第32話【エンディングは迎えられますか?】
「まだ…よ」
「ご無理をなさっているところ申し上げますが、もうあなた様は立つことさえ出来ないはずです」
神凪楓は床に這いつくばりながらも何とか立ち上がろうと試みていた。アスモデウスもここまで根性のある人間を見るのは初めてなのか興味深そうに楓のことを眺めているようだ。
「あなた様は私が見てきた人の中で最も強い人間だということを認めましょう…」
アスモデウスは倒れている神凪楓に歩み寄り、屈んで顔を覗き込む。こんなボロボロの状態でも楓はアスモデウスの顔を見ることはせず、地面へと顔を伏せていた。
「おひとつ伺いたいのですが…あなた様は悪魔に好かれるタイプではありませんか?」
「……」
決して口を開こうとはしない神凪楓だったが、悪魔に好かれるタイプと聞かれて一つだけ心当たりがあった。それは悪魔であるレヴィアタンにしつこく口説かれていたことだ。ただ単にレヴィアタンがそういう性格なのかと思っていたが、アスモデウスが言うにはそうではないらしい。
「悪魔が好む天使の気が人間のあなた様から感じられます。事故や災害からあなた様を守るために"誰かが"加護を与えたのでしょう」
「そんなこと…どうでもいいのよッ!」
神凪楓は自分自身の脚を手で強く握り、ふらふらになりながらも立ち上がる。刺し違えてでも必ずアスモデウスを殺さなければならない、自分がやらなければ誰がコイツを倒す?――私しかいないじゃないか。仲間のいない私は一人で戦っていくしかない。こんなところで躓いていてどうする。脚を動かせ、腕を動かせ、体を動かせ……戦う意志を示せ
「私は敗けられない…ッ! アイツが…零が目を覚ますまでこの世界を終わらせるわけにはいかないのよ!!」
楓は【再生】を使用して体の傷を癒し、銃剣を構えて最後の足掻きを見せる。アスモデウスはそんな楓に哀れみの感情を抱きながら
「残念です。もう少し頭を使って戦えると思いましたが…」
百本以上ある槍で楓の周囲を覆う。神凪楓は銃の引き金に指を掛けて槍を撃ち落とすが
「チェックメイトです」
すべてを撃ち落とすことはできず、数本の槍が神凪楓の体、脚、腕に突き刺さり身動きを止めた。大量の血が滝のように溢れ出し、槍を伝い床へと流れ落ちる。
「ぅぁ…ぁぁ……」
口蓋垂に血液が溜まり声を出すことすらままならない。小さな呻き声を上げて、目が虚ろになりながら床を見ることしかできなかった。
(私は、無力だった)
私がもっと誰かを頼っていたら、木村玄輝や金田信之に協力してほしいと素直になっていれば…強情な自分のせいで仲間を作ることすら出来なかった。――違う、そもそも私には友達さえいなかったんだ。
「昨日のニュースの神凪零ってさ…神凪楓の兄なのか?」
「どうやらそうらしいぜ。楓のヤツ可哀想だよな」
兄が目を覚まさなくなった次の日から、クラスの皆は私に同情するようになった。仲が良かった友人も、担任の先生も…ねえ教えて…私は可哀想な子なの?
「きっとすぐに目を覚ますよ! あんまり落ち込まないで!」
何を根拠にそんな無責任な軽口を叩けるの?身内じゃないからって何も考えずに励ませばいいと思ってるの?それに私は落ち込んでいない、人の感情を勝手に読み取らないで。
「昨日のテレビに楓の兄ちゃん出てたけど…大丈夫なのか?」
私の兄のことをテレビで見たから心配するの?私とは一度も話したことがないくせにこういう時に声を掛けてきて…それに大丈夫かだなんて聞かなくてもニュースを見たなら分かるでしょ?
(もう、いやだ…)
私の周りが皆、死んでいく。誰も信用できなくなっていく。私はこの瞬間から自分を大きく変えてしまった。すべてを失ってしまった。兄も友人も、すべてを。
「楓ッ! 何をしているんだ!?」
すべてを失った私は聞いてしまったのだ。廊下の隅で神凪零の悪口をヘラヘラとしながら話している男子生徒を見つけた私は怒りと悲しみ…あらゆる感情を込めてその生徒に暴力を振るい病院送りにしてしまった。
「おい、アイツどうしたんだよ?」
「きっとお兄ちゃんがあんなことになって気がおかしくなったんだよ…」
私から繋がれていたものが次々と絶たれていく。残った繋がりが何一つ残っていない私はただ勉強をし続けた。兄を助けるために勉強をひたすらに続けて…。
(零…)
あなたが目を覚ますのを待っていることが出来なかった、ごめんなさい・
「それではあなた様を利用させていただきますよ」
アスモデウスは指先で楓の顔を前に向かせ、瞳を覗き込む。神凪楓は意識が吸い込まれるようにして瞳が徐々に色を失くし虚ろになっていく。
「………」
「さて…お前は私の言うことを忠実に聞く下部です。その槍を自分で引き抜いて
【再生】とやらで傷を回復しなさい」
虚眼によって操られてしまえば命令は必ず聞かなければならない。楓は体がボロボロだというのに腕を動かして、槍を一本ずつ引き抜いていく。血が飛び散るほど出血しているというのに痛みを感じる様子がなく、その姿はまるで人間を模倣した"人形"かのようだった。
「やはりこの眼は便利ですね。謀士の私にはピッタリです」
「…終わりました」
神凪楓は操られるがままに槍をすべて引き抜き【再生】を行って傷を完治した。脚をガクガクと震わせながらもなんとか立っている状態でアスモデウスの顔を見る。
「私が今からお前に命令をします」
「はい、分かりました」
「お前の名前、家系。それらを私に教えてください」
「私は真白高等学校に通っている高校二年生の神凪楓、クラスは二年一組に所属しています。両親は幼いころに亡くし、神凪零という兄と暮らしてきました。しかし兄は意識不明に陥り、今は私一人で生活をしています」
情報を嘘偽りなく喋り続ける神凪楓の話を聞いたアスモデウスは両親を幼い頃に亡くしているという内容に思わず「それはそれは…大変でしたね」と言葉を漏らしてしまう。
「一応操られているフリをしていないか確認させていただきます。着ている服をすべて脱ぎながら今までの交際人数、片思いしていた相手の名前…諸々教えてください」
アスモデウスは一瞬たりとも気を抜こうとはせず、本当に操られているかの確認のために神凪楓という人間の性格上、最も嫌な行動をワザとさせるよう命令した。
「私は今まで誰とも付き合ったことがありません。子供の頃に西村駿という幼馴染に片思いをしていました。今は神凪零という自身の兄に片思いをしています。キスをしたことは一度もありません、一つの部屋で異性と二人きりになったことがあるのは西村駿、神凪零のみです」
制服を躊躇いなく脱ぎながら次々と自身の汚点を話していく神凪楓を見たアスモデウスは、しっかりと操られていることを再確認する。
「自身の兄に恋をしているなんて…可哀想な妹ですね」
「…服を脱いで、聞かれたことは全て話しました」
下着姿だというのに恥じらうことなくそう告げる楓。アスモデウスは鈴見優菜を抱えて神凪楓の目の前まで運んでくると床に寝かせて指を鳴らす。
「……?」
それを合図に鈴見優菜は目を覚まして、体を起こして辺りを何度か見回す。ついさっきまで魔王と戦っていた優菜からすれば気を失ってユメを見ていると思ってしまう。
「お目覚めですか? 鈴見様」
「……ここは夢の中?」
優菜は下着姿で立っている神凪楓を視界に入れると、頬を若干赤くして床に脱ぎ捨ててある制服を手に持ち
「ちょ、ちょっと楓さん!? そんな恰好してたらダメだよ!」
急いで着させようとするが楓は命令をされなければ行動を起こさないため、制服のシャツに腕を通させたり、スカートに脚を通して履かせることが出来ない。
「鈴見様、私のお話を聞いていただけますか?」
「え? そういえばあなたは誰?」
「私は鈴見様の体を奪おうとしているアスモデウスという悪魔と申します。こうやってお話しするのは初めてですね」
悪魔と名乗る割には紳士的な振る舞いをする目の前に男性に優菜は「ど、どうも…」とお辞儀をする。
「これもそういう設定なんだよね? ゲームでよくある乗っ取り系のジャンル――」
「いいえ違います。これは現実のお話です」
「だ、だって…これは私の夢なんでしょ? 早く目を覚まして魔王を倒さないと」
優菜の頭の中で"ゲームの世界"が"現実"という考えが染みついてしまっているが故に、アスモデウスの説明している意味が理解できないのだ。
「鈴見様は勇者でも冒険者でもありません。あなたは真白高等学校に通う鈴見グループの総帥の一人娘…鈴見優菜様ですよ」
「真白高等…学校? 鈴見グループ…? 私はそんなもの知らな《s》 《/s》」
「嘘はよくありません。あなた様は忘れたフリをしているだけですよね? 私が創造したゲームの世界にいるときも…鈴見様はずっと現実から逃げるように、忘れるようにしていた振舞っていました」
鈴見優菜は「違う…!」と否定をしながら両手で頭を抱えて、その場にうずくまる。仕舞い込んでいた嫌いな現実の記憶が次々と頭の中に蘇り、優菜は「違う、違う、違う!!」と連呼し続けていた。
「私の創り出したゲームの世界はいかがでしたか? 鈴見様の本望通り"皆に愛される"ように設定しておきましたが…」
「違う…! あの世界が本物なんだよ! ここは夢の中で…あなたは何かのイベントキャラで…」
「…神凪楓、自分の左手首を折りなさい」
楓は命令をされた瞬間、左手を床へと力強く叩き付けた。木の板が折れるような音が響き渡り、鈴見優菜は悲鳴を上げる。
「折りました」
「か、かえでさん? 手が、手が真っ赤に腫れて…」
「あちらにいるお二人にもやらせてみましょうか?」
アスモデウスは木村玄輝と金田信之が寝かされている祭壇に手の平で三拍手する。すると玄輝と信之が起き上り、鈴見優菜の近くまで歩いてきた。
「さぁ、お二人とも…神凪楓と同じように手首を折り…」
「待って…!!」
「ようやく目を覚ましましたか?」
「知ってたよ…。あの世界が本当の世界じゃないことや、レイタくんが創られた存在だってことも…」
紫黒高等学校の生徒に誘拐されたことだって覚えてはいたが、そんなこと優菜にとってはどうでも良かった。今はこの理想していたゲームの世界で過ごしたい。己の欲望を満たすことだけ考えていたのだ。
「鈴見様は現実世界へ帰りたくないはずです。そこで私から交換条件を出そうかと…」
「……交換条件?」
「あなた様をここで殺せば私はすぐにでも体を奪えるのですが…それは私の性格上気が引ける。だから等価交換としませんか?」
アスモデウスが手の上に創り出したのは、破壊すれば現実世界へと帰ることができるユメノ結晶。どんな等価交換を持ち掛けてくるのか、優菜は嫌な予感がしていた。
「鈴見様が体を差し出してくれるのならここにいるこの三人は現実世界へと戻してあげましょう。そこに立っている金髪のご友人は助かるか分かりませんが、こちらにいる二人は助けられます」
「え…?」
「それだけじゃありません。体を差し出してくれるお礼として一生あのゲームの世界で暮らせるようにしてあげます」
「………」
「悪い条件ではないはずです。私が代わりに鈴見様が戻りたくない現実世界へと出ていくのですから」
ろくでもない人生を送ってきた優菜からすれば等価交換以上の好条件だった。生きていく価値すら見出せない人生を受け渡せば、悩むことも苦しむこともない世界で永遠に暮らすことが可能なのだ。迷う理由も断る理由も優菜にはなかっ――
「…逃げるんじゃ、ないわよ」
「楓さん…?」
「意識を取り戻した? 私の虚眼から…?」
完全に操り人形と化しているはずの神凪楓が震えながら口だけを動かして、目の前にいる鈴見優菜にそう伝える。
「…逃げて、どうするのよ……あんたは逃げるばかりで…立ち向かったことなんて一度もない」
「…無理だよ。私じゃ両親にも太刀打ちできないから…」
「だったらレベルを上げれば、いいじゃない。ゲームと一緒よ。倒せない敵がいたら…レベルを上げて…作戦を考えて…あなたなりの戦い方をすればいいわ」
鈴見優菜は前からずっと勝手に無理だと決めつけて自分を塞ぎ込んでいた。すべてを家系のせいにしてあらゆることから逃げていた。優菜は手を胸の前で強く握りしめて、目を瞑る。
「逃げてばかりじゃ、ゲームの中でも、現実の世界でも、レベルは上がらないわよ」
「余計なことを…!」
アスモデウスが更に楓に対する虚眼の効果を強くして、気絶をさせると神凪楓は力なく横たわった。
「私…私は……」
「鈴見様、早く決めてください。私にもあまり時間がないので」
「私は…」
鈴見優菜は何かを決心するとゆっくりと立ち上がり深呼吸をする。そして意を決して口に出した言葉は
「何週もできるゲームの世界よりも…一周しかできない現実世界の方が攻略の甲斐があるよ」
「…残念です。ならば力ずくで鈴見様の体を奪わせていただきます」
アスモデウスが槍を一本、片手に創り出し鈴見優菜の胸へと突き刺そうと振り上げる。これからが攻略の時だったのに、と優菜は悔しそうな顔をしながら笑みを浮かべた。
(…でも、現実世界に対して好感を抱けたんだから…レベルは上がったよね)
槍が振り下ろされる、その瞬間に大広間の壁が爆発によって破壊されて風穴が空けられた。
「あー? もしかしてお楽しみ中だったか?」
優菜は緊張の糸が切れて意識を失っていく…その最中に見えたのは
「悪い、もうちょっと早くこればよかったな」
片手にスマホを持って、壁から姿を現す"雨空霰"だった。




