第42話【傲慢の堕天使は最強ですか?】
「そんなに死にたいのならお望み通り消してあげるよ」
「西村、その傷は自分で治すことが出来る。【再生】を強くイメージしながら隅っこで待っていろ」
「うおっ…!?」
西村駿の時とは桁違いの魔方陣が雨空霰の周囲に出現し取り囲まれる。霰は駿の胸倉を掴んで持ち上げると魔方陣の範囲外まで投げ飛ばした。駿は背中を強く打ち付けて体に激痛が走ったが、そんなことよりも霰の心配をしていた西村駿はすぐさま体を起こして事の行く末を見届けようとする。
「アンタ一人でアタシと対等に戦えるとでも?」
「対等だって?」
霰が右腕を横に振り払うとルシファーの召喚した魔方陣がすべて砕けるように破壊される。数秒も経たずに一瞬にして葬られた魔方陣を見たルシファーの顔に余裕の表情はない。人間とは思えないほどの早業、見た目から力を感じさせない恐ろしさ、それらを一斉に感じ取ったのだ。
「随分と軽く見られたものだな」
「…分かったよ。アンタがアスモデウスを倒した人間だね?」
「違うな。アイツを倒したのは他の奴らだ」
西村駿は霰の言葉を聞いて、他にもルシファーのような悪魔と戦っている者たちがいることを理解する。自分の知らないところでこんな事が起きていた。それは駿にとって聞かなければ良かったという最悪の情報。
「他の奴らってことは…アンタの仲間じゃないのかい?」
「仲間じゃない。なんならこのユメノ世界に助けに来るつもりもなかったが…」
雨空霰は指を軽く鳴らすと、ユメノ世界の時が止まり音そのものが消え去ったような空間へと変化した。霰はのんびりとルシファーの元まで歩み寄ると、額にデコピン一回だけ軽く打ち込む。
「時を止めるっていうのはこんなにチート染みているんだな」
そして時を動かした。霰はルシファーへ力を込めることもなく軽いデコピンをしただけ。たったそれだけの動作によってルシファーの額は、
「なにが…ッ!?」
鉛の弾丸に撃ち抜かれたかのように風穴が空いた。ルシファーは攻撃をされたことにも気が付いていないようで脳の処理が追い付かないまま後方へと倒れていく。遠くから見ていた西村駿にも何が起きているのかが分からない。瞬きをしている間に霰がルシファーの目の前まで距離を詰めた。それに気が付いたときには既にルシファーは倒れていく最中だったのだ。
「人間が悪魔にでも神にでも対抗できるユメノ世界を利用しようとした。お前たちが人間の体を奪うにはそれしか方法はなかったと思うが…大きな間違いだったな」
額に風穴を空けただけで死ぬような相手じゃない。霰の考え通りルシファーは両翼でバランスを取って、よろめきながら雨空霰の前にもう一度立つ。
「…アンタ、よくもアタシの顔に傷をつけたね?」
「あー? 額にそんな紫色の宝石あったっけ?」
よく見ると風穴を空けた額には紫色の宝石が付けられており、霰は目を凝らしながらそれを眺める。いつまで経っても余裕そうな笑みを浮かべている霰を見るルシファーの顔は"完全にキレている"ようだ。
「ッ!!」
「怒るなよ」
霰の右頬を狙うように右手の甲で振り払おうとするが、それを右腕で軽く防御して「悪かった」と謝罪の言葉を述べる。ルシファーはそんな雨空霰に、
「それで防いだつもりかい?」
「……?」
それだけ聞くと、ルシファーの右手が紫色の光を灯し雨空霰の体は爆風に巻き込まれたかのような衝撃によって引っ張られるように宮殿の壁を突き抜けていった。
「アタシを本気にさせたことを後悔させてあげるよ」
瓦礫と砂煙に覆われる中から雨空霰が制服に着いた汚れを払いながら再びルシファーの前へと姿を現す。
誰がどう見ても無傷だった。宮殿の壁を突き抜けるほどの勢いで吹き飛ばされたのに全く効いていないように見える。
「なるほど。アスモデウスは"虚眼"とやらを持っていたが…お前はそれか」
「アンタも丈夫だね。あの距離で食らって骨どころか皮膚にすら傷がついていないなんて」
「お前はユメ人の特性を理解していないんだな」
「アタシが知っているのはユメ人も人間も殺せば死ぬってことだけさ…!」
ルシファーと霰が互いに接近し、強く握りしめた拳と拳がぶつかり合う。霰はルシファーの手に紫色の光が灯る前に、拳を離すと右足で回し蹴りを繰り出す。ルシファーは雨空霰の右足を吹き飛ばそうと紫色の光を右の手の平に集中させるが、
「フェイントだ」
「ッ!?」
右足を掴まれる前に引っ込めてすぐさま左足で腹の溝に向かって横蹴りを叩き込んだ。ルシファーは吹き飛ばされそうになるのを耐えると、反撃をするために尋常じゃない速さで霰へと格闘を仕掛ける。
「お前は武器を使った方がいいんじゃないのか?」
「アンタこそさっさと自分の得物を出しな」
西村駿には理解が出来なかった。何故雨空霰は堕天使でもあるルシファーと対等に、それ以上の力を持ってして戦えているのかが。クラスで初めて顔を合わせた時は優秀な生徒とは違う雰囲気を漂わせていた。
「俺は必要ないよ」
きっと誰もが好青年のイメージを抱いていただろうが、今の駿からすれば雨空霰は「化け物」にしか見えないのだ。命の懸かっているこの戦いを楽しんでいる霰は狂っているようにしか思えない。
「戦いの最中にお喋りはあんまり良くないと思うけどさ。昔、お前とはまた違ったルシファーと戦ったことがあるんだけど…」
「アンタ、随分と余裕だねぇ!」
「ソイツは強かったよ」
――お前よりもな。
「――!!」
雨空霰は自分の右の手の平をルシファーの胸へと押し付ける。ルシファーはすぐに霰の顔面に裏拳を打ち込もうとしたが、急速に霰の右手が紫色に光り出し、
「吹き飛べ」
ルシファーが霰にしたように宮殿の壁の向こうまで吹き飛ばす。その衝撃はかなりもので宮殿全体を大きく揺らし、飾ってある額縁や花瓶なども全て床へと落とすほどだ。霰は暫くルシファーが吹き飛んでいった場所を見ると、西村駿の近くまでのんびりと歩いてきた。
「西村、まだ傷を治していないのか?」
「…そんなこと言われてもな」
「【再生】を強くイメージしろ。そうすればどんな傷でも治せるはずだ」
西村駿は言われた通り、【再生】という言葉を強く意識して折れている肋骨を治そうとする。どんな傷でも治せると言われあんまり信用していなかった駿だったが、徐々に痛みが引いていくのを感じると目を見開いて折れていた肋骨の部分を触って確認した。
「…本当に治ったのか?」
「ここはユメノ世界だからな。【創造力】さえあれば何でもできるぞ」
霰の手を借りてその場に立ち上がってみると先ほどまで立っていることさえ辛かったはずの体が完全に回復しているではないか。雨空霰は呆然としている駿の手に握られている白銀の剣が気になるようで、じっと見つめていた。
「その剣はどうした? もしかしてお前が創り出したものか?」
「いや、この剣は…」
刹那、光速で現れたルシファーが動体視力検査のように駿の目の前を通り、雨空霰に突進をして宮殿の中を暴れ回る。霰は「あーだるいなこいつ」と面倒くさそうに呟きながら、
「しつこいぞ」
膝蹴りをルシファーの顎に直撃させて、宙へと上げた。ルシファーは口から赤黒い血を吐きながら、翼で方向転換をして再び雨空霰に飛びかかろうとしたが、
「落ちろ堕天使」
「ッ――!!?」
雨空霰が時を止めてルシファーの背後に姿を現し、回転する勢いで頭部へ踵落としを食らわせる。ルシファーの体は一瞬にして加速し、床へと頭から叩き付けられ辺りの地面を大きく震わせた。普通の人間が食らえば頭部は木端微塵となる一撃は、ルシファーへと確実に大ダメージを与えているはずだ。
「どうしてだい…? 何故アンタはアタシと同じ攻撃が出来て…」
「何故? 何故って言われてもな。ここが"夢の中だから"としか答えようがない」
うつ伏せに倒れているルシファーを見下ろしながら霰は以前の時と変わらない回答をする。雨空霰の才能は【再現】。一度見たことのある技や動作、それらをすべて完璧に真似が出来る。それが例え実現の出来ないアニメや漫画の技でも、科学的に証明できない事象でも…このユメノ世界ならばそれは全て可能となるのだ。
「そんなふざけた理由でアタシをここまで追い詰めるなんて…」
「ふざけていないな。夢の中だからというのが真っ当な理由だろう。さっきも言ったが、お前たちはわざわざ人間が有利になるこのユメノ世界を選んだんだ。追い詰められて当然だろうな」
「この手段を使いたくなかったけど…今更勿体ぶっていても仕方ないね」
ルシファーは両翼を大きく広げて、手の平を右と左の壁へと向けた。何が起こるのか、西村駿は構えながら雨空霰は「ほう…」と感心しながら様子を窺がう。
「正真正銘、これがアタシの本気さ」
その言葉を発した瞬間、ルシファーの右の翼が白色へと変化を始める。西村駿はその翼の色が途中で出会ったあの天使たちのものと一緒だということに気が付き、息を呑む。
「アタシは天使だった。誰からも美しいと称される天使でもあり、神に最も近い存在の天使でもあったんだよ」
「……」
「それを妬んだあの天使たちはアタシを陥れた…! 神の命に背かせ、堕落の道へと歩ませたんだ…!!」
駿の目にはルシファーの姿が残像のように二人へと分裂をしているように見えた。 片方は白色、もう片方は黒色が目立つ残像だ。
「アタシは復讐してやる。神が生んだもの全てを破壊してやるのさ」
「あー…これは初見だなぁ」
その姿をハッキリと目にした時、西村駿は目を何度も擦り視線の先で起きた光景を疑った。ルシファーが二人いるのだ。一人は出会った時と変わらないルシファー、もう一人は美しいという言葉の象徴とも思える白い六枚の翼を持ったルシファーだった。
「アタシはルシファー」
「私はルシフェル」
二人はそう名乗ると互いの手を取り合いぶつぶつと呪文のようなものを呟き始める。
その様子を見た雨空霰はすぐに怪訝な表情を浮かべながら西村駿の肩を持って
「今すぐ伏せておけ」
「伏せろって…?」
「いいから」
訳も話すことなく無理やり伏せさせた。霰も何が起こるのか分かってはいないようだが、何かとてつもなく嫌なモノを感じるらしい。
「「"明けの明星"」」
ルシファーとルシフェルが息を合わせてその言葉を口にすると、今までに感じたことのない揺れが辺りを襲い天井が崩れ足元さえも崩れ始める。
「何なんだこれは…!?」
「俺にも分からないが、これは多分落ちるな」
雨空霰が西村駿にそう返答をした途端に宮殿すべての床の底が抜けて、二人は真下へと落下してしまう。少しの間だけ暗かったが、いざ明るくなったと思えば青色の空が目に入った。自分たちは現在、空から地面へ真っ逆さまに落ちているのだとすぐに理解して、バランスを取ろうと宙で手足をばたつかせる。
「あー…これどうするかな」
「霰! どうにかしてくれ!」
空から物凄い速さで落ちているというのに宙で足を組みながら考え事をしている霰。駿はそんな呑気な雨空霰に半ば怒りを込めて声を荒げる。霰は「そう焦るなって」と西村駿に伝えると、パラシュートを創り出して駿に手渡した。
「それを今渡すか普通…!!」
何故か霰だけ空気抵抗を全く受けていないようにも見えるが、今はそんなことどうでもいい。西村駿はすぐにそれを背負うとリップコードを引いて、スプリングが内蔵されたパイロットシュートをコンテナから飛び出させた。
「知ってるんだ。パラシュートの開き方」
「ああ…! まさかこんなところで役に立つとは思わなかったよ!!」
西村駿はテレビでスカイダイビングをしている芸能人を見たとき、興味が湧いて本で内容について調べたことがあった。成人したらやってみようと考えていたが、まさかこんなにも早く実践できるとは予想だにしていなかっただろう。
「そうそう。そうやれば開くよ」
「お前は何でこんな時も冷静でいられるんだ…!?」
駿は手間取ることなくパラシュートの操作を終えると空中で開いて傘状になり、空気をはらんで落下速度を下げて何とかゆっくりと降下できる状態になった。
「凄いな、流石男子学級委員だ。こういう時の判断力も優れてるじゃないか」
「どうしてお前はパラシュート無しで降下速度を下げられるんだ?」
「あー…ここが夢の中だから?」
雨空霰はふよふよと超能力でも使っているのか、パラシュートを開いて降下している駿の隣で適当な返答をしていた。危機的状況でふざけられるほど余裕があるということなのかもしれないが、西村駿は自分が冷や冷やさせられるのだけは勘弁してほしいと心の底から願う。
「それよりも下を見てみろ」
「…下か?」
彼は言われた通り地上を見てみると、天界とは打って変わって赤黒いルシファーの血を示すかのような――そんな世界がそこに待ち受けていた。




