第97話『勉強会は効果がありますか?』
「……なんで私の家なのよ?」
「すまない。俺たちの部屋にこの人数は入らないんだ」
神凪楓の家に集まったのは勉強会を開こうとしていた五人と、なぜか参加をしている優菜、智花、桜の三人。確かにこの人数は楓の住処ぐらいにしか入らない。
「初めて来たけど楓の住んでる場所って広いんだなー!」
「この鳥も可愛いね~!」
「それは人の家のソファーでくつろぎながら、私に言うことなのかしら?」
白澤たちは楓のマンションへ初めて来たことで、部屋にあるものを物色していた。飼っている愛鳥も、大勢のお客さんに少しだけ戸惑って、隠れながら玄輝たちのことを眺めている。
席についているのは駿、智花、玄輝、楓のみで、三人は勉強会はいつ始まるのかと筆箱からシャープペンシルを取り出して、はしゃいでいる白澤たちに呆れていた。
「おい、さっさと勉強を始めるぞ」
「ええそうしましょう。ちなみに勝手に物を動かしたら、一人ずつ窓から放り出すわよ」
本当ならば昼の一時頃から勉強を始めるつもりだったのだが、あまりにも白澤たちがはしゃいで回っていたせいで、時刻はとっくに一時を過ぎている。駿たちがややきつめに白澤たちへそう言うと、案外素直に用意された席へと座った。どうやらやっと勉強会の始まりらしい。
「取り敢えずその三人の成績を二桁中盤ぐらいまで上げましょう。今日はそれが目標よ」
「おう! 任せろって!」
「おん、少し黙っとれや」
勉強ができない三人を除いてここには学年トップ3をキープしている神凪楓、西村駿、東雲桜の三人がいる。その他の人員も順位が半分よりも上の人物しかいない。ここで閃いたのは役割分担だ。
「英語を克服するよガッシー!」
「柔軟に考えれば高得点取れるからね!」
「う、うん! 僕頑張るよ!」
金田信之の苦手な教科である文系科目を担当するのは、鈴見優菜と東雲桜の二人。どちらも文系科目の成績は常に上位に食い込んでいるほど、ずば抜けているのだ。鈴見グループの総帥の娘と、生徒会長に挟まれて、金田信之は若干戸惑いながらも問題を進めていく。
「はよ準備せい! 時間は待ってくれないんやで!?」
「おうおう!! 燃えてきたな!」
「ま、まぁ…。無理しない程度に頑張ろ?」
白澤来は全科目が致命的。その為、全体的に科目の点数のバランスが良い波川吹と内宮智花が選ばれた。理由は点数以外にも、波川吹が家庭教師として勤めていたことや、内宮智花が教師を目指していることもあり、教えるのが上手いという理由で白澤来の担当を任されたのだ。
何故か異様にテンションが高い白澤来は、鞄から教科書やノートを乱雑に取り出しながら、シャープペンシルを握りしめた。
「差し当たってどのぐらいできるのかを知るために、問題集を解かせてみないか?」
「それこそ時間の無駄よ。やるべきことは本人が分からない場所をハッキリと理解すること。まずは教科書の基礎的な問題を解かせるわ」
(……何でよりによってこの二人なんだ)
木村玄輝は理系の科目、細かく言えば数学や物理などの点数が低い。そこで選ばれたのは理系の科目が得意な神凪楓と西村駿。理系の科目は問題集を解くしか実力は備わらないが、そんな大量の問題を解く時間はないため、最も点数を上げられる効率を二人は考えていた。
教えられる当の本人は、楓と駿の間に挟まれて若干不機嫌そうな顔をしている。
「違う違う。ここの文法はこの単語を使わないと――」
「何をやっとるんや!? 江戸時代が千九百年なわけないやろ!!」
「そうねぇ。この基本問題が出来て応用問題が出来ないのは――」
中間と期末は『国語・数学・英語・化学・物理・生物・世界史・日本史・地理・倫理』に加え、芸術系統の『音楽・美術』という十二科目という破格の試験数。音楽・美術においては五十点満点のため、半分捨てても問題はなかった。しかし基本科目の多さには誰もが冷や汗をかいている。
教えている側もすべての科目が余裕というわけではない。それでも友人の為に仲間の為を思って、勉強を教える覚悟をしているのだ。
(勉強会なんてグダグダになると思っていたが…。案外ちゃんとやれるもんなんだな)
各自それぞれが勉強を始めてみれば、意外と集中力が長く続いていた。
教える側も教わる側も、真面目に取り組みながらひたすらに問題を解いたり、教科書を読んだりして、共に悩み、共に学んでいたのだ。先ほどから様子を見ていた愛鳥も、すっかり顔を出して、普段通りの巣箱でその光景を眺めている。
「皿を返しに来た……って勉強中か」
月影村正が神凪楓から貰った朝食の皿を返しに来たが、全員が真面目な顔をして学業に励んでいたため、そっと皿を台所に置いて、リビングから出て行った。楓たちは集中しすぎているせいか、村正が来たことにも気が付いていない。
「……よし、こんなもんだろう」
西村駿は時刻が夕方を過ぎているのを見て、握っていたペンを離す。駿の声で数時間ほど勉強に集中していたことに気が付いた一同は、どっと疲れが肩に圧し掛かってくるのを感じて、机に上半身を伏せてしまっていた。
「私たちができることは尽くしたから、後はあなたたちの努力次第よ」
神凪楓は自分の教科書やノートを自室まで運んでいく。西村駿たちもそろそろお暇するために、勉強用具を片付け始めた。
「腹減ったしなんか食ってくかー!」
「ラーメン以外にしといてくれよ」
先ほどまで本気で勉強していた白澤たちがそんな呑気な話をしているのを見て、木村玄輝は思わず鼻で笑ってしまう。断じて悪い意味で笑ったのではない。こんなふざけたやつでもやるときはやるのだと見直していたのだ。
「…今日は適当でいいわね」
自室から戻ってきた楓は冷蔵庫を開けて、夕飯の献立で何を作ろうかを考えていた。その後姿を見た白澤来がふとこんなことを口にする。
「楓って料理が作れるのか?」
「当たり前じゃない。一人で暮らしている以上、作れなきゃ不便でしょ」
そう答えてしまったが最後だ。白澤来はその発言に「そうか」と目を光らせて、
「じゃあ、俺たちにも夕飯作ってくれよ!」
「…は?」
「楓の手料理食べてみたいんだ! いいだろ? 食材費は出すからさ!」
そんな迷惑なことを頼み出した。神凪楓はもちろんとてつもなく嫌な顔をして、西村駿は溜息をついて白澤を止めようとしていたが、
「…たまにはいいんじゃないか?」
村正がリビングに顔を出して、神凪楓にそう言った。楓以外は突然姿を現した月影村正に、呆然としてしまう。しかし玄輝たちがそんな反応をしていることなど気にしていないようで、続けてこう話した。
「お前、稀に俺と食べる以外はほぼ一人で食べていただろう? こういう時ぐらい大勢で食卓を囲んでみるのも悪くはないと思うぞ」
「何であなたがそんなことを気にしているのよ?」
「師匠なりの気遣いだ。ありがたく受け取ってほしいもんだが…」
楓は片手で額を押さえながら「仕方ないわね……」と小さく呟き、
「買いに行きなさい」
「買いにって…何を?」
「食材よ食材! ここにあるのじゃ全然足りないから、ニュアンスにでも行って買ってきなさい!」
買い出しへ行くように指示を出した。渋々承諾してくれた、と優菜と桜は楓に対してニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あっれー? 楓ちゃんデレた?」
「いつもはツンツンしてるのにね~」
からかわれた楓は頬をピクピクと痙攣させながら、その場でごそごそと何かを取り出す動作をすると、
「……なんならあんたたちが食材になってもいいのよ?」
包丁をわざとらしく見せて二人を脅す。桜と優菜はそれを目にした瞬間、すぐさま「買い出しに行ってくる!」と風のようにリビングを走り抜けた。
「私がやるとそんなマジに見えるのかしら?」
くすくすと笑う楓に釣られて、西村駿たちもあははっと笑う。玄輝は楽しそうにしている神凪楓に視線を向けて、心を開こうとしなかった頃の楓と照らし合わせる。彼女は中身だけ入れ替わってしまっているのではないか、と心配してしまうほど違って見えた。
だがそれが嬉しいことなんだと玄輝自身が感じてしまえばしまうほど、どこか遠い存在となってしまうようで心が締め付けられるような寂しさを覚える。
(…いや、そんなわけがないか)
自分が抱いている感情は一体何なのか。その答えを出してしまえば、一生苦しんでしまうような気がして、顔を横に振って忘れようと試みた。神凪楓が報われてくれれば、自分がどうなろうともそれが最善。
「……」
全員が笑い合うそんな中で、唯一月影村正だけが俯いている木村玄輝の方をじっと見つめていた。




