玲子からの着信が届く。


「あ、玲子ちゃん~?」 


 皆は変わってしまった。柏原瑞月も松乃椿も、自分以外の五奉行は神凪零の一件が原因で性格を歪めてしまったのだ。未穂はそれに気が付いているが、言い出すのがとても怖かった。


 もしそれを口に出してしまえば、自分の居場所がなくなってしまうのではないか。少しでも二年一組と仲良くしたいと感じていることがバレれば、五奉行を脱退させられてしまうのではないか。心から信頼のできる友人たちが、今では"信頼をするのが怖い友人"となってしまった。 


『あら? もしかして起こしてしまいまして?』

「ううん~。お風呂に入ろうとしてただけだよ~」


 しかし黒百合玲子だけは変わらなかった。だから昔と同じように個人でよく連絡を取り合う仲だ。話の内容は女子とは思えないほどえげつない話題を出してくるが、何も変わらないそのような性格に安心をさせられる。


『声が小さいから寝起きかと思いましたわ』

「明日は休日だし夜更かしをしようかな~って」 

『付き合いますわ』


 柳未穂は黒百合玲子と時間を忘れて、様々な話をする。深夜の女子同士の会話なんてとても下らないもの。流行りの話なんて一切ない。ましてや恋沙汰の話なんてもってのほか。そのようなものに五奉行は縁などはなかったのだ。


『未穂。あなたはどう思います?』

「ん~? 何が~?」

『…わたくしについてですわ』


 黒百合が珍しく自分のことをどう思うかを尋ねてきたことで、柳未穂は一瞬だけ戸惑ってしまう。そのような質問をされれば大抵「仲良くできそうだね~」と呑気に答えているが、黒百合玲子となれば話は別だ。適当な意見などは述べられない。


「玲子ちゃんは昔と変わらないなぁ…って思うよ~?」

『昔と、変わらない?』

「うん~! だって玲子ちゃんは――」


 その先を言おうとした瞬間、スマートフォンの画面がプツンと真っ黒になる。未穂は何度か電源を付けようとボタンを押すが反応がない。


「――本当の私を知ってくれているから」


 口から出かけていた言葉をそのまま吐き出し、スマートフォンを充電しようとケーブルに繋げる。電源が付くまで少し時間がかかりそうだ。


(玲子ちゃん。私はずっと笑顔でいられるのかな?)

  

 柳未穂はベッドで仰向けになり笑顔を浮かべながら天井を見上げる。


 ――不思議とその日は視線の先の天井がとても遠くに見えた。

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