第13話『メンタルは限界ですか?』
20:05
『何もあそこまでガッシーに言わなくても良かったんじゃないか?』
20:50
『ああいうやつにはあれぐらいが丁度いいわ。』
20:50
『アイツかなりショック受けてたぞ。』
21:40
『私に話すのが間違っているのよ。ああいう時はあなたたちが相談に乗ってあげるべきでしょう?』
玄輝は部活を終えると急いで帰宅をして返信が返ってくるであろう時間帯に楓へ連絡をした。今日のガッシーにあそこまで厳しく言っていた事について少し聞いておきたかったのだ。
21:41
『そうだな。おれらなりに気を紛らわせようとしたつもりだったが逆効果だったかも。』
そこから楓の返信はピタリと止まってしまった。零時になるまで返信を待っていたが全く返ってくる様子がない。女子と滅多に連絡をし合わない玄輝にとって楓とのコミュニケーションは緊張するものであり、すぐに返信をするよう心掛けていた。
「…やべっ! 数学の宿題やってねえ!」
気が付けば日付は変わってしまっている。楓の返信に気を取られて数学の宿題をやっていなかった玄輝は教科書を取り出して宿題の範囲であるページを開く。…5ページ分もある。どうやら今日は徹夜らしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(…いいメロディーが思い浮かばない)
金田信之は夜の街中を歩きながら作曲をするためのメロディーや構成を考えていた。家の中では息詰まることが多いときは一度外へ出て月を見ながらのんびりと歩いていると心が落ち着き良いフレーズが浮かんだりするのだ。
「あんた」
「…あ」
静けさに包まれた住宅街を歩いていると金田信之はジャージを羽織り耳にイヤホンを付けてランニングをしている柏原瑞月と遭遇してしまう。家が近く柏原瑞月がランニングをしている姿を昔からよく見かけていた。
「見覚えがあると思ったら二年一組だったのか」
「……」
金田信之は顔を逸らして会話を交わすことなく瑞月の横を通り過ぎようとするが、肩を掴まれそれを阻止される。
「昔と変わらないねあんたは。そうやって逃げてばかりだ」
「…」
「虐められていた頃となんら変わりない。あたしに助けてもらってばかりで弱い自分を成長させようとしなかった」
子供の頃、金田信之は近所の悪ガキたちに虐められていた。自分から抵抗を一切しないこともあり恰好の的となってしまっていたのだ。そんな信之を虐める悪ガキたちを叩きのめしていたのが女である柏原瑞月だった。
「あんたは自分のことを男としてだらしないと思わないのかい?」
父親が軍隊に所属していることもあり、男勝りに育ってきた柏原瑞月は男に劣らないほど腕っぷしが強い。それだけじゃなく、父親本人やその友人から教わっていた格闘術を学んでいることもあり並大抵の男には負けないほどの強さを備え持っていたのだ。
「……別に僕は」
そんな自分より強い柏原瑞月が羨ましかった。もし自分がそこまで強かったら紫黒高等学校の不良たちと会ったときだって玄輝のことを助けられたり、今まで歩んできた自分の道に何かしらの変化は起きていたはずなのだ。
「今でも他人を妬んでばかりであたしはあんたのことを見損なったよ」
瑞月は軽蔑するような視線を送ると信之の肩から手を離しランニングを再開する。瑞月が離れていく光景は心の距離を表しているように信之は思えて足早に歩き始めた。元々仲が良いわけではない二人だったが、過去の金田信之を知っているのは柏原瑞月だけであり、虐められているのを助けてくれたのも柏原瑞月だけだったのだ。
「…」
良いフレーズを思いつくどころか、気分が駄々下がりした信之は作曲を中断し情けない後ろ姿を見せながら自宅へと帰還することにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「はいリーサル~」
「おおおおんんん!? なんやこのデッキは!?」
朝から波川吹と白澤来がスマホゲームで遊んでいるのを玄輝が近くで見ていると勝ち誇る白澤にイラついた吹が机を叩いて猿のように喚きだしていた。
「そんなに怒るなって吹。次は手加減してやるから」
「んんんおおおお!? お前絶対泣かせたるわ!!」
うるさいと思いつつスマホの画面を確認すると神凪楓からメッセージが届いていた。学校で玄輝との関わりを避けている楓がこのタイミングでメッセージを送ってくることは珍しい。玄輝は一応誰の目にも見られないように男子トイレへと移動をしてメッセージを確認することにした。
8:35
『今日の帰りに真白町の"ゲームエデン"に寄りなさい』
8:38
『え?何で?』
8:40
『いいから黙って来ること。あなたに拒否権はないわ』
『ゲームエデン』は大型ゲームセンターのこと。この真白町に住んでいる若者たちはほぼ行ったことがあるであろう有名な遊びスポットだ。木村玄輝も去年は何回か行ったことはあったが、進級してから一度も行く機会がなかった。何の用件があって楓がそのゲームセンターに自分を呼び出したのかを確かめるためには行かざる負えない。
「…まあ気分晴らしにはいいか」
木村玄輝は手洗い場に備え付けてある鏡で髪型をチェックし整え、廊下に足を一歩踏み出すと
「きゃっ…!」
「うおっ! ごめん!」
丁度横から女子生徒らしき人物が玄輝と衝突して甲高い声を上げた。玄輝はすぐにぶつかった女子生徒の方へと体の向きを変えて自分自身の不注意を謝罪する。
「ううん、大丈夫。わたしの方こそごめんなさい」
玄輝とぶつかった女子生徒は真白高等学校の生徒会長である東雲桜だった。それに気が付くと玄輝はより一層頭を下げて謝る。
「生徒会長…!? ぶつかってしまいすみません!」
「ほんとに大丈夫だから気にしないで!」
「いや本気で謝らせてください。申し訳ございませんでした」
生徒会長は寛大で一部を除いて誰からも好かれる性格なこともあり玄輝も密かに尊敬をしていた。西村駿とは違って東雲桜は自分から目立とうとはせず、周りとの協調性も大切にするからこそ玄輝は嫌いになることができないのだ。
「あはは…そこまで謝れると困っちゃうな~…」
しかし今まで告白されたことがないという噂を木村玄輝は聞いていた。どうやら余りにも手の届かない高い存在となっているため、告白しようとしても全体の9割の男子生徒は気持ちを伝える前に無理だと諦めているらしい。男子生徒の中では現段階で告白できる立場にいるのは西村駿だけだとも言われている。
「…あれ? もしかして木村玄輝君?」
「え…? 俺の名前知ってるんですか?」
「うん! たまに西村君が木村君の事を話してたからね!」
西村駿が自分の事を話していたことを桜に教えてもらうと心の中であの野郎と聞こえない声で小さく呟く。
「あ! 授業始まっちゃうよ! 早く行こ!」
「は、はい…そうですべ…!」
玄輝は桜に突然手を引かれたことにより動揺してしまい思わず噛んでしまう。桜に手を引かれ教室へと戻っている最中、木村玄輝は走りながら桜の揺れる後ろ髪を見ることしかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…霰。売店まで歩くのが面倒くさい」
「文句言うな。そもそもお前が朝起きるのが遅いから弁当を作る暇もなかったんだぞ」
雨空霰と雨氷雫は昼食を買うために売店へと向かっていた。普段の朝は弁当を作る前に寝起きが悪い雫を起こさないといけないため、大体三十分ほどかけて霰が無理矢理起こしている。だが起こすのに少しでも手間取ると朝ギリギリとなってしまい、弁当を作ることができないのだ。
「やっぱりお前は黒髪に染めるべきだったな」
「どうして?」
雨氷雫はこの辺りでは滅多に見ることがないであろう青髪。神凪楓の金髪よりも珍しいため、周りの生徒から一段と注目を浴びていた。こうなることを予測していた雨空霰は編入する前に黒髪へ染めるように雫へ提案をしていたが、面倒くさいからという理由で断られ結局今の青髪のまま入学してしまったのだ。
「俺が困っていると思わないのか?」
雨氷雫のせいで雨空霰も周りの視線を集めてしまい何とか被害者づらした顔をしながら、雫に嫌味を溢していると黒百合率いる五奉行たちと廊下ですれ違う。
「…黒百合。恐らくあの二人が二年一組の編入生徒よ」
「あらそうでしたの?」
松乃椿が黒百合玲子へそう教えると、来た道を引き返して霰と雫に声をかけようとする。背後から誰かが近づいてくる気配を感じた二人は声を掛けられる前に振り返り黒百合の顔を見た。
「ごきげんよう。お二方は編入してきた生徒ではなくって?」
「え?ああ、そうですけど…」
「そうでしたの。お二方をお目にかかることができて光栄ですわ。わたくしは黒百合玲子。今後ともお手柔らかに…」
黒百合玲子に握手を求められた雨空霰は普段通りの作り笑顔で名前を名乗り握手を交わし、お前も握手しろと促すように雫へと肘をつく。
「…雨氷雫、よろしく」
雨氷雫は笑顔を浮かべるわけでも愛想をよくするわけでもなくただ無表情のまま黒百合と握手を交わした。黒百合は優しい笑みを浮かべているが、それは霰と同様に作っているものだということを二人は見抜いていたのだ。
「あの編入試験を乗り越えてきた方たちですもの。さぞかし"優秀"に決まっていますわ」
「…お褒めの言葉ありがとうございます」
「わたくしたちはあなた方に期待していますわ」
黒百合玲子が霰と雫にそう伝えると踵を返して待っている4人の元へと戻り始める。それを見た二人もまた背を向けて本来の目的である売店へと向かうことにした。
「黒百合。あの二人はどうだったんだい?」
編入生の下見をした黒百合に柏原瑞月が感想を聞く。黒百合は穏やかな表情を保ち続けていたが、瑞月たちの側まで辿り着くと表情を冷酷なものへと変わる。
「…気をつけた方がいいですわ。特に一見平凡そうに見える彼には…」
黒百合は一人そう呟くと表情を穏やかなものへと戻して一人先へと歩いていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、ゲーセンに行くか」
授業の終わりのチャイムが鳴ると同時に早速鞄の中へと教科書類を詰め込んで、階段を駆け下り下駄箱に靴を取りに向かった。神凪楓は最後の授業の時間だけ何かしらの理由で早退をしている。これとゲームセンターに何の繋がりがあるのかそれを確かめるために自宅とは逆方向のゲームセンターへと木村玄輝は向かう。
「玄輝? いつも帰りこっちだっけ?」
さあ出発だと意気込んだ途端に帰宅しようとしている鈴見優菜から声をかけられてしまった。玄輝はどうにかやり過ごしたいという気持ちが込み上げていたが、それでは優菜に疑われてしまう可能性があったため
「あ、いや…ゲーセンに行こうと思って」
「ふーん。私も行こうとしてたんだけど一緒に行く?」
「そう…そうなのか」
ゲーセンへ遊びに行くだけなら別に一緒に行ってもいい玄輝だったが、目的は娯楽ではなく神凪楓の呼び出し。優菜を連れて行けば楓に後々罵倒されるのが目に見えていたため断ろうとしたのだが
「何してるの? 早く行こうよ」
「あ、ああそうだね」
玄輝の返答を聞くこともなく一緒に行くことが確定しており、渋々ゲームセンターへ優菜が同行した状態で出発することにした。鈴見優菜とは朝の挨拶しか交わしたことがないので何を話せばいいのか分からず困ってしまう。
「そういえば新しいクラスはどうー?」
「いやまあなんていうか…楽しいんじゃないか」
お前は母親かと心の中でツッコミを入れつつ左ポケットに入っているスマホの画面へと視線をずらす。どうやら神凪楓からメッセージが届いているようだ。
「友達からメールでも届いた?」
「…まあな」
「ガッシー?」
信之は楓に罵倒された日から玄輝と一切会話を交わすことがなかった。玄輝からは避けてはいないのだが、信之の方は気まずそうにして玄輝に話しかけてこなかったのだ。
「違うよ」
神凪楓を友達として扱っていいのかは微妙だが、命の恩人であることは変わりない。だが優菜に命の恩人と言ったところで通じないうえ、楓と連絡を取り合っていることを知られたくないので適当に会話の相槌を打っておく。
「霰くんと話してみた?」
「…いや? まだ一度も話してないけど。」
「私と同じゲームやってたんだよねー。意気投合しちゃってさー…」
雨空霰と話したことがない木村玄輝は興味がないので話に乗っかることができず曖昧な返答しかできない。優奈はそれに気がついていないのか話を止める様子がなかった。
(こいつ、こんなお喋りだったのか)
鈴見優奈がゲームをしている姿しか見たことがない木村玄輝は意外な一面を見せられて戸惑いを隠せずにいた。
「…私がこんなに喋るのが意外だった?」
それに気がついた優奈が玄輝に軽く微笑みながらそう尋ねた。玄輝はまあなと返答をして視線を逸らすとさりげなく自身のスマホを確認する。
「家では喋れない分、こういう時に発散しないとね…」
「…?」
玄輝は家では喋れないという鈴見優奈の言葉が脳裏に引っかかったが、再び喋り始めてしまった優奈にその事情を聞くことはできなかった。
(で、いつメッセージを確認するか)
それよりも楓のメッセージが気になって仕方がない玄輝は、一刻も早く確認するために歩くスピードを速くする。すると優菜もスマホを片手に口を動かしながら玄輝と同様に歩くスピードを速める。
(…こいつ、どんだけおれと一緒に行きたいんだよ)
木村玄輝は優奈に呆れながらも少しだけ歩くペースを落とすことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「西村君、このパンフレットなんだけど…」
「ああこっちの仕事が終わったらまとめておくよ」
西村駿は生徒会室で今度の体育祭についてのパンフレットを生徒会長である東雲桜と共に作成していた。生徒会は駿を含めて8人。生徒会長・副生徒会長が一人に対し書記・宣伝・会計は二人ずつで構成されている。
「あーあ…もうすぐテストだなあ…」
「そうだな」
「嫌だなぁ…」
嫌だ嫌だと愚痴を言っているがこの人はこんなだらけきったことを言いながら成績を落としたことが一度もないことを知っている。生徒会長である東雲桜の仕事量は西村駿がサッカー部や軽音楽部で活動している量よりも断然に多いのだ。
それなのに自分よりも良い成績を取ることができることに対して流石持っている者は違うと駿は心の中で表には出さず尊敬していた。
「愚痴を溢してないで早く終わらせよう。東雲も早く帰りたいんだろ?」
「それはそうだけどー…本当にこの量を今日中に終わらせられるのかな?」
「終わらせるんだよ。無理やりにでも」
桜は普段おしとやかに生徒会長として活動をしている。…が、このように西村駿と二人きりになると突如だらけきって愚痴ばかりを吐いているのだ。これが東雲桜の本当の姿なのかと駿は呆れて言葉も出ない。
「んー…まあ西村君いるし終わるよね!」
「俺に頼り過ぎだ東雲」
送検する書類へと目を通しながら次の仕事へと取りかかる。体育祭の費用、人件費、クラス費…これらを全てまとめた後に次はパンフレットの作成をする。何とも骨が折れる作業なのだ。
「あ、そういえば今日トイレから出てくる木村君とぶつかっちゃったんだけど…」
「…それがどうかしたのか?」
「うーん…何か冴えない顔をしてるよね」
「否定はしない」
木村玄輝とは幼稚園から同じ道を進んできた。最初は仲が良かったものの今となっては大きな壁によって話すことすらできていない。向こうはおそらく自分を嫌っている。だから自分からは話しかけにいかないように駿は心がけていた。これが良い案だとは思わないが下手に打って出るよりこれが比較的安全な策なのだ。
「あの冴えない男の子の事をかの有名な神凪楓ちゃんが気になっているんだよね…?」
「…ああ、トイレにいるとき聞いたんだ。トラがノートの右下に玄輝の名前を書いていることを」
「わたしは何回もトラちゃんに話しかけて砕け散ってるのになぁ…」
西村駿は新クラスになって一日目、授業終わりに神凪楓と廊下で話したことを思い出す。話した内容は大したことではない。しかし自分の知らないところでその場面を見た誰かが告白をしていたと勘違いをして噂を流したらしい。
「…村君、西村君!」
「あ、悪い。何だった?」
勝手に言わせておけばいいと考える西村駿はその噂を気にしていなかった…が、その甘い考えによって後々誰かを苦しめることになるとは予測していなかった。




