名前はクロとシロ
「「本日からお嬢様の従者となりました。」」
「執事です。」
「メイドです。」
「「どうか名前を付けてくださいませんか?」」
「……はぁ?」
初めて会った時は訳が分からなかった。
今までクビにした従者は、ここで名を名乗ったのだ。
が、二人は名を付けろという。
「あなたたちみたいな奴がわたくしから名前をもらえるとでも?」
「「すみません。では、これからよろしくお願いいたします。」」
同年代の二人は、結局わたくしに名乗らなかった。
当時、それがどうしても腹が立った。思い通りにならないのが嫌だったからだ。
そんなわたくしは、わたくしに名を呼ばれる権利を無くした二人に、それを後悔させてやろうと思って、名前を聞かなくなった。
「お嬢様、いい天気ですよ。少し外に出てみてはどうですか?」
「うるさいわ。黙りなさい。」
「承知しました。散歩はまたにしましょうか。」
「お嬢様、綺麗な花が咲いたのです。おへやに飾るですか?」
「そんなの知らないわ。」
「分かったです。サイドテーブルにおいておくのです。」
「お嬢様、勉強のお時間ですよ。」
「めんどくさいし、わたくしにそんなもの必要ないわ。」
「ならここで僕が勉強させていただきますね。音読しますので少しうるさくなりますが、ご容赦ください。」
「……」
「お嬢様、マナーは覚えないといけないのです。」
「いらないわそんなの。わたくしはいるだけでいいのよ。」
「ではここで私が暗記の練習をさせてもらうです。音読なので少し騒がしくなりますが、許していただきたいです。」
「……」
本当によく似た二人だった。
どんなに素っ気なく接しても、どんなに怒鳴っても、
笑って、『じゃあこうしますね。』と言って、見捨てなかったのだ。
「うるさい、うるさい、うるさい!クビよクビ!二人ともいなくなりなさい!」
わたくしはそれに気づかずに、クビと言ったこともあったが、
「「じゃあ黙ってちょっと離れて傍にいます!」」
決して離れなかった。
まぁ、そこまで尽くされると、情も湧いてくるわけで…。
親なんて食事のとき、挨拶以外話したことなくって、メイドたちも少し経ったら直ぐに変わって、そんな中、彼らは唯一愛情を注いでくれた訳で。
…同世代だから愛情を注ぐって普通に考えたらおかしいけど。
そうしてわたくしの中で、信頼できる者になった二人に、約一年後、ようやく名前を尋ねることにした。
「どうなさいましたか?お嬢様。」
「ああ、あの、そのぉ…やっぱ何でもないわ。」
「?さようですか。」
「大丈夫です?お嬢様。」
「ええと、うん、ちょっと…何でもない!」
「?そうなのですか。」
……なかなか、聞けなかったけれど。
その後、やっと恥ずかしさを捨てることが出来て、名前を聞くことが出来た。
「……」
「「…?」」
「…二人とも、名前はなんていうの?」
「「…え?」」
瞬間、引かれたと思ったわ。一年仕えているのに、名前を知らないだなんてって思われたと。だから「「…え?」」なんて言ったんだと。
恥ずかしさで顔があげられなくなって、俯いていたの。
…今思えば、顔上げていたらよかったと思うわ。
そうしていたら、
「「やっっったああああああああああ!!」」
この声に身構えられたと思うから!
「今!今名前聞いてくださいましたね!」
「私たちに興味を持ってくださったのです!」
「今夜はお祝いだ!執事長に自慢してやろ!」
「メイド仲間にも自慢するです!」
「…え?…えぇ?…えええ!!」
お祭り騒ぎが始まった!
自慢だのお祝いだのご馳走だのどんちゃん騒ぎ。
混乱ここに極まれり!
「あ、あの、引いてないの?名前も知らないわたくしの事。」
「「引くわけなんてあるわけないじゃないですか!」」
「で、でもあなたたち、一年も使えてくれていたのに!」
「「気にするな!」」
テンション上がって敬語も取れて、
その様子を見て本当に喜んでくれていることが分かって、
わたくしはほっと胸をなでおろしていました。
「なら改めて。名前を教えて頂戴!」
「「お嬢様が付けてください!」」
「違うそうじゃないの!名前を付けたいんじゃなくって、付いている名前が知りたいの!」
「「ありません!」」
ここで全部凍り付いたけれどね。
わたくし、フリーズいたしました。信じたくなかった。
ずっと一緒だった二人に、名前がなかったなんて。
「……誰も、あなたたちに名前を付けなかったの?」
「いやぁ、あった気がするんですけどね…」
「私たち、口減らしに捨てられたのです。」
「で、そっから山に二人で暮らしていて、旦那様に拾われまして。」
「名前聞かれたのです。でもその時にはもう思い出せなくって。」
「旦那様は、主になるお嬢様に付けてもらえって。」
「だから待っていたのです!」
罪悪感が半端なかった。
わたくしの所為で、二人はずっと名無しだった。
そんなの、知らなかった。知らなかった事が嫌だった。
家族だと思っていたのに。何も考えてなかった。
最初会った時も、名前を付けてって言っていたのに。
「ちょっ!お嬢様!?」
「な、泣かないで欲しいのです!」
「でも…わたくしが、わたくしの所為で…」
「「そんなんじゃないですって!」」
この時『泣かないで』って言われるまで、泣いてることに気づかなかった。
拭いもせず、ひたすら涙を流していた。
焦ったように二人が近寄って来て、あたふたとハンカチを取り出す。
目元に二人で押し当ててくれて、懸命に拭ってくれて、それがむしろ悲しくって、ずっと泣いていた。
「そうだ!お嬢様!泣くより、早く名前をください!」
「そ、そうです!私たち、お嬢様に早く付けてほしいのです!」
慌て続けていた二人は、パッと顔を上げて、名案だというように、にぱっと、明るく笑った。
わたくしはこの時、どうしようもなく不安に駆られた。
わたくしなんかが付けてもいいのか、変な名前だったり、気に入らない名前だっらどうしよう…そう考えて、悩んでから付けたいと思った。
でも二人はキラキラと目を輝かせていて、早く付けてあげたいと思った。
そんなわたくしの逡巡を感じ取ったのか、二人は気を使ったようでこういった。
「迷惑でしたか?」
「無理しなくていいのです。」
反射的に「そうじゃない!」…と叫んで、二人をびっくりさせてしまった。
でも、どうしよう…どうしようと悩み続けていた。
そんな時目に留まったのが、二人の髪だった。
二人の髪は珍しいどころではない、世界で唯一無二と言っても過言ではないといえるものだった。
兄は、上が純黒で、真ん中がグラデーションになって下は白銀。
妹は、上が白銀で、真ん中がグラデーションになって下は純黒。
二色の髪を持つなんて、聞いたこともなくって、
彼らだけが持っているということに微かに満足感を覚えていた髪。
「…セヤリノア、セフィドミア。あなたたちの名前。」
「僕が、セヤリノア?」
「私が、セフィドミア?」
「そう…気に入らなかった?」
直感で脳裏に浮かんだ名前を付けた。
…今思えば、これどう考えても前世の言葉をもじってる。
セヤ(黒)セフィド(白)byペルシア語
何故ペルシア語なんだ。
結構欠けまくってる前世の記憶が恨めしい?
いや、恨めしくはないな。
だって…
「嬉しいです!ありがとうございます!」
「私もです!ありがとうございます!」
喜んでもらえたんだもの。
「なら愛称はセヤとセフィかな。」
「いいえ、セヤとセフィドですわ!」
「じゃあ私はセフィドですね!」
愛称も直感で決めた。今見ると前世の影響出まくってる。
色にしてるとことか、分かりやすい。
この時が、わたくしと二人が、本当に仲良くなれた瞬間だと思う。
そして、わたくしを縛るゲームの設定が、一つ壊れた。