第28話【冒険をはじめてもいいですか?】
「…んん?」
木村玄輝は目を覚ますと村らしき場所のど真ん中で仰向けになって寝そべっていた。何が起きているのか一瞬分からず呆然としていたが、すぐに自分が何をしようとしていたかを思い出し体を起こす。
「早く優菜を見つけないと…!」
立ち上がって辺りを見回してみると、人らしき若い男性や女性が立っていた。玄輝自身のユメノ世界に現れた偽信之のように襲い掛かってくるのではないかと警戒をし、念のために剣を創造する。
(ガッシーの時はいきなり水の中に放り出されて死ぬかと思ったが…今回は至って普通だ)
手荒な歓迎をされるわけでもなく、ただ村の中に放り出されただけ。あまりにも何もしてこないため玄輝は夏虫疑氷状態になりつつあった。
「すみませーん…ここってどこですか?」
試しに絹を素材に作られている服を着た若い男性に声を掛けてみる。この男性は周りにいる人々の中で最も話しかけやすいように見えたのだ。
「ようこそ! 旅立ちの村へ!」
「へ? あの、その村ってここのことですか?」
明るく発せられたその返答は歓迎の言葉と村という単語。これが原因となり更に玄輝は混乱をする。取り敢えずこの場所がどういったところなのかを知るためにもう一度だけ聞き返すが
「ようこそ! 旅立ちの村へ!」
「え、いや…だからその村はここのことかって…」
「ようこそ! 旅立ちの村へ!」
その若い男性は同じ言葉しか喋らなかった。最初はからかわれているのかと思い腹立たしかったが…何度かよく聞いてみれば声のトーンが一切ずれることがない。まるで録音された声を再生しているかのように。
「まさか…"ゲーム"、だったりしてな」
根拠はいくらでもある。まず舞台が真白町の面影を残すユメノ世界ではなく、村へと変わっていること。しかもその村の名前が旅立ちの村。まるでこれから冒険が始まるかのような舞台なのだ。
それと同じ言葉しか喋らないこの若い男性。実際にゲームの大半は自分勝手に喋るわけではなくプログラムされた言葉しか喋らないのだ。
(それに)
鈴見優菜は大のゲーム好きなこと。玄輝と目を交わすことよりもゲームを優先させるほどの熱中ぶりなのだ。これならユメノ世界がゲームの世界となってもおかしくないだろう。
「…これはある意味面倒くさいパターンだな」
鈴見優菜がどこにいるのか、ユメノ使者である悪魔がどこにいるのか…それを考えれば以前の単純な思考を持っていたレヴィアタンよりも厄介なものだ。
「まさか、この物語を終わせろとでもいうのか?」
ゲームならばラスボスを倒してクリアすればそこでエンディングを迎えられる。旅立ちの村へ放り出されたのもそういう意味があるからではないのかと木村玄輝は考え、
「…楓を見習って情報収集だな」
<………情報収集中………>
「…大体わかった。普通にゲームだこれ」
世界を支配することによって人々を絶望に陥れようとしている魔王。その魔王を倒し世界を救うのが選ばれし勇者…つまり主人公だ。自分自身に何かしらのイベントのようなものが起きていないのを考えると勇者は別にいるらしい。
(まずは魔王を倒してくれる勇者を探すか)
村人に勇者の居場所を聞いても無駄だということは分かっている。ならばと先に進むには必ず通らなければならない村の外の一本道で待つことにした。ここで待っていれば見過ごすことも入れ違いになることもない。
(ここは優菜が創り出した世界だとすれば…悪魔はまだ何も手出しをしていないってことか?)
小細工のようなものは一切感じられなかった。むしろただのゲームとなれば優しすぎるほどだ。セーブもできてやり直しもできるとなれば…前よりも遥かに楽なものとなる。
「んー…?」
石の上に腰を下ろしながら待ちくたびれていると何か青色のゼリー状のものが近づいてくるため、目を凝らしながらよく見てみる。小動物にしては関節が無さすぎるようだが…
「…って!?」
ゼリー状のものが近くまで来た瞬間、視界がぐらりと回転して玄輝は片手に剣を持ちながらそのゼリー状の生物と向かい合っていた。
『ゼリィーが現れた』
「…は?」
玄輝の視線のやや上の方にそんなメッセージウィンドウが表示されて意味が分からず声を漏らす。
『ゲンキはどうする?』
その表示が終わると玄輝の顔の真ん前に『戦う・特技・防御・アイテム・逃げる』と表示される。これは【ロールプレイングゲーム】…RPGだ。玄輝はそうすぐに理解をして体を動かそうとするが
(なっ…!? 動かねぇ…!!)
ピクリとも動かすことが出来なかった。ジャンルが決められたゲームの中ではその行動以外は許されない。RPGとなれば戦うことさえ困難になるのだ。それはつまり敵の攻撃を回避することも出来ないことを意味する。
「こうなりゃやけくそだ!」
玄輝は戦うというコマンドを選択してゼリィーへと剣を振り下ろす。不思議なことに玄輝自身の意志で体を動かしているわけではなく、体が勝手に動いて行動を起こしている状態だった。
『ゲンキはゼリィーに攻撃! ゼリィーに12のダメージ!』
ゲームはあまりやったことがない玄輝だったが、序盤で12という数字は中々なものだろうと軽く胸を張っていた。そして、玄輝のターンが終わり次はゼリィーの攻撃ターンだ。
『ゼリィーの攻撃!』
(…のっそのっそ歩いているな。こんな奴の攻撃避ければいいだろ)
ゼリー状で小動物ぐらいの大きさの生き物に体当たりをされて痛いはずがない。玄輝は安心しながらゼリィーの攻撃を待っていると
『34のダメージ!』
「ぐは…ッ!?」
玄輝の繰り出した攻撃の三倍近くあるダメージを叩き出してきた。それだけでなく感じる痛みも見た目とは裏腹にかなりのものなのだ。
(な、なんでこいつはこんなに強いんだ…? それにこんなの何発も食らっていたら本当に死んで…)
ふとコマンドを選ぶメッセージウィンドウの逆側へ視線を逸らしてみる。そこには自分の残り体力が見え…
「残り体力が、後一桁…!?」
体力の上限が38、そして現在残っている体力は4。玄輝は考えが甘かったことを自覚させられた。以前の時とはかなり舞台が違うものの、殺すつもりで来ているのには変わりないのだ。
(やべぇ、このままじゃ)
ゲームの世界のこの痛みが本物ならば、この世界での死は本物を意味する。ユメノ世界で死ねば、二度と現実には戻って来れない。今回の悪魔は鈴見優菜を上手く利用して、玄輝の事を始末しようとしているのだ。
「えい!」
『ゼリィーに540のダメージ! ゲンキたちはゼリィーを倒した!』
死ぬ瀬戸際、掛け声と同時に三桁のダメージ表示が見えるとゼリィーが跡形もなく消滅して、その場から消え失せた。戦闘が終了したことによって再び視界が暗くなり石の上に腰を掛けている状態へと戻る。
「た、たすかった…もう少しで本当に死んでいるところだった」
序盤であんなダメージを叩き出せるのは勇者以外考えられない。ナイスタイミングで勇者に助けてもらった玄輝は感謝をしながら顔を上げる。
「勇者…お前をここでずっと待っていたん……だ……?」
「あれ? もしかして玄輝?」
そこには勇者…ではなくユメ人となったはずの鈴見優菜が魔法使いらしい格好に身を纏い立っていた。
「優菜か…!? お前どうしてこんなところに…!」
「…へ? 何でって言われても…」
「お前は悪魔に捕まっているんじゃなかったのか!?」
七つの大罪の悪魔が鈴見優菜をエサにして助けに来た連中を釣るつもりなのだろう、そう考えていた玄輝はエサとなっているはずの優菜が目の前にいることが信じられなかった。
「悪魔って何のこと? 私はただこのゲームの世界で遊んでいるだけだよ」
「…ここはただのゲームの世界じゃない。ユメノ世界なんだ…悪魔が優菜の体を乗っ取ろうとしていて…」
「なんだかんだ玄輝も楽しんでいるんだねー。設定なんて作っちゃってさ」
分かってはいたが一ミリも信じてもらえないようだ。今すぐにでも説得をしなければ、警戒心ゼロの鈴見優菜を殺すことなど容易くなるだろう。
「優菜さーん!」
「あ、レイタくん」
「もぉー! すぐにどっかに行くんスから!」
優菜の名を呼んでこちらへ近づいてきたのはダガーを腰に添えている若い青年。NPCにしては優菜の名前を呼んだり、怒ったりと少し人間らしさが垣間見える。
「えーっと…? この人は?」
「私と同じクラスメイト…じゃなかった。同僚だよ」
「へぇー! 優菜さんの仲間なんっスね」
声を聞いても姿を見ても全く意図が読めない人物だ。NPCじゃないのなら一体誰なのか、ユメノ世界に介入できるのは自分と楓だけのはずなのだ。
「この子は仲間のレイタくんだよ。魔王を倒す旅の仲間なんだ」
「……魔王を倒す…? それなら優菜が勇者なのか?」
「そうだよ。あの強さを見て分からなかった?」
ここは現実世界じゃなくユメノ世界だ。すべてが幻の世界。それなのに…何故だろう。鈴見優菜は現実世界よりも生き生きと、自信を持って生きている感じがする。
「玄輝も一緒にここを乗り越えて、次の町へ行こうよ」
「いいっスね! 仲間は多い方が助かるッス!」
(何なんだこれは。目的は魔王を倒すこと? 違うだろ…このユメノ世界にいる悪魔を倒すことが目的だ)
それでもユメノ世界の管理人であるユメ人の鈴見優菜とはぐれるわけにはいかない。玄輝は渋々了承し後を付いていくことにした。
「ゲンキ先輩は職業何なんスか?」
「職業…?」
「え? ステータスで見れるよ?」
優菜にメニュー表示の出し方を教えてもらい、ステータスを確認してみると
【職業 冒険者】
とメッセージウィンドウに表示されている。どうりでその辺にいるゼリィーの雑魚でさえ倒せないわけだ。
「次の町で転職したら?」
「色々職があるんで試してみるといいっスよ」
(おれはこんなことをしている場合じゃねぇのに…)
そういえばベルフェゴールは呼び出せるのだろうか。玄輝はそれが気になり優菜たちに聞こえない声で「ユメノ使者」と呟く
(…姿を見せない? 何でだ? 姿を現すことぐらいは出来るはずじゃ)
「どうしたの玄輝?」
「…いや、何でもない。早いところ次の町へと向かおう」
木村玄輝は町へ向かう道中で何度もベルフェゴールを呼ぼうするのだが声すら聞こえない。無視しているとも考え難い。玄輝が死ねば自分も消滅すると言っていたことを踏まえて考えれば先ほどゼリィーによって死にかけた時、本当だったらすぐにでも助けに来るはず…
「着いたよー! 城下町ー!」
「おお! デカいっスね!」
(優菜ってこんなキャラだったか…?)
自分の理想の世界に来ているからかと玄輝は自己解決し、周りにいるNPCらしき人物を一人一人見定める。この中に悪魔がいて今でも優菜を狙っている可能性が十分にあり得るのだ。
「まずは仲間が欲しいよね。私たちは今三人パーティーだから後一人…酒場でいい人がいるかも」
「四人でパーティー組むのオレの夢だったんスよ! くぅー! 楽しみっスね!」
レイタと優菜が楽しそうに歩いている後ろで木村玄輝は怖い顔をしながら辺りを警戒していた。今のところ何もしてこない。ごく普通のRPGゲームを進めているだけだ。
「あれっ? 酒場に人が集まってるよ?」
「ほんとっスね! ピアノの音が聞こえるってことは演奏会でもしてるんスかね」
(…ピアノ?)
確かに酒場の方からピアノ音が微かに聞こえてくる。メドレーのように弾かれている曲のジャンルはクラシックで絞られているが…玄輝はどこかでその演奏曲を聞いたことがあった。
「おーやってるやってる!」
「おれ、最前列で見てくるわ」
「え? 玄輝、ちょっと待って……」
優菜とレイタにそう伝えた玄輝は人混みの中を無理矢理通ってピアノのあるステージ上まで向かう。木村玄輝はある憶測を確かめようとしていたのだ。
(俺の憶測が正しければ…)
ピアノの音色が近くになるにつれてその憶測は確信へと変わり始める。このピアノの音色にこの曲…玄輝には聞き覚えのあるものだった。
「…ガッシー! やっぱりお前だったか!」
「あ、玄輝! やっと見つけてくれたの?」
ステージの上では元ユメ人として優菜の夢に介入してきた金田信之がいつも通り笑ながら手を振っていた。




