第100話『クリスマスに奇跡は起きますか?』
「メリークリスマース!」
鈴見優菜の掛け声と共に、手に持っているクラッカーの紐を引っ張って、パンッという音をリビング中に響き渡らせる。桜、智花、優菜、楓の四人はミニスカサンタの衣装をまとい、駿、白澤、吹、信之はサンタクロースの衣装を着ながらクラッカーを鳴らしている中で
「……何でおれだけトナカイなんだよ」
トナカイの着ぐるみを渡された玄輝は一人不服そうな顔で、クラッカーを鳴らしていた。
「ごめんね玄輝。衣装が一着足りなくて……」
というように、一見すれば頭の悪そうな高校生たちが開きそうなクリスマスパーティーだが、
「優菜様、こちらが七面鳥の丸焼きです」
並んでいる料理はどれも一級品。鈴見優菜が富に溢れているおかげで、咲が様々な場所から高級な食材を輸入して、高級ホテルでしか見られない料理を用意することが出来たのだ。
「いいのか優菜? こんなにご馳走を用意してもらって……」
「いいよいいよ! お父さんが『あの子たちなら盛大に振舞ってやれ』って言ってたから!」
全員、クラッカーをゴミ袋に捨てると右手にコップを持つ。
「それじゃあ駿! 音頭よろしくね!」
「俺がやるのか?」
無理やり押し付けられたにも関わらず、すらすらと例文を覚えているかのごとくお決まりの前文を言葉にして、
「今夜は楽しもう! かんぱーい!」
コップを高く上げて、上手く音頭を取った。
「よっしゃ! 早速いただくぜ!」
各々、料理に手をつけて口に運ぶ。一級品といっても高校生という年齢も考えられているようで、ワインなどといったような香りづけをされてはいない。しかしされていなくとも舌触りのいいものばかりで、どんどん口の中へと入っていくほど美味なものだった。
「美味しいかトナカイ?」
「お前の髪をむしり取るぞ白澤」
チキンにかぶりつきながら、話しかけてきた白澤を軽く追い払いながら、咲特製のポテトを食べる。塩の味付けがさっぱりとしており、接種塩分が抑えられているような調理方法が施されているようだ。
「楓ちゃん、いつするのー?」
「うるさいわね。こっちにもタイミングってものがあるのよ」
「わたし、楽しみだな~!」
女子もかなり盛り上がっているようで、神凪楓を優菜たちが何かの話題で弄っていた。楽しそうで何よりだと木村玄輝は信之と適当に駄弁りながら、料理を摘まむ。
「みんなー! プレゼント交換やろー!」
しばらくして鈴見優菜がプレゼント交換の時間を告げる。各自で持ってきたプレゼントを手に持ち、広い場所で輪を作りながら、隣同士を見合っていた。
「どうやってプレゼント交換するんだ?」
「部屋を暗くしてから、右回りにプレゼントを回すんだよー。それで咲ちゃんが電気を点けた瞬間にストップ。それでその時に持っていたものがプレゼントっていう感じかなー」
全員のプレゼントの大きさを見てみれば、最も小さいプレゼントを持っているのは西村駿。そして、最も大きなプレゼントを持っているのは白澤来だ。金田信之と白澤来は外れ枠として考えれば、当たりの確率は自分のものも含めれば九分の七。
「スタート!」
部屋が暗くなり、右回しでプレゼントを送っていく。途中で白澤来のプレゼントを手にしたが、あり得ないほど重い。隣に立っていた金田信之もそれを持った瞬間、「重っ!?」と声を上げていた。
「それではストップ」
電気の明かりが点いたと同時に、全員が自身の手元を見る。玄輝の手元にあったのは金田信之のプレゼントでも白澤来のプレゼントでもなかった。
(これは、確か楓のプレゼントだよな?)
当たりのはずが昨日にあった村正との件のせいで、喜ぶにも喜べない。周囲を見渡してみれば、喜んでいる者や外れだと騒いでいる者で感情の表現が違うため、かなりの修羅場を迎えているようにも見える。
(…おれのプレゼントは、楓のところか?)
どう考えてもあり得ない確率だ。これは奇跡といってもいいのだろうが、その奇跡が自分にとって良いものになり得るとは限らない。
「おおん!?! 白澤、なんやこのダンベルは!?」
「良かったな吹! これでどこでも筋トレが出来るぞ!」
全員がプレゼントを開けて中を確認しているので、玄輝も黄色の袋に包まれたプレゼントの中を覗いてみれば、そこにはプレゼントに選ぼうかと悩んでいたマフラーが入っていた。しかもそのマフラーは品物として売られていない、手編みで作成されたマフラーだ。
(わざわざ楓が編んだのか)
赤色のマフラーを取り出そうとしたとき、袋の中身に一通の手紙が入っていることに気が付く。木村玄輝は周囲にバレないようにそれを袋の中で開けて、何が書かれているのかと目を通してみれば、
『後でベランダに来なさい』
たったそれだけが記されていた。ふと神凪楓に視線を送ってみれば、こちらの様子を窺がっていたようですぐに背を向けて、知らんふりをする。
(…嫌な予感がする)
プレゼント交換の時間は終わり、リビングでそれぞれ談笑したり、ゲームで対戦したりと、自由行動のようなものが始まった。それを境に神凪楓が一人でベランダに出ていく姿を、玄輝は目撃をしたため、私服に着替えると後を追いかけ窓からベランダへと出る。
「おれに何の用だ…?」
ベランダではサンタの恰好から私服へと着替えている神凪楓が玄輝のことを待っていた。楓は夜空を見上げながら、何も答えない。
「…おい、聞いているのか?」
神凪楓の隣に立って、顔を覗き込む。
「ええ、聞いているわよ」
夜空に輝く美しい星たち。クリスマスにふさわしい綺麗な夜空よりも、玄輝は神凪楓の美しい横顔に目を奪われてしまった。楓に目を奪われたということは、昨日村正が述べた通り、自分が楓のこと好いているということなのだろうか。
「どうしておれを呼び出したんだ?」
「あなたに伝えたいことがあるのよ」
神凪楓はこちらへと顔を向けた。上目遣いで見つめてくる瞳に可愛らしさを感じ、そよ風でなびく黄金色の髪に夢心地な気分を感じる。
「私はずっと一人だった。兄を失ってからずっと…ね」
「……」
「正直、それぐらい平気だと思っていた。私は兄の為ならいくらでも戦えるってそう信じ込んでいたの」
白い吐息が楓の口から洩れる。こんな近くで神凪楓と向かい合って、会話を交わしたことなどない。こうやって近くで改めて、楓の顔を見ていると告白する男子生徒が多いという理由もよく分かる気がした。
「でも、本当は寂しかったの」
「……」
「ユメ人を助けても、助けても、誰も私のことなんて記憶に残してくれなかった。報われようなんて思っていないのに、誰にも知られない孤独を背負うようで……悲しかった」
時が止まっているのか、それとも自分自身が動けずにいるのか。楓に見つめられていることで、どちらなのかと判別が難しくなるほど緊張をしている。
「だけど、あなたは私を知ってくれた。一人で戦っていること。ユメ人を救っていること。すべてをあなたは信じて、話を聞いてくれたの」
「…そうだったな」
最初はユメ人なんて話は信じたくても信じられなかった。実際に経験をして、命を救われて、やっと信じられたのだ。
「それにあなたは自分の身を顧みずに私を助けに来てくれた。あの時は、口には出せなかったけど…。私はとても嬉しかったし、あなたのことがとても頼もしかったのよ」
「……」
金田信之を助け出すために、レヴィアタンを倒そうとしたとき。今でもなぜあのような行動を起こせたのか木村玄輝自身も分からない。自分のユメノ世界で怖い目にあったというのに、神凪楓と金田信之のことを考えれば、いてもたっても居られなかった。
「――だから、私と人生を共に歩んでほしいの」
その言葉の真意。木村玄輝はこの時に気が付いた。|神凪楓が自分のことを好いていたのだ《・・・・・・・・・・・・・・・・・》、と。
「あなたになら私はすべてを捧げられるわ。それぐらい本気なのよ」
神凪楓の顔がすぐ目の前まで接近する。ふわりとシャンプーの良い匂いがした。玄輝は楓のことを好いているのかと自問自答をしてしまう。異性として見ること、それがこんなにも心臓の鼓動が高鳴るなんて思いもしなかった。
「本気、なのか?」
「ええ、私は本気よ」
明らかに頬を赤らめていた。もじもじとしながら、神凪楓は胸に手を置いて何かを決心する。
「…ん」
目を閉じて、こちらに何かを差し出したのだ。それが顔の一部、唇だと理解するのに数秒と掛からなかった。
「……」
背伸びをしながらこちらへと顔を近づけてくる。心臓が破裂しそうなほどバクバクと音を立てているせいで、木村玄輝は一切動けない。後、数センチという瞬間まで、玄輝の思考が完全に停止をしていた。
(ああそうか)
――自分は楓のことが好きなんだ。木村玄輝はハッキリとそう自覚をし、神凪楓を迎え入れるようにして抱き寄せようと手を伸ばした…。
『神凪楓を幸せにしてやってくれ』
その瞬間、頭の中で月影村正の言葉と表情が過って手を止めた。
(おれは…)
これが正しい選択なのか。これが神凪楓のためになるのか。自分は神凪楓を幸せにできるのか。様々な疑問が頭の中で生まれに生まれる。
「……?」
その途端に玄輝は楓から距離と取るようにして、一歩だけ後ずさりをした。
「……」
「ね、ねぇ…?」
玄輝が自分から距離を置いたことに神凪楓は何かを察してしまう。木村玄輝は楓の呼びかけには何も答えない。
「…私じゃ、ダメ、なの?」
見せたことのない震えた身体に震えた声。今にも溢れ出しそうな涙を浮かべた瞳は、玄輝の脳裏に深く焼き付く。
「ごめん楓。おれは、お前を幸せにはできない」
「どう、して…?」
神凪楓の初恋、初告白。それは夜空に浮かぶ星の如く、儚く砕かれた。
「…好きじゃないんだ」
「えっ?」
――最低最悪な嘘。玄輝は生まれて初めて、人を傷つける嘘をついた。
「お前とは友人として接していたから…。そういう目で見られないんだ」
「……ごめん、なさい」
楓は顔を覆い、一言だけそう謝るとベランダから室内へと走り去っていく。木村玄輝は追うことも、呼び止めようともせずに、ベランダで一人、夜空を見上げた。
「…玄輝」
「お前たちだろ。これを仕組んだのは」
ベランダの窓から背を向けている玄輝に声を掛けてきたのは優菜たち。木村玄輝は神凪楓のプレゼントが回ってきたときから、このような流れに持っていくことを勘付いていた。
「おれのところへ楓のプレゼントが来るように、咲へ指示をしていたんだろ。おれ以外はそれを知っていて、プレゼント交換の時に、元から決めていた輪を作る順番に並んだ。最悪だなお前ら」
「だって、玄輝は楓ちゃんと仲が良かったから…。両想いになれると思って…」
「余計なお世話なんだよっ!! こんなことをして何が楽しいんだ!?」
怒声を上げる玄輝に優菜たちは言葉を返せずにいる。
「……独りにしてくれ」
玄輝は小さな声でそう呟き、優菜たちを追い払った。ベランダの窓が閉まる音が聴こえたのを確認した玄輝は夜空を見上げて、
「おれは、最低だ…っ」
拳を強く握りしめながら、堪えていた涙を流した。楓の気持ちを踏みにじった自分に腹が立った。きちんと説明できない自分に腹が立った。今すぐ消えてしまいたいと星に願った。
「くっそっ…くっそぉっっ…」
生きていて一番辛かった。いや、きっと楓は自分よりも辛いはずだ。気持ちを言葉にして伝えること、それが何よりも難しいことは誰もが知っている。楓はそれを苦労して言霊にした。それを無駄にしたのは自分だ。
(…楓を幸せにできるのは村正なんだ)
月影村正と二人で話して分かってしまった。 神凪楓のために頭を悩ませ、幸せにさせたいと願う気持ち。自分と比べて村正にはそれがあった。既に想いの強さで負けていたのだ。敗者に神凪楓を幸せにできる確証などない。だから敗者は敗者なりに最善な選択を選ぶしかなかった。
(村正、楓のことを頼む)
クリスマスの聖なる夜。
木村玄輝の初恋は、月と共に欠けた。




