第24話『ゲームをしたらイケナイんですか?』
「……」
鈴見優菜は学校を終えるといつも通りゲームセンターで時間を潰して誰も待っていない自宅へと帰宅した。リビングには書置きだけが置いてあるだけで父親は優菜の帰りを待っていない。
[ご飯は自分で考えて食べなさい]
その書置きを優菜は握り潰してゴミ箱へと捨てる。母親が亡くなってからというものの父親は仕事ばかりに力を入れて鈴見優菜のことを見ていなかった。幼い頃から暮らせるだけの費用を渡され今まで家に独りで過ごしていた優菜は親からの愛を知らないのだ。
(ゲームしよ…)
そんな鈴見優菜が逃げた先はゲームの世界だった。ゲームの中の主人公は様々なキャラクターに愛され、親しまれている。そんな主人公を操作して物語を進める優菜はまるで自分が主人公かのように現実から遠ざかりもう一つの世界にいられる感覚を覚えていた。
魔王『貴様一人で私を倒せるとでも思うか?』
主人公『私は皆から力を、勇気を貰ったんだ。だから…あなたをここで倒す』
物語も終盤にかかりラスボスと主人公の一騎打ちが始まる。べたべたな展開だが、鈴見優菜はこのありきたりだが熱くさせてくれる展開が好きだった。何よりも仲間の言葉によって主人公が成長していく姿を見ていると目が離せなくなってしまうのだ。
(このラスボスは何をしてくるんだろう…?)
優菜は今までの経験を活かしてラスボスの攻撃パターンを考察する。初手のターン、相手は必ず自分の決め手の『特殊技』を繰り出してくると予測をし、優菜はカーソルを『防御』に合わせて選択をした。
『主人公は次なる攻撃に備え防御の構えを取った』
(…何が来るかな)
『魔王は手を掲げ、力を溜めた』
予想は大きく外れた。なるほど…力を溜めてから攻撃してくるタイプの敵だったのか、と優菜は次こそ来たる大技に備えて再び『防御』を選択する。
『主人公は次なる攻撃に備え防御の構えを取った』
画面の向こうで主人公は防御の構えを取っているのに対し次のラスボスによる攻撃は
『魔王は手を振り下ろし溜めていた力を解放した』
優菜の予想通りの大技が繰り出された。主人公は防御をしているため体力は大して削られない…
『主人公は999のダメージを受けた』
「え?」
…はずだった。防御をしていれば大抵の攻撃は防げるはずなのだがこちらの行動関係なしでカンストに値するダメージの量をラスボスである魔王は叩き出してきたのだ。
『主人公は倒れた』
GAME OVER
画面に大きく表示されているその文字を見た鈴見優菜はコントローラーを机に置く。攻略の鍵が見えない、どこかで重要なアイテムを見逃しているのか、防具をもっと鍛えておくべきなのか…優菜は試行錯誤を繰り返すためにおやつのドーナツを口に加えると再度コントローラーを手に握った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「うおおお!? そこでそのハメはないだろぉっ!?」
「…このゲーム、かれこれ二時間はやってるんだから少しぐらいは回避を学べよ…」
朧絢と月影村正は雨空霰と雨氷雫が住んでいる一軒家へと遊びに来ていた。建物面積が30坪ほどあるこの一軒家は霰と雫の二人だけでは使い切れないほどの広さを備え持っているため、朧絢や月影村正が暴れ回って騒いでいて丁度いいぐらいなのだ。
「…昔からそのゲームほんと好きだよな」
三年前に発売した古い部類の対戦型アクションゲームをやっている村正と絢を見た霰がリビングの椅子に座りながら呆れるようにそう呟く。村正はコントローラーを握りながら視線を一瞬だけ霰に向けると
「まあ…俺は飽きているけどな。勝てるまでやろうとするこいつがあまりにもしつこくて」
画面の向こうで絢の使っているキャラクターを吹き飛ばしながら溜息をつく。雨空霰は楽しそうに叫び声をあげている絢を見て苦笑いをし、台所の冷蔵庫の前で何かを悩んでいる雨氷雫の元まで歩み寄る。
「…で、お前はさっきから何を悩んでいるんだ?」
「ねぇ霰。私のシュークリームは?」
「シュークリーム? …見覚えはないが」
「冷蔵庫に入っていたシュークリームならさっき絢が食べてたぞ」
村正のその発言を聞いた瞬間、雨氷雫がまな板の上に置いてある包丁を手に取るとゲームに夢中の朧絢へと飛びかかる。
「ちょっ…!? ぬ、ぬわぁぁぁぁあ!!」
「確実に殺す」
絢に本気で包丁を振り下ろして殺そうとしている雫を見た村正は巻き込まれないようにコントローラーを静かに置いて霰のいる場所まで避難する。朧絢は雨氷雫の包丁を避けながらリビング中を駆け回って逃げていた。
「…村正。絢がシュークリームを食べたって話は本当か?」
「勿論嘘だ。ああでもしないと絢はいつまで経っても諦めないから仕方がないだろ」
「そのせいでもう一人諦めの悪いアホが暴れ始めたけどな」
「シュークリーム何て俺は知らねぇって!!」
走りながら自分が食べていないことを主張している絢の声が聞こえていないのか、雨氷雫は包丁を手放すことなくむしろ強く握りしめて絢を殺す気でいた。
「……」
「霰、最近考え事をよくしているが…何かあるのか?」
「あー…気にするな。そんなに大したことじゃない」
雨空霰はそう村正に伝えると片手にスマホを取り出し、朧絢と雨氷雫の一波乱が収まるのを見届けながら神凪楓へとメッセージを送ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…嘘。全然勝ち筋が見えないよ」
鈴見優菜はあれからあらゆる手段を用いてラスボスを倒そうと試みた。防具の強化、スキルによる防御強化や回避行動…自分の知識と経験を活かして様々な方法を模索して試したが全く打開策が見えず、三ターン目のラスボスによる攻撃で倒されてしまうのだ。
「もしかしてバグ…? でもこんなバグってどんな公式のサイトにも載ってないし…」
攻略サイトを見れば一発で打開策が分かるが、優菜にとってそれは愚策でありゲーム好きのプライドを汚す許せない行為だったため決して目を通すことがなかった。一応バグの情報が載っている公式サイトなどをちゃんと確認したが、ラスボスの攻撃パターンによるものは掲載されておらずこの状態がゲームとして正しいものだということを再認識させられる。
(どうすればいいの)
優菜はコントローラーを机に置くとドーナツを食べながら頭を捻らせて必死に考える。重要なアイテムの取り逃しやイベントの見逃しを再確認するべきかもしれない。鈴見優菜の頭の中ではそれが原因として考えるしか他ならなかった。
「一からやり直そうかな…」
このゲームは一度進めば前のマップや町へと戻ることは不可能な類のものだった。セーブファイルは一つだけしか保存できずアイテムやイベントを一度でも逃せば最初からやり直さなければならないのだ。
『んー? 最近発売したあのゲームのラスボス?』
『うん。霰君はもうクリアした?』
『ああもうしたよ。あれはまさかの攻略法だったなー』
優菜はゲーム友達でもある雨空霰に連絡をして進行状況を聞いてみると既にクリアしたという返信をされ、鈴見優菜はより一層頭を抱えることになり、スマホを思わず放り投げてしまう。
「…優菜、何をしているんだ?」
「え、お父さん?」
この時間帯に帰ってくるはずのない父親がリビングへと顔を出したため呆気に取られてしまうと同時に、ゲーム機を隠そうとコントローラーとゲーム機本体を急いでしまう。
「……なるほど。私の稼いだお金でこそこそとこんなものを買っていたわけだな」
しかし今更隠しても遅かった。厳格な性格の父親は自分の一人娘が遊び更けていると知ればただでは済まそうと考えていない。
「これは…その……」
「言い訳をするつもりか? この私に?」
優菜はうんともすんとも口に出すことが出来ない。何故なら鈴見優菜は父親から生活費として貰っていた費用の半額以上を遊ぶためのゲームに費やしていたからだ。親には学業に励むための教材を買っていると伝えていたがそれは真っ赤な嘘だった。
「私がお前の監視の目を緩めたことが間違いだった」
鈴見優菜の父親が眉間にしわを寄せながらスマートフォンを取り出してどこかへ連絡をする。それを見た優菜は気まずい空気の中、逃げるようにして自分の部屋へと足早に向かい始めた。
(無理だよ)
自分にとってラスボスのような存在である父親。私はまだラスボスに立ち向かうまでのレベルに達していない、武器も防具も強いものを装備していない。倒すことのできない相手を前にして逃げ出している自分を優菜はゲームに例えて正当化していた。
(…お父さんは私のことを分かっていない)
私が何をしても褒めてくれない。何をしても認めてくれない。自分の娘だというのにあの父親はなんて薄情な奴なんだ。どうせ私のことなんて自分の財団の跡継ぎにすることしか考えていない。こんな家系に生まれたくなかった。私は何も悪くないのに…この家系のせいで生きていくことが辛くなってしまう。
「私は…どうすればいいの」
――教えてよ、お母さん
◇◆◇◆◇◆◇◆
(あー…またガッシーと夜更かししちゃったよ)
木村玄輝は重い瞼を何とか開きながら二年一組の教室までの廊下を歩いていた。実力テストも近いはずだというのに勉強もせず金田信之と通話をしながら駄弁っていたため、徐々に近づくテスト日に玄輝はかなり焦りを感じ始めていた。
(楓は今日も休むんだよな…)
ガッシーをなんとか助け出せたものの、今回の悪魔との戦いによる神凪楓の負担の量は大きかった。楓はユメノ世界で『再生』の能力を使い過ぎたことによって、体に過度な疲労を与えてしまったのだ。
(一週間もあればどうにかなるって…もしその一週間の間にまた悪魔が誰かを乗っ取ろうとしたらどうすればいいんだよ)
玄輝はテストと悪魔に対して不安を抱きながらも教室の扉を開くと
「うおっ…!?」
サングラスに黒いスーツを着た大柄の男たちが立っていた。玄輝は突然視界に入ってきた男たちに声を上げて一歩後退りしてしまう。
「何してるんだ玄輝? 早く教室の中に入れ」
背後から西村駿の声が聞こえると背中を押されながら大柄の男たちの横を通る。駿はこの状況を理解できているのか驚くことなく平然とした顔で玄輝の背中を押していた。
「…優菜のボディーガードだ。挙動不審になるなよ、何をされるか分からないからな」
黒服の男たちに怪しまれないよう、いつも通りの自然な動きで駿は木村玄輝に小さな声でそう伝える。優菜のボディーガードと聞いた玄輝はバレないように優菜の方へと視線を向けた。
「………」
黒服の男たちの隙間から暗く生気のない目をした鈴見優菜の顔が見えた。普段肌身離さず持っているスマホすら見当たらない。
「…どうして急に護衛なんか?」
「……さあな」
駿は黒服の男たちに良い印象は抱いていないらしく、少々不機嫌な声色で返答をすると窓際で話している白澤来と波川吹の元まで向かう。玄輝もまた自らの席に着いて何をしようか考えていると
「やあ。おはよう玄輝」
「おお! ガッシー!」
金田信之がいつものように玄輝へ挨拶交じりに話しかけてきた。ユメノ世界も現実世界でも変わる様子のないガッシーを見て少しだけ安心をしていた。
「玄輝、これ僕が最近作った曲なんだけど聞いてくれない?」
「おーいいぞ」
ガッシーからイヤホンを受け取り耳に装着するとゆったりとしたピアノの伴奏が流れ始める。
「この曲のタイトルは白季時にしようと思っているんだ」
「どういうイメージで作曲したんだ?」
「『だから僕は歩き続ける』っていうイメージかな。ユメノ世界で色々と分かったこともあるから…」
玄輝は信之が自分を見つめ直してくれたことに内心喜びながらふと視線を廊下の方へと向ける。そこには心配そうに優菜の背中を見つめている内宮智花の姿があった。
(…そうか。優菜は唯一智花とだけ仲が良かったから心配しているのか)
家系を気にすることなく接してくれる智花は優菜にとって友達と呼べる存在だった。それが今になって両親の手により阻害されようとしているのだ。
「…どう?」
「ん? ああ、いいと思うぞ。これはお前にしか作れない曲だ」
「え? それって感想なの?」
信之が何とも言えない顔をして玄輝を見る。正直、玄輝は金田信之の曲を聴いているどころじゃなかった。最初は気にしていなかった鈴見優菜のことが今になり気になって仕方がないのだ。内宮智花の様子を見るだけでも充分煽られるような感覚を覚えていた。
「全員席に着けー!」
いつも通り水越先生が教室へと顔を出す。全員が着席をするとやはり優菜を取り囲んでいる黒服の男たちがよりいっそう目立ってしまっている。
「えー…今日は鈴見の両親から学校に連絡があってな。しばらくこの方たちが付き添いをするそうだ」
水越先生も気まずそうに話している。流石の真白高等学校といえど鈴見グループの言う事には従うことしかできないのだ。
「あまり気にかけずにこれから過ごしてくれ」
黒服の男たちを含め、鈴見優菜のことを気に掛けるな。両親に何をされるか分からない。それが水越先生ができる精一杯の注意だった。
「………」
その教室にいるほとんどの者がこう考えた。
【鈴見優菜の両親が手を出してきた】。それは例の学園長が姿を現すかもしれない体育祭よりも厄介なこと。集中を乱す原因、クラス士気の低下…様々なマイナス要因が募りに募って二年一組はより居心地の悪いものになってしまう…と。
(あー、帰りてぇ)
(…シュークリーム食べたい)
ただ唯一雨空霰と雨氷雫だけが何一つ変わらぬ状態で水越先生の話を聞いていた。




