第23話『駿と楓は幼馴染だったんですか?』
「…あ、おはよう西村君」
「おはよう。相変わらず早いな東雲」
西村駿は残っている生徒会の仕事を終わらせるために朝早く学校の生徒会室へ訪れると、生徒会長の東雲桜が机に向き合ってペンを走らせていた。駿は生徒会長と挨拶を交わして自分の持ち場へとつくと、書類を鞄から取り出して桜へと手渡す。
「これ、体育祭の予算の書類だ。昨日家でまとめておいた」
「ありがとう西村君。相変わらず仕事が早いね」
「そういう東雲はどうなんだ?」
「全然終わらないから半分諦めてる……」
机の上には体育祭の仕事以外にも様々な書類が散りばめられており、一週間かけても終わる量とは思えなかった。駿はそれを見計らい机の上にある書類を半分手に取ると自分の机へと置いて、一通り目を通し始める。。
「この量を全部一人では片づけられないだろ? 俺が半分受け持つよ」
「え? 本当にいいの?」
「東雲一人に押し付けられないからな」
生徒会役員は八人いるはずだが、生徒会室に姿を見せるのはほぼ東雲桜と西村駿だけだった。
「…今度俺がダメ元で黒百合先輩たちに言ってくるよ。生徒会の仕事を手伝ってくださいって」
「大丈夫だよ西村君。黒百合先輩たちは自分の進路が関わっているんだから仕方ないんだよ」
先輩たちの仕事の分も上乗せされて桜に対する負担が大きくなっていたのだ。それを知っている駿は何度も黒百合たちを説得しようとしたが、少しも話を聞いてくれなかった。校内にも派閥があり自分より上の学年の先輩には駿も桜も敵わないのだ。
「それなら生徒会役員を増やすのはどうだ? あの先輩たちがいない分を集めれば…」
「わたしもそれは考えたけど…入ってくれる人なんているのかな…?」
「俺が来れそうなやつを探してみるよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「よお駿、生徒会の仕事は終わったのか」
「ああ、取り敢えず半分はな」
二年一組の教室へ戻ると白澤が待っていたかのように駿の元へと近寄ってきた。手にサッカー部の練習メニューを握りしめながら顧問から聞いた今日の練習の詳細について話し始める。教室の後ろの方の席では普段通り木村玄輝が本を読んで授業までの時間を潰していた。信之が入院中となれば玄輝には話せる相手がいない。だからああやって本と親しんでいるのだ。
「駿、ドラムの譜面これでええか?」
「後で確認しておくから机の上に置いといてくれ」
「分かった。ほなオッケーだったら教えてくれや」
駿は白澤から練習メニューについての詳細を聞き終えると次に吹が確認してほしいという譜面に目を通しながら内宮智花を探して声をかける。
「智花。女子から何か体育祭の案は出たか?」
「ううん、これといってまだ何も出てないよ。駿君の方はどうなの?」
「いや…俺の方も全く意見が出ていない。皆テストで良い点数を取ろうと必死なんだろうな」
そんな駿も全く良い案などは浮かんでいなかった。やるべきことが多すぎるというのも一つの原因だが、何よりもクラスメイトが頻繁に休んでいる状態ではまともに議論も出来ないのだ。今日も金田信之に加え神凪楓も休みなのか教室の中に見当たらない。
「よーし! 全員席に着けー!」
担任の水越先生が昨日とは見違えるほど明るい声で教室の中へと入ってくる。何か良い事でもあったのだろう、と駿は自分の席に着いて引き続き吹に頼まれた譜面をチェックする。特進クラスということもあって周りにいるほぼ全員が教科書を読み込んだり、ノートを自分好みに見やすさを重視してまとめていた。
「いい知らせだ! 信之が意識を取り戻したらしい! 今日は退院の手続きもあって来れないが、明日には来れるようだぞー!」
駿は信之と仲が良い玄輝の反応をばれないように確認する。全く驚いていない。驚いていないというよりも"それを元々知っていた"かのような顔をしている。少しだけ仲がいい白澤や吹でさえ安堵しているというのに何故かなり仲が良い木村玄輝が表情一つ変えないのかが駿は不思議で仕方がなかった。
「神凪とは今日やっと連絡が取れてなー。起きているのも辛いほど体調が優れないらしい」
楓はたまに体調不良で欠席をしているが、大体三日で口にマスクを着けて復帰してくる。勿論楓が欠席したからと言ってこのクラスの半分以上が楓の連絡先を知らないので心配すらされることがない。完全に孤立している神凪楓をどうにかクラスの輪に入れたいと駿は前々から考えていた。
(霰に相談してみるか…)
その後はテストが近いことや体育祭のことを話して朝のホームルームはすぐに終わってしまった。駿はホームルームが終わるとすぐに玄輝の元へと向かい声をかける。玄輝は歓迎していないような表情を浮かべて駿のことを見上げる。
「良かったな。ガッシー明日には来れるらしいぞ」
「ああ、そうだな」
「…お前ガッシーの意識が回復したのを知っていたのか?」
「なわけないだろ。どうしてそう思うんだよ?」
から笑いをしながらそう駿に返答をする。幼馴染だからこそ駿には分かっていた。玄輝は嘘をついているのだ。既に玄輝がガッシーの件について知っているという考察が当たっているとするのならその情報を一体どこから仕入れたのかがまた不可解な点だ。
「勘だ。気にするな」
「…何だよ」
玄輝の心底うんざりしているような声色を聞くと駿は無駄に追及をすることなくすぐに話を切り上げ、吹へ確認と訂正をし終えた譜面を渡しに行くことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、行ってみるか」
「…西村君? 今日はどこかに出かけるの?」
部活と生徒会の仕事を終えて辺りも薄暗い夕暮れ時。校内を出た駿がいつもと違う方向へと歩き始めたため、桜が呼び止めて行き先を尋ねる。駿は玄輝がそれを知っていた理由としてまずある人物が怪しいと睨んでいたのだ。
「――トラのお見舞いに行くんだ」
「えっ? トラちゃんの家に行くの?」
「体調不良なんて珍しいからな。少しだけ様子を見に行くだけだよ」
神凪楓。根拠は玄輝のことを好いているという話と信之が休みになった次の日に学校を休む不自然さ。例えば自分の知らない何かを楓は知っていて、それを玄輝に共有をしているのではないか。駿はそう考察したのだ。
「…わたしも付いていっていいかな?」
「それは問題ないが…用事とかは大丈夫か?」
「うん。今日は何もないし…」
桜も来てくれるのは駿にとって好都合だった。自分ひとりで訪ねたら追い払われる可能性もあったが、桜が来てくれることによって楓も追い払いにくくなるのだ。駿は同行を了承して桜と共に楓の家へと向かった。
楓の家はさほど遠くない。歩いて10分程度の場所にある。大型ゲームセンターと真逆の方向だ。桜と喋りながら歩ているとあっという間に楓が住んでいるマンションの前まで辿り着く。
「トラちゃんってマンションに住んでいるんだー!」
「ああ。トラは一人暮らしをしているんだ」
駿はマンションのエントランスに入るとセキュリティでロックがかかっている二重扉を通るために、楓の住んでいる部屋番号を押して楓を呼び出す。普通ならスピーカーでその部屋の主が用件を確認したうえでロックを解除するはずだが一言も声を発せられずすぐにロックが解除されて扉が開いた。
「お早いことで」
駿は小さくそう呟くと桜を連れてエレベーターへと乗り込み七階のボタンを押す。桜は楓と会うことに対してそわそわしている。仲良くできるか心配なのだろう。
「…さてと。部屋はこっちだったはず…」
エレベーターから降りると思い出しながら角を曲がって楓の部屋番号を探す。家賃の高いマンションなのか至る所に防犯カメラが設置されていた。
「ここだな」
駿は最も隅にある玄関の前に立ってインターホンを鳴らす。桜は駿の隣で髪や身だしなみを整えようとしていたが、それを待つこともなく玄関の扉がゆっくりと開いて隙間から楓が不機嫌そうな顔だけを覗かせた。
「……何の用よ?」
「見舞いだ。体調は大丈夫か?」
心配している駿の顔を楓は少し下から見上げると、隣にいる桜へと視線を移す。見られた桜はあたふたしながら言葉を選ぼうと頭の中を働かせるが緊張しすぎて何も出てこない。
「…入りなさい。真白高等学校の生徒会長と人気者のあなたがこのマンションで見かけたなんて話が出たら私が困るから」
楓はため息をつきながら扉を開いて駿と桜を中へと招き入れる。楓は黒のキャミソールに上着を羽織り、ショートパンツを履いているという寝間着姿だった。駿と桜はお邪魔しますと一声かけて中へと上がる。
「トラちゃんの部屋って広いんだね…」
3LDK程の広さの部屋のほかに三つほど洋室があり、洗濯物が干されている窓の先にはバーベキューが出来そうなバルコニーも付いていた。楓一人だけでは持て余すほどの広さだ。
「家賃高いんだろ」
「ええ。まあそれなりにね」
「家賃はどうしているんだ?」
「……あなたに話す義理はないわ」
リビングにあるソファへ座らされると楓は向かい側にあるソファへと腰を下ろして栞を挟んでいた本を手に取って読み始める。
「私の体調不良の原因は疲労よ。だから休めば大丈夫。はいこれで終わり。さっさと帰りなさい」
「まあそう言うなよ。他にもお前に聞きたい話があるんだ」
「……どうせロクな話じゃないわ」
「お前ってさ…玄輝のことが好きなのか?」
「…はあ? 何で私がアイツのことを好いていると思うのよ?」
本から視線を外して顔をしかめている楓を見た駿はもう一押しと更に問い詰める。
「ノートの右下に木村玄輝って書いていたんだろ? トイレでガッシーと玄輝が話しているのを聞いたんだ」
「あれはアイツの嘘よ。私は名前を書いた覚えなんてないわ」
「本当か?」
「本当よ」
「本当の本当か?」
「うるさいわね。しばくわよあんた」
駿は楓が嘘を付いているようにも思えないためあの話は嘘だったということにして記憶から抹消することにし、最も気になっていたことを聞くことにする。
「ガッシーが意識を取り戻したらしいぞ」
「へえ、そう」
「…もしかして知っていたのか?」
「知っていても知らなくてもそもそも興味がないからどうでもいいのよ」
「玄輝も元々知っていたかのような反応をしていたが…」
「興味ないわね」
何度か揺さぶりをかけようとしたが楓は失言を全くする気配がない。駿は自分の考察が間違っていたのではないかと自信を無くし始める。そんな時に今まで黙っていた桜が
「トラちゃん…! 疲れているなら横になった方が良いよ! わたしが看病してあげるから!」
「は?」
「東雲、トラは…」
駿は止めようとしたが足取り軽くキッチンへと向かい始める。やる気になった生徒会長を止めることはその場にいる人気者の駿でも完璧超人の楓でも無理だった。
「どうしてくれるのよ? 面倒ごとが増えたじゃない…」
「悪い楓。東雲はお前と仲良くなりたいから張り切りすぎているんだ」
「……私を下の名前で呼ばないでくれる?」
「ちゃんと人前では隠してるんだからいいだろ」
「あなたにはほんとウンザリさせられることばかりよ、"駿"」
「…昔を思い出すな」
自分の名前を呼ばれた駿は昔を思い出すように目を瞑る。駿と楓は幼稚園に入る前からの幼馴染だった。家が隣り同士なこともありよくおままごとやボール遊びなどをして遊んでいたのだ。楓がとある事情で家を引っ越すことになったりして小学校は別々だったものの、時々楓と会ってよく話したり遊んでいたりしていた。
「あの頃は楽しかったな。三人でよく遊んだよ」
「そうね」
よく遊んでいた三人のうちの一人の中に楓の兄である神凪零もいた。歳が一つ上で楓だけでなく駿にとっても兄のような存在だったのだ。楓の兄は世話上手で駿と楓が喧嘩をしたり、怪我をしたりすればすぐに駆け付けて何とかしてくれる頼もしい兄だった。
「まだ目を覚まさないのか…?」
「…ええ」
楓が俯き答えづらそうに小さく呟く。あれから何か月、何年待っても目を覚ますことがない。駿と楓は病院で倒れている兄を見て幾度も涙を流したことを思い出す。
「…私はいつまでも待つつもりよ」
「そうだな。俺も今でも信じて待っている」
「トラちゃーん! お粥が出来たよー!」
しんみりとした空気が漂う中、桜の明るい声がそれをかき消すようにリビングへと伝わる。駿は楓に視線を送るとやれやれと言いながらもお粥を持った桜の元へと向かった。
「…まあ美味しいんじゃない?」
「ほんとっ!? まだあるからどんどん食べてね!」
美味しいという評価を貰った桜は喜びのあまりおかわりを求めていない楓のお椀にお粥を入れようとする。楓はそこまで食べないことを知っている駿がそれを静止させる。
「東雲、それじゃあ次は腹を壊すだろ。トラはこれだけで十分だ」
「えー、でも余ってるし…」
「あんたたちで処理しなさい。人の家に上がり込んで食材を勝手に使ったんだから残すのは論外よ」
楓にそう言われた桜と駿は渋々お粥を食べ始める。その間、楓はお風呂へ行って汗を流していた。桜と普通の話をしながら時計を見ると夜の九時を回ってしまっていることに気が付き、髪を乾かしながらお風呂場から出てくる楓に桜が声をかける。
「トラちゃんごめんね…! こんなに夜遅くまでお邪魔しちゃって」
「夜道は危険よ。今日は泊っていきなさい」
「うん泊っていく…って、え? でも…」
桜が不安そうな表情を浮かべて駿へと助けを求める。駿は一人でも帰ることが出来たが、おそらく桜は「トラちゃんと二人きりは不安だから一緒にいてほしい」と言うだろうと考え仕方なく
「いいんじゃないか。トラ、俺も泊まらせてくれ。そっちの方が明日の朝、都合が良いだろ?」
と伝える。朝に楓と桜が一緒にいるところを見つかったり、桜が一人で歩いている所を見られれば他の生徒に怪しまれたりする。だが駿と桜が一緒に登校すれば生徒会の仕事があるんだと思われ、楓にとっても都合がよくいつも通り登校できるのだ。
「…仕方ないわね。あなたの部屋も用意すればいいんでしょう…?」
「悪いな。手間をかけさせて」
「お泊りするなら一回家に帰って色々持ってくれば良かったなぁ…」
「私は病人よ。これ以上騒がしくしないでほしいわ」
駿は楓と桜が普通に会話できているのを見て安心すると、使用した食器や鍋などの洗い物を済ませることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ガッシー大丈夫か?」
「うん。全然平気だよ」
退院して家に帰宅した報告をされた玄輝はすぐさま信之に電話をかけて容態の心配をする。声色はとても元気そうで安心をした玄輝は今やっている音楽番組について話を始めた。
「へえー! 僕も今から見てみるよ!」
「一緒に見ようぜ。色々話したいこともあるし」
玄輝たちはその後、久しぶりに一緒に見る音楽番組に心高鳴りながら実況をしあって互いの近況を交えつつ深夜まで話すことにした。




