第31話【色欲の悪魔は紳士なんですか?】
『よくぞここまで辿り着いた。その無謀な勇気と無駄な足掻きは褒めてやろう』
魔王のいる部屋へと乗り込んだ玄輝たちは玉座に腰を掛けて、悠々と佇んでいる魔王を見つけすぐに武器を構えて戦闘態勢へと入る。今まで会ってきたどんな敵よりも段違いの風格に威圧、玄輝はそれを肌に感じ「本当にラストバトルなんだ」と改めて実感していた。
「ゲンキ、ガッシー…これが本当に最後の戦い。気を引き締めていくよ」
世界の運命が懸かっている一世一代の戦いが始まる。四人でどう立ち回り魔王を倒すのか…そんな作戦も今となっては全て無意味となり、優菜はただ倒すことだけを考えていた。
『貴様らだけでこの私を倒せるとでも思うか?』
「違う。私はあなたをここで倒さないといけないんだ」
――それが【憎しみ】だということも知らずに。
『ならばかかってくるがいい! 絶望を与えてやろう!』
「やってみろよ…!!」
魔王は膨大な魔力を放出し、辺り一帯に火柱を立てて玄輝たちへと攻撃を仕掛ける。その威力はティナータの即死呪術と同等なもので、一瞬だけ玄輝は後ずさりをしてしまう。
「優菜…! ゲンキ一人じゃ太刀打ちできないよ!」
「分かってる!」
優菜は自らに強化魔法を付与させて物理防御、魔法防御を底上げすると魔法剣を片手に突撃する。その行動には玄輝も信之も困惑してしまっていた。その攻撃はあまりにも無理やりすぎるのだ。
(レイタのことをかなり引きずっているな…)
玄輝は優菜を援護するように先を走って通り道を作る。火柱と火柱の間を掻い潜りながら魔王の側まで辿り着いた優菜は、大技を発動するために精神を剣先まで研ぎ澄ます。
「【奥義 二重螺旋】」
『グアァァアア!!?』
MPを全て消費して放つ大技は確実に魔王へと大ダメージを与える。突き刺した魔法剣を乱雑に引き抜きながら斬撃を何十回と繰り出す優菜の表情は怒りが込められていた。
「お前のせいだ…!お前のせいでレイタくんは死んだんだ…ッ!!」
「…優菜?」
優菜は勇者のはず。勇者のはずなのだが、今はとてもそうには見えない。魔法剣を振り回し、魔王へ怒号を浴びせている復讐者。世界に平和をもたらす存在とは思えないのだ。
「ゲンキ、あれって…」
「ああ分かってる。優菜がかなり取り乱して……」
「違うよ。優菜と魔王の近くをよく見て」
優菜と魔王が死闘を繰り広げているその近くに、いつの間にか小さな女の子が立って傍観していた。瞳はオッドアイ、長い金髪に服装は黒のゴシック調のものを着ている違和感だらけの少女だ。
「…誰だアイツは?」
「ゲームのキャラ、じゃないよね?」
服装から考えるにゲームの世界のNPCじゃない。そもそも最後の戦いの真っ最中に姿を見せるNPCなんて存在しないだろう。
「アメだよ」
「…!?」
距離が離れているはずなのに玄輝の耳にはハッキリと少女らしき声が聴こえてきた。理解の出来ない現象に混乱している玄輝を信之は心配して
「大丈夫?」
そう優しく声を掛ける。信之のおかげで落ち着いた玄輝は少女の姿を再び見ようと顔を上げ――
「アメだよ」
「うわッ?!」
気が付けば目の前にその少女が立っていたため、思わず驚いて後方へ尻餅をつく。信之も一瞬にして目の前に現れた少女に驚きを隠せず、固まったままだった。
「アメだよ」
「…アメ? お前は何を言って」
「アメだよ」
同じ言葉しか発することのない少女に不気味さを感じた二人は優菜と魔王など知ったことではなくゆっくりとその少女から距離を取る。
「アメだよ」
(アメ、雨のことか? でも今は雨なんて降って…)
後ずさりをしていると踵に何かがコツンと当たる。物でも落ちているのかと後ろを振り返ると
「ゲンキ先輩! こんなところで何やってるんスか!」
「うぁぁああぁあッッ!!!」
死んだはずのレイタの生首が置いてあり、玄輝の目を見て口を動かし喋りかけてきたのだ。一体何が起きているのか、玄輝は信之に助けを求めるように視線を送ろうとしたが
「みンナ心配しテるかラ早くイコうヨ」
「うあぁぁぁぁああああああッッ!?!」
玄輝のユメノ世界に現れた偽物の信之が横に立っており、叫び声を上げてその場から駆け出して優菜と魔王の元まで走り出す。
「アメだよ」
「優菜ぁ! 助けてくれぇッ!」
男だというのに情けない声を上げながら優菜に助けを求める。しかし走っても走っても優菜の元へ辿り着かないうえ、玄輝の声が優菜の耳に届いていないのだ。
「アメだよ」
「何なんだよお前は…ッ!? 一体何なんだよぉッ!!?」
「アメだよ」
何を聞いてもただ「アメだよ」と同じ言葉しか返してこない。正気の沙汰じゃない少女が迫ってくるのを玄輝は恐怖を抱きながら剣を構える。
「アメだ……」
「うるせぇ!!」
玄輝は少女に向かって剣を何度も振り下ろすが、すり抜けるだけで効果が見えなかった。少女が迫ってくる最中に城内だというのに何か液体のようなものがポタリと剣を持つ手に落ちてきた。
「……!?」
真っ赤な血だ。真っ赤な血が豪雨のように辺り一面に降り注ぎ、玄輝の体を紅色に染め上げる。
「アメだよ」
少女の姿が黒い塊のようなものへと変化していく、玄輝はその光景を目にしてとある記憶が蘇った。レヴィアタンを倒した後に黒霧が楓へ見せていた写真のことだ。
「アメだよ」
その写真に写っていた黒い生物とそっくり…いやそのまんまの姿。これが一体何なのかを考える暇もなく、玄輝は黒い塊に包まれ、
「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」「アメだよ」
「うあぁあああぁあぁあぁぁぁあぁあ!!」
「メアだよ」
叫び声が消え去り、そこに何も残ることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…ここが優菜のユメノ世界、なのかしら?」
鈴見優菜のユメノ世界へと介入した神凪楓は辺りを見回して場所の確認をしたが、そこはただの大広間だった。扉も何もない、ただの大広間。あまりにも味気ないユメノ世界に楓は本当に優菜のユメノ世界なのかと疑心暗鬼になる。
「これはこれは、お客様ですか」
「……?」
その大広間の柱の影から姿を現したのは、翼が生え七色の光を発している若い男性だった。霰が読んでいた本の事を思い出し、その人物が悪魔であることを確信した楓は
「…あんたが七つの大罪の悪魔ね」
「ご名答です。これには私も驚きを隠せませんね」
紳士的な態度を振舞っている悪魔に対して、警戒を怠らない神凪楓は辺りに罠が仕掛けられていないかを確認する。
「何も小細工はしていませんよ。私は卑劣な手は使いたくないので」
「…あんたはこの人間の体を乗っ取ろうとしているのよね?」
「そうですよ。ああそれと申し遅れました…私は【色欲】を司る【アスモデウス】です。以後お見知りおきを」
ベルフェゴールやレヴィアタンとは比べ物にならないほどの強者。神凪楓は一瞬でそう悟り、銃剣を銃へと変えて銃口を向けた。
「私が来る前にここへ二人来ているはずよ。その二人はどこかしら?」
「それでしたらこちらをご覧ください」
大広間の奥にある祭壇。その上に木村玄輝と金田信之、そして鈴見優菜は寝かされていた。楓は目にした瞬間、鋭い視線をアスモデウスに浴びせる。
「私はあまり手荒な真似をしたくなくてですね…お二方は気絶させて優菜様の理想するゲームの世界に送り込んだのです」
「つまりここが本当のユメノ世界で…そこにいる三人が見ているのは偽りのユメノ世界ということね」
「その通りです。偽りの世界に長くいればいるほど、本当のユメノ世界のことも現実世界のことも忘れ…二度と目を覚ますことはないでしょう」
神凪楓は銃剣の引き金に指を掛ける。話している間にも木村玄輝たちの身に何が起きているか分からないからだ。今は一刻も早くアスモデウスをどうにかすることが先決だった。
「それにしても不思議なものです。あなた様はどうして私を見ても気絶しないのでしょうか?」
「……?」
吸い込まれるように神凪楓はアスモデウスの瞳へと視線を移す。七色に光る瞳、その瞳を見ていると意識が段々とボーっとしてきて……
「…!!」
神凪楓は自分の頬を強く叩いて意識を取り戻す。楓はアスモデウスの瞳を見るのは非常にまずいと考え、見ないように顔を下に向ける。
注意すべきは目なんだってよ。虚眼っていう瞳で人間を虜にして自殺に追い込ませたりもできるだとか…。
「あれが、虚眼…」
「おや? よく知っていますね。人間は誰一人知る者がいないと思っていましたが…」
(人間を虜にする瞳。厄介ね)
相手の顔を見ることさえ許されない状態で戦うのは半分目隠しをして戦うのと同等なこと。楓は銃剣の引き金を引いてアスモデウスへと発砲をする。
「狙いが少し甘いですね。ちゃんと前を向けば当たると思いますよ」
「あんたのその顔を吹き飛ばしてから前を見てやるわよ」
予測射撃をすればいつかは当たるはずだ。アスモデウスの注意すべきは瞳、それだけを最優先に注意して戦えば対等にやり合える。
「ふむ。では私からも少しながら攻撃を…」
アスモデウスは翼を広げると七色の光を更に強く光らせて辺りを眩しくさせる。神凪楓は薄目を開きながらアスモデウスの位置を確認して接近をし銃剣で斬りかかった。
「おや? 目を開けていられるんですか?」
「開けなきゃあんたを消すことができないからよ」
アスモデウスは発光を中断して楓の銃剣を右、左、上と飛び回りながら避け続ける。蠅のように鬱陶しいアスモデウスの動きを止めるために楓は銃剣を宙へ投げ飛ばすと
「これで逃げられないわよね!」
アスモデウスの背後へと回り込み、両羽を両手で掴むとそのまま引きちぎり踵落としで床へと叩き付けた。手ごたえを感じ、更に追い討ちをかけようと宙に投げ飛ばした銃剣を手に取り
「終わりよ!」
銃剣をアスモデウスの心臓付近に突き刺した。これも手ごたえはある…殺せなかったとしてもかなり損傷は与えられているはずだ。
「……なるほど、さすがベルフェゴールやレヴィアタンを倒しただけありますね」
「…!?」
銃剣が心臓に突き刺さっているというのに先ほどと変わらず平然と喋り始めるアスモデウス。神凪楓は銃剣を突き刺したまま、銃の引き金を引いて体内で何発も何発も発砲を繰り返す。
「…少し失礼します」
「ぐ…ッ!?」
アスモデウスは手を振り上げて神凪楓の頬に平手を食らわせる。楓は想像以上の威力に銃剣を手放して横へ数メートルほど吹き飛んでしまった。
「やはりあなた様はいつものポテンシャルが出せていないようですね。レヴィアタンの戦いの疲れが残っているように見えます」
「はぁ…はぁ…黙ってなさい」
アスモデウスの言う通り神凪楓は以前の戦いによる疲れが完治していない状態で優菜のユメノ世界へと乗り込んだのだ。普段は息が上がることのない先ほどの怒涛の連撃さえもかなり体に負担をかけてしまっていた。
「戦っても無駄だと思いますよ。今すぐ降参した方が身の為でしょう」
「ふざけるんじゃないわよ…!」
神凪楓はアスモデウスへと飛び蹴りを食らわせようと走り出す。アスモデウスは心臓に刺さっている銃剣を抜いて、向かってくる楓へと投げ飛ばした。
避けようと体を横にずらそうとした楓だったが、疲労の影響で足がもつれ回避することができず銃剣が腹部に突き刺さった。
「悪いことは言いません。私は善意であなた様に忠告しているのです。今なら見逃してあげましょう」
「だから、ふざけたこと抜かしてるんじゃ…ないわよ…ッ!!」
自らの力で銃剣を腹部から引き抜くと【再生】を使って傷を癒し始める。現状、疲労がかなり積み重なっている楓がその行為をするのは自殺行為に等しい。その様子を見たアスモデウスがやや首を傾げながら
「自分の身を滅ぼしてまでどうして私を倒して、この者たちを助けようとするのですか? あなた様の行動が理解できません」
「理解されなくていいのよ…! 人間はそういう生き物だから…!!」
神凪楓は歯を食いしばりながらその場に立ち上がり、銃剣を床に引きずりながらアスモデウスへと斬りかかった。アスモデウスは振り下ろされる銃剣を奪い取ると、神凪楓の両腕を奪い取った銃剣で斬り落とした。
「ぐぅッ…!?」
声にならない呻き声を上げて、その場に膝から崩れ落ちる。アスモデウスは銃剣を投げ捨てると神凪楓へと詰め寄って瞳を見ようとするが
「…まだ抵抗をするんですね」
アスモデウスの顔にヘッドバットを一発だけ打ち込むと、すぐさま立ち上がり距離を取る。両肩から下にあるはずの腕がなくなっており、血がポタポタと溢れ出し床を濡らしていた。
「……まだよ」
両腕を治すために再び【再生】を発動する。神凪楓はこれ以上【再生】を使用し続ければ現実世界に残されている体は限界を超えて死んでしまうことを分かったうえで戦い続けているのだ。
「私は、命に代えてでもあんたを倒さないといけないの…!」
神凪楓は自分を奮い立たせるように声を出すと、銃剣を強く握り限界に近い体を無理やり動かして床を蹴って走り出した。




