第15話『妬んだらダメなんですか?』
「よし。今日も一日頑張るか」
西村駿は早朝から気合を入れて自分の在るべき場所である高校へ向かっていた。生徒会長である東雲桜を手伝うためでもあり学校に貢献をするためでもある。真白高等学校の体育祭は有名校として期待をされている。どんな高校よりもずば抜けて完成度の高いものを目指さなければならない。
「ねえ…」
「ん?」
道端で声をかけられ顔を横に向ける。青髪の眼鏡をかけている女子高生。同じクラスの雨氷雫だ。
「…何してるの?」
「え? …学校に向かっている最中だが…」
「そう。あなたに聞きたいことがあって――」
「やっと見つけた。勝手にうろうろするなって言っただろ」
西村駿に雨氷雫は何かを聞こうとしていたが雨空霰に声をかけられ止められてしまう。
「こいつの不愛想で気分を悪くさせていたらすまない」
「いや大丈夫だ。霰も雫も朝起きるのが早いんだな」
授業が始まるまでざっと一時間ほどあるというのに…と西村駿は外を出歩いている理由を遠回しに聞こうとする。
「…まあな、野暮用だ。お前こそ朝早いな」
「ああ。生徒会としての仕事があってな。生徒会長一人に背負わせるわけにはいかなくてさ」
西村駿と雨空霰はお互いに長話で引き留めるのは失礼だと考え
「時間を取らせて悪かった。俺らはもう行くから」
「気にするな。それじゃあまた後で」
すぐに話を切り捨てて互いに別れの挨拶を告げた。雨空霰と共にその場を去っていく雨氷雫はしばらく駿の事を見つめていたが一定の距離が離れると前を向き霰と街角を曲がって消えていった。
「…さて行くか」
遅れると生徒会長にどやされるような気がした西村駿は、歩くスピードを少し速めにして再び学校へ登校し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはよー玄輝。昨日は付き添ってくれてありがとねー」
「ああ、まあおれも楽しかったよ」
実際付き添っていたのは行きと帰りだけで一緒にいる時間よりいない時間の方が多いはずだったが、優菜が感謝してくれているのならと玄輝はそういうことにする。
「…ガッシーと喧嘩でもしたの?」
「するわけないだろ」
優菜に言葉を返すと玄輝は自分の席に向かって歩を進める。信之に対する文句を一言一句ずつ心の中で並べ、イライラを紛らわせるようにイヤホンで音楽を聴いている白澤の様子を伺うことにした。
「おう玄輝。何か用か?」
「そういやお前いつもイヤホンで何を聞いてるんだ?」
「気になるなら…ほら聞いてみろよ」
白澤がイヤホンを自分の耳から両方取り外して木村玄輝へと手渡す。玄輝はそれを受け取って自分の耳につけて流れている曲を聴いてみると、シンセサイザーなどが多様に使われている音楽だった。
「EDMだぜ。エレクトロニック・ダンス・ミュージック」
「お前いつもこんなのを大音量で聞いているのか?」
「そりゃあお前さ。好きなものには全力だからな」
「それは音量を全力って意味か?」
この音楽を聴くのは一日一回…一週間に一回で十分だと、玄輝はすぐにイヤホンを耳から取り外すと白澤に返す。普段から白澤がうるさいヤツだと感じていた玄輝だったが、聴いている音楽のジャンルも耳に悪いものだということを知り心底ウンザリさせられていた。
「おん何話しとるんや」
「吹。こいつの聴いている音楽知ってるか?」
「知らんな。何聴いとるんや」
白澤が今度はイヤホンを吹に手渡して流している音楽を聴かせる。すると吹が途端に頭を振り出してリズムを取り始める。白澤もそのノリに乗って手を上げてリズムを取る。玄輝は嫌な予感がして席を立ち上がりトイレへ逃げようとした瞬間
「おん! おん! おおおぉぉんんんんん!!」
「|Put your hands up!《盛り上がっていこうぜ!》」
二人がタイミングよく馬鹿騒ぎを始めてしまう。そんな白澤来と波川吹を見て周りの生徒は変人を見るかのような視線を送っていた。玄輝は逃げるのが遅かったと両手で頭を抱えて無関係を主張するために机へと顔を伏せる。
「玄輝も気分上げていけよ!」
「うるせえ! おれに絡んでくるな!」
仲間に引き入れようとする白澤とそれを断固拒否をする玄輝が攻防を繰り広げていると、教室に雨空霰と雨氷雫が顔を出す。
「…朝からうるさい」
「どこかの誰かみたいにうろちょろされるよりはマシだけどな」
「……」
明らかにむすっとした表情をしている雫を霰は知らんふりしながら神凪楓に挨拶をして自分の席に着く。楓は以前よりも雨空霰や雨氷雫と会話を交わすようになっていた。心を開いている…というわけではなさそうだが、邪魔な存在と思われていないようにも見える。
「霰くん。昨日はありがとう」
「あー…気にしなくてもいいよ」
内宮智花は霰が来たことに気が付くとすぐさま雨空霰の元まで近寄り感謝の言葉を述べる。何があったのか気になる玄輝だったが、会話内容は白澤や吹の声でかき消されてよく聞き取ることができなかった。
「……」
高校生らしく楽しそうに話している雨空霰や木村玄輝。そんな二人を金田信之は教室の隅からじっと見つめているだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あー…ほんまめんどうやわー」
波川吹は帰りの掃除当番を決めるじゃんけんに負けてしまい教室で一人雑巾を片手に窓を拭いていた。
(わいも早いとこ掃除を終わらせて軽音行きたいねんけどなあ)
窓越しから白澤来と西村駿が部内で練習試合しているのを見ながら適度に手を抜こうかと考えていると
「手を抜こうとしないでね」
教室の出入り口から霧崎真冬が顔を覗かせながら波川吹に注意をする。吹はそれに気が付くと、面倒ごとを増やさないように軽くあしらうことにした。
「何の用やチビ?わいは忙しいんや。子供は帰ってくれ」
「先輩に対する口の利き方も知らないなんてやっぱり頭の中が幼児以下ね。」
「おおん!? なんやて!?」
波川吹は霧崎真冬をあしらおうとしたが、逆に煽り返されてしまい思わず雑巾を放り投げて真冬へと詰め寄る。
「ほらすぐにキレる。こういうところはまるで小学生…」
「今すぐ表出ろや! おおん!?」
「その『おおん』っていう口癖…治した方がいいって前に言ったでしょ?」
波川吹は霧崎真冬の中学校からの後輩だった。同じ文化部に所属していたことがきっかけで少しだけ親交を深めていたのだ。
「わいがこの口癖を治して何の意味があるんや?別に悪いわけでもないんやからかまへんやろ」
「確かに悪いわけじゃないけど……はぁ…本当に分かってないね」
(…分かってないのはそっちやろ)
波川吹がこの真白高等学校に入学した理由は霧崎真冬が第一志望としていたからこそでもあった。外面では霧崎真冬のことを嫌悪しているが、内面はどこかで真冬のことを尊敬していたのだ。将来が安定するからという平凡な志望動機を真冬に教えていたが、実際は後を追いかけているだけ。そんなこと当の本人は知る由もないだろう。
「学年トップクラスの生徒として日々過ごしなよ」
「…待てや」
霧崎真冬はそれだけ伝え波川吹に踵を返して廊下を歩いていく。吹は遠ざかるその後姿を見て思わず声を出して呼び止めてしまった。
「…?」
「何があったんや。お前、昔とはえらく変わっているやないか」
中学生の頃の霧崎真冬はこんなに堅苦しい表情をしていなかったのに対し、今は常に顔を強張らせて黒百合玲子たちと共に過ごしているため、波川吹は真冬を変化させてしまったきっかけを聞き出そうとした。
「"何もなかったよ"。黒百合たちも私も」
だがその言葉だけで吹の心配交じりの問いかけは片づけられてしまう。いつもなら文句の一つでも言おうとする波川吹だったが、離れすぎてしまった様々な距離に自分の声が届く自信がなく黙りこくってしまう。
「じゃあね。私にはこれから話しかけないでよ」
もう二度と足を止めてはくれない真冬の背中を見ながら波川吹は怒りの感情により拳を強く握りしめた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいガッシー! ちょっと待てよ!」
木村玄輝は足早に帰ろうとする金田信之の肩を掴んでその場に留めさせる。玄輝は流石に様子がおかしいと思い、一応友人として心配をし声を掛けたのだ。
「…離してよ」
「お前どうしたんだよ? 最近になって返信もくれないし、おれを避けているし…」
「…別に何でもないから」
手を振り払うように無理やり歩き出そうとする信之に玄輝はついに堪忍袋の緒が切れて
「心配してやってるんだよ! 少しはおれに相談でもしろよ!」
キツイ当たりをしてしまった。金田信之は足を止めて玄輝の方へとすぐに振り返ると
「相談したでしょ…! 玄輝は僕の気持ちも考えないで軽い答えしかくれないし…!!」
「お前は深く考えすぎなんだよ! もう少し楽観的になれば……」
「無理だよっ…! 僕は玄輝たちみたいに楽観的な考えは持てないし、トラや駿みたいに何か特別に特化しているものだってないんだから!」
玄輝は普段天然でアホな金田信之がここまで必死の形相で声を荒げている威圧によって言葉を失ってしまう。
「優菜や智花みたいに自分のことを誇ることができるブランドだって…! 僕には何もないんだよ!」
「……ガッシー」
「皆が羨ましいよ! 皆みたいになれたらって…それしか考えられなくて!」
「…でもお前は作曲も出来るし、ピアノも弾けるんだろ…? それだって凄いことじゃ…」
「そんなもの僕にとってただのお飾りに過ぎないよ! 何の役にも立たない!」
信之は感情が高ぶると鞄に付いているピアノのキーホルダーを引きちぎって近くの用水路に投げ捨てる。玄輝はそのキーホルダーは信之が子供の頃から大事にしていたものだということを思い出して用水路の中を覗き込む。
「トラのノートに玄輝の名前が書いてあった話…あれだって僕の考えた嘘なんだよ。玄輝と仲良くなりたくて、僕にはあれしか方法がなかったんだ」
「ガッシー、お前…」
「嘘をついてごめんね玄輝。僕のこと嫌いになったよね」
「それはちが――」
「僕はもう玄輝に話しかけないから安心して…」
玄輝の言葉を最後まで聞くことなく金田信之はその場から逃げ出すようにして走り出す。玄輝は後を追いかけようとしたが、一瞬視線を逸らした隙に住宅街の角を曲がって姿を消してしまった。
「……ガッシー」
自分は何と声を掛けるべきだったのか。ただそれだけの疑問が木村玄輝の頭の中に残り続ける。立ち尽くす玄輝を覆うように用水路で流れる水の音だけがその場を支配していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…零。早く目を覚ましなさいよ」
神凪楓は自分の兄である神凪零のお見舞いに来ていた。楓はどうしても外すことのできない用事のとき以外は必ずこの特定機能病院と分類される【真白病院】へと足を運んでいたのだ。
「どうして…ユメ人じゃなかったあなたが植物状態なんかになって」
植物状態になったと聞いた神凪楓は神凪零がユメ人となっている可能性を信じて、何度か助けに向かおうと試みたが、一度もユメノ世界へ通じることがなかった。それはつまり頭部による障害が原因となり、現代の医療の力で治すしか他ならないのだ。
「…こんな状態でもあなたは自分の事より私の事を心配するわよね」
「………」
「私が必ず治してみせるわ。だから、もう少しだけ私に時間を頂戴」
楓は神凪零の手を強く握ってそう誓う。子供の頃からの将来の夢は自分の兄が目を覚まさなくなった瞬間から大きく変わってしまった。周りとの交友関係、自分の時間を犠牲にして全てを学業に費やしてきたのだ。
「…また来るわね」
神凪零の手を名残惜しそうに離すと置いてある鞄を手に持ち病室から退室した。
「…?」
病室から退室したと同時に誰かからの視線を感じて楓は辺りを見回す。だが目に入るのは病人やナース、白衣を着た医師だけで自分に視線を向けているのは誰もいない。神凪楓はベルフェゴールとの一戦で疲れているということにして家へと帰宅することにした。
「…神凪楓。こんな所で油を売っていらしたのね」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
信之はパソコンの前でスマホの画面を見つめすぐに妬んでしまう癖や人と少しずれている感覚を無くすためにはどうすればいいかを自分自身の頭で考えていた。
(僕にはどうすることも…)
…しかし考えれば考えるほど難しくなり全く見当もつかないのだ。玄輝にあんな自分勝手なことを言ってしまった以上、もう関わりを保つことはできない。本当に独りぼっちの状態でこれからを過ごさないといけなくなってしまった。
「やっぱり…」
ベッドへと寝転がってぽつりとそんな独り言を呟く。不安に押しつぶされてしまいそうなのは自分だけ。玄輝は何かあっても深くは考えずに過ごしていける。そんな気楽さが羨ましい。駿は交流関係が幅広いから誰かに相談しようと思えばいつでもできる。そんな人気さが羨ましい。楓は圧倒的な知性と何でも器用にこなしてしまう天才肌。そんな完璧さが羨ましい。
信之は自分に足りないものを持っているクラスメイトたちを妬んでいた。そしていつもこう思っている。"もし僕に足りないものがなかったら"と。
「僕は…」




