第25話『友達って何ですか?』
黒服の男たちに気を取られて誰もが授業に集中できない時間が続き、気が付けば昼食の時間になっていた。木村玄輝は弁当を取り出していつも通り金田信之と共に適当に駄弁りながら話をする。
「…あの、すみません」
信之と会話しつつ黒服の男たちの隙間から優菜の様子を窺がっていると内宮智花が黒服の男の一人に声を掛ける。水越先生からの忠告を無視するつもりなのかはたまた天然さを発揮して理解していなかったのか…どちらにせよ話しかけるという行動自体あまり良くないものだ。
「私…優菜ちゃんと一緒に昼食を食べたくて…」
黒服の男たちに話しかける内宮智花を見て、西村駿たちを含めた生徒全員に緊張が走る。玄輝自身も金田信之の話よりそちらの方が気になり弁当のおかずを摘まむ箸を止めていた。
「……駄目だ」
「で、でも少しぐらいなら…!」
「智花ちゃんやめて…!」
内宮智花が無理やり黒服の間に割り込もうとしたため、揉め事が起こると思ったのか黙りこくっていた鈴見優菜が珍しく声を荒げた。
「…もう私と関わらないで」
「どうして…? 何があったの優菜ちゃん…!」
それでも智花は諦めることをせず果敢に黒服の男たちの間に割って入ろうとする。
「っ!?」
「智花ちゃん…!!」
その瞬間、黒服の男たちの目つきが変わり智花を手で払いのけ吹き飛ばした。近くの机に背中から体を打った内宮智花は苦痛に顔を歪める。
「おい…! なにしてんだよ!!」
それを見ていた白澤来が席を立つと黒服の男たちに掴みかかる。普段から笑顔だった白澤が怒りを露にする姿を見るのは西村駿でさえ初めてだったことで辺りが静まり返った。
「一度だけしか言わない。今すぐその手を離せ」
「だったら今すぐ智花に謝れ…! 今のはどう考えてもやり過ぎだ!」
「白澤くん…! お願い! この人の言うことを聞いて!」
黒服の男の忠告を聞かず、胸倉を掴んだまま謝罪を要求する白澤を見た鈴見優菜は必死に止めようとする。しかし相当頭に血が上っているのか優菜の言葉は白澤来の耳に届いていなかった。
「忠告はした。歯向かう者がいた場合の対処を行う」
「――がはッ!?」
胸倉を掴まれている黒服の男が白澤の両肩に手を置き、鳩尾に膝蹴りを入れた。白澤来は突然の事で防ぐ間もなく直撃したことにより、口から唾液を吐いて咳き込みながらその場にうずくまる。
「白澤!」
これには西村駿も黙って座っているわけにもいかず、うずくまっている白澤来の元まで駆け付ける。クラスで仲が良い二人が出ているからか波川吹も駿と同様に白澤の元まで向かい始めた。
木村玄輝は金田信之に「俺たちは知らないフリをするぞ」と巻き込まれないように釘を刺そうとしたのだが
「…ってアイツも行きやがった!」
既に信之は席を立って黒服の男たちの近くまで歩み寄っていた。どうにでもなれと玄輝も信之の後を追いかけて駿と白澤の近くまで小走りで向かう。
「何をしている?」
「私はきちんと忠告をしただろう? それなのにソイツは聞かなかった…だからすべき対処をしたまでだ」
相手は悪い評判しか聞かない鈴見グループが雇っているボディーガード。抵抗しようものならば何をされるか分からない。そう考えた駿は白澤と智花の容態を見て、黒服の男たちの向こうにいる鈴見優菜へ視線を向ける。
「……ごめんね」
優菜はたった一言だけ西村駿に伝えると再び暗い表情を浮かべながら俯いた。波川吹は白澤来を、西村駿は内宮智花の怪我の心配をしていると
「……!!」
気を抜いた黒服の男たちの間をかき分けて、智花が鈴見優菜の手を無理矢理引っ張りそのまま教室から飛び出した。
「智花!」
鈴見グループの一人娘を監視下の中から勝手に連れ出すことは一大事。それを見た西村駿は騒ぎを広めまいとすぐに後を追いかけていく。白澤、吹も事の重要さを感じたのか、智花の後を追いかけるために教室を後にした。
「玄輝! 僕たちも行こう!」
「は? 何でおれらが…」
「ほら早く!」
無関係の木村玄輝は他人事のように自分の席へ戻ろうとしたが、金田信之に腕を引っ張られることによって走らざる負えない状態となってしまう。
他の生徒も事の成り行きが気になるのか次々と教室を出ていく中で、黒服の一人が連絡を入れる。
「優菜お嬢様が誘拐された…! 至急増援を!」
「おい! 私たちも追いかけるぞ!」
外部への連絡を一人に任せ、他の黒服の数人が教室を出ていこうとするが
「そんな切羽詰まるなって」
雨空霰が出入り口の前に立ち塞がった。もう一つの入り口は雨氷雫が塞ぎ込み、黒服の男たちを閉じ込める形となる。
「私たちの邪魔をするならただじゃおかないぞ! 痛い目を見たくなかったら今すぐそこをどけ!」
「痛い目ってどんな"目"なのかな?」
「こいつ…!」
一人の黒服が霰に向かって右の拳で殴り掛かる。大柄の体をフルに活かした馬鹿力が籠もっている拳。その拳を霰は、
「なんだとっ…!?」
軽々しく手の平で受け止める。只者じゃないと間髪入れずに膝蹴りを繰り出そうとしたが既に遅かった。霰はいつの間にか黒服の手首を掴み、目の前にそびえ立つ巨体をその場にねじ伏せたのだ。
「悪いけどここは通せない。お前たち全員…ここで少し眠ってもらうよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「智花ちゃん…! どうして…!?」
内宮智花は鈴見優菜の手を引っ張りながら学校を飛び出し真白町の裏通りへと連れてきた。この行動には優菜も理解ができず呼吸を乱しながら智花に問いかける。
「…だって、ここなら優菜ちゃんと二人で話せるから…」
「違うよ! 私が聞きたいのはどうしてそこまでして私のことを気にかけて…」
「そんなの…"友達だから"に決まってる…!」
友達だから、優菜にとってその言葉は何よりも嬉しい言葉のはずだった。しかし今の優菜には心にも響かないうえ揺らぐことさえ耳障りな言葉だった。
「だったら放っておいてよ! 私は誰も巻き込みたくないの…! 普段は助けてくれないのにこういう時だけ「友達」なんて上っ面の言葉で助けようとして……! 今更遅いんだよ! 遅すぎるんだよ!」
「優菜ちゃん」
そんな返答をされるとは思いもよらなかった内宮智花は何も言い返せない。確かに考えてみれば鈴見優菜は普段からどこか苦しそうにしていた。智花はそのことを分かっていたはずなのに「見て見ぬふり」をしていたのだ。
「お父さんも…お母さんも…智花ちゃんも…! 誰も私の気持ちなんて分からないんだよ! 知ったふりもいい加減にして!!」
「……」
「こんなことならいっそのこと…」
そう言い終える前に鈴見優菜の口が何者かの手によって塞がれる。内宮智花も突然のことで状況を理解できずに立ち尽くしていると、背後からガムテープによって智花も口を塞がれ声が出せなくなってしまう。
「こんな所に女の子二人で来ちゃあダメだよぉ?」
暗がりから姿を現したのは黒色の制服を着たガラの悪い高校生。智花と優菜は制服の校章を見てすぐに何者なのかを察することが出来た。
(この人たち…紫黒高等学校の…!)
誰かに助けを求めようと智花は暴れ回るが、人通りの少ない路地ではそれは意味をなさない。あまりにも人通りのない路地裏へとやってきてしまった自らのミスに思わず目を瞑る。
「お? もしかしてこいつ人気モデルの智花ちゃんじゃね?」
「それにこっちは鈴見グループの一人娘じゃん」
こんなことになってしまったのは自らの選択ミス。鈴見優菜を巻き込んでしまった浅はかな自分を許してくれと優菜へと視線を送る。
(優菜ちゃん…?)
優菜も目を瞑っている……いや完全に気を失っているようだった。あの一瞬で気が遠くなるほどのショックを受けたのだろうか。内宮智花はこんな状況にも関わらず一人で思考を巡らせていた。
「こいつ、気を失ってやがる。お前が俺らの教室まで運べ」
「へへっ…分かった」
「くれぐれも変なことをするなよ。こいつを人質にすればいくらでも金が手に入るんだからな」
紫黒高等学校の生徒は犯罪慣れをしていると聞いたことがあった智花だったが、平然と鈴見グループを敵に回そうとしているのには驚きを隠せなかった。ただ単にこの不良たちが無知だけなのかもしれない。
――どちらにせよ、いち早くこの事態を収めないといけない。
(でも…どうすれば…)
◇◆◇◆◇◆◇◆
「吹…! そっちの校舎はどうだった?」
「おらへん! どこに行ったんやあの二人!」
「こっちもいない…!」
木村玄輝と金田信之が駿たちを見つけた頃、事の大きさは予想していたよりも深刻なものだった。校舎内をいくら探し回っても内宮智花と鈴見優菜の二人が見つからないのだ。不思議なことに後を追いかけてくると思っていた黒服の男たちは一人たりとも姿を見せないため、木村玄輝は少し安心しながら駿に声を掛ける。
「優菜たちがいないのか?」
「…玄輝か? お前がどうして…」
「勘違いするな。おれはこのアホに無理やり連れてこられただけだ」
信之の肩を強めに叩きながら自分の意志ではないことを主張する。駿は軽く鼻で笑いながら「そうか」と納得をすると
「恐らく優菜たちは校舎外のどこかにいるはずだ。今は人手が欲しい状況に変わりはない。お前たちも探すのを手伝ってくれ」
「うん。いいよ」
「おい、おれはそんなの御免なんだが…」
ただ様子を見るために追いかけてきただけであって探すのを手伝おうとしたわけじゃない木村玄輝は、駿からの頼みを断ろうとしたその時、
「……?」
ポケットに入れていたスマートフォンにメッセージが届く。玄輝は周りに見られないように一歩後退りしてから画面を表示させて確認した。
(…楓から?)
メッセージの送信者は神凪楓からだった。玄輝の方からメッセージを送ることはあっても、楓の方からメッセージが送られてくることは珍しいことでありすぐに内容に目を通してみると、
『七つの大罪が誰かの夢の中に介入したわ。私は動けそうにないからあなたがユメ人になっている人物の目星を付けて私に教えなさい』
(今かよ!? まるで狙ったかのようなタイミングだなおい!)
ユメ人になっている人物を探せと言われても目星すらつかない。前回は偶々信之が狙われただけであって、次も身近の人物が狙われるわけではない。その証拠に今日欠席していたのは神凪楓、ただ一人だけ。それはつまり自分達とは関係ない人物が狙われているという結論に繋がる。
『…それとさっき女子学級委員と鈴見グループの一人娘が、制服を着た頭の悪そうな連中に紫黒町へと連れていかれていたわよ』
「マジかよ」
「どうしたの玄輝?」
紫黒町の連中と聞いて、玄輝は紫黒高等学校の不良たちを思い浮かべる。もしあの不良組に捕まったのなら、あの二人の権威なども大きく関わりこれは大事件となるだろう。
「…おれの友達によると優菜たちが制服を着た奴らと一緒に紫黒町へ行くのを見たって…」
「…それは本当か?」
「ああ、本当だ」
西村駿は玄輝からその話を聞くと、少しだけ考える素振りを見せる。考えなくても警察を呼べばいいだろと玄輝は口を挟みたかったが、怖い顔をして考え事をしている最中に声を掛けられるはずもなくただ黙っていることしかできない。
「…警察沙汰になれば真白高等学校の評判が下がる。それに加え原因は二年一組の生徒と来れば…例の学園長の手によって退学もあり得るな」
「ほなどうするんや? このまま見過ごすんか?」
「いや…俺が助けに行く。お前たちは俺がいない理由をどうにか誤魔化しておいてくれ」
おいおいまさかこいつは殴り込みに行くつもりか?と玄輝は冷や汗をかく。紫黒高等学校に顔を出すことはすなわち暴力沙汰を起こすことだ。しかも相手のテリトリーの中を一人で突き進むのは無理に等しい。
「おいおい…お前一人だけに任せられるわけがないだろ? オレも一緒に行くぜ」
「わいも付いてくで。三人の方がまだ安全やろ」
「…分かった。恩に着る」
じゃあ僕もと言いたげな金田信之の腕を引っ張り、発言を阻止しながら木村玄輝は
「じゃあ俺らが先生に伝えておく。何かあったら連絡してくれ」
「…あぁ、頼んだ」
それだけ伝えると信之を強引に二年一組の教室へと連れ込もうとする。それに不満を抱いている信之は
「ちょっと玄輝…! どうして僕たちも行かないの…!!」
と何度も木村玄輝に文句を言うが、前にボコられた奴が戦力になれるはずがない。ただの足手まといになる。玄輝はそう考えたうえで信之を付いていかせるのを阻止したのだ。
「ガッシー。七つの大罪の悪魔が今、誰かの夢の中に介入しているんだ」
「えぇ!? つい最近僕が狙われたばっかりなのにもう来たの!?」
「…だから誰がユメ人なのかを考えろって楓に言われた。現実の事はアイツらに任せればいい。おれらは夢の中担当だ」
神凪楓は行動不能。今、悪魔と対峙できるのは玄輝だけだった。その事実がより一層木村玄輝を焦らせているのだ。前は楓がいてくれたからどうにかなったものの、今は頼れる楓がおらず自分ただ一人だけ。悪魔とやり合えるのかという不安だけが募る。
(…考えろ。よく考えれば悪魔が狙う人物の特徴が掴めるはずだ)
ユメ人になる原因は現実に嫌気がさしたから。それは玄輝も信之も同じことだった。ユメ人になる前に絶対に何かしらの揉め事がある。それでもこんな真昼間に悪魔がユメ人へ介入することも、この時間帯にユメ人になる人物が現れるのも初めてだ。
「……?」
スマートフォンにまたしてもメッセージが届く。駿か楓からだろうと玄輝はポケットから取り出して送信者を確認する。
「…送信者…不明?」
連絡先に登録されていない人物からのメッセージというだけで嫌な予感がした。優菜たちが攫われたタイミング、悪魔がユメ人を狙っているタイミング…その二つが重なった状態での送信者不明のメッセージ。
『鈴見優菜がユメ人だ』
「……!!」
――鈴見優菜がユメ人となった。そのメッセージにはたった一文だけそう記されている。
『家では喋れない分、こういう時に発散しないとね』
『みんなは私がこのビルみたいに高く見えるのかな』
鈴見優菜が不意に発していたその言葉を思い出し、頭の中ですべてが繋がったと同時に玄輝はすぐに下駄箱の方へと走り出す。
「ちょっと! どうしたの玄輝!?」
(あの時からだ…あの時からユメ人になる予兆は見え始めていたんだ…!!)
今日が恐らく優菜にとって最も現実から逃げたくなる瞬間。今まで募りに募っていたものがすべて破裂したのだ。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのかと玄輝は自分自身の過ちを悔やむ。
(行くしかねぇ…! 優菜のユメノ世界に!)
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…へえ。鈴見たちが紫黒高等学校にねぇ?」
雨空霰は山のように積み上げられている気絶した黒服たちの上へ腰を下ろしてスマホを弄っていた。雨氷雫もまた同じように座り、霰の隣でボーっとしながら窓の外を見つめている。
「……誰からそれを聞いたの?」
「神凪からだ。この様子だとかなり面倒くさいことになっているらしい」
霰はその場に立ち上がり、スマホを裏ポケットにしまうと一人の黒服の男から通信端末を抜き取って外部へと連絡を始めた。
『本部へ通告。優菜お嬢様は無事保護をした。増援を至急取り消してくれ』
『本部から、保護ご苦労だった。増援を至急こちらへ呼び戻す』
相手が通信を切ったことを確認すると、霰は通信端末を床に叩き付けて破壊する。雫も他の黒服の男たちの連絡手段を断とうと一人一人の携帯電話などを破壊し始めた。
「…これで時間は稼げるだろう」
「これからどうするの…?」
「俺たちはこいつらをトイレにでも隠して教室に残るぞ」
黒服の男たちを引きずりながらトイレへ向かう、雨空霰を見た雨氷雫は再び窓の外を見る。
「安心しろ。今日は"偶然休みだった先輩二人"を向かわせた。後はあの二人に任せておけばいい」
「…そう」




