第20話【嫉妬の悪魔はデカいんですか?】
「…本当にこれで上手くいくのか?」
玄輝は海底にある真白町へと向かってゆっくりと沈んでいく潜水艦の中で一人不安げに呟いていた。潜水艦の外では楓が潜水艦の空気管を守るように辺りを警戒している。作戦の内容は単純なもので玄輝が乗っている潜水艦を楓が護衛しながら真白町まで送り込むというもの。玄輝は楓の身を案じたが、戦っているうちに体が水に慣れたから大丈夫よと押され気味に言われたので了承せざる負えなかった。
『真白町に入ったらすぐにユメ人を探し出して接触しなさい。彼に意志を強く持たせて七つの大罪の力を弱らせるのよ』
『…分かった。楓はどうするんだ?』
『ユメノ使者をどうにかするわ。私たちが真白町に近づけば確実に姿を現すはずよ』
海底にある真白町まで後少しで辿り着くというのにユメノ使者は邪魔どころか姿さえ現さなかった。これには楓も理解ができず表情が曇り始める。潜水艦の窓から真白町を見てみると何か薄い膜のようなものに囲われておりその空間だけ水が浸食していないように見える。それは生き物を飼うための檻を想像させるもので、信之を生かすために創られた可能性も高い。
「…うおっ!? 何だ!?」
玄輝が窓の外を呑気に眺めていると何かが切れるような音が聞こえ、潜水艦が海底へ向かって急速に落下を始めた。落ちていく最中で水中に漂っている楓を確認すると上を見つめたまま硬直している。何が見えているのかを確認しようと必死に楓が見ている方向を窓から覗こうとするが角度が悪く何も見えない。潜水艦が着地したのは真白町のすぐ隣の場所だった。暴れて潜水艦を転がそうとしたが水圧がかかっているせいか微塵も動く様子がない。
「何が起きてるんだよ…」
上の方で激流による轟音が聴こえる。楓が何者かと戦っていることは分かるが、どんな相手なのかを視認することができない。どうにか潜水艦を動かそうと手当たり次第にスイッチを押したりレバーを動かしたりする。しかしただの飾りなのか反応すらしない。
「…何か、息苦しくないか」
呼吸がしづらくなっている。それに気が付いた玄輝は先ほどの何かが切れる音を思い出し、すぐさま呼吸管が繋がっていた部分を確認するために顔を上げる。
「…夢なら覚めてくれよ」
玄輝に突き付けられたのは海底で最も遭遇したくない危機だった。酸素が送られてくるはずの呼吸管が無残に引きちぎられていたのだ。このままでは数分も経たずに潜水艦の中の酸素が消費されて窒息死してしまう。玄輝は空気があるであろう真白町の中へ潜水艦を動かそうと狭い閉鎖空間の中で何度も壁にタックルをする。
「くそっ! 動け…! 動けぇ!!」
体内に運ばれる酸素の量が次第に減っていくため、呼吸も上手くできず膝からその場に崩れ落ちてしまう。涎を口から垂らしながら必死に肺へ僅かな酸素を運ぼうとするがほぼ息を吸えていないに近かった。潜水艦のすぐ近くで岩盤が割れるような音が聞こえてくる。玄輝は朦朧とする意識の中で窓から外の景色を見る。楓だ…楓が海底まで吹き飛ばされて岩盤へと叩き付けられていたのだ。
「………」
楓はすぐに態勢を立て直し玄輝を一瞬だけ見ると、砕け散った岩盤を潜水艦に向けて何度も蹴り飛ばしぶつけ始めた。潜水艦は少しずつずれてゆき潜水艦全体が真白町の膜の中に入ると、先ほどより倍大きな岩盤をぶつけて潜水艦を破壊した。
「がはっ…はぁはぁ…おぇっ…」
破壊された拍子に中にいた玄輝が潜水艦の中から飛び出して固いコンクリートの上へと体を打ち付ける。嗚咽を漏らしながら肺へと酸素を送り、呼吸をゆっくりと整える。
「た、助かった…」
近くにある電柱に体重をかけながらその場に何とか立ち上がると顔を上げて楓がどこにいるのかを探そうとする。しかしあの膜の境目からこちら側は現実世界と同様に空が青く、雲が流れ、風が吹いている世界で先ほどの水の中とは大きく違っているものだった。太陽の光も眩しいぐらいこの街を照らしている。
「どういうことだ…まさか外からはこっち側が見えても逆は見えないってことか…?」
試しに壊れている潜水艦の中を通じて膜の境目を越えてみる。案の定境目を越えると海底へと戻り上空からあの轟音が聴こえてきた。今度は窓が上を向いていることもあり楓が交戦している相手を視認することができたが…
「う…嘘だろ…? 何だよあの化け物…?」
一言で表すのなら巨大な蛇。しかしあまりにも大きすぎる。海で最も大きい生物は33mのシロナガスクジラと聞いたことがあるが、今視線の先にいるあの巨大な蛇はそのシロナガスクジラの数倍はある大きさだ。楓はそんな規格外の化け物を相手にしていた。攻撃を避けるにも銃剣の発砲の反動で水の中を動き回ってギリギリ回避をしていた。銃剣で斬りかかっても鱗が相当硬いのか弾かれているように見える。
「早くガッシーを見つけないと…!」
アレを相手に耐え凌いでいる楓も相当化け物染みているが、きっと限界がある。玄輝は一早く信之を見つけてユメノ使者の力を弱めようと全速力で駆け出す。時間帯は朝方…きっとガッシーは授業を受けている。玄輝はそう考え荒い呼吸を繰り返しながら真白高等学校まで近道を利用する。
自分でも驚くほど学校に早く辿り着き、靴を履いたまま校内へ入り階段を駆け上がる。授業中のため辺りは静けさに包まれており玄輝は自分の呼吸音と心拍音がとても大きく聴こえてきた。
「玄輝…」
「…!」
二年一組の教室に向かおうとしていたとき、背後から信之の声が聞こえ足を止めて振り返る。そこには見慣れている痩せた顔があり良かったと安堵した。
「どうしたの玄輝? そんな恰好で」
自分の姿を見るとびしょ濡れになった制服の姿という最高にダサい恰好だった。けれど今はそんな事を恥ずかしがっている場合じゃない。どうせこれはユメノ世界なのだ。
「ガッシー。話を聞いてくれ」
「…話って? 今から教室に戻らないといけないんだけど…」
玄輝は信之に歩み寄り両肩を掴んで自分なりの真剣な瞳を見せる。信之はそれを見て苦笑いをしているが玄輝としては大真面目なのでどれだけ引かれても肩から手を離すわけにはいかなかった。
「いいか? 俺が今から話すことは全て本当だからな」
「げ、玄輝…? 俺、何かした…?」
そんな信之の反応を見た玄輝は何かに気が付き離さまいと思っていた肩からすぐに手を離して後ずさりをする。
「どうしたの玄輝…? さっきからおかしいよ…」
「…いや、おかしいのはお前だ」
今度は信之が歩み寄るが玄輝は近づかれないように距離を取っていた。
「おかしいって…? 俺のどこが…」
「そこがおかしいんだよ。ガッシーは自分の事を"俺"と呼ばない。"僕"と呼んでいるんだ」
その言葉を聞いた信之は一瞬だけ体をぴくっと動かして歩を止めた。玄輝は身構えながら息を呑み
「お前は誰だ…?」
そう問いかける。それなりに仲が良かったからこそ気が付くことができた。もしこのまま騙されていたら間違いなく消されていたかもしれない。
「フフフフ…アッハハハハハハハ!!」
突然信之だと思っていたモノが高笑いを始める。玄輝はそんな信之の姿を見て妙なプレッシャーを感じ更に二歩後ずさりをして歯を食いしばった。
「いや~…まさか君みたいな雑魚に気づかれるとは思っていなかったよ。流石、ベルフェゴールを倒しただけはあるね」
玄輝はこの言葉を聞いた瞬間すぐに確信した。こいつがユメノ使者でもあり七つの大罪でもある存在だと。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「へえー案外やるねー?」
(コイツ…!!)
楓は銃剣で尾による薙ぎ払いを受け止めようとしたが、その巨体が故に重すぎる一撃は支えきることができない。神凪楓はその衝撃を真白町のない方角へと受け流すと銃による反動を利用して頭部に向かって斬りかかる。
「ねえねえ。ぼくにはそんな柔い武器じゃ傷つけられないこと知ってるでしょ?」
巨大な蛇は水の中で挑発をしながら楓を飲み込もうと大口を開ける。その巨大な蛇からしたら楓は小魚のようなもの。丸呑みなど容易かった。
(ほんと…畜生ね)
楓は片手に魚雷を創造すると銃剣を使って起動し大口の中へと突っ込ませる。楓はギリギリで飲み込まれるのを回避すると魚雷の爆発に巻き込まれないように巨大な蛇から離れる。
「うぐっっ!?」
巨大な蛇の体内で魚雷が爆発した音が響き渡る。これにはかなり応えている事に気が付いた楓は再び魚雷をいくつか創造して配置すると一斉に銃剣で起動する。これで仕留めるとまではいかないが損傷は与えられるはずだ。楓は魚雷を相手が避けている隙に酸素ボンベを創造して息継ぎをする。
(…早くユメ人と接触しなさいよ。こっちだって結構キツいのよ)
「痛いなあ!!」
魚雷が二発巨大な蛇の尾に直撃をしたようだ。刃物を通さない鱗も爆発物には敵わないらしい。楓は魚雷をもう一度いくつか創り出し前方へと並べて相手の出方を窺がう。
「君さー? ぼくがいくら優しいからって調子に乗らないでくれない?」
「………」
「仮にも君が相手にしているのは七つの大罪の一つ。【嫉妬を司るレヴィアタン】なんだよ?」
「……」
「君みたいな子さー? 結構タイプなんだよねー…どう? 今からでもぼくと一緒にウェディングロード歩かない?」
七つの大罪はこんなにも五月蠅い奴がいるのかと神凪楓は呆れていた。悪魔に好みだと言われた挙句ナンパされるなんて御免被りたい。お気楽なレヴィアタンに楓は言葉代わりにただ冷たい眼差しを向ける。
「うーん、フラれちゃったかー」
(アイツ、何チンタラしてるのよ。さっさとユメ人を見つけて改心させて…)
「あ、そうそう。何か一匹鼠が籠の中に紛れ込んだようだけどユメ人との接触は無理だよ」
「……」
「だって分身がいるからね。弱っちい鼠一匹は余裕で殺せるだけの力を持った僕がね」
楓は海底に沈んでいる真白町を見下ろす。仮にレヴィアタンによって玄輝が殺されればそれこそ再び最初からプランを練り直すために撤退しなければならない。だが、目の前に立ち塞がるこの巨体に邪魔をされてそれは願わないだろう。そうなれば負けが確定している耐久戦となるだけだ。
「ぼくもそろそろ本気出しちゃおうかなー」
(本気。なら一度回避に専念しましょう)
銃剣を銃形態に変化させいつでも動けるように引き金に手をかけておく。レヴィアタンはその巨体を左右に動かすと
「ぅっ…!?」
先ほどよりも桁違いの速さと威力を備え持った尾びれの薙ぎ払いをもろに受けて楓は思わず呻き声を上げてしまった。右半身に激痛が走ると共に痺れる感覚が伝わっていく。右目がぼやけて使い物にならない。そんな状態の楓にレヴィアタンはその巨体で蛇が獲物を仕留めるかのように楓の体を締め付ける。
「ぼくが本気を出したらこんなものさ。…にしてもベルフェゴールも本当に間抜けな奴だよなー。こんな女の子にまんまと殺られるなんてさ」
「――!? ――!!」
少しでもレヴィアタンが力を強めてしまえば体の骨が一瞬にして砕け散ってしまうほどの締め付けを楓は受けていた。必死に抜け出そうとその場で悶えるが、刃物さえ通さない鱗が付いた体は銃剣を弾くだけで絞め付ける力は全く弱まらない。
「ベルフェゴールには悪いんだけど君を殺すつもりはないかなー。結構気に入っちゃったしー」
(…息が)
レヴィアタンは長々と楓を口説くように喋り続けているが、楓は水の中で束縛され続け呼吸をするための酸素ボンベも創り出せない状態。そんな状態が続けば息を止めるのにも限界が来て視界が段々と暗く閉ざされていく。
「君はぼくのことが嫌いかもしれないけど……ぼくは君の事が気に入ってるから当分はって…あれ?」
楓が急に大人しくなったのでレヴィアタンは表情を窺がうように頭部を楓の顔へと近づける。目を瞑り人形のように俯いているその姿は生きているようには見えない。
「え? もしもーし! …嘘、もしかして死んじゃったの?」
レヴィアタンが若干焦りながら尾をばたつかせる。楓の事が気に入っているというのは嘘偽りのないことだったのだ。そのため、どうにかしなければと策を考える。
「えーやばいなあー…死んでもらっちゃ困るのに…」
現実世界を支配した暁には大きな城を立てて自分を王で一国を造り上げ、その王妃として楓を引き入れようなどと考えていた。そのつもりが死んでしまっては元も子もない。
「あ、そうだ」
レヴィアタンは妙案を思いつくと、楓を締め付けから解放し自分自身の口の中に楓を入れて噛むことなくゴクンと飲み込んでしまった。
「こうやって保存して後で蘇生すればいいやー」
それに満足したレヴィアタンは意気揚々と水の中を泳いで真白町の中を覗いて紛れ込んだ鼠の様子を見る。レヴィアタンの分身から必死に逃げ回っている鼠が見えたので、
「これからどうするんだろうなー?」
愉快そうに呟いた。




