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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第七章【ミクダシタイ】

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第43話【堕落は軽蔑されますか?】

「これは血だまり…なのか?」

「え? うわっ…最悪だよ」


 無事に着地をした西村駿は足元で水飛沫が飛ぶ音が聞こえ、下をよく見ると赤黒い地面ではなく赤黒い血の池地獄そのものだった。駿の立っているところは奇跡的に底に足が付くが、場所が悪ければ溺れていたかもしれない。霰は下が血の池だということに気が付くと露骨に嫌な顔をして、着地することなくその場に浮かんで西村駿を哀れむような目で見る。


「何だよ? 天国の次は地獄ってか?」

「霰、今更聞くのも遅いとは思うが俺は一体何に巻き込まれているんだ? ユメ人やユメノ世界なんて聞いたことがないぞ」

「聞いたことがなくて当たり前だ。夢は起きたらすぐに忘れるものだし」


 そんな答えを望んでいるんじゃないと西村駿は指摘しようとしたとき、血の池から泡が立ち人型の何かが姿を現す。


「まあ事が収まったらゆっくりと話してやるよ。だから、生き残れよ西村」


 そこから勢いよく飛び出してきたのは二人の予想通りルシファーとルシフェルだった。天国のような場所にいた時よりも遥かに力が増しているように見える。


「ここがアンタたちの墓場となるんだよ」

「私たちがあなた方に引導を渡してあげましょう」  


 天使と堕天使……いや天使と悪魔と称した方がいいだろう。二対一で優勢だった西村駿たちの戦況は一気に変わって、二対二という互角という名の不利な戦況へと遂げていた。西村駿は雨空霰の顔を見るが、ルシファーとルシフェルを二人同時に相手をしようが大して気にしていない様子だ。


「あー…西村」

「…どうした?」

「右から来るぞ」


 霰のその言葉を耳にした駿は反射的に体と腕が動き、右を向く瞬間に剣を振りぬく。けたたましい金属音と共に右へ顔を向けるとルシファーが黒色の大剣を振り下ろしている姿が目に入り、戦闘開始の合図もなく鍔迫り合いが始まった。

 

「霰!」


 雨空霰の方を一瞬だけ振り向いたが、霰はルシフェルの持つ白色の大剣を素手で掴み、ピクリとも動けないよう固定をしているようだ。


「俺はこっちの天使を仕留める。お前はそっちを頼んだぞ」

「おい俺じゃルシファーは倒せ…」

「ソイツよりもお前の方がこのユメノ世界で融通が利く。強気でいけば必ず勝てるさ」


 霰は西村駿にアドバイスをするとルシフェルを上空へと蹴り飛ばして、それを追いかけていった。 

 ルシファーと二人で残された駿は鍔迫り合いをしながら頭を働かせて何をすれば対等に戦うことが出来るのかを考える。


「アンタが本気になったアタシを負かすことが出来るのかい?」

「それはやってみなきゃ分からないな…!」


 西村駿は黒い大剣を力で押し返すと、急接近して前蹴りでよろめいているルシファーの膝関節を正面から踏みつける。大きな損傷は与えられないがその関節蹴りが、ルシファーの一瞬のよろめきを更に大きな隙へと変化をさせ、


「ちッ…!!」

 

 相手の反撃を気にすることなく十分に剣を振るってルシファーへと斬撃による損傷を与えた。出会った頃とは大きく違い、西村駿はルシファーに対して優勢な状況で戦えている。

 

(強気ってこういうことか…?)


 意志を強く持てという言葉の裏返しだったのかもしれない。駿は自分の夢の中だということをすっかり忘れていた。自分の夢の中ならば何を弱気になる必要があるのだろうか。ルシファーは駿を睨みつけながら黒い大剣で斬りかかってくる。西村駿の白銀の剣とルシファーの黒い大剣が甲高い金属音を鳴らしながらぶつかり合う。

 

「調子に乗るんじゃないよ!」


 黒い大剣を片手で扱っているルシファーの馬鹿力も恐ろしいが、それを片手に持った剣で軽々と受け流している西村駿も人間離れをしていた。そもそも駿は剣技など習ったことがないため、持ち前の身体能力と頭脳で今この場を乗り切ろうとしているのだ。


「どうした? 余裕がなくなってるじゃないか」


 一進一退になるかと思われた攻防も駿がひたすらに有利な状況で進んでいた。攻める立場のルシファーは守る体勢へと入ってしまっている。反撃しようにも駿が全く隙を見せないため、防戦の一方。ルシファーは自分が守りに入っていることに怒りが溜まりに溜まっていた。


「ウザったいね…!」


 ルシファーは怒りを露にしながら血の池に黒い大剣を突き刺すと、周り一辺に赤黒い血で作られた棘が下から突き刺すように次々と現れる。  

 駿は血の池から抜け出すために陸地を探すが、近くには見当たらなかった。ならばと西村駿は突き出した棘を斬り裂きながらルシファーへもう一度接近をすることにする。


「馬鹿だねぇ?」

  

 血の池から作り出される棘の量は減ることを知らない。斬っても斬っても増えていくばかりで全くルシファーへと近づけないのだ。


「この世界をアタシのモノにしてあげるよ」 


 ルシファーが手をかざすと空が暗闇に覆われ、血の池やルシファーの姿が見えなくなった。駿は何が起きたのかと空を見上げると、朝日が昇ってくるのと同時に一つの巨大な星がこちらを覗き込むようにして漂っていた。


「どこを見ているんだい!」

「…!?」


 辺りが見えるようになったと同時にルシファーが黒い大剣で斬りかかってきた。

 返り討ちにしようと剣で受け流そうとしたが、先ほどまでの力はどこに消えたのか受け流すことができず押し負けてしまう。勿論ルシファーは押し勝っただけじゃ満足がいかず紫色の光を灯した脚を脇腹へとめり込ませて


「消えな」


 血で作られた棘が突き出している針地獄まで蹴り飛ばした。駿は飛ばされている最中に棘を斬撃で何とか消そうと試みるが全てを対処はしきれず、


「ぅッ!?」


 数本の棘が西村駿の腕や足に突き刺さる。痛みで呻き声を上げてしまったが、刺さった個所を見る限り致命傷にはならずに済んだようだ。

  

(…何が起きたんだ? 辺りが暗くなったと思ったらアイツが突然強くなって)


 傷を再生しようと何とか立ち上がったが、血の池のせいでもはや自分が出血をしているのかさえ分からないほど血塗れになっていた。西村駿が生きているのを確認したルシファーは血の池に波を起こすようにして黒い大剣を大きく薙ぎ払う。 

 

(あれに飲み込まれたらまずい…!)


 西村駿は一際大きな斬撃を大波に飛ばして真っ二つにする。駿は真っ二つにされたことにより作られた隙間を潜るように全力で足を踏み込み大波の向こう側へと飛び込んだ。 しかし回避が出来たと安心する間も駿には与えられず、


「ぐあぁッ?!」


 ルシファーの大剣によって胸から腰まで斜めに斬り裂かれる。駿は体から血飛沫を出しながら、血の池へと背中から倒れて仰向けになった。血反吐を吐きながら死傷と成り得る体を回復させるために【再生】を強く念じるが、


(傷が治らない、だと…?)


 傷が再生を始めることはない。今までに感じたことないほどの痛みが体中を走り、剣を握りしめていた手が震えていた。


「アタシの明けの明星は最凶なのさ。アンタが敵うはずもないよ」


 ルシファーの能力である【明けの明星】この能力はユメノ世界そのものに影響を出す範囲型のものだ。一度朝日と共に上空に金星が浮かべば、その世界はユメノ世界としての機能を果たさなくなってしまう。それはつまりユメ人古来の様々な力が使えなくなることを意味するのだ。最凶の名の通り、凶悪で害しか生まない非常に卑劣な能力に違いない。

  

「ちょっと失礼」

「…!!」


 雨空霰がルシフェルの顔を掴んだまま空から降下してくると、ルシファーに向かってルシフェルを投げ飛ばして二人諸共吹き飛ばした。

 

「西村、どうした? 早く傷を治せよ」  

「治したいのは山々だが…空がおかしくなってから…全く力が使えないんだ」


 声を振り絞りながら必死に霰へとそう伝える。その話を聞いて「別に何も変わっていないんだけどなぁ」と独り言のように呟くと、空に浮かんでいる金星を見上げて、


「あー…能力かこれ」


 すぐにルシファーの【明けの明星】の効果だということに気が付いて納得をする。ルシファーの能力は凶悪だが、その能力の効果を受けない者もいる。この状況ならば雨空霰がいい例だろう。【明けの明星】のデメリットはユメノ世界に影響されないほどの強さを持っているユメ人には効果がないということ。雨空霰はその強さが故に【明けの明星】の効果を受けることなく平然としていられるのだ。

 

「…それとさ。ルシフェルを既に何百回も殺したけど、本体のルシファーを倒さない限り無限に復活してくるっぽいんだよね」  

「そんなことより、身体的にかなり厳しいんだが…」


 雨空霰は「ああごめんごめん」と駿に謝ると、


「ちょっとどうにかしてみるわ」


 目の前から一瞬で姿を消した。どこへ消えたのかはすぐに分かった。何故なら仰向けに倒れた状態で見える金星が、灰へと変わるようにして隅から隅まで塵になり崩れ去っていくからだ。


「これでどうだ?」

「………」


 金星が完全に消滅をすると辺りは通常の色合いへと戻り始める。西村駿は試しに【再生】を念じてみると先ほどまで治らなかった傷口がみるみるうちに再生し、体中を伝わる痛みも引いていく。命からがら助かると雨空霰に感謝をしながら、その場に立ち上がってルシファーとルシフェルの方を見る。 


「アタシの明けの明星がこんな簡単に破られるなんて…」

「自分のことを最強と名乗るだけある。その能力は確かに七つの大罪の中でもトップクラスに凶悪なものだと認めてやるよ」 


 だからこれ以上抵抗はするな、霰はそう言おうとしたのだが駿たちの前にルシフェルが立ちはだかり左腕を空へと掲げた。


「では私の力ならどうでしょうか?」  


 空が暗闇に包まれ、ルシファーの時とは真逆の方向から輝く金星が昇ってくる。【明けの明星】と似ているようでどこか違う…そんな世界へと変貌していく。西村駿と雨空霰はその変わりゆく様を黙って見届けていた。

 

「"宵の明星"」 

「…今度は何が起こるんだ?」


 辺りは金星のみの光で照らされており、先ほどよりも一段と視界を悪くしていた。霰には勿論影響は出ていないが、西村駿にも特に変わった様子はないが、


「あぶなっ!」

「…ッ!?」


 ルシファーとルシフェルの速さが先ほどの数倍ほど跳ね上がっていた。霰はルシフェルの掴みをギリギリで回避したが、駿は体が追い付かずルシファーの殴打を顔面に食らい軽く吹き飛んでしまう。

 

「今度は逆のパターンということか」 


 ルシフェルが発動した能力は【宵の明星】というもの。金星が出ている間、このユメノ世界を自分たちが最も馴染む空間へと変えるものだ。悪魔はユメノ世界において本当の力を発揮することが出来ないが、宵の明星を使用することによって自分たちの本来の力を発揮することが出来る。


(ユメ人の力を無効化する能力とユメノ世界を自分たちのテリトリーにできる能力…もし西村を助けに来たのが神凪たちだったら間違いなく太刀打ちできなかったな)  


 雨空霰は倒れている西村に手を貸して立ち上がらせる。


「金星を破壊したところで能力を再度発動させられたら意味がないんで、俺が考えた作戦をお前に伝える。まずは――」

「霰…! 来るぞ!」 

「話ぐらいさせろよ」 


 ルシファーとルシフェルが同時に攻撃を仕掛けてきたため左右にそれぞれ飛んで何とか回避をする。霰と駿は手の中にいくつかの煙玉を創り出すと、ルシファーとルシフェル目がけて投げ飛ばした。目くらましのつもりだろうがそれはほんの僅かな時間。両者の翼の羽ばたきによって煙は一瞬にして吹き飛んでしまう。


「嬲り殺しだよ…!」 


 雨空霰の方へはルシフェルが足止めをしに突撃し、西村駿の方へはルシファーが黒い大剣を力任せに振り回しながら襲い掛かってくる。

 

「……」

 

 駿は至って冷静にルシファーの大剣を白銀の剣で何とか受け流していた。ルシファーの速さや力の強さなどは馬鹿にならないほど向上しており、ユメ人の人間といえど敵うものではない。


「怯えちまって声も出せないのかい!?」


 ルシファーが西村駿を高ぶらせるように煽ろうとするが、全く動じることもなくルシファーの攻撃を上手く捌いて避け続けていた。本番に強いタイプの人間と弱いタイプの人間が存在するが、西村駿は本番にかなり強いタイプなのかもしれない。


「これで――」


 ルシファーは舌打ちをしながら黒い剣に紫色の光を灯す。駿の持っている剣諸共破壊しようと考えたのだ。


「砕けな…!!」


 西村駿の剣と黒い大剣が交わったその瞬間、駿の体に最初の頃とは比にならないほどの衝撃と爆風が押し寄せてくる。剣も耐え切れず光の塵となって消え去ってしまった。


 駿はかなりの距離を吹き飛ばされ体が宙に浮いた状態が続いていたが、ルシファーはその後を追いかけて駿の首を持つと血の池の中へと無理やり押し込んで頭部へと致命傷を与えようとする。

 

「ほらほら! 抵抗もせずにこのまま死んじまうつもりかい!?」

「……」 


 そして血の池から引き上げると紫色の光を宿した黒い大剣で、西村駿の体を何度も何度も斬り裂いて血の池へと叩き付けた。

 ピクリとも動かない駿を見て、ルシファーは勝ち誇ったような表情を浮かべて、


「ふふッ…あッはははははは!!」


 ユメノ世界に響き渡るほど大声量の高笑いをする。死に顔でも拝んでやるか、と優越感に浸りながらうつ伏せに倒れている西村駿の肩を掴んで顔が見えるように振り向かせた。

  

「この程度で死んだと思ったか?」


 しかし西村駿は苦しんでいる様子もなくルシファーのへそ目がけてへと掌底打ちを放つ。完全に気を抜いていたルシファーは防ぐ間もなく口から胃液を吐きながらその場に立ち膝をついた。呼吸をしようと必死に胸を手で押さえているルシファーを西村駿は見下ろしながら


「今度はこっちの番だな」


 ルシファーの顔を右手で鷲掴みにして持ち上げると、左腕で殴打を何発か入れながら膝蹴りを鳩尾へと一発一発丁寧に打ち込んだ。西村駿はここまで格闘に長けていたかとルシファーはもがきながら疑問に思ったが、その理由を知った頃には既に空中へと打ち上げられていた。


(まさか…)

 

 自分の体が打ち上げられていく先に待ち構えているのは西村駿でなく雨空霰。煙玉で一瞬視界を遮った時に雨空霰が西村駿の姿へと変わり、西村駿が雨空霰へと姿を変えていた。霰は力が膨れ上がっているルシファーに対して駿には勝ち目がないと考えたのだ。

 

「ルシフェルは俺を足止めするだけの存在で追いかけてきて殺そうとはしなかった…なら距離を取って睨み合いすれば楽勝だろ? まあそんで睨み合いは西村に任せて俺が変わってお前の相手をすれば…」


 西村駿がルシフェルに追いかけられながら上空から降下してくる。駿の邪魔をしようとするルシフェルを雨空霰は時を止めて背後へ回り込み、羽交い絞めにして動きを封じた。


「西村、もう一度地獄に堕としてやれ」


 駿がルシファーへ白銀の剣を胸元に突き刺そうと振り下ろす。対してルシファーは黒い大剣の樋で防御し、西村駿の剣の剣先を受け止めた。耳を劈くような金属音が辺りに響くが、西村駿には全く聴こえていない。


「ぐぅぅ…ッ!?」

「その傲慢さを捨ててから這い上がってくるんだな…!」 


 吐き捨てるように西村駿が更に剣へと力を込めると、黒い大剣の樋が砕け散りルシファーの胸元を貫いた。押し込めば押し込むほど落下速度は一段と加速していく。


「堕ちろ…ッ!!」

「アタシがッッ! 最強のアタシがぁ…! アンタなんかに負けてぇ…ッッ!!」 


 そして待ち構えている血の池へと剣を突き刺したまま叩き付けた。血の池が辺りに盛大な飛沫を上げて、西村駿の周りに血の雨が降り始める。駿は剣を引き抜くと血の池に浮かんでいるルシファーを見下ろした。


「現実世界に出たいのなら…その傲慢な性格を直すことだな」


 ルシファーが光の塵となって消えていく。それを見届けていた駿はふと空を見上げて雨空霰を見て、終わったことを視線で告げた。血の池地獄も金星も徐々に光となってユメノ世界から消えようとしているのだ。

 

「…霰、助かった。お前が力を貸してくれなかったら俺は今頃死んでいた」  

「あー…そういう水臭いのは嫌いなんだ。それに俺は元々お前を助けるつもりはなかったからな。ツンデレとか関係なく本気で」  


 血の池が消えていくと真っ白な壁と床に囲まれた空間へと辺りが一変する。そんな真っ白な空間に立っている霰と駿の目の前には眩い輝きを放っているユメノ結晶が浮かんでいた。


「こんなことが俺の知らないところで起きていたのか?」

「そうだな、四月の上旬頃から何者かがこのユメノ世界を利用して七つの大罪の悪魔たちを送り込んでいる。今のところ俺が知っている範囲ではお前が四人目の被害者だ」

「四人目って…俺よりも前に被害に遭っている人達も霰が助けていたのか?」 

「あー…一人目と二人目は俺以外の奴らが助け出していたが、三人目は俺が手を貸したな。今のところ四体の悪魔を倒しているってところだろう」


 その被害者は誰なのかを聞こうかと考えたが、自分の知らない人物だろうと決めつけてユメノ結晶へと手を置いた。


「これを壊せば帰れるのか?」

「ご名答、そいつはユメノ結晶。このユメノ世界を保ち続けているエネルギー源、いわゆる核部分みたいなものだ」

「…これを破壊する前に教えてくれ。霰は一体何者なんだ? ユメノ世界やユメ人っていうのはどういうもので…」


 色々と質問をぶつけられ「あー…」と霰が面倒くさそうに声を上げていると、西村駿の持っていた剣が光り出し人型へと姿を変えていく。


「おわった?」

「はい? 剣が女の子になったんだけど?」


 そこに現れたのは西村駿を助けてくれたもう一人の人物、金髪の少女イトナだった。 霰はあり得ないとでも言いたげな表情を浮かべて目を丸くして、首を傾げている。


「イトナ、ありがとな。おかげで助かったよ」

「…うん。わたし、がんばったからさっかーしよ」


 イトナは手元にサッカーボールを創り出して、白い床へと転がして駿にパスをする。西村駿はイトナからパスを受け取ると、弱めに蹴ってイトナへとボールを返した。

  

「…西村、俺はお前がどんな女性がタイプでも引かないが…正直少し驚いたぞ」

「何を勘違いしているのか知らないが、この子は俺がお前よりも先に出会った人物だ。俺が創り出したわけでもルシファーの仲間でもない」

「……」


 駿とサッカーボールで遊んでいるイトナを見ながら雨空霰は難しそうな表情を浮かべていた。西村駿が創り出したわけでもルシファーの仲間でもない存在の少女。その少女はイトナと名乗り、駿の剣に変化して共に戦っていたのだ。

 

「なまえはなんていうの?」

「そういえば名前を教えていなかったな…名前は西村駿だ」

「しゅん。いっしょにさっかーしてくれるいいひと」


 次に霰の名前を聞こうとしているのか顔を横に向けてじーっと見つめていた。 

 雨空霰はイトナから視線を外すことなく、二人はしばらく見つめ合っていると、


「わたし、あのひとしってる」

「…? 霰の事をか?」

「…うん」


 西村駿は霰へイトナとどこで知り合っていたのかが気になり聞こうとするが、


「人違いじゃないか? 俺はその子のことを知らないし」


 ため息交じりにそう返答をして、背中を向けてしまった。もしかしたら何かを隠そうとしているのかもしれない。西村駿はそう睨んだが言及はここまでにしてイトナとサッカーで遊んであげることにした。


「イトナと遊んでやりたいんだ。しばらくこの夢の中にいてもいいか?」

「別に構わないが…白澤来と波川吹がお前とほぼ同じタイミングでユメ人になっているぞ」

「…白澤と吹が!?」


 西村駿はイトナからのパスボールをトラップで止めると、雨空霰に向かって声を荒げた。霰は「俺の友人が助けに行ってるから心配するな」と安心させるように伝えると、椅子を創り出して腰を下ろしスマホを弄り始める。


「一つずつ質問に答える。まずユメ人やユメノ世界はどういうものかだが…まぁ極端に言えば現実に嫌気が差したものが殻に閉じこもるようなものだな。意識だけを失って植物状態、っていうニュースをよく見るだろ?」

「…まさか、それは全てユメ人やユメノ世界が原因なのか?」

「正解。ユメ人は通常ユメノ使者と呼ばれる自分の分身に打ち勝たなければいけない。しかしまぁ…理想郷に一度行ってしまえば現実へ帰りたくないやつは少なくない。むしろ多いぐらいだ」

 

 ユメノ世界はユメ人の夢にまで見た理想の世界へと創り変えられる。美少女や美青年ばかりのハーレムも築き上げられるし、異世界と呼ばれるファンタジックな世界も創り上げられる。まさに神と同等の立場になれるのだ。


「ルシファーはそれを利用しようとしていたわけか」

「立ち位置的にユメ人は創造者(クリエイター)、ユメノ使者は副創造者(サブクリエイター)だからな。創造者が消えてしまえばすべての権利は副創造者であるユメノ使者の手に渡るんだよ」

「でも、俺は現実から逃げたいなんて望んだことは…」

「精神的に弱っているところを狙って無理やりユメノ世界へ引きずり込んでユメ人にしたんだ。教室のあの事件が丁度いい材料になったんだろう」


 イトナとボールをパスし合いながら雨空霰と会話している駿は、確かにあの一件のせいで精神的に参っていたところもあったなと納得をしていた。

 

「アイツらが誤算だったのは、自分に最も馴染む肉体を探さないといけないということだ。悪魔としての力が強すぎて普通の人間の肉体じゃ耐えられないんだろう」

「どうして霰はそこまで詳しいんだ?」

「…そうだな」


 霰は一呼吸を置くと、ゆっくりと一単語ずつ声に出して西村駿にこう伝えた。


「それは俺がユメ人の根源を探るためにやってきた独創者(クレエ)だからだ」

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