第26話『暴力はダメなんですか?』
校舎の壁一面に落書き、地面に捨ててあるゴミの山…最悪を象徴する紫黒高等学校の校門前に西村駿、白澤来、波川吹は立っていた。
「…こっちから手は出すな。正当防衛が通じる瞬間に反撃しろ」
敷地内へと入りゆっくり歩き出す。運動場とは言い難い場所を歩いて下駄箱へと向かう最中に至る所から視線を感じた。不良の巣窟と化している中に三人で足を踏み入れれば恰好の的だ。
「あぁ? 何だテメェら?」
「ここに俺らの女子生徒が二人いるはずだ。今すぐ引き渡してくれないか?」
「ハハッ! 取り返しに来たのか? たった三人で?」
ぞろぞろと至る所から凶器を持った不良たちが姿を現す。怯えさせるつもりだろうが、西村駿たちにはそんなものは通じない。
「二度は言わない、今すぐ俺らのクラスメイトを返せ。事を大きくしたくないのならな」
「いいねぇ…肝が備わっているじゃねぇか。返してほしいのなら俺に付いてきな」
「…分かった」
反抗すれば自分達だけでなく優菜たちに何をされるか分からない。それを見越したうえで三人は言われた通りにすることしかできないのだ。
(……酷い学校だ)
西村駿たちはリーダー格と思われる不良の後を付いていく。歩いている最中にバラバラに割れている窓ガラスや破壊されている教室のドア。それらが目に入ったが想像通りの最悪加減だったため三人は大して驚きもしなかった。
「ほらこの教室だ。とっとと入れ」
「…!」
教室の中には紐で腕と足を縛られ、口をガムテープで塞がれた優菜と智花が寝かされていた。優菜の方は気絶をしているようだが、智花は駿の目を見て必死に何かを訴えかけている。
「…こんなことをしてただで済むと思っているのか?」
「こんなことって言われてもねぇ? まだ俺たちはなーんもしてねぇぜ」
「どこまでもふざけた奴らだ…」
西村駿は悪意しか感じさせない発言を聞き、思わず言葉を吐き捨てる。白澤来も波川吹の表情にもやや怒りの感情がこもっていた。
「俺たちはこれからこの二人を利用してお金儲けするつもりだからよぉ? 悪いんだけど今日の所は大人しく帰ってくれや」
一人の不良が西村駿に煙草の煙を吹きかけながら、肘を肩に置いて引き返すよう促す。一切表情を変えることのない西村駿は一呼吸置くと
「肩からその肘を降ろせ」
「あぁん?」
「今すぐその薄汚い肘を降ろせって言っているんだ」
交渉決裂、そう判断した西村駿は相手から殴らせようとその不良を挑発し始める。力ずくでの解決、それしか優菜と智花を救い出す手段はないのだ。
「何だとテメェッ!!」
不良が吸っている煙草を投げ捨てて駿のネクタイを掴み上げる。相手から手を出したその瞬間に
「その薄汚い手も駄目だ」
「グェ…ッ!?」
掴みかかってくる不良を力強く押すと、追撃に横蹴りを食らわせて窓際まで吹き飛ばした。それを合図に白澤や吹も智花と優菜を助け出すために駆け出す。
「この野郎ッ!!」
白澤に向かって一際体の大きい不良がバットで殴りかかる。だが白澤は幼い頃から習っていたボクシングのスウェーで回避をし、右拳によるアッパーを顎にクリーンヒットさせた。
吹はその隙を狙って智花と優菜の元まで辿り着き、口に貼られているガムテープを剥がす。
「吹くん…! 優菜ちゃんが! 優菜ちゃんが目を覚まさないの!」
「どういうことや? 気絶してるだけじゃないんか」
「違うの…! 私がどれだけ体を揺らしたりしても全然気が付かなくて…」
「そういう話はもう少し静かな場所でしてくれないか!」
西村駿が飛びかかってくる不良たちを一人ずつ気絶させながらそう叫ぶ。この不良たちは技術は皆無だがなんせ数が多すぎるのだ。体力が尽きるのも時間の問題だった。
「吹! 智花! 優菜を担ぐ準備をしろ! 俺と白澤は吹の援護をしつつこのまま逃げるぞ!」
多勢に無勢。このままここで粘っていても意味がないため、少しずつこの学校から逃げ出さないといけない。吹と智花が目を覚まさない優菜に片方ずつ肩を貸しながら小走りし始める。
「白澤! 俺らは援護だ!」
「オーケー!」
逃がさまいと追いかけてくる不良たちを駿は脚、白澤が拳で一人ずつ潰していく。着実と不良たちの数は減っているが、それでもまだ湧き出てくるためキリがない。
「クソがァ!」
「智花…!」
「あ…」
教室から飛び出してきた不良が内宮智花に向かってバットを振り下ろしている光景が目に入った駿はかすれた声で智花の名を呼んだ。しかし突然の事で智花も体が動かずその場に硬直してしまう。
「――ぅッ!?」
「……え?」
内宮智花の前に立ちはだかった白澤来は反射的に両腕でバットを受け止め、ミドルキックで不良を蹴り飛ばす。何とか智花を庇えたのはいいが、人間の腕では丈夫な金属バットの衝撃を受け止めきれない。
それを知らせるように痛みと共に前腕骨が嫌な音を立て、両腕を震わせながら白澤来はその場に立ち膝をつく。
「白澤ッ!!」
「白澤くん! 大丈夫…!?」
「流石に俺一人はキツイぞ!」
智花が急な出来事に声を荒げながら白澤の顔を覗き込んで心配をする。白澤と駿の二人で何とか耐えられていたものの、白澤が再起不能になってから不良たち全員を駿が抑え込まないといけないのだ。
そうなればダムが決壊するようなもので無理に等しかった。
「…ッ!!」
「おおん!? 何するんや! 放せ!」
智花たちが不良たちに拉致をされてしまい、西村駿は助けようと接近するが
「おっと? 近づいたら手が滑っちゃうかもなぁ?」
(智花たちを人質に取ったか。こういう時だけ頭が回るやつらだ)
不良たちはポケットナイフを智花、吹、優菜に突き付けて人質に取る。それを見た駿は足を止めて白澤の様子を窺がいどうにか打破できないかと考えるが
(…動けないか)
前腕骨にヒビが入っているのか、腕を少しでも動かすだけで苦痛に顔を歪めている。こんな状態じゃ白澤は動くことすら出来ない。西村駿は打つ手なしかと半ば諦めかけた時
「ならこれで手は滑らないな」
そんな声が人質を取っている不良たちの背後から聞こえると、殴打音が数回聞こえポケットナイフを持っていた不良たちが次々と倒れていく。
「助太刀参上!」
「全く。言われ通りに来てみればとんだ厄介事に巻き込まれてるな」
不良たちの背後から姿を現したのは西村駿の先輩である朧絢と月影村正だった。何故ここに?と尋ねたかった駿だったがそんな事より今は真白町へ校舎の外へ出ることが先決だと考え
「白澤! 立てるか?」
「…何とかな」
「んじゃまあ…俺らは援護してやるよ」
智花と吹は再び優菜に肩を貸し、駿は白澤の援助をしながら小走りで階段を駆け下りる。その道中に殴り掛かってくる不良たちは絢と村正が一瞬で床へと沈めていた。
「このぐらいじゃ全然物足りないぜ」
「…考えずにやれるから楽でいいと思うが…」
「いいや足りない足りない。妖怪とか悪魔とかいないのかよ?」
先輩二人が不良たちを一網打尽にしていく姿など想像がつかなかった西村駿は少し疑問に思ってしまった。それは何故この二人はここまで喧嘩慣れをしているのかだった。背後から不意をつく鈍器による強打さえまるで見えているかのように軽く避けていたのだ。
(…いや"喧嘩"慣れなんかじゃあそこまでやり合えない)
――あの先輩たちは"戦い"慣れているんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ…何とか落ち着いたな」
「助かりました。絢先輩、村正先輩」
絢と村正による援護のおかげで無事に逃げ出して真白町へと帰ってくることができた駿たちは、辺りの安全確認をすると急いでスマホの番号を押して救急車を呼んだ。
「優菜がまだ目を覚まさへんけど…おかしいんちゃうか?」
「どうしよう…優菜ちゃんはこのまま意識が戻らないままになるんじゃ…?」
神凪楓の兄である神凪零のように植物状態へと陥るのではないかと内宮智花は不安に押しつぶされそうな声を出す。意識不明が原因で病院へ入院している患者が多く存在する真白町は、それが十分にあり得るため否定はできないのだ。
「大丈夫だ、死んではいないんだからな。きっと明日には目を覚ますと思うぞ」
「…本当ですか?」
「おう! そんなに心配するなって! 後は"アイツら"に任せておけばいいさ!」
アイツらとは一体誰を指すのか…それを駿は先輩二人に聞こうとしたがちょうど救急車が駆け付けたため、聞けずしてそのまま白澤と優菜の付き添いで救急車に乗り込んでしまう。
「今日はありがとうございます。本当に助かりました」
「気にするな」
「怪我した友達にもお大事になって伝えておいてくれ!」
村正と絢が感謝を述べる西村駿にそう返答をすると、タイミングを見計らって救急車がサイレンを鳴らしながら走り出した。街角を曲がり救急車の姿が見えなくなるのを確認した絢はスマホで番号をタップする。
「もしもし? お前の頼み通り手助けしてやったぞ」
『助かる。…何か変わったことはあったか?』
「そうだな…駿の友達が前腕骨をやられたことと…優菜って子が目を覚まさないことぐらいだ」
『…目を覚まさない。なるほど、どうりで木村"たち"の姿が見えないわけだ』
「俺らは取り敢えずちょっくら気になることがあるから調査しに行くわ」
『ああ分かった。くれぐれも目立つ行動は控えるように』
朧絢は通話終了画面をタップすると後ろポケットにスマホを仕舞う。そして何か考え事をしている村正に爽やかな笑顔を向けながらこう言った。
「今から少し遠出をするぞ」
「…は? どこに行くんだよ?」
村正は若干嫌そうな声を上げているが、朧絢は半ば強引にでも連れていくつもりなのだ。そこまでして連れていきたい場所。それはm
「そりゃ決まってるだろ。"東雲桜の家"だよ」
思い入れが深く、最も顔を合わせたくない生徒会長の家だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、どうやら何とか事は収まりそうだな」
授業が終わり自宅へと帰ってきてくつろいでいる雨空霰の側で、雨氷雫がしばらく霰の顔を見つめていた。
「…何だよ?」
「呑気にしている場合? 鈴見優菜のユメノ世界は今頃大変なんでしょ?」
履いている黒のニーソックスを椅子に座って脱ぎながら霰に無愛想な顔を向ける。言われた通り【鈴見優菜】のユメノ世界では悪魔が介入して激しい戦いが繰り広げられているはずだ。
「ああ大変だろうな。でも俺らは担当外…そんな表情筋ダイヤモンドかよって思わせる顔を向けられてもやることは……」
「うるさい」
雫が脱いだ黒ニーソックスを霰に向かって投げつける。霰はそれらを片手で流れるようにキャッチすると近くの洗濯かごの中に投げ入れた。
「もし木村玄輝たちが負けたらどうするの?」
「その時はその時だ。俺らで現実に出てきた悪魔とやらを"叩く"」
「…でもユメノ世界で殺されたら木村玄輝たちは…」
雫がそう言い終える前に霰が机の上に置いてあるキャンディーを手に取り、雨氷雫の頭に向かって投げて直撃させる。痛くはないが雫は若干不機嫌そうな顔をしていた。
「……すべてを救うことなんて不可能。俺らがそれを一番よく理解しているはずだろ」
「…でも」
「お前に慈悲の心が芽生えたなんて……"アイツら"が聞いたらどう思うんだろうな」
雨空霰、雨氷雫、朧絢、月影村正は過去に痛いほど現実の非道さを知った。力があればすべてを救えるなんて嘘だということ、すべてに愛されすべてを救える英雄なんてアニメやゲームの中の話だということ…
浅はかな考えを持っていた甘い自分たちのせいで何人もの仲間を失ったのだ。
「…でもそういう霰だってプラスにもならない人助けをしていたでしょ?」
「あー聞こえない聞こえなーい」
霰が耳を塞ぎながら大声を上げて二階へと上がっていく。雨氷雫は机の上に置いたままの霰のスマホの画面を開く
「やっぱり」
ホーム画面の壁紙はいつしか仲間たち全員で撮った写真だった。確かに霰は残酷な考えを持ったり冷酷非道なことをする。それでも何よりも仲間を…友人を…"私"を大切にしてくれるのだ。
(私は知っている。霰が私の為に全てを捧げてくれたこと…)
だからこそ朧絢も月影村正も私も…最後まで戦って抗って世界に未来を取り戻すことができた。
(…霰)
霰のスマホを胸の前で強く握りしめる。この行為を何度したのかは覚えていないがこうしていると胸が締め付けられるような気持ちになるのだ。
「あースマホを下に置き忘れ…」
「…!」
「あ?」
霰の声が聞こえてくると雫は瞬時にスマホを机の上に戻す。ポーカーフェイスを保ちながらソファに腰を掛けて、霰のいる方へと背を向けた。
「お前、今俺のスマホを…」
「触ってない」
「いやまだ何も言ってないんだけど」
雫は霰に見えないようにほんの少しだけ笑みを浮かべながら、テレビの電源を入れるためにリモコンへ手を伸ばした。




