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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第七章【ミクダシタイ】

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第39話【ユメノ世界は楽園ですか?】

「…? 俺はいつの間にこんな場所へ?」


 西村駿は気が付けば、天から光が差す真っ白な色をした宮殿の前に立っていた。辺りには今まで見上げることしかできなかった白い雲が漂っているではないか。自分の服装も何故か制服へと変わっている。

 

(ここは、もしかして?)


 現実離れしたあり得ない光景に西村駿はすぐに自分がいるのは夢の中だということに気が付く。


「妙に現実味を帯びている夢だ」

   

 明晰夢というものを初めて経験した。

 駿は滅多に見れないであろう明晰夢を体験しようと目の前に建っている宮殿の中へと足を踏み入れる。その場所を一言で表すのなら天界だ。いつどこで天使が姿を見せても可笑しくないほど美しい場所、綺麗な空気に西村駿は魅了されていた。


(夢の中か。確か明晰夢は自分の思い通りに夢を操れたよな) 


 試しにサッカーボールを頭の中でイメージしてみると、目の前にサッカーボールが創り出され宮殿の床で何度も跳ね続けていた。本当に思い通りにいくのかと少し驚いた駿は、サッカーボールを手に持つとリフティングをしながら宮殿の中を探険してみることにした。


「それにしても、広すぎるな。これもすべて俺が見ている夢なのか」


 ボールを蹴る音だけがリズミカルに聴こえてくるだけで、他の物音は一切聞こえない。

 この夢の中は場所こそ現実離れをしているが、些細な物音や嗅覚などは現実と然程変わらないようだ。明晰夢はここまで思い通りにいくのかと西村駿は感心していた。


「……」

「ん?」 


 手当たり次第に歩き回っていると、宮殿の支柱の陰から白色のゴシック服を着た金髪の少女が駿のことをジッと見ていることに気が付く。

 

(子供か?)


 西村駿はさりげなくサッカーボールをその場に落とすと、その金髪の少女の視線がサッカーボールに惹き付けられているのか顔が上下に動く。


(…誘い出してみるか)


 西村駿はサッカーボールをワザと金髪の少女の方へと転がしてみる。サッカーボールが少女の隠れている支柱へと当たりその場で停止すると、少女は先ほどよりも興味を示しているのか隠している体の半分以上が支柱の陰から見えてしまっていた。


「サッカーに興味があるのか?」

「…!!」


 駿に声を掛けられた少女はすぐに支柱へと身を隠す。 

 どうやら西村駿のことを怖がっているらしい。


「心配するな、俺は何もしない」

「……」

「そのボールが気になるんだろ? 欲しかったらあげるぞ」 


 西村駿は自分から近づくことはせず、安心させる優しい声で少女にそう伝える。 

 少女はしばらく警戒して駿の顔を見ていたが、何もしてこないことが分かると支柱からゆっくりと姿を現した。


(珍しい格好だな)


 よくよく見ればオッドアイの瞳を持っており、少女だというのに白いブーツを履いていた。全体的に白色が目立つ身なりをしているため、この白い宮殿の中では保護色となって見えにくくなっている。少女は転がっているサッカーボールをしゃがんでじっくりと観察したり、指先で突いたりしているようだ。

 

(サッカーどころか、ボールさえも知らないのか?)


 今時の子供ならばボールの一つや二つぐらい知っているはず。あの少女が何者なのか、西村駿は今になって疑問に思い始めた。無意識のうちに視線の先にいる少女を創り出したという憶測はあり得ない。何故なら西村駿は白ゴスロリの少女など全く興味などないからだ。興味ないものを創り出すことなどしない。


「……!」

「…正解。このボールは蹴って遊ぶものだ」  


 少女が駿に向かってぎこちない動きでボールを蹴り返す。駿は転がってくるボールを足で止めると少女に頷きながらサッカーボールの使い方を教えることにした。この少女が何者なのかなど西村駿にとってはどうでも良かったのだ。


「…!」

「いい蹴りだ。将来サッカー選手になれるかもな」


 ただ、この少女を一人にするのも可哀想だ。西村駿はこの行動に意味があるのかは分からないが視線の先にいる少女と遊んであげることにした。その少女は一言も喋らないもののボールを蹴っているときの表情は楽しんでいるように見える。 


「ほら、こっちだこっち」

「…! …!!」


 駿はドリブルをしながら少女にボールを取られないように立ち回る。

 少女は一生懸命、西村駿からサッカーボールを奪おうと食らいつくがサッカー部で現役レギュラー入りをしている駿から小さな少女がボールを取るのは無理に等しい。


「夢の中でも疲れるんだな」


 しばらく遊んでいたが西村駿も少し疲れたのか支柱の近くに腰を下ろして座り込む。

 金髪の少女も駿の隣にちょこんと座って、サッカーボールを眺めていた。一応警戒は解けているのかと西村駿は出会ってから気になっていることを聞き出そうとする。


「…君は誰なんだ? ここは俺の夢の中のはずだが」

「……」


 駿の問いに対する少女からの返答はなかった。

 名も知らぬ少女はボールの存在さえも知らなかった。もしかしたら言葉さえも知らないのかも…西村駿はそう考察していた。


「…くる」

「…来るって何が?」

「……」


 しかし一言だけ「くる」と呟いたため、すぐにその考えは間違っていることを知らされる。そして考えよりも一体何が「くる」のかが気になる駿はもう一度何が来るのかを尋ねようとしたとき、 


「…!?」


 上空から飛んできた剣が西村駿のもたれかかっている支柱へと突き刺さった。何故剣が飛んできたのか、何故この少女はそれが分かったのか、様々な疑問が頭に思い浮かんだが今は逃げるべきだと隣りにいる少女を抱きかかえて、宮殿の奥へと続く階段を駆け上がる。


(よく考えてみればこの夢はおかしいだろ…!)

    

 夢の中だというのに疲れを感じているのは今考えてみればおかしいことだ。もしこれが本当に明晰夢ならば、何故明晰夢だと気が付く前にこの宮殿や世界は創られていたのか。決定的な矛盾を見つけてしまった駿は今何か良からぬことに巻き込まれているのだと悟った。


「…くる」 


 再び少女がそう呟く。その瞬間、背後から剣が迫ってきているのを感じた駿は壁を蹴って一回転しながらそれを回避した。身体能力が元々高かったことに駿は感謝しながら全力で走り続ける。

 

「…くる」

(右からか!)


 抱きかかえている少女の呟きは剣が飛んでくるタイミングとほぼ同じだった。駿はそれを頼りに窓を突き破って飛んでくる剣をスライディングやジャンプで避けながら、宮殿の奥へと進む。この先へ進むことが正しいのかは不明だが、走り続けなければただじゃ済まされない。


「開け…!」

  

 通路に一際大きな扉を見つけた駿は前蹴りで扉を雑に開き、部屋の中へと急いで隠れる。少女の様子を窺がうと口を開くことなく無口のまま。取り敢えずは上手く撒くことができたと一安心して少女をその場に下ろす。


(…少し無理をしすぎたか)


 剣を避けるのに必死だった駿は制服のズボンが破れ、左膝から少量の血が出ていることに気づき傷口を少し触りあることを理解する。


「痛みも、感じるんだな」


 現実と変わらずこの夢の中でも痛みを感じること。

 先ほど剣によって切り裂かれていたら痛みを感じるだけでなく、死んでいたかもしれないのだ。


「……」

「…この程度の傷なら大丈夫だ。唾でもつけておけば治る」


 心配してくれているのか少女は西村駿の左膝を見つめていたため、駿は安心させようとそう声を掛ける。

 するとその言葉を聞いた少女は駿の左膝へと顔を近づけ


「何してる?」


 出血をしている怪我の部分を舐め始める。その行動には駿も一瞬だけ声が出なかったが、すぐに少女を膝から離した。唾でもつけておけば治るという言葉を信じてしまったのだということが分かり、駿は額を押さえる。

 

「…治してくれようとする気持ちは嬉しいが、唾を付けるというのは直接舐めるわけじゃないんだぞ」

「……」


 この少女は本当に何も知らないらしい。悪気があっての行動じゃなく自分の事を想ってくれたうえでの行動だ。駿は頭に手を置いて一応感謝の言葉を述べると、バンドエイドを創り出して膝の傷へ貼ろうかと考えたが、


「傷が、治っている?」


 痛みを生じていた擦り傷は跡形もなく消えていた。血の跡も傷の跡もなかったかのように綺麗になくなっているのだ。「…まさか」と駿は隣りに座っている少女の顔を見る。この少女が傷の部分を舐めたことにより再生したとしか考えられない。信じがたい話だが、先ほどから次々と迫ってきた剣の件もあり信じるしか他ならないのだ。


「…君は何者なんだ?」

「…」


 少女は西村駿の質問には何も答えない。

 ただサッカーボールを大事そうに抱えながら無言で見つめているだけだ。駿の質問に興味がないのか、自分の事に興味がないのか…その少女はわざとらしく視線を逸らしているように思えた。


「くる」

「チッ…またか!」


 その呟きを聞いた駿はすぐに少女を抱きかかえると、辺りを見回してどこから剣が飛んでくるのかを警戒する。


(…何も来ない?)


 どこへ逃げるかを考えながら脚に力を入れて待ち構えていたが一向に剣は飛んでこない。

 その為、駿は慎重に扉を開き廊下へと顔を出して様子を窺がうことにしたが


「間抜けめ」

「!?」 


 それを待っていたかのように何者かが駿の首を掴み、部屋の中から廊下へと引きずり出した。

 突然のことで駿も抵抗することができず、されるがままに廊下へと放り出される。


「…お前たちか? 剣を飛ばしてきたのは」 

「いかにも。私がお前を消そうとした者だ」


 平然と危なっかしい言葉を扱うその正体は存在するはずのない羽の生えた天使だった。鎧を身に着け、大剣の剣先をこちらへと向けながら構えている。ほんの少しだけコスプレなのではないかと疑いたくもなったが、ここまであり得ない現象を見続けていれば何もかもが本物だと自然に認めてしまうのだ。


「俺を消すだって? これは夢の中だということを理解した上でか?」

「お前は何も分かっていない。ここが夢の中ではなくユメノ世界だということさえもな」

「ユメノ世界? 何だそれは?」

「知らなくていい。何故ならお前はここですぐに消えるのだからな」 


 天使は澄んだ心を持っているのだと思っていたが、それは大きな間違いだったようだ。その証拠に視線の先に立っている天使が右手を高く上げると、周りから続々と羽の生えた天使たちが物騒な武器を持って姿を現す。


(あの子がまだ部屋にいる。ここは俺がこいつらを惹き付けて逃げるべきだな)


 廊下に引っ張り出される際に駿は抱きかかえていた少女を部屋の中へと置いてきたのだ。その少女を危険な目に晒したくない駿は天使たちの配置を考えて逃走経路を模索する。天使たちは人間相手ならば気を抜いているに違いない。


「……」

「…!? 来るな!」 


 しかし、その少女は状況を理解できていないのかサッカーボールを抱えながら扉の向こうから姿を現してしまう。駿は必死の形相で少女の脚を止めようと試みるが、歩みを止める気配はない。ついには天使たちの間を潜り抜けて、西村駿の元まで来てしまったではないか。


「…? 隊長、あの子供は?」

「私もあんな子供がいるなどとは聞いていない」


 駿を引っ張り出した天使が隊長、要するにこの天使の隊をまとめているリーダー格の天使らしい。不思議なことにその少女は天使たちを全く怖がっていなかった。むしろ天使へと向ける視線はその辺にでも転がっている石を見るかのような"見慣れている"ものに近い。

 

「ここは危険だ。また後でサッカーで遊んでやるからあの部屋の中で待っててくれ」


 天使たちも駿の側に立っている少女を見て困惑している。ならばと駿は狙われていないこの少女を安全な場所へと避難させようと、すぐに部屋へと隠れるように指示をする。


「……」


 言うことを聞いてくれると思っていた西村駿だったが、その少女はサッカーボールを抱えたままそこから動こうとしないのだ。少女の小さな背中を押して無理やり動かそうとしても、抵抗するだけで埒が明かない。


「……」 

「本当にどうしたんだ? 君を巻き込みたくはないから素直に隠れて…」


 そう言いかけたとき、少女が突然サッカーボールを床に落として西村駿へと手を差し伸べる。その行動の意味が分からず西村駿は戸惑いながら「何をしているんだ?」と尋ねると、


「さっかー、してくれるんでしょ?」


 少女が初めて「くる」という言葉以外を発したため、少々驚きながら、


「勿論だ。けど、今はそんなことをしている場合じゃないんだ。頼む、言うことを聞いてくれ」

「ならやくそくして。わたしとさっかーするやくそく」 


 少女は自分の手を握るように西村駿へと視線で強く訴えかける。握手が約束代わりなのかと駿はいつ攻撃を仕掛けてくるか分からない天使たちに細心の注意を払いながら少女の手を右手で優しく握った。


「…っ!」

「わたしのなまえは"イトナ"。さっかーするやくそくわすれないでね」


 小さな白い手を握った瞬間、少女の体が光を放ち徐々に細長いものへと形を変えていく。西村駿や取り囲む天使たちは放たれる光で辺りが見えなくなり、片手で目を覆い隠したり目を瞑ったりしていた。逃げるなら絶好のチャンスだったが、駿も下手に身動きが取れない状態だということもありその場で光が収まるのを待つことしかできない。


「……?」


 二十秒ほど経つと光の輝きが弱まり、辺りが元の明るさに戻り始める。西村駿は少女の柔らかい手を握ったはずが何か固い感触があるため、恐る恐る自分が手に握っているものを確認してみると、


「これは、剣か?」


 白銀の剣が握られていた。よく見れば握りの部分は花が咲くように装飾され、剣身は光を弾き返すかの如く煌めいているようだ。何故か西村駿はその剣をあの白いゴスロリを着た金髪の少女と照らし合わせてしまう。根拠も何もないが、駿はその剣があの少女なのだとそう感じた。 

 

「その剣は何だ? 一体どこから出した?」

「答える気はない」


 剣を軽く振ってみると金属特有の重さは全く感じない。感じないどころか物を持っている感覚さえなく、何も持っていない状態と然程変わらなかった。


「…悪いが約束は破らない主義なんだ。ここで消えるわけにはいかない」


 周りを囲っている天使たちにそう言うと、西村駿は白銀の剣をリーダー格の天使へと向けた。

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