第30話【コンティニューはできますか?】
「…いよいよ魔王城に突入っスね」
鈴見優菜たちはついに目的地である魔王城の入り口まで辿り着き、緊迫した空気に包まれながらも武器に手を添えた。今まで通ってきた難所のどこよりも禍々しいオーラを感じる。
「絶対に勝つよ…みんな!」
優菜が魔法剣を天に翳したのを合図に全員武器を取り出して、魔王城の中へと足を踏み入れた。これが最後の戦いの始まりだ。玄輝は一呼吸入れると剣を強く握り直した。
(魔王を倒すために今まで戦ってきたんだ…最後の最後で負けるわけにはいかない…)
思えば長い日々だった。勇者である優菜と仲間のレイタや信之と出会うところから始まり、自分を強くするために様々な魔物を倒してここまでやってきた。
言葉にすれば大したことないかもしれない。けれど玄輝たちだけがその言葉の中に沢山の辛さや喜びが詰まっているのかを知っているのだ。
「…ゲンキ先輩、ガッシー先輩」
「ん? どうしたんだレイタ?」
「…この戦いが終わったら…お二人はどうするつもりなんスか?」
この最後の戦いが終わったら、そんなことを聞かれた玄輝と信之は急なことで呆気に取られてしまう。目的を達成すればそれは旅の終わりを意味する。いつもいた四人はバラバラになってしまうのではないか、レイタはそれを不安に思っていたのだ。
「おれは旅立ちの村で暮らすよ。あそこならのんびりとできそうだからな」
「んー…僕は気ままに酒場で演奏でもしながら残りの人生を楽しもうと思ってるよ?」
「オレも両親が大好きだった村を復興させるために頑張ってみるつもりっス。これでオレたち三人は何をするか決まっているんスけど…優菜さんはどうするつもりなんスかね」
優菜は勇者としての荷を背負って今まで旅をしてきた。それは玄輝たちの数倍のプレッシャーや苦しみを味わってきたことだろう。そんな勇者である優菜が目的である魔王を倒した後に何をするのか。三人は思えば優菜からそのような話は一度も聞いていなかった。
「酷いじゃないっスか。勝手に勇者にさせられて、旅をさせられて…魔王を倒したらもう用済み扱いっスよ」
「…おれたちが優菜に目的を与えてあげればいいんじゃないか?」
「え…?」
「勇者の優菜にじゃない。役目を持たないごく普通の優菜にだ」
レイタは玄輝の言葉を聞くと「…そうっスね」と納得したように頷いて
「それじゃあ…オレの故郷を復興させることができたらまた四人で旅しましょう! 今度は魔王討伐なんかじゃなくて【楽しみながら】世界を旅してみるんスよ!」
「おいおい…おれらはその後の人生を決めたばっかりだろ」
「いいんスよ! 人生やっぱり決められた道を歩くより、道なき道を歩く方が楽しいんスから!」
レイタの楽観的な言葉のおかげで玄輝とガッシーは緊張が解れ、表情が柔らかくなる。少し先を歩いている優菜が三人を見ながら首を傾げているため、後れを取らないように優菜との距離を縮めることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「はいこれプリン。お前好きなんだろ?」
「…え?」
私はコイツに自分の事を話した覚えは一切ない。プリンが好きだということを知っているのは私の兄である神凪零、そして幼馴染である西村駿だけだ。
(コイツに話したわね)
犯人は西村駿しかいない。コイツとよく話しているのを見かけていたこともあり、その説がかなり有力なものとなる。今度会った時に文句の一つで吐いておこう。
「体調はどうだ?」
「あんたが来てから悪化したわ」
「そうか。なら良くなるまで看病してやるよ」
神凪楓は雨空霰をどうも好きにはなれなかった。妙に馴れ馴れしいのも好きになれない一つの要因となるが、それよりも問題なのは
(私のことを見透かすような目よ)
雨空霰という人物に対して神凪楓は木村玄輝と同じ印象を抱いていた。すべてを知っているのに口に出すことなく、上から眺めて遊んでいるような態度や口調なのだ。
「それで…今日はとにかく色々あったんだぞ」
「聞かせてもらうわ」
「まずは鈴見優菜の周りに護衛が数人ついたことだ。おそらく父親の仕業だと思うけどな」
霰がスマホの画面を見せてきたため、楓は映し出されている写真を確認してみると言われた通り鈴見優菜の席の周りを黒いスーツを着た男たちが囲んでいた。
「ここまではいいんだが…問題はこの後だ。いざこざがあって内宮智花が鈴見優菜を学外へ連れ出した」
「…女子学級委員のアイツが?」
「ああ、鈴見優菜の家系を気にすることなく接していたのは内宮智花だけだったからな」
ユメ人になった人物は鈴見優菜の可能性が高い。鈴見優菜を守るように黒服の連中が取り囲むのには家庭で何かいざこざがあったからに違いないだろう。神凪楓は第一候補として鈴見優菜を頭の中でピックアップした。
「そこからだな。西村駿、白澤来、波川吹が鈴見優菜と内宮智花が捕まっている紫黒高等学校まで助けに向かった」
「…随分派手なことをしたわね」
「人気モデルと世界的財団の一人娘が誘拐されたなんて警察沙汰にしてみろ。もっと盛大で派手なことになるだろ?」
この判断を下したのは西村駿…昔から変わらず頭が回り判断力もかなりなものだ。楓は少しだけ自身の幼馴染の事が誇らしくなり、霰に気が付かれないように微笑した。
「何笑ってんの?」
「……わ、笑ってないわよ」
そうだった…この男の前で気が付かれないように何かをすることはできない。隠そうとすれば絶対に気が付かれる。私はぎこちない笑みをわざとらしく浮かべて顔を横に向けた。
「そんでさ、木村玄輝だけにじゃなくてどうして俺にもメールを送ってきたんだ?」
「…アイツだけじゃ頼りないと思ったからよ」
「へえ…でもその選択は間違っていなかったと思うぞ。あの三人だけじゃ紫黒高等学校から無事に帰ってくることはできなかったからな」
神凪楓は雨空霰の発言に違和感を感じ、しばらく沈黙する。そしてその違和感の正体が"自分と玄輝が連絡先を交換している"ことを知っているというものだと気が付き、
「…! ちょっと!? あなたがどうして私とアイツが連絡先を交換していることを知っているのよ!?」
声を荒げて、その理由を求めた。
「え? 何となくそんな感じがしたからだけど?」
何なんだコイツは…と神凪楓が額を手で押さえる。ただの勘であまり知られたくないことを当てられてしまっては頭を悩ますしかない。
「あなた、その性格だと嫌われるでしょ?」
「別に? 普段はこんな質の悪いことはしないからな」
だったら今も普段通りにしてくれと神凪楓は机の上に置いてある本に手を触れた。話はこれ以上する必要はない、目の前にいる霰には今すぐ帰ってもらうことにしようと楓は考えたが
「神凪は読書家なのか? 実は俺も最近読み始めた本があってさー」
「…あなたの読んでいる本に対して興味はないのよ」
雨空霰も鞄からブックカバーで表紙が隠された本を取り出して見せびらかす。楓からすればそんなこと心底どうでもいいため、塩対応をして無視をすることにした。
「このページとか見てくれよ。結構興味深くてさ」
「だから興味ないって…」
興味ないと断っているのにそれでもしつこく開いている本のページを見せようとしてくるため、仕方なくチラッと開いているページに少しだけ目を通す。
【七つの大罪】
「……!?」
そこに書かれていたのは今まさにユメ人を乗っ取ろうと企んでいる悪魔たちが描かれているページだった。神凪楓は一瞬だけ目を見開くとすぐに自分が持っている本で顔を隠す。
「どうしたんだ?」
そのページに写っている悪魔たちのイラストは神凪楓が今まで見て倒してきた実際の悪魔の姿と全く一緒だった。ベルフェゴールやレヴィアタンは本物を模写でもされたかのようにハッキリと描かれているのだ。
「…何か"心当たり"でもあったとか?」
「……違うわ。私は案外怖がりなのよ…だからいきなりそんなものを見せないでほしいわね」
神凪楓は咄嗟に大嘘をついてその場を乗り切ろうとする。雨空霰は軽く鼻で笑うと向かい側のソファーへと腰を下ろしてそのページを読み始める。
「【ベルフェゴール】も【レヴィアタン】も…面白い姿をしているよなー」
「………」
「この【アスモデウス】なんか体が七色に光って凄いぞー」
「あなたは…」
楓は霰に「全てを知っているのか」と聞こうとしたが、それをしてしまえば何かが終わってしまう。そんな予感がして寸前のところで口を閉ざしてソファーから立ち上がり、飲み物を取りに向かった。
「ちなみに【アスモデウス】は人間に幻覚を見せて、自分の思うがままに操れるらしい」
「…あっそ」
「注意すべきは目なんだってよ。虚眼っていう瞳で人間を虜にして自殺に追い込ませたりもできるだとか…」
一人でべらべらと喋り続ける霰を他所に楓はコップに天然水を注ぎ、一気に飲み干す。そしてこれからどうするかを考えていた。体は二日後に完治する予定…万全の状態になったら第一ユメ人候補の鈴見優菜のユメノ世界へと乗り込んでみよう。
「あ、そういえば言い忘れていたが…木村玄輝と金田信之も西村駿と同様に午後の授業へ顔を出していないぞ」
「…? それは本当?」
「嘘をつく必要もないだろう。木村は焦りながら自宅へ帰って、金田も玄輝の後を追うようにして帰宅していたな」
神凪楓の脳裏に嫌な憶測が過る。それは木村玄輝と金田信之が既に鈴見優菜のユメノ世界へ介入しているということだ。自分無しであの二人が戦えるわけがない、楓はコップを勢いよく洗面台に置くと雨空霰を帰らせることにする。
「悪いけどもう帰ってくれるかしら? これ以上滞在されると迷惑なのよ」
「そりゃあ悪かったな。俺も伝えることは伝えたしお暇させていただくよ」
「案外物分かりが良いのね?」
「まあそんな顔されたらな。帰らざる負えない」
雨空霰は自分の鞄を持つと帰宅するために玄関へと向かい始める。神凪楓は一応見送ってやろうと考え、玄関のロックを外した。
「じゃあな、無理はするなよ」
霰が背を向けて玄関から出ていこうとしたとき
「ねえ」
神凪楓が唐突に雨空霰のことを呼び止めた。
「あー? どうした?」
「…もしもの話よ」
「…何が?」
「もし変な話…あなたがすべての運命を背負っていたとしたら…どうする?」
楓はふとそんな問いかけをしたくなった。この人物ならば一体どのように答えるのかが気になったのだ。
「……そうだな。俺だったら『仲間に頼る』…かな」
◇◆◇◆◇◆◇◆
『ククク……よくここまで来たわねぇ?』
「気を付けてください! アイツは魔王の最高幹部…"ティナータ"ッス!」
玄輝たちは魔王が待っている扉の目の前の廊下で、アラビアンドレスを纏った女の魔物ティナータに進行を阻止された。レイタの「最高幹部」という言葉で三人とも気を引き締めるようにして武器を構える。
『お前たちを始末さえすればこの世界は魔王様のモノになるのよ。ここで無残に儚く散りなさい』
「やっとここまで来たっていうのにやられてたまるかよ…!」
木村玄輝が先陣を切ってティナータに剣で斬りかかる。それを合図に優菜や信之はいつも通り玄輝とレイタにバフをかけて援護をし、いつでも回復魔法が唱えられるように準備をした。
『アタシに攻撃が当たるといいわねぇ~』
「こいつ…回避能力が高すぎるだろ…!」
必死に剣を振り回してティナータに攻撃しようとするが、舞い落ちる木の葉のように動き回り華麗に玄輝の攻撃は回避されていた。
「ゲンキ先輩! オレが動きを止めます! その隙に叩いてください!」
レイタがダガーを逆手持ちにして構えながら、軽い身のこなしで玄輝の代わりにティナータに攻撃し続ける。一撃一撃に威力はないものの、盗賊特有の連撃の素早さにはさすがのティナータも苦戦しているようだ。
「ガッシー…! 私も加勢してくるから援護は頼んだよ!」
「うん、分かった!」
鈴見優菜は攻撃役を三人に増やして攻撃と攻撃の間の隙を埋める作戦を思い付き、魔法剣を手に掲げてティナータのいる元まで走り出した。
『小賢しいガキね…!』
「素早さなら誰にも負けない自信があるんスよ!」
「そこか…!!」
木村玄輝はレイタがティナータの注意を惹き付けている隙を利用して、背後へ回って剣を振り下ろして攻撃をする。死角からの奇襲はティナータも避けることができず、背中を斬られてその場に立ちすくんだ。
(ここが狙いだね…!)
優菜は魔法剣に魔物の弱点である光を纏わせて、行動ができないティナータへと斬りかかる。
「……! 優菜さん!!」
しかし優菜が斬りかかってくるのを待っていたかのようにティナータは黒魔法を詠唱し、黒色に染まった一本のナイフを優菜に向かって飛ばした。
(あのナイフは呪術の…!!)
このゲームの世界には【呪術】という特技が存在する。その特技は自分自身の生命力を削り、相手に呪いをかけるものだ。その中でも危険なものは当たれば即死する類のもので、ティナータが発動したのは5%の確率で相手を死に至らせる呪術で当たる確率は無に等しいのだが
(ティナータは自分自身の体力をギリギリまで削って確立を上げたんだ…!)
呪術のパッシブスキルというものに自身の体力を99%削り、次の攻撃を100%命中させるというものがある。ティナータはそれを利用して一人だけでも殺そうと考えていた。
(やばっ…! 即死回避の技なんて覚えてな――)
狙われれば回避のしようがない。優菜はその場に立ち止まり、迫ってくる黒いナイフを見ていることしかできなかった。
「優菜ぁぁ! 避けろぉぉ!!」
(ごめんねゲンキ。私はもうダメみたい…)
この四人の中で勇者をちゃんと狙ってくるなんて頭のいい敵だ、と賞賛をして魔法剣をしまう。当たる確率が100%なんて抗うだけ無駄なのだ。
「そんなことさせないっス…!!」
「無駄だよレイタくん。あの攻撃は私にしか当たらないんだから…」
それでもレイタは優菜を庇うようにして前に立ちはだかる。相手が狙いをつけたのは100%優菜であり、レイタが身を挺したところで何の意味もなさない。
「ぐあぁッ!?」
「…え?」
そう思ったのだが、黒いナイフは鈴見優菜にではなくレイタへと突き刺さる。目の前でゆっくりと倒れていくレイタ、優菜はすぐに体を支えて頭の中で状況を理解しようとした。だがゲームをやり込んでいた優菜でさえ何が起きたのか全く分からないままだった。
「優菜さ…ん」
「どうしてあのナイフがレイタくんに…」
「…これっスよ」
迫る死に抵抗するかのように力を振り絞りながらレイタが服の懐から取り出したものは
「これって…!?」
【パラディン】の証だった。職業の中でも上位職に位置するパラディンを何故下位職の盗賊であるレイタが持っているのか、優菜は訳が分からなくなり言葉を失ってしまう。
「そういえば言って、なかったっスね……オレ、両親を失う前…パラディンをやっていたんスよ。だから【かばう】が使えたんス」
「どうして今までそのことを黙って…」
「パラディンは誰かを守れるなんて、嘘だったんスよ。両親も…守れなかった…オレにパラディンの資格なんて、ないっスから」
玄輝と信之もすぐに側まで駆け寄り、レイタの様態を確認するが二人ともすぐにレイタはもう助からないと悟ってしまった。優菜はそれでもまだ諦めていないようで、ひたすらに回復魔法を唱え続けていたのだ。
「でも、パラディンをやっておいて、良かったっス…。優菜さんを守れましたから…」
「レイタくん! レイタくん……!!」
「優菜さん、ゲンキ先輩、ガッシー先輩…。魔王を、両親の仇を…後は、頼んだっス……」
レイタがゆっくりと目を閉じる。これから死ぬというのに満足気で悔いのない表情を浮かべていた。優菜も玄輝も信之も…共に戦ってきた仲間を失い、涙を流したい気持ちも湧き上がってくる。
『チッ…関係ないガキの方が死んだのね…』
「おらぁぁぁああああぁああ!!」
玄輝が雄叫びを上げながらティナータを剣で【一閃】する。怒りや悲しみを込めた剣の一振りはティナータの体を真っ二つに引き裂いた。
「【剣技 乱れ椿】」
そこへ追い討ちをかけるようにして優菜が魔法戦士特有の剣技を繰り出し、叫ぶ間も与えずティナータを木端微塵にする。
「あなたの撃破シーンなんて見る価値もない。だからスキップさせてもらうよ」
優菜はそのまま振り返ることなく魔王が待ち構えている扉へと歩き始める。玄輝も信之も口を開くことなく、ただ魔王を倒すことだけを考えて優菜の後に続くことにした。




