第98話『期末テストは万々歳ですか?』
「やったぜぇぇーー! 補修を免れたぞぉぉ!!」
季節は十二月中旬の冬頃。終業式を迎える三日前。最後の期末テストの結果が配布をされたことで教室中が、いや校内がざわめいていた。特にざわめいていた、というよりも叫んでいたのは白澤来だ。
「良かったね白澤くん」
「おん、わいたちのおかげやな」
「助かったぜ二人とも! 教えてくれてありがとな!」
十二科目という最多の科目数。それを各科目ごと七割以上の点数を獲得していたことで、白澤来の順位は三桁から一気に二桁の中盤以上へと上がっていたのだ。無事に目標を達成できたことで、内宮智花と波川吹も一安心していた。
「僕が英語で八十点も取れるなんて…! おまけに順位も今までで一番いいし……!」
信之もそれなりに歓喜していた。文系の科目が全般的に三十点ほど上がっていたのだ。特に英語に至っては常に三十点代を彷徨っていたのが、八十点を超えるというかなりの成長を見せていた。
「ありがとう優菜! 僕が英語を克服できるなんて思っていなかったよ」
「桜ちゃんにもお礼をちゃーんと言ってね」
金田信之は桜がピースをしている姿を思い浮かべ、鈴見優菜に顔を縦に動かして何度も頷く。信之の勉強係を優菜と桜に任せたワケは、文系の科目を得意とするためと上辺で述べていたが…。実際のところは異性に対して緊張をする信之の性格を利用して、教える係を二人とも異性にしたのだ。
ちなみにその真意を知っているのは、配役した西村駿と神凪楓のみである。
「で、あなたはどうだったのよ?」
神凪楓に答案用紙を見せるように促され、玄輝は自分自身の点数を一枚ずつ確認してみた。背後で西村駿がその答案用紙を覗いて、言葉を失いかけている。
「…やっぱりお前はやれば出来るんだな」
全体の九割以上は取れている。基本科目の十科目は九十点以上を獲得し、五十点配分の音楽や美術も四十点をキープしていたのだ。そう、西村駿の言う通り木村玄輝はこの真白高等学校へ入学をして、|初めて真面目に勉強をした《・・・・・・・・・・・・》。
いつものテスト週間はテレビを見て、音楽を聴いて、だらだらしてテスト日を迎えていたが、玄輝は周囲で努力をする駿たちを見て、考えを一新したのだ。授業を真面目に受けて、予習復習をしっかりとこなし、毎日テスト勉強をこなしていた。
「お前たちが教えてくれたおかげだ。おれ一人じゃこんな点数は取れなかったぞ」
「あの数時間でそこまで点数が上がるわけがない。お前が日々努力をしていないと、そこまで点数は伸びないだろう」
「そうね。あなたが私たちの期待に応えてくれて、ちょっぴり嬉しいわよ」
西村駿と神凪楓に褒められた玄輝は恥ずかしそうに、テストの答案用紙を鞄の中に突っ込んだ。クラスメイトたちはテストを受け取ると、すぐさま校内の掲示板に張り出されている順位表を見るために、教室から出ていく。
「わいたちも順位を見に行ってみようや」
玄輝たちは吹の意見に賛同し、教室を出て掲示板まで向かう。その道中でげんなりした顔をした男子生徒や、うきうきと明るい表情を周囲に向けている女子生徒を見かけた。悪い順位とは思えないが、それでもそれなりに自分が満足の出来る点数であってくれと玄輝は強く願ってしまう。
「あっ、みんな!」
東雲桜は一足先に掲示板の前へと顔を出していた。特別に明るいわけでもなく暗いわけでもない。その表情から判断するに、いつも通りの結果だったのだろうか。
「桜、順位はどうだったんだ?」
「それが…今回の順位は大荒れなんだよ!」
――大荒れ。その言葉の意味が分からず、玄輝は実際に順位表を確認してみる。そして大荒れという意味をすぐに理解することになった。
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『期末テスト 第二学年 順位』
1.雨空霰 1100点
2.神凪楓 1099点
3.西村駿 1095点
4.雨氷雫 1092点
5.東雲桜 1090点
6.内宮智花 1087点
7.木村玄輝 1086点
8.鈴見優菜 1083点
9.波川吹 1079点
…………
28.金田信之 920点
…………
34.白澤来 901点
――――――――――――
「これは…」
上位を独占しているのは桜を除けば、全員が一組なのだ。こんな順位表になるとは誰もが思っておらず、その場で立ち尽くしていた。
「…あの二人も本性を出したようね」
「霰も雫も、今まで手を抜いていたからな」
雨空霰と雨氷雫は実力テスト、中間テスト共に明らかな点数調整をしていたが、期末テストにおいては手加減なしの本気で挑んできたらしい。神凪楓がトップから落とされるのは初めてのことで、悔しそうな表情を浮かべていた。
「あー…凄いなこれは」
噂をしていれば、今回トップを獲得したご本人が姿を見せる。神凪楓は仇に向けるかのような鋭い視線をすぐに霰へと浴びせた。
「どうして急に本気を出したのよ?」
「黒霧の一件が完全に落ち着いたからだ。中間テストの時点で確かに黒霧の事件は幕を閉じていたが、もしかしたら他にも仲間が潜んでいるかもしれない。その可能性を否めなかった以上、俺らは大人しくしておいた方がいいと思ってな」
霰は東雲桜を見ながら話をしていたことで、西村駿が桜を守るようにして前に立つ。未だに桜が敵となり得る可能性を捨てきれずに、疑いをかけているのだ。
「…まぁ、その調子だと大丈夫そうだな」
「霰、お前はこれからどうするんだ? 黒霧が消えたのなら、戦うことなんてないんだろ?」
「戦うことはないが、ユメ人を助け出す作業はしないといけない。それが俺たちの役目だし」
四色の蓮の戦いは終わっていない。彼らは災厄の日のせいで生じたユメ人という呪いを断ち切らなければならなかった。木村玄輝たちの戦いこそ終わりを告げたが、四色の蓮にとってはそこからが始まりなのだ。
「だから明日にはここを自主退学する」
「退学…!?」
「どうして退学までするんや? 別に立ち去るワケもないんやろ?」
内宮智花が珍しく声を上げて驚いてしまう。駿たちは波川吹の問いかけに賛同するように、雨空霰たちを引き留めようとしたのだが――
「立ち去るワケもないが、ここに残る理由もない。俺たちはそもそもこの学校に来た理由は災厄の日の後処理だ。ポベートールを倒せたのなら、俺たちはこの学校にいる必要がないんだよ」
雨空霰は淡々とそう述べて、引き留めようとする言葉を薙ぎ払った。
「でも、それって寂しいんじゃ」
「第一、俺はお前たちと仲が良かったと言い切れるのか?」
「…え?」
「目的が一緒だけだったから、仕方なく関わりを持っていただけだろう?」
智花だけが言葉を繋げて、どうにか引き留めようとするのに対して、雨空霰は掛けられた言葉を更に強く振り払う。その発言によって、内宮智花はすぐに黙り込んで悲しい顔をした。
「おい。もう少し言い方ってもんがあるんじゃないのか?」
白澤来が雨空霰に詰め寄る。しかし霰はまったく動じずに、言葉をこう付け加える。
「お前たちはもう俺たちを必要としていない。そして俺たちもお前たちを必要としていないんだ。この意味が分からないのか?」
「霰、俺たちはお前たちと仲良くしたいんだ。お前たちが必要と感じていなくても、俺たちにとっては必要なことなんだよ」
「これは俺一人の意見じゃない。雫も、村正も、絢もそう考えている。四人で話し合って決めたことだ。それに今更口を出されても結末は覆らない」
険悪な雰囲気。それを感じ取った金田信之と東雲桜が持ち直そうと「仕方がないよ」と皆をなだめていた。
「――本当にそうなのか?」
「…何だって?」
その中で唯一雨空霰に言葉を吹っ掛けたのは木村玄輝。今まで黙っていたが、言いたことが喉の前で募り、ついには口を出してしまったのだ。
「お前は、本当にそうしたいと思っているのかって聞いているんだ」
「今まで話したことがすべてだよ。それ以上もそれ以下もない」
「それはお前の本当の意思じゃないんだろ?」
木村玄輝は知っていた。雨空霰が上っ面だけで言葉を伝えているだけだということを。
空き教室
それは数日前に遡る。下校時間となり、木村玄輝は久しぶりに剣道部へと顔を出した後、二年一組の教室の真上にある空き教室の前を通っていた時だった。
「…それは本気か?」
村正の声が聞こえてきたため、窓から少しだけ顔を出して中を覗いてみればそこには四色の蓮と呼ばれている英雄たちが散り散りに椅子や机やらに座って、何か話をしていたのだ。
「ああ。俺たちが近くにいたら、あいつらがまた戦いに巻き込まれるかもしれない。それなら俺たちの方から関わりを断ち切った方がいいだろう」
「でもさ、駿たちに何て説明をするんだよ? 今の説明の仕方だと絶対に納得してくれないぜ」
「どんな説明をしたところで納得なんてしてくれないだろうな。だから、無理やりにでも納得をさせる」
雨空霰がどんな言い方をして、納得をさせるのかは三人ともどことなく分かっていた。分かってはいたが、西村駿たちが後を追いかけてくることなく、キッパリと関係を断ち切る方法がそれしかない。三人は渋々それを認めざる負えなかったのだ。
「俺が代表してあいつらに説明をする。お前たちは自主退学の準備をしておいてくれ」
「本当にいいのか?」
「ああ、勿論だ」
「…嘘。霰のそんな顔、滅多に見たことがない」
村正も雫も絢も、西村駿たちに思い入れがないわけではなかった。共に戦ってきたのは事実であり、後輩として色々と戦い方を教えたのも事実。雨空霰も駿たちと接することが苦と感じていたわけではない。
「真実を述べれば、とても名残惜しい。災厄の日を乗り越えた俺たちがああやってごく普通の日常を過ごせたのも、あいつらのおかげだからな」
その本音に三人も同感していた。災厄の日によってズタボロにされた精神を癒していたのはありふれた日常生活。四色の蓮の支柱となっていたものはそんな単純なもの。
「でも、あいつらの日常を奪ってまでして自分たちの幸せを望んではいない」
「…そうだな」
四色の蓮なりの思いやりでもあり恩返し。それは今の安定した幸せにありふれた日常を奪うかもしれないキッカケ。それを作ってしまう自分たちの方から去ることだ。
「…聞かれていたのか」
「恩返しをするべきなのはおれたちなんだ。七つの大罪を退けられたのも、桜を救えたのも、全部お前たちのおかげなんだよ。それなのに恩を返す前に消えられたら困るだろうが」
その真実を聞いた駿たちは口を閉ざしていた。内宮智花は目を見開き悲しそうな表情を浮かべ、白澤来は申し訳なさそうに視線を大きく逸らす。玄輝がすべてを暴露したせいで、霰は明らかに不機嫌そうにしていた。
「おれたちにもユメ人を助けさせろ。それで恩を返せる」
「…恩なんて売った覚えも無いし、そんな話をしていた覚えもない。とにかく俺たちはもうお前たちの前に姿を見せない。これは紛れもない真実だ」
「おい、待てよっ!!」
雨空霰はそれだけ言い残し、背を向けてそのまま廊下を歩いてどこかへ行ってしまう。木村玄輝は後を追いかけて霰の前に立ち、
「おれたちから逃げるのか!? お前はその程度なのかよ!?」
裏返るほどの声で霰のことを挑発した。だが幼児レベルの煽りに、雨空霰が乗るわけもない。
「あぁ、お前は初めて俺に勝ったな」
「――!」
霰は玄輝の隣を通り過ぎる際に、左肩に手を置いて一言だけ、
「…お前は何事にも囚われないんだな。その強い意思が羨ましいよ」
と耳元で呟き、その場から去っていった。




