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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第六章『正』

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第36話『男子学級委員は忙しいですか?』

 まだ誰も目を覚ますことのない早朝。西村駿はテスト後に控えているサッカーの試合に向けて河原の近くにある練習コートでシュート練習をしていた。


(もっと鋭く…! ゴールのポストを狙うような感覚で!)


 西村駿はドリブルでゴールの近くまで接近すると、左足を軸にして右足の甲でボールを蹴り上げる。勢いよく蹴られたボールはポストを掠り、貫くようにしてネットの中へと入った。


「…フェイントが甘いか」


 決めたスケジュールは乱すことなく日々を過ごしている駿は、朝にサッカーの練習、昼に学校でテスト勉強、夕方は生徒会の仕事と部活動、夜は軽音楽部のギター練習と授業の予習復習…というような生活をしていた。

 しかも就寝時間は二十三時、朝は四時起きという生活習慣が体に染みついてしまっている。


(白澤は試合に間に合うのか?)


 普段から西村駿のシュートへと繋げるパスを出してくれる白澤来は両腕を負傷して今は入院していた。駿をフォローする人物の中で最も息が合う白澤がいなければ試合に大きな影響を及ぼしてしまうのだ。


(いや、白澤なら何とかしてくれるだろう。信じて待つことにするか)

「西村くーん!」


 ゴールのネットの中に転がっているサッカーボールを拾おうとしたとき、遠くから西村駿の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。駿は顔を上げて堤防の上を見てみると


「…東雲か?」


 ジャージ姿に身を纏っている東雲桜の姿があった。西村駿を見つけると堤防の階段を降りてこちらへと向かってくる。


「西村君、朝からサッカーの練習?」

「試合が近いからな。そういう東雲は何をしていたんだ?」

「私も体力付けておこうかなーって…ほら、私テニス部だし!」


 後付けされたかのような答え方をする東雲桜を見た西村駿はそれが嘘だと一瞬で見破り


「…本当はダイエットしているからじゃないのか?」


 桜の核心を突くように聞き返す。それには桜もギクッと体を一瞬だけ硬直させていた。


「ど、どうして分かったの?」

「日頃から見ていればそれぐらい分かる。それに、東雲は顔に出やすいからな」


 本当は数日前、東雲桜が昼食を生徒会室で食べていたときに弁当の中身が普段よりも野菜が多く入れられ、米の量がかなり少なかったことがあったからだ。

 その時は食欲がないのかと多少心配をしていたが、ダイエットをしているのであればあの食習慣は納得がいく。


「何で急にダイエットなんかし始めたんだ?」

「…実は少し太っちゃって」


 桜をパッと見ても変わった様子はない。太ったかと聞かれたら誰もがいつも通りと答えるだろう。


「本当に太ったのか? あんまり変わっていないと思うが…」

「え? で、でも2kgだよ…? 絶対太ってるって! 西村君の目がおかしいんだよ!」


 東雲桜にこれだけ訴えられては認めざる負えない駿は「そ…そうか」と返答をして、ボールを手に持った。もうそろそろ家へと帰宅して、学校へ向かう準備をしないといけないのだ。


「俺は一回家へ帰るよ。また後でな」

「あ、ごめんね。練習の邪魔をしちゃって…」

「気にするな。ダイエット頑張れよ」


 西村駿は桜に激励の言葉を送ると、練習コートを後にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



(…早く学校に行く準備をしなきゃ)


 鈴見優菜はいつも通り寝間着から制服へと着替えた後に洗面所で顔を洗う。昨日は自宅休養を医者から言われ、学校を休み家で勉強とゲームを両立していた。

 

(うわっ。寝癖直らないよー)


 ずる休みではなく医者から言われ仕方なく欠席したわけであって、遊んでいても何か文句を言われるわけではない。


「あれ? お父さん?」  


 優菜はしつこい寝癖を何とか直し終えるとリビングへと顔を出す。しかしそこにはいるはずのない父親が朝食らしきものを作り、優菜のことを待っていた。


「おはよう優菜」

「どうしてお父さんがここに?」

「もう命令を聞く必要もないからな。たまにこうやって帰ってくることにしたよ」


 今まで見せなかった優しい笑顔を向けている父親を見て、鈴見優菜は思わず泣き出しそうになったがそれを堪えていつもの席へと座る。

 そして二人で口を揃え「いただきます」と言って朝食へ手を付ける。


(…昔のようにまた暮らせるんだ)


 優菜は今までに話せなかったことすべてを父親に話した。学校のこと、自分が好きな物、仲がいい内宮智花のこと…あらゆる話を父親と言葉を交わして伝えあった。


「お父さん…将来の話なんだけど…」


 鈴見優菜は鈴見グループの跡取りについて向き合って話し始める。それを父親である鈴見倉治はいつになく真剣に聞こうと朝食を食べる手を止めた。


「私ね、お父さんも知ってると思うけど…ゲームが好きなの」  

「……」

「鈴見グループの跡取りじゃなくて…私はゲームに携わる仕事がしたい。家系に囚われずに自分のやりたいことができる道へ進みたいの」


 中途半端な気持ちで優菜は父親に話していなかった。自分がゲームに救われたように誰かを元気づける、救えるようなゲームを作る立場に惹かれたのだ。


「優菜、本気なんだね?」

「…うん、お父さんがそれを今は認めなくても私は何度だってお父さんにこの話をする。私はもう"逃げないから"」


 優菜のその言葉を聞いた父親である鈴見倉治は強く何度も頷きながら目を押さえ


「優菜もあいつに似るようになったな…私はお前の目指す夢の邪魔をする気はない。全力で応援するつもりだ」

「…! ありがとうお父さん!」


 鈴見倉治は今は亡き愛する妻と誓っていた。どんなに辛くても、どんなに悲しくても…必ず娘である鈴見優菜を幸せにすると。


「さあ、もう家を出る時間だろう? 早く行きなさい」

「うん…!」


 鈴見優菜は急いで鞄を手に持ち玄関へと駆け足で向かう。その後姿はいつになく活気にあふれ、かつての暗い姿は跡形もなく消え去ってしまっていた。


「お父さん! 行ってくるね!」 

「ああ、いってらっしゃい」


 父親に向けたその笑顔は、曇りなくどんな逆境にも立ち向かっていける…強く華やかなものだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



(…数学と英語は大体勉強できた。後は国語を主にやれば実力テストは乗り切れる) 


 階段を上りながら教科書を片手に勉強をしている駿は少しだけ余裕ができたと鞄に教科書をしまって、前を歩いている霰に声を掛けることにする。


「霰、勉強の方はどうだ?」

「フツーだフツー。お前の方こそ大丈夫なのか?」


 フツーと返答する霰の目はいつも通り余裕そうだ。編入試験を乗り越えてきただけあり、この程度の実力テストは勉強せずともどうにかなるのかもしれない。


「後は国語だけ勉強すれば大丈夫だ。…いつもそばにいる雫はどうした?」

「あー…そういえばどっか行ったな」

「…欠席者を増やすのはやめてくれよ」 


 西村駿と雨空霰は二年一組の教室までの廊下を学校行事について話しながら歩いていると


「…何だ? やけに騒がしいな」

「……」 


 いつもは聞こえないはずのざわざわという声が二年一組の教室から聴こえてきたため、少し早歩きで教室へと顔を出すと


「あ、駿…」


 生徒達がある一つの席を囲んで喋っていた。駿が教室へと顔を出すと金田信之が声を漏らして、すぐにその場所から離れ始める。


「どうしたんだ? そんなに集まって…」


 西村駿はすぐに生徒をかき分けて、何があったのかを確認しようとする。霰は窓際の席にあるはずの神凪楓の席が消えていることに気が付き「まさか…」と呟いた。


「……!!」 


 駿は生徒達が囲んでいる中心に辿り着くと思わず目を見開いて硬直する。

 そこには神凪楓の机と椅子がバラバラに破壊され、木村玄輝の席の近くに置かれていたのだ。それだけでなく玄輝の机には大きく「オマエノセイダ」とマジックペンで書かれており、その周りには「死ね」「消えろ」といった暴言が多く記されていた。


「…わいが朝学校に来たらこうなってたんや。言うておくがわいやないで! トラのことは嫌いやけどこんなことせぇへん!」

「誰だ? 誰がこんなことをした!?!」


 普段から落ち着いている駿が珍しく怒りを露にし周りの生徒に向かって声を荒げる。自分の幼馴染である二人に対しての仕打ちとなれば黙っていることはできないのだ。


「…? 何やってんだお前、ら?」 


 タイミング悪く木村玄輝が教室に顔を出してくる。席の周りに人が集まり何をしているのかと聞こうとしたが、視線はすぐに自分の席へと移りその訳を理解してしまった。


「何だよ、これ…」

「俺にも分からない。今さっき来たばかりで…」

「【オマエノセイダ】? 俺のせいなのか? いや違う、俺のせいじゃ」


 玄輝が一人でぶつぶつと独り言を呟き始める。金田信之は心配をして玄輝の肩に手を置こうとしたが


「俺のせいじゃない…!!」

「玄輝!」


 手を振り払って教室を飛び出してしまう。玄輝を追いかけようと金田信之もすぐに走り出して教室を出ていった。


「駿くん、これどうしよう?」

「これが見つかれば大問題になる。犯人も突き止めたいところだが、今はこれを運び出してどこかに隠すぞ」

「誰なんや。こんな酷いことをした輩は…」 


 内宮智花と西村駿は話し合い、今は机を隠すことにしようと上の階にある使われていない空き教室へと運び出すことにする。波川吹と西村駿は玄輝の机を、雨空霰と内宮智花は神凪楓の壊された机の破片を持って、階段を上がった。


「トラだけでなくどうして玄輝も…?」

「…分からへん。トラと玄輝に繋がりなんて何もないやろ」


 空きの教室まで辿り着くと、窓際に付けられているカーテンを取り外してバレないように机の上へと被せる。その最中、雨空霰は壊された机と椅子を見て顎に手を当てて何かを考えているようだった。


「椅子は無理やり折られた跡、机は工具を使って切断された跡が残っているということは……単独犯じゃない。共犯で行ったはずだ」


 霰の推理を聞いた三人は壊された机や椅子をよく観察してみると、確かに折られた跡と斬られた跡で別々の人物が手を加えたかのようになっている。

 

「単独犯じゃないとなれば犯人を大体絞ることができる。この件は俺がどうにかするよ」

「…できるのか?」

「面倒ごとは慣れているからな。お前たちはテストに集中した方がいい」


 三人は雨空霰の意見に何故か賛同してしまう。妙な説得力と霰になら任せられるという安心感によって込み上げる不安が打ち消されたのだ。


「…ここは霰に任せよう。何か分かったら俺たち三人に教えてくれ」

「ほな、頼むで霰」

「霰くん、後はお願いしちゃうけど…ごめんね」

「気にするな。俺はもう少しここで調べたいことがあるから先に教室へ帰っておいてくれ」  


 霰にそう言われた三人はそれを了承すると空きの教室から出て行ってしまう。駿たちが階段を降りていく足音を聞いた霰はすぐに立ち上がり


「絢と村正にも連絡しておくか…」


 スマホで壊された机などを撮影し、朧絢と月影村正にメッセージを送ると共に画像を添付する。玄輝の机に【オマエノセイダ】と書かれていたのは神凪楓を連想させるためだ。

 神凪楓は木村玄輝、お前のせいで生死を彷徨っているとでも伝えたいのだろう。

 

(…厄介なことになったな)


 自分以外にも木村玄輝に対してお灸をすえた人物がいる。その事実は雨空霰にとって想定外のことだからこそ、西村駿たちの力を借りることなく捜索を一人で引き受けたのだ。 


「もう少し、この机を調べてみる必要があるな」



◇◆◇◆◇◆◇◆



「なるほどな。邪魔が入ったのか」 


 トイレで用を足した月影村正はハンカチで手を拭きながら、送られてきたメッセージと画像を目にする。文には『単独犯じゃない。共犯だ』と記されていた。スマホへ視線を移しながら廊下を重い足取りで歩いている村正に、


「前を向きな。じゃなきゃ、あたしらにぶつかるよ」 


 柏原瑞月が注意をするように声を掛けた。村正は視線を上げて目の前に立っている人物たちを見据える。


(柏原瑞月と霧崎真冬か…)

「お前、二組でしょ? だったら一組の私たちに謝っておいた方がいいよ」


 背の低い霧崎真冬が月影村正を見上げながら謝罪を要求してくる。村正は真冬に子供を見るような視線を上から浴びせ


「はいはい、悪かった悪かった」

「…謝る気がないの?」

「謝ってるだろ。俺は忙しいんだ、そこをどいてくれ」 


 無理やり横を通ろうとすると柏原瑞月が村正の肩を強く掴んで引きずり戻す。


「…!?」

 

 しかし村正は掴まれている方の肩を前方から背中の方に向かって大きく振り上げて、肩を回し振り上げた腕を伸ばしたまま、後ろから柏原瑞月の肘側に下ろす。


(…コイツ、あたしに護身術を掛けるつもり?)


 そのまま瑞月の手首を挟みこんだまま脇を締め、上半身を起こすようにして腕を絡めた。脇を締めたまま絡めた腕の肘から先を持ち上げ、瑞月の肘をひねる。村正は柏原瑞月が後方にバランスを崩したら、素早く離れて距離をとろうとしたが、


「あたしがその程度で崩されるとでも?」

「…!」


 後方にバランスを崩すどころか逆に村正の腕を強引に引っ張ると、左足を村正の右足へと掛けてそのまま後方へと転倒させようとした。

 

「…ッ!」

 

 村正は柏原瑞月が一瞬で格闘術に長けていると判断して、瑞月の脇腹を肘で突いて怯ませるとすぐさま距離を取った。


「アンタ、手練れだね?」

「知らないな。俺は忙しいって言っただろ」


 月影村正は再び二人の横を通り過ぎようとするが、柏原瑞月は肩を掴もうとはしなかった。


「あたしと放課後に手合わせしないか? アンタならいい練習相手になりそうだ」


 その代わりに手合わせをしてくれないかと村正に申し出をでた。自分と対等にやり合える練習相手が見つからない柏原瑞月にとって月影村正の存在は心を大きく躍らせたのだ。


「…悪いがお前じゃ"俺の練習相手にならない"。別の奴を探してくれ」


 村正は顔だけ柏原瑞月に向けてそう断ると、再びスマホの画面を見ながら廊下を歩いていってしまった。


「いいの? 随分と馬鹿にされているけど…」

「分からなかったのか? あたしはアイツに手加減をされたんだ」

「手加減?」 

「あたしが技を掛けたとき…アイツは一瞬であたしの懐か背後に回り込もうとした。あの判断力と身のこなしは武術を習っていても到底補えるものじゃない。何百と実戦を積まなきゃ一生身に付かないものだ」


 もし本当に命を懸けた戦いをしていればあの一瞬で殺されていたと柏原瑞月は確信していた。練習相手にならないという挑発染みた発言をするだけの実力は備わっているのだ。


「あんな腑抜けたヤツが…? いかにも教室の隅で本を読んでいるタイプの男じゃない」

「…強いものは見た目だけでは判断できない。あたしの師匠から教えられた言葉さ」

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