第16話『いじめは許されませんか?』
「瑞月、表情が少し暗いですわよ?」
「へ? そうかい?」
三年一組の教室。五奉行で話をしている最中に、黒百合玲子に心配をされた柏原瑞月はすぐさま元気な振る舞いを見せる。
「運動のし過ぎで頭の中も筋肉になりつつあるとか~?」
「うるさいよ、少し黙ってなチビ」
霧崎真冬が馬鹿にしてきたことで、瑞月はすぐに言い返す。真冬は「誰がチビだって!?」と瑞月に詰め寄るが、それを片手一本で頭を押さえこんで、ふふんと鼻で笑った。
「聞いたよあんた。身体測定で身長を測ったら、一センチぐらい縮んだらしいじゃないか」
「どこ情報だそれ!! その情報を流したヤツを張り倒すから教えなさい!」
「悪いね、あたし情報だよ」
柏原瑞月は懐に隠し持っていた霧崎真冬の身体測定の結果表をチラチラと見せびらかす。「なっ!?」と真冬はすぐにそれを取り返そうと手を伸ばすが、背が足りないせいか掴めそうで掴めない。
「へぇー。身長だけじゃなくて、胸も小さいんだねぇ」
「プライバシーの侵害で訴えるぞお前!!」
真冬は軽快なジャンプをして、無理やりその結果表を奪い取る。
そんな二人を柳未穂は普段通り笑みを浮かべ、黒百合玲子はクスクスと手を口に当てて眺めていた。唯一松乃椿だけは、溜息を付きながら呆れた様子でその仲裁へと入る。
「あなたたちはもう少し仲良く出来ないものなの?」
「あたしたちは仲良くしてるじゃないか。なぁ真冬?」
「べーっ!!」
舌を出して挑発をする霧崎真冬に、柏原瑞月は頬をピクつかせながら拳を見せて「仲良くしようじゃないか」と喧嘩を始めようとしたため、
「そこまでにしましょう」
黒百合玲子が手で二人を静止させ、揉め事を止めた。真冬も瑞月も黒百合には逆らえないと口を閉ざして、バツが悪そうに頭を掻きながらお互いに距離を取る。
「瑞月。何か思うことがあるのならわたくしたちに話してくださる?」
「いや…いいよ玲子。そんなに大したことじゃないしさ」
「でも私たちは聞きたいな~?」
「それには賛成よ。あんたが暗い顔をしていたら、こっちの気が散るわ」
黒百合の意見に柳未穂と松乃椿が賛同するように、柏原瑞月へと話すようにと強く促す。瑞月は「そんなに聞きたいのなら……」と渋々話を始めた。
「二年一組に眼鏡を掛けてやせ細ってるやつが一人いるだろ?」
「ああ、金田信之のことでしょ? 音楽に長けているけど、それ以外がてんでダメ。一組に所属ができているのが不思議で仕方がないと前から思って――」
「真冬ちゃん~! お口を閉じようね~?」
小さな口から無数に飛び出してくる悪口を聞いた未穂は、両手で真冬の口を押さえて喋られないようにする。もごもごと暴れ回っている霧崎真冬を見ながら、三人は苦笑いをして話の続きをすることにした。
「…あいつさ。幼少期の頃、その辺のガキ大将にイジメられてたんだよ」
「まぁそうでしょうね。あれだけか弱い獲物を強者が見逃すとは思えないわ」
それは瑞月が小学六年生の頃の話。
バスケ部に所属をしていた柏原瑞月は部活終わりに、一人で空き地の前を通って家族が待つ我が家まで帰宅をしていたときのことだった。
「やめてよっ!!」
その空き地では金田信之が、瑞月の通っていた学校で有名なガキ大将と取り巻きの二人に囲まれていたのだ。
(……鴨にされてら)
柏原瑞月は『弱いヤツが悪い』とその空き地を素通りして、家へと真っ直ぐに帰宅をした。その日は父親が珍しく家に顔を出している日であり、瑞月は意気揚々と様々な学校事情を話す。バスケ部のレギュラーとして頑張っていること、テストで良い点数を取ったこと、色々なことを父親に話した。
そして、その最中にふと思い出したのは金田信之がいじめられている光景を見た記憶。柏原瑞月はその話も包み隠さずペラペラと喋り『弱いヤツが悪い』という理論に共感を求めた。その途端にどんな話も笑顔で聞いてくれていた父親の顔が真顔に変化し
「瑞月、外に出ろ」
今までに聞いたことのない強張った声で、家の庭へと呼び出したのだ。
瑞月は何か怒られるようなことを言ってしまったのかと考えるが、幼い頭ではその答えは見つからなかった。
「親父、どうして急に外なんかに呼び出して――」
理由を尋ねた瞬間、父親の大きな右拳が瑞月の腹に食い込んだ。身体に走る激痛に呼吸が出来なくなり、ついさっき食べた夕飯をすべて戻してしまう。
「あなた! 一体何をしてるの!?」
「手を出さないでくれ。俺はこいつのくそったれな考えを叩き直してやらないといけないんだ」
そこからは柏原瑞月もハッキリとは覚えていない。
ただ唯一覚えているのは、抵抗すらできずに一方的に殴られ続けるという恐怖。痛みと恐怖だけしか感じないその時間は、生まれて初めて経験した地獄という言葉に相応しいものだった。
「瑞月、お前は弱いヤツが悪いといった。それじゃあ俺が今したことは弱かったお前がすべて悪いということでいいんだな?」
「弱い、なんて……こんなの、関係ない」
「当たり前だが俺の方が瑞月より強い。つまり瑞月は弱者だ。弱者の立場になってどう思った?」
「痛かった、辛かった、苦しかった……」
「いじめられる側はその瑞月の気持ちと何も変わらないんだよ。抵抗したくてもできないのを良いことに、それを強い者が一方的にいたぶる。それが今の世界、各地で起きている戦争だっていじめとやっていることは何も変わらない」
柏原瑞月は父親にそう教えられて初めて気が付いた。この痛みも、苦しみも、すべて自分自身が目を背けていたことなんだと。
「俺が瑞月に格闘術を教えたのは自分の身を守らせるためでもあり、お前が弱い者に手を差し伸べてくれると信じてのことなんだぞ」
「…弱い者に手を差し伸べる?」
「そうだ。強い者が弱い者を助ける行為は栄誉なこと。俺が尊敬する元帥の言葉だ」
父親の言葉を胸に刻んだ柏原瑞月は、次の日に金田信之をイジメているガキ大将と取り巻き二人を叩きのめした。三人はあまり怪我を負うことなくすぐに逃げ出していったが、柏原瑞月からすればそのガキ大将もまた弱い者、だからこそ手加減をしていたのだ。
「あんた大丈夫かい?」
「あ、ありがとう」
その日から柏原瑞月は小学校に存在するイジメを見かけるたびに弱い者へ手を伸ばした。自分が実際に経験させられたあの苦しみが生まれないように。
「瑞月ー! ドッジボールやろうぜー!」
「瑞月ちゃん! 今日、わたしの家で遊ばない?」
そうこうしていれば周囲にいつの間にか人が集っていた。
イジメを失くす行為は、強さを見せつける行為をしなければ消えることはない。それが影響を及ぼして様々な人物が関わりを持とうと話しかけてきたのだ。
その時に柏原瑞月はもう一つ学んだ。
強い者の周りに群れのようにして集まるのは、自身の安全を確保するためだと。結局、人というのは立場が上のものに媚びなければならないのだと。
「いつまで経ってもあんたはいじめられるんだね」
いつまで経っても金田信之はいじめられていた。 どれだけ叩きのめしても、無限にいじめる者たちが現れるのだ。次へ次へとまったく違う者たちにいじめられる信之に毎度のこと手を差し伸べた。
そして何度目かに助けたとき、あることに気が付いてしまう。
(そうか。弱い者が変わらない限り、それを妨げようとする者は何度も現れるんだ)
――必要なのは弱い者が変わること。それをしなければ、どれだけ歳月を費やしても弱いままで標的とされるのだ。
「あんたは少しでも自分を変えようとしてみな」
「…変えようとするって、僕はどうすれば?」
「強くなるんだよ。誰にも狙われないように、自分自身を変える。あたしにいつまでも助けてもらって恥ずかしくないのかい?」
柏原瑞月が金田信之と会話を交わしたのはそれが最後となった。父親は強い者は常に弱い者へ手を差し伸べると言っていたが、それでは弱い者が成長できない。瑞月は考えを改めて、三度目以降は一切手出しをしないようにしたのだ。
それが正しかった、などという確証はない。だが今までの行動が間違っていたという確信はしていた。弱い者が強い者に助けられたとき、弱さを克服するという強い意志を持たなければ日常も、この世界も変えられないのだ。
「親父。あたしのこの答えはあっているか?」
家に帰ってこない父親を待っていれば、いつの間にか三年以上経ち、答えを貰えないまま五奉行の一員として学校生活を過ごしていた。
「私は瑞月のその考えには賛成よ。手を差し伸べてばかりじゃ、そいつを甘やかしすぎるだけでしょ」
柏原瑞月の話を一通り聞き終えれば、松乃椿が賛同するような言葉を告げた。他の者たちも否定はせず、ただ頷いて肯定を予期させるような反応を示す。
「玲子はどう思う?」
ただ一人、黒百合玲子だけは目を瞑って柏原瑞月の話を黙々と聞いていた。瑞月はそんな黒百合の意見を求めるように意見を聞いてみる。
「わたくしはあの方たちに興味などないですわ」
玲子らしい答えだ、とその場にいる五奉行たちはその答えを気にする様子も見せずに受け止めた。
「…でも、一つだけ言えることは」
続けて何かを述べようとする黒百合玲子へと四人の視線がに集中する。
そんな視線を浴びながらも、玲子は何の躊躇いも見せることなく
「――弱い者は捻り潰されて当然の存在、ということですわ」
四人の前でそう言い切った。




