家族仲良し大作戦その2
「無理よ!無理無理無理無理!」
「「お嬢様!?」」
この時のわたくしは必死だった。
肥満気味で運動不足な身体を全力で動かし、長い廊下を駆け抜ける。
ピクニックによく行くようになってから、多少体力がついている。が、足りない…
勉強を受けるようになってから、知能も上がっている。が、足りない…
「お待ちください!」
「お嬢様!」
唯一勝っている点は、廊下を走るという礼儀知らずな行動をできるかどうか。
わたくしは今までの悪行が功を奏して(?)もう走っても叱られない。
そこが最大の利点!
とにかく遠くまで走って隠れないと!
角寸前で止まりそのまま方向転換。
右手に曲がって洗濯物を持ったメイドを回避。
そのまま五つ目の扉に入り窓枠に足をかけ一気に飛び出す!
…一階だから飛び出すほどの高さもなかったけど。
庭に行き右と左どっちに曲がるか一瞬迷い、左を選択。
東屋を越え、迷路に行こう…と思ったが隠れるのに迷路は常套手段。迷路も越え生け垣を背にしゃがみこんで隠れる。
ずっと隠れるのはつらい…が、それよりも嫌なことというものがあるのだ。
すると声が聞こえてきた。
そうだ、相手は二人。右と左に分かれて探すことができる。
「お嬢様~。どこですかお嬢様~。」
‥‥‥
「やっぱ迷路…いや、隠れる場所がありすぎる。探しづらいな。他のところにいたら発見が遅れるから後回しだ。じゃあ…」
‥‥‥
よりにもよってセヤか…。
セフィドよりもセヤのほうがありとあらゆる面で勝っている。
武力、知力、体力、etc…
セフィドはセヤに勝てないようだ。
セフィドはセヤを尊敬したようすでそう語ってくれた。
わたくしも頼もしいと思った。
…が!今だけは嬉しくない!
「見つけましたよ、お嬢様。」
!!
ばれた!
思わず肩を上下させ、恐る恐る振り返ると…
誰もいない。
「!?!?!?!?!?!?!?」
混乱し、動揺して、少し固まり、はっと気づく。
(セヤ!セヤはどこ!?)
動揺のあまり、反射的に立ち上がってしまう。
「ああ、こんなところにいたのですか、お嬢様。」
「え!?」
生け垣と花壇の向こうに、セヤがいた。
隠れている場所からはなかなかな距離だ。
「どうやって気づいたの…?」
「いえいえ、気づいておりませんでしたよ。」
「どうゆう事なの!!」
ついつい語意が強くなってしまったが、それも仕方ないと思いつつ、はぐらかすような態度のセヤを詰問する。
「はったりです。」
「へ?」
「見つけていませんでした。」
「……っ」
やられた。
最初の『見つけましたよ』は虚言。
動揺したわたくしを見つけるための策。
「さあ、戻りましょうお嬢様。僕たちも一緒におりますから。」
「…無理よ。ううん、嫌よ!」
うなだれてしまうが、抵抗は諦める気はない。
だって…だってだってだって!
「無理!今さらどんな顔してお父様やお母様、妹と接っしろっていうの!わたくしの家族はあなたたちだけでいいの!」
「お嬢様…。」
わたくしは、もう…、いいえ、きっとずっと前から。
両親を親とは思えない。
* * *
「甘い!甘々ですよお嬢様!」
「またなの!?」
セヤリノアはピクニックの折と同じノリでビシッとわたくしを見る。
(指差しはマナー違反なのでかわたくしにしたことは無い)
でもそこまで言って口ごもってしまう。まるで、何から話せばいいか分からない…というような様子で。
そうされると、ちょっとした好奇心が顔を覗かせ、つい…
「な、なによ。」
「…なんか流れに乗れないというか。」
「はあ?」
墓穴を掘っている自覚があったが、どうしても気になってしまった。
流れに乗れないの部分がどうしても!
すると、セヤは何かに気づいたような顔をした。
そしてパタパタと軽く玄関の方に進み、お屋敷のほうに向かって叫んだ。
「セフィド~!こっちこ~い!」
あ、そういえば、いつも合いの手を入れるセフィドがいなかった。
ばたばたとだんだん大きくなってくる足音を聞きながらそう思った。
なるほど、いつもの流れは確かになかったわ…と現実逃避しながら考え
「お嬢様!兄上!」
セフィドは息を切らしてやってきた。
少し息を整え、
「お嬢様どこにいらしたのですかそれとあのあのさっきのあのえっとすいません!」
なぜか混乱状態で早口で言う。
しかも出てきた言葉は謝罪だった。
「…分からないけど許すわ。」
「ありがとうございます!」
許してみたらバッと頭を下げられた。
反動でポニーテールにした髪の毛が勢いよくわたくしの顔にぶち当たる。
「へぶ!」
「あああ!すいませんお嬢様!」
「おい、話が進まないから落ち着けセフィド。」
「はっ!そうだったのです兄上。」
コホンと二人で咳払いをし、あらためてわたくしに向き直る。
緩んだ空気が一気に引き締まる。
「お嬢様。もう一度言います。旦那様と奥様と和解してくださいませんか。」
「これはお嬢様に必要なことなのです。」
「だから嫌と言っているでしょう!問題ないからいいじゃない!」
「「問題があるから言っているのです!」」
二人はわたくしを説得しようと、
和解させようとした理由を話し始める。
「前、旦那様と奥様がパーティに言った時、付き人になっていた執事長が言っていたのです。『お嬢様の社交界デビューは、次のお嬢様の誕生パーティだそうです。』と。」
「私もメイドの先輩方から聞いたのです。そういえば一週間前、ドレスを発注していたと。」
「「そして 僕たち/私たち はそれを聞いていませんでした。」」
それがどうしたのだろう。
わたくしは他力本願だと思うが、パーティの準備を進めてくれるのはありがたいと思った。
「お嬢様の好みも似合うものも一番知っているのは僕たちです。」
「なのになにも聞かれていないのです。」
「これはお嬢様を無視しているという事でしょう!」
「あってはなりません!」
「「お嬢様も聞かれていないでしょう!」」
確かに聞かれていなかった。
けど特に問題ないと思った。礼儀もマナーも二人が教えてくれた。
醜聞にならない最低限の行動はできる。
「さらに!無視されているのならデビュー後も問題が生じます!」
「急に『明日パーティに行け』なんて言われたら大変なのです!」
「準備もできませんし、旦那様方のサポートも期待できません!」
「デビュー後すぐは、親が様々な人に子を紹介しますが、それすら放棄されるかもしれないのです!」
「「どんなことがあったとしても社交界に行くのは避けられません。」」
「ならば、ちゃんと旦那様方にサポートしていただきましょう。」
「そのためにお嬢様は一回面と向かって話し合ってほしいのです。」
理には適っている。
けど、それだけじゃあ踏み出せない。
我儘を我儘と理解した時、自己嫌悪に陥った。
我儘の原因が両親の行動と理解した時、八つ当たりしたくなった。
そして最後、どうでもよくなった。
結果、互いに見限り合った親子関係は、面倒な様相を呈している。
お父様とお母様はもうわたくしを愛していないだろう。
わたくしもお父様とお母様を愛せるか分からない。
妹は…もう、接していないから分からない。
けど、憎んでも恨んでもいないから、無感情が近いだろう。
これで分かる通り、わたくしは既に家族の輪から外れている。
「ええい!妹よ、協力しろ!こうなったら俺たちも一緒に突撃するぞ!」
「了解なのです!あと兄上!口調治して!」
「ちょ、ちょっとぉ!どういうこと!?」
「「お嬢様!失礼します!」」
「へ…!」
右手と左手をそれぞれ掴まれ、玄関の方に引っ張られる。
そのままお父様の執務室に直行…直行!?
コンコン
「「失礼いたします!旦那様!」」
ええええ!
目の前にはわたくしたちを見て目を丸くしているお父様。
同じく目を丸くした執事長。
「今回は抗議に参りました!」
「そんな直球な!?」
「お嬢様の意見も聞いてください!」
「オブラートに包みなさい!」
「「さっさと仲直りしてください!」」
「しろといわれてするものじゃないわ!」
それからお父様の前ということも忘れたわたくし。
二人とギャーギャーと口論し続ける。
…それを見たお父様が、ありえないとでも云う様に硬直しているのにも気付かず。
「ディーナリズ、なぜマナーを知っているんだ。我儘ばっかりだったお前が。」
わたくしはその言葉にビクッと肩を揺らす。
それに気づいた二人は憤慨したという表情になり
「マナーも常識も善悪もあなたが教えるべきだったでしょう!」
「直接じゃなくても教師を雇うものなのでしょう!」
「教師が辞めてしまうとかが理由というなら、それは旦那様の怠慢です!」
「それとも育児放棄した旦那様に責任がないとでも思っているのですか!」
「「お嬢様を勝手に我儘に育て勝手に期待して勝手に諦めていたのでしょう!?」」
今度はお父様が肩を揺らす。
今まで浮かべていた驚愕の表情が、もっと濃いものになっていく。
そして音もなく唇だけが動く。
“育児放棄、していたのか”
それを見ても読唇術を身に着けていないわたくしには、唇をわななかせた様にしか見えない。
しかし二人と執事長は意味が分かったようで。
「旦那様がそれにお気づきに…!?」
「気づくの遅いです!今までお嬢様がどれほどつらい思いをしていたか…!」
「執事長、その言いぶり解っていましたね!なぜ苦言を呈さなかったのですか!」
うなだれた様子のお父様と執事長。
暴言や罵倒にギリギリカウントされるかされないかの言葉を投げ続ける二人。
状況把握ができず取り残されたわたくし。
その状況は次の瞬間打破された。
「旦那様…?」
新たな登場人物の存在によって。