第21話【妬みと才能は別物なんですか?】
「ほらほら! 早く逃げなよ! 君、死んじゃうよ?」
「うおっ…!?」
玄輝はレヴィアタンが水から生成する矢を剣で防いだり避けたりを繰り返して校内を走り回って逃げていた。教室で授業を受けている偽物の生徒達はレヴィアタンが派手に暴れ回っているというのにこちらを見向きもしない。都合よくできているこの世界で玄輝が抵抗する術は何もなかった。
「君はあの女の子がどうにかしてくれると思っているかもしれないけど…」
レヴィアタンは玄輝へ放つ水の矢を天井に何発か撃ち込んで大穴を開けてそこから空を見上げる。玄輝も立ち止まり煙の立ち込める中、空を見上げると楓が交戦していたと思われるあの巨大蛇が顔だけこちら側へと覗かせていた。巨大蛇の瞳がギョロリと見つめてきたため玄輝は思わず身震いをする。
「あの子ならぼくの半身のお腹の中にいるよ」
「嘘だろ、楓が?」
「へえーあの子の名前楓ちゃんっていうんだ」
内心楓が助けに来てくれるんじゃないかと期待していたのは否めない。剣の一本しか出せない自分に何が出来るのか。玄輝のその問いに対する答えは当然何の力になることもできない。
「っ!!」
突然足に力が入らなくなりその場に背中から倒れる。自分の左足に今までに味わったことのない痛みを感じ、歯を食いしばりながらも体を無理矢理起こす。
「う…うああぁあああああああ!!」
玄輝の左足は膝から下が全て跡形もなく水の矢によって消し飛んでいた。血が絶え間なく溢れ、肉片に交じり白いモノが見え隠れしている自分の左足を見て声を震わせながら叫び声を上げる。
「君に人の心配をしている余裕なんてあるの?」
レヴィアタンは水の矢を自分自身の周りに展開し矛先を玄輝へと向けた。腕の力で何とか這いずり回りながら逃げようと試みるが水の矢を避けられるほどの距離までは移動できない。
「ぼくは肉体を手に入れて現実世界へと一番乗り。そして楓ちゃんと仲良くなった後に現実世界を支配する。完璧なシナリオだね」
それでも廊下を這いずりながら前へ前へと進む。ここで諦めるわけにはいかなかった。ここまで来たからには本物の信之と会わなければ気が収まらない。玄輝は自分が死ぬかもしれないということよりも友人を助けたいという思いの方が強くなっていたのだ。
「諦めが悪いなあ」
レヴィアタンはそんな玄輝に慈悲を掛けることもなく手を下す。合図を待っていたかのように水の矢が一斉に地を這っている玄輝へ向かって動き出した。一刻一刻と迫る水の矢。しかし振り返ることもなくただただ前へ進もうとするだけでレヴィアタンの存在さえ玄輝の眼中にないように見える。
【我を望め】
どこかからそんな声が聞こえてくる。玄輝の耳にはハッキリと聴こえてきたが、レヴィアタンには聴こえていないようだ。
【我の力が必要なのだろう】
背後から死が迫ってくるのを感じて心臓の鼓動が高鳴る。この声の正体を玄輝はどこかで分かっていた。
【罪を背負え】
頭の中で響くその声の主を信じるか信じないか判断に迷っていたが、ここで自分が死んだら神凪楓と金田信之を助けることができない。そう結論に至ればどうするかなんて迷う必要もなかった。
「ユメノ使者…!」
刹那、水の矢が一瞬にして何者かの剣によってかき消される。玄輝を守るように現れたその正体は牛の骨に黒いローブ姿のベルフェゴール。以前に玄輝自身のユメノ世界で死に物狂いで戦い、神凪楓にトドメを刺され消滅したはずの"怠惰"を司る悪魔だ。
「…ベル? 何で君がソイツを守ってるの?」
レヴィアタンは突如姿を現したベルフェゴールに邪魔をされて不機嫌気味に問い掛ける。
「この人間が消えれば我も消えるからだ」
「消えるからって…君は人間に完敗してもう消されたはずでしょ」
「この人間の中で"罪"が残り続ける限り我が消えることはない」
ベルフェゴールが剣を軽く振り回すと辺りの壁が真っ二つに割れ校舎が半壊する。それによって玄輝が瓦礫の下へと埋もれてしまいそうになるがベルフェゴールが乱雑に服を掴んでそれを阻止していた。
「お前、どうしておれを助けるんだ?」
「我の話を聞いていなかったのか? お前が消えれば我も消えるからと言っただろう」
「ベル。君はぼくたち七つの大罪を裏切るのかい?」
「レヴィよ。我は裏切るのではない。悪魔として当然のことをしたまでだ」
レヴィアタンはその発言を聞くとかつて仲間だったはずのベルフェゴールへ水の矢を何十発も放つ。片手で玄輝の服を掴みながらベルフェゴールは剣で水の矢を斬り落としていく。
「見損なったよベル。裏切りの代償は大きいからね」
「…人間。お前も立って戦え」
「左足が消し飛んでいるのにどうやって立つんだよ…!」
「ほう。その足でも立てないのか」
玄輝は何て無茶言うんだと思いつつ左足を見てみると、レヴィアタンの水の矢によって失ったはずの左足が元に戻っていた。見間違いではないかと何度か左足の隅々を触るがいつも通り変わりのない自分の足。玄輝は試しにその場へ立ち上がろうとしてみると何の支障もなく普通に立つことが出来た。
「何で足が治って…」
「次だ。もう一度剣を創り出せ」
「え?」
「いいからやれ」
ベルフェゴールに命令をされるのは腹が立つが今は素直に従うしかないため、言われた通り剣を創造する。
「…何だよこの色?」
「我の力が込められている剣だ」
創り出されたのは以前よりも少し赤みを帯びている剣だった。創り出した本人も驚きながら不思議そうに剣を眺めるとベルフェゴールの背後で前と同じように深呼吸をしながら構えた。
「恐らくこの世界の主はあの教室にいるだろう」
「あの教室って…二年一組か」
ベルフェゴールと思考がリンクしているような感覚を覚えながらも二年一組を自分のいる位置から確認する。レヴィアタンがあそこから動くことがないのは信之と接触をさせないように邪魔をするためらしい。玄輝は剣を握りしめて思いついた作戦をベルフェゴールへ伝える。
「おれが今からあの教室に向かって突撃するから…援護してくれないか…?」
「…それよりもいい方法がある。お前はそこで待っていろ」
飛んでくる水の矢を剣で斬り落としながらベルフェゴールはレヴィアタンへ突撃する。玄輝は流れ弾を剣で防ぎつつ事の行く先を見ていると、ベルフェゴールがレヴィアタンの背後へ回り込もうと横を通り過ぎた。
「ベルいいの? 君の弱点がノーマークだよ」
レヴィアタンは背後に回り込もうとするベルフェゴールを気にすることなく、玄輝に向かって無数の水の矢を放ち始まる。玄輝は剣を構えてどう切り抜けようか考えるが身を隠せる場所がないうえ、水の矢を全て斬り落とすこともできないため、一瞬だけ立ち止まってしまう。
「それでいい。我はそれを狙っていたのだからな」
「え…?」
玄輝は気が付くとレヴィアタンの背後に立っていた。逆にベルフェゴールは先ほどまで玄輝が立っていた場所で水の矢を全て斬り落としていたのだ。そしてベルフェゴールはすぐにレヴィアタンへと斬りかかる。
(そういうことか! これでおれを先に行かせようと…)
ベルフェゴールの能力は位置交換。
自分自身と視界で捉えられる対象の位置を即座に交換ができるという優れた能力だ。
先に行かせようとするベルフェゴールの意図を読み取った玄輝は、すぐに二年一組の教室へ向かって走り出す。何が起きたのか分からないことだらけだったが、今は信之を助けることだけを考えて行動するしかない。
「ベル! 君はぼくを怒らせたよ!」
「半身だけでそこまでの力を出せるなんて大したものだ」
玄輝が教室へ無事に入ることを視界の隅で確認したベルフェゴールは剣を両手持ちに変え、レヴィアタンへ向けて斬撃を飛ばし続け玄輝が戻ってくるまでの時間稼ぎを始めることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ガッシー…!」
教室の中へと駆け込むとそこにはいつも通りとは程遠い光景だった。駿、白澤、吹…楓さえも信之の周りに集まり会話を交わしているのだ。これが信之の望んだ世界。玄輝は教室の中を見渡すとグランドピアノが置いてあり、机の上には楽譜、数学の教科書などが無造作に置かれていた。
「あれは」
黒板には体育祭のクラス発表と書かれた文字の横に金田信之と大きく書かれていた。玄輝はそれを見てやっと理解が出来た。信之が普段から自分に備わっていない何かを持っている皆を妬んでいたこと。そして、自分が皆から頼られる存在になりたかったということ。それが信之の望むユメノ世界であり、ユメ人となった原因でもあるようだ。
「…」
玄輝は信之の周りにいる生徒を一人一人剥がすように手で押しのけ剣で斬り捨てる。一人ずつ塵のように舞っていくというのに誰一人として玄輝の存在にも消えていく生徒にも気が付いていない。駿も斬り捨て、吹も斬り捨て、白澤も斬り捨て……楓も斬り捨てる。偽物だと分かっていれば躊躇する必要さえない。
「…! 何だよこれ?」
信之の周りにいる生徒を全て消し去ると、巨大なクラゲに包まれて眠っている金田信之がいた。これで幻を見せているのだろうと玄輝は剣でそのクラゲを真っ二つにする。
「ガッシー!」
クラゲの中から液体と共に倒れ込んでくる信之を玄輝は支えながら名を呼んで安否を確認する。
「うーん。それだと僕が少し目立ちすぎじゃない?」
「ガッシー!!」
「えー? そうかなー?」
しかし目を開けることなく寝言を呟くだけ。玄輝は何度も何度も肩を強く揺らすが正気に戻る気配がない。
殴ってください
「…え?」
どこからともなくそんな女性の声が聞こえてきたため誰かいるのかと辺りを見回す。しかしこの教室に自分と信之以外の人物は見当たらない。
痛みが最も効きます。殴るんです。
「物は試し…か」
玄輝はその声を一か八かで信用することにし、拳を強く握りしめて
「目を覚ませこの野郎!」
「ぶぇ…っ!!?」
本気で信之の頬を殴った。その衝動で信之は椅子から転げ落ちて床へと体を打ち付ける。生まれて初めて本気で人を殴った感触はとても硬くてもう二度と殴りたくはないものだった。アニメや漫画であるような殴り合いが現実で再現しようとしたらどれだけ無謀なものなのかがよく分かる。
「痛いなあ、誰? 僕を殴ったのは…」
「おれだよ、おれ! 分かるか!?」
「…あれ? 玄輝…? 分からない問題はもういいの?」
「いいからおれの話をよく聞け。ここはお前の夢の中なんだ。」
「ええ? 何言ってるの玄輝」
そんなことを言われれば誰もが金田信之とと同じ反応をする。木村玄輝は話をまるで信用していない信之に対し少々腹を立てていたが、ここはどうにか説得するしか他ならない。
「いいか? お前はな…」
玄輝は今起きていることを信之へ分かりやすく伝えられるように注意をしながら話を始める。金田信之は真面目に説明をしている玄輝を見て、表情が見る見るうちに変わっていく。
「……僕はここが現実世界だと思うよ」
「はあ? おれの話を本当に聞いていたか?」
「だってこの世界の方が僕は輝けるから…」
甘い果実を一度齧ってしまえば信之のように一生ユメ人のままがいいと望む者も出てくるのだ。玄輝の時は望む世界がおかしかったこともありすぐにでも元の世界に戻りたいと楓に伝えられた。だが本当に何一つ不満がなく居心地がよい世界となってしまっていれば現実世界へ戻る必要性を失うのだ。
「ガッシー…悪魔がお前の体を奪おうとしているんだぞ?」
「でもその悪魔は僕の代わりに現実世界へ戻ってくれるんでしょ…?」
「何を言っているんだ? お前は悪魔に体を貸してもいいのかよ」
「僕が輝けるこの世界で過ごせるだけ過ごして…悪魔が代わりに現実世界で過ごしてくれるなら…」
「お前…」
「玄輝も嘘をついた僕の事が嫌いになったでしょ? 妬んでばかりの僕が嫌いになったでしょ?」
その言葉を聞いた玄輝は右手で信之の右頬をもう一度本気で殴る。もう殴りたくはないと思っていたが、拳を押さえることができなかった。殴られた信之は頬を押さえながら何をするのとでも言いたげな表情を浮かべる。
「ふざけるな! 嫌いになっただって? そんなわけないだろ…!」
「……」
「そんなことで友達を嫌いになる奴がどこにいるんだよ?」
木村玄輝はあの一件で金田信之のことを嫌いになるどころか更に心配していた。
友達のあんな姿を見せられた義理堅い玄輝は、信之にもう一度話を聞こうと考えていたのだ。
「それにおれでもお前が羨ましいと思う時だってあるんだ」
「…?」
「ピアノを弾けるなんて羨ましいだろ。おれだって自分の好きな曲を弾きてえよ。作曲できるなんてずるいじゃねえか…俺だって自分だけのオリジナルの歌を作ってみたいんだよ…!」
誰にでも妬まれる良いところぐらいある。
玄輝はそれを金田信之に知ってほしかった。誰かを妬むだけの人間など存在しない。妬み、妬まれ生きているのが人間なのだと。
「…」
「お前のそれはお飾りなんかじゃないんだ。皆から妬まれる…"立派な才能"、だろ?」
「…! それって…」
木村玄輝はズボンのポケットから信之が投げ捨てたピアノのキーホルダーを取り出して笑みを浮かべながら手渡す。
「玄輝、どうしてこれを…」
「用水路を探したんだ。それ、大事にしていたんだろ」
「…ありがとう、玄輝」
金田信之はボロボロと涙を流して玄輝の胸元で泣いた。玄輝も黙って胸元を貸して信之の肩に手を置いて慰める。
「僕、やっと分かったよ」
しばらくすると金田信之が独り言のように呟きながらグランドピアノの近くへ歩み寄り椅子へ腰かけると、鍵盤へと手を触れた。
「周りばかり見てて、すぐそばにいる自分のことが見えていなかったんだ」
「…」
「これからは僕自身もちゃんと見てあげなきゃ…」
信之がグランドピアノに指を走らせ【別れの曲/ショパン】を演奏し始める。リズムも音もペダリングも曲の雰囲気に合わせ完璧にこなしていた。
「――僕にも誰かに妬まれる才能があるんだから」
弾き終えるとグランドピアノが光りだし徐々に形を変え、弓の握りの部分にキーボードが付いた武器のようなものへ変化を遂げた。信之はそれを手に持つと教室の出口へと足を運び、
「行こう、玄輝」
「…ああ、お前のユメノ使者を止めに行くぞ」
玄輝と共にユメノ世界を終わらせるためにレヴィアタンの元へ向かった。




