第22話【アンサンブルは出来るんですか?】
「ベル。もう耐えられないんじゃない?」
「そうだな。後数分で我も限界だろう」
水の矢をひたすら斬り続け、レヴィアタンの動きを封じ込めていたベルフェゴールもかなり限界が来ていた。玄輝が戻ってくるまで耐えられるはずだったが、予想以上に相手が力を出してきたこともありその計算が狂って耐えられそうになりつつあった。
「それならもう一気に片づけて…」
「…ふむ。どうやら我の勝ちらしいな、レヴィよ」
レヴィアタンは突然勝ち誇るような態度を取ったベルフェゴールを見て、すぐに後ろを振り返る。そこには玄輝と正気に戻った信之が立っていた。
「…どうして君たちはぼくの邪魔ばかりをするのかなあ!?」
玄輝は剣を構えてレヴィアタンに斬りかかる。近づかせないように水の矢を飛ばしてくるが、信之が手に持つ弓の鍵盤を弾くと同じ水の矢が放たれ互いに相殺された。ベルフェゴールも反対側から突進をしかけて玄輝を援護しながら剣を構える。
「消えろ…っ!」
「うぐっ…!!」
玄輝がレヴィアタンの体を肩から斬り裂くと、ベルフェゴールもそれに便乗するように剣を背中に剣を突き刺して上空へと蹴り飛ばした。
「こうなったらもう手加減なしだ…!!」
レヴィアタンが信之の姿から小学生ぐらいの男の子の姿に変わると、顔だけこちらへと覗かせている巨大な蛇の中へと入り込む。そして街の中でその巨体を暴れさせ、境目となっていた薄い膜を破壊した。
「奴も本気だ。今のうちに空気を吸っておけ」
降り注ぐ水によって街は一瞬にして水に浸食される。玄輝と信之は息を止めながら上を見上げるとレヴィアタンの姿を目で追いかけ呼吸をするために水面を目指して泳ぎ始めた。
「バーカ! 逃がすわけないだろ!」
しかしレヴィアタンが辺りを高速で泳ぐと水流を起こし、玄輝たちの妨害をする。それでも何とか上へ上へ浮かびながらやり過ごしていた。玄輝はこんな水中で巨大な蛇と戦っていた楓を改めて化け物だなと実感し、ベルフェゴールの様子を伺う。
「あの小娘も大したものだ。人間の域を超えている」
ベルフェゴールは剣を振るって水流を止めると、玄輝と信之の手を掴み一気に水面へ向かって急上昇する。それを逃がすまいとレヴィアタンが後を追いかける。そしてあっという間に追いつき、尾びれで水底へ叩き付ける。水中の中ではレヴィアタンの速さに敵う者は誰もいない…勿論そんなことベルフェゴールが最も理解していた。
「残念だレヴィよ。またもや我の策に嵌ったな」
「えぇっ!? いつの間にアイツらあんなところに…!」
玄輝と信之は既に水面下まで辿り着いていたのだ。そう、ベルフェゴールは最も理解していたからこそ自身の剣に全ての力を込めて玄輝と信之にそれを握らせたのだ。
「ぶはぁっ…ベルフェゴールのおかげで何とか助かった」
水面上に白いボートを創り出すと梯子に手をかけ何とかボートの上へと辿り着く。後から上ってくる信之を玄輝が力一杯に引き上げると、二人ともそのまま船の上に仰向けで倒れながら呼吸を整えた。レヴィアタンが追ってくるまでの休憩だ。
「玄輝、アイツが悪魔なの?」
「…ああ。おれの時はここまで酷くはなかったがな」
少しだけ落ち着いた玄輝は梯子を降りて水の中へと顔を浸けて覗いて様子を伺う。レヴィアタンが水中を高速で動き回り一方的に体当たりを仕掛けているようだ。ベルフェゴールは避けることすら出来ていない。
「どうやってあの悪魔を倒せば…」
不安になりかけたとき、楓の言葉を思い出した。ユメ人の精神状態によってユメノ使者の強さは大きく変わると言っていた。ならばと玄輝は信之の側へと駆け寄って
「ガッシー。アイツはお前の心境次第で強くなったり弱くなったりする。だから…気持ちを強く持ってくれ」
そう説明をした。打開策はあるんだ。勝てないはずがない。そんな希望が信之の心を満たす。それに応えるかのようにひたすら水面が続いていた世界に一つの島が水中から姿を現した。
「…玄輝! あの島へ行こう!」
「分かった…!」
玄輝は操縦席へと座り、適当にレバーを動かしながらアクセルを踏んでハンドルを握ると島へ向かってボートを発信させる。ユメノ世界が信之のモノへと変化しつつある。レヴィアタンに浸食されていたこの世界が信之の強い意志によって反抗をしているのだ。
「逃がさないよ……!」
「うわっ! 来たよ!!」
背後からレヴィアタンが水面から顔を出して、後を追いかけてくる。玄輝はハンドルを握りしめながらアクセルを更に強く踏んでスロットルを徐々に開いてスピードを最大限まで上げる。船体が海面より飛び出し、強い衝撃が玄輝と信之に加わるが苦痛の顔を浮かべている場合ではない。
「ガッシー…! このままあの島に乗り上げるぞ!!」
「え…!? それって危ないんじゃ…」
「あの悪魔がボートから降りる時間をくれると思うか!?」
フルスロットルの状態をキープしたまま、島へ向かって突撃する。水面は少しずつ浅瀬になっていくためボートの揺れが激しくなる。若干船酔いをしているのか口から胃液を吐きそうになったが、何とかこらえてハンドルを強く握る。
「おれが合図をしたらボートから飛び降りろ! いいな!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 飛び降りるって言われても…」
「……今だ!」
戸惑う信之の言葉を無視して、飛び降りる合図を出す。玄輝は右から信之は左から飛び降りて予想より硬かった砂浜に体を打ち付けながら首だけ動かしてボートの方を見ると、レヴィアタンがボートを粉々に噛み砕いていた。後一歩遅ければ自分達もあの鋭い牙に擦りつぶされていた。玄輝はすぐに立ち上がり剣を創り出して構える。
「…うえぇぇぇえぇぇっっ!!?」
「……アイツ…何をしているんだ…?」
突然レヴィアタンが巨体を揺らしながら苦しみ始めた。うねうねと体を捩らせ、甲高い鳴き声を上げて水面をのたうち回る。この隙を狙って玄輝は信之と合流して互いに怪我をしていないことを確認した。
「…あの蛇、どうしたんだろう?」
「さあな、でも苦しんでいるのは確かだ。あのまま消えてくれれば助かるんだけどな…」
これで倒すことが出来れば願ったり叶ったり。玄輝は頼むからもう起き上らないでくれと祈りつつもどうやって戦うかを考えていると
「…恐ろしいな」
背後からベルフェゴールがそう呟きながら玄輝と信之の前に姿を現した。あれだけレヴィアタンから攻撃を受けていたというのに怪我一つ負っていないようだ。
「…レヴィアタンがか?」
「……見ていれば分かる」
見ていて何が分かるのだろうか。玄輝に分かるのはレヴィアタンが苦しんでいるということだけだ。これ以上はどれだけ見ていても何一つ分からないが…
「…何か聞こえてこない?」
耳を澄ますとレヴィアタンの悲鳴にも似た鳴き声の中に、刃物で何かを斬り刻む音が混じって聞こえてくる。その音は徐々に大きくなりつつある。よく見てみれば暴れ回るレヴィアタンの腹部が赤く血が滲み始めていた。
「――やはり化け物だ」
そしてレヴィアタンの腹部に斬り込みが入ると真っ赤な血が噴水のように噴き出して水面を赤く染めていく。そこで玄輝はやっと何が起きているのかを理解した。レヴィアタンの体内を斬り刻みながら暴れている誰かがいるのだ。その人物の正体はもう分かっていた。
「楓…!!」
楓は銃剣を片手に斬り裂いた腹部の傷を抉ろうと銃を構えるが、あまりにも激しく噴き出す血液によって体を玄輝たちの立っている島の砂浜まで吹き飛ばされる。玄輝はすぐに走り出して楓の容態を心配する。
「大丈夫か…!?」
「…汚いわねぇ!」
楓の体は付着しているどろどろの粘液と血によって異臭を放っていた。制服やパーカーも所々が溶けており、肌が隙間から見えている。目も片方見えないのか左目を開ける様子がなかった。何よりもあるはずの左腕が肩から先にかけて元々無かったかのように丁寧に溶かされてしまっていたのだ。
「トラ…なの…?」
「あんたら…遅いわよ…」
信之が声をかけるが楓は辛そうに掠れた声を出す。生きてはいるがもう戦う体力が残っていないように見える。玄輝は溢れ出す血を止めようとしているレヴィアタンへ剣を向けて
「ガッシー、楓はもう十分やってくれた。今度はおれたちが頑張る番だ」
「うん、やろう玄輝」
玄輝と信之の意志が一層強くなる。それに応えるように自分たちのいる島以外にも多数の大陸が出現し陸地が生み出される。玄輝は剣を構えてレヴィアタンへ斬りかかるために走り出し、信之は鍵盤に指を走らせて玄輝の足元へ陸地を創り出して援護をする。
「小娘。我がここにいるのが気に入らないとでも言いたげな顔だな」
「そうね」
「…我はあの人間を手助けしているだけだ」
玄輝は神凪楓が体内から作り出した傷を狙って、剣で何度も突き刺す。体が血塗れになるが楓もそんな状態で戦っていたのだ。文句の一つも言えるはずがない。信之はレヴィアタンの動きを封じるように辺りに陸地を創り出す。
動けなくなったレヴィアタンの眼球に向かって玄輝が連続技を決めて確実に二つの目玉を潰していく。
「やめろおおおおお……っっ!!」
レヴィアタンが叫びながら巨体をばたつかせる。だが信之は更にそれを封じ込めるために水の矢で蛇のような体を陸地に貼り付けて動けないようにした。玄輝はひたすらレヴィアタンの体を斬って斬って斬って…斬り続ける。
「君たち邪魔なんだよぉぉ!!」
レヴィアタンが口から水を放水する。口から出される水はレーザーのように切れ味がよく辺りの陸地を全てバラバラに破壊をした。玄輝はそれを避けながら一旦後退する。
「僕があの攻撃を防ぐから玄輝は一気に叩いて…!」
「分かった! 頼んだぞ!」
信之はすぐさま鍵盤で【ショパン 革命のエチュード】を演奏し始める。すると玄輝の周りに防壁のようなものが展開される。この力は信之自身の交響曲という能力。演奏をすることによって仲間の援護が可能なのだ。
「サンキュー! ガッシー!」
その防壁はレヴィアタンが口から放つ水流を全てかき消す。玄輝はそのままうろたえることなく剣に力を込め
「黙ってろ…!」
前転をしながら縦方向に回転して縦に頭部を斬った。相当効いたのかレヴィアタンの体から黒い靄のようなものが出始めている。玄輝は一気に決めようともう一度頭部に向かって跳躍したが
「来るなぁぁっ!!」
頭突きによってかなりの距離を吹き飛ばされる。信之の様子を見ると表情に疲れが見え始めていた。確かにここまでよく力を出してやってこれたものだ。
「やばっ…」
人の心配もしていられないようで玄輝も疲労と力の関係で限界まで来ていたのか、その場に立ち膝をついて握っていた剣を消してしまう。ベルフェゴールに頼ろうとするが、玄輝にはもう力も残っていないのか姿を消してしまっていた。
「玄輝! 後は僕がやるよ…!」
ふらふらになりながら鍵盤へ手を伸ばそうとするが、指が全く動いていなかった。さっきまでの勢いはどこへ行ったのか一気に形勢逆転をされかねない状況へと変わる。玄輝はそれでももう一度立ち上がり、何とか剣を創り出すと握り直して
「ガッシー…一回だけ…後一回だけ踏ん張ってくれ…!」
倒れそうになりながら鍵盤へ手をかけてレヴィアタンの頭への道を創り出す。玄輝はその道を底力で駆け上がって剣を振り上げて
「おらあぁぁぁぁ!!」
力一杯に頭部へ振り下ろした。的確な一撃を食わらせることが出来た玄輝はそのまま力なく陸地へと落下して背中を打ち付けた。信之もその場に座り込んでしまう。
「ぼくは…! ぼくは王になるはずだったんだぁぁ!!!」
しかしトドメの一撃とはなっておらず再び叫びながら暴れ始める。
「こんなの嘘だぁ!! こんな奴らに負けるなんて絶対に……!!」
巨体が玄輝を押しつぶそうと倒れてくる。玄輝は指一本も動かすことが出来ないため、ただ潰されるのを待っていることしかできない。せっかくここまでやったのに、と悔しい気持ちが込み上げる。
そんなとき、迫りくる巨体の斬り裂かれた腹部の中に何か黒い鉄の塊のようなものが詰められているのが見える。それを見て理由はないがただ何となく倒れている神凪楓の方を見てみると、残った片腕で銃剣を構えて引き金に指を添えていた。
「|It is what it is.《それが現実よ》」
発砲音と共にそんな楓の声が聞こえ、目の前に迫っていたレヴィアタンが体内から爆発を起こし一瞬にして肉片と化した。飛び散ったモノは嫌な臭いを辺りに充満させる。
「勝った…のか」
レヴィアタンの体内に詰まっていたのは確かに魚雷だった。楓が飲み込まれたときに体内へ埋め込んでおいたのかもしれない。玄輝は体を引きずりながら信之と楓の元へ向かう。
「大丈夫かガッシー…?」
「…玄輝こそ大丈夫?」
「正直かなりキツイ…な」
玄輝は信之に手を貸して立ち上がらせると楓の様子を伺うために再び歩き出す。楓は立つことすら出来なさそうだ。
「楓、少し持つぞ」
「なに…してるのよ?」
木村玄輝が神凪楓をお姫様抱っこすると、かすれた声で文句を言う。こんな状態でも気が強いんだなとから笑いしてしまった。
「お疲れ様。今回は少し苦戦しただろう?」
「…お前は…黒霧」
楓と玄輝はその声の人物を睨む。相変わらず黒い霧に包まれて姿は見えないが、声から考えるに玄輝のユメノ世界で出会った者と同一人物だ。
「あれ?威勢が良かった金髪の子は今回ボロボロじゃないか」
「…うるさいわね」
「…玄輝。あの人誰なの?」
「ああ、自己紹介してなかったね。私は黒霧、悪魔たちを呼び出した張本人だ」
金田信之はそれを聞いて、鍵盤へと手を付ける。黒霧はそれを見て高笑いしながら
「そんな身構えるな。別に私は何もしない」
「黒霧…何の用だ?」
「いやいや、今回は木村玄輝くん。ベルフェゴールの力を扱うなんて予想外だったよ」
玄輝に拍手を送りながら黒霧は近づいてくる。近づかせまいと楓が銃剣で狙いを定めるが
「無駄だって」
黒い霧によって楓が手に持つ銃剣が一瞬にして消えてしまう。
「物知りな神凪楓ちゃん? ここで問題です」
「……」
「この生物は一体何と言うでしょうか?」
黒霧が一枚の写真を神凪楓へと投げ渡す。楓はそれを受け取って何が写っているのかを確認した。
「…あんた、これをどこで!!」
明らかに動揺している楓を見た玄輝は手に持つ写真をチラ見すると、そこには黒い塊のような生物が写っていた。写真だけでも何か嫌なモノを感じさせる。
「さあ? どこでしょうか?」
黒霧は木村玄輝たちに背を向けて無人島の草木の中へと歩いていき、答えを教えることもなく一瞬にして姿を消した。
「あの人は…」
「ガッシー。お前は気にしなくてもいい」
取り敢えず一刻も早く現実世界へ帰るために出現しているユメノ結晶へと歩み出す。
「これを破壊すれば現実世界に帰れるぞ」
「…破壊すればいいんだね」
信之は水の矢を一本だけ手に持つと結晶の塊へと向ける。
「玄輝ありがとう。僕なんかを助けに来てくれて」
「気にするな。おれらは"友達"なんだからな。そんなことより楓にも言うことがあるんじゃないのか?」
「うん。トラ、じゃないよね。楓も助けに来てくれてありがとう。楓に嫌われないように僕自身をちゃんと変えてみせるよ」
「…ふん」
信之は水の矢を見つめると深呼吸をし、手を振り上げる。
「ちゃんと教室に顔を出せよ!」
「うん! それじゃ…また学校でね!」
――――ユメノ結晶が砕け散る。その瞬間に、楓が少しだけ笑みを浮かべているような気がした。
Envy
END




