家族仲良し大作戦、第二段階その4
店員が持ってきた本に目を通す。
本当はゆっくり読みたいところだが、時間がないので仕方がない。
この本は、“宝石と石言葉”という本だ。沢山の宝石の事が載っているので、急いで読むのには適していないかもしれない。が、他に本があったとしても、今から読み替える時間もやはりないので、もうただただ急ぐ。
そうやって全部読み込めたわけではないが、その中でいいと思ったのが以下の物である。
・アクアマリン (聡明・勇敢・沈着)
・カルサイト (自信・活性・豊かな感受性)
・トパーズ (希望・知性・繁栄)
・ムーンストーン(健康・長寿・富)
・ラリマー (安らぎ・平穏)
そして、その宝石を見せてもらった結果
今回は、ムーンストーンにすることにした。
鈍い色合いの髪紐に合わないかもしれないが、今回は妥協しよう。又贈ればいいんだから。
「これを買いたいのだけれど、いいかしら?」
「そんな小ぶりなものでよろしいのですか?」
わたくしが選んだのは売られているムーンストーンの中では小さなものだった。
それでも中くらいのボタン位はあるのだが。
でも、大貴族が買うには小さいそれに、店員が疑問を抱くのもおかしくない。
「ええ。これが丁度いいから。髪紐に取り付けたいのだけれど、鈍い赤と青の髪紐はある?」
「鈍い赤と青、ですか…在庫を確認いたしますので。」
メジャーな色合いじゃないからか、あまり在庫がないみたい。
少なくとも宝石店に常備される色合いじゃないからな。
「ディーナリズ、何か欲しい物はありましたか?」
「お母様。」
気付いたらお母様が買い物を終えるころになっていた。
「あったのですが、今は…」
「すみません。お待たせいたしました。」
「あら、何か頼んでいたの?待ってあげるからちゃんと考えるのよ。」
「奥様、こちらへどうぞ。お茶をご用意いたします。」
「ディーナリズ、終わったら来て頂戴。」
お母様は待ってくれるようだ。
今まで家族らしいことなんてしていなかったから、やさしくされるとくすぐったい。けど、今は甘えるとして、戻ってきたさっきの店員と向き直る。
「で、あったかしら?」
「申し訳ございません。在庫がございませんでした。綺麗な赤と青ならありましたが…」
「鈍い赤と青が欲しいの。注文したら手に入るかしら?」
「可能です。デザインはいかがいたしましょう?」
先刻ぶち当たった壁がまた出てきた。
しかし状況が違う。二人とは仲もいいし毎日話している。イメージもつきやすい。時間があったから尚更だ。
「髪紐の端っこに、月と星のデザインでお願い。」
「ムーンストーンで月と星ですか。ぴったりですね。」
流れるような賛辞がとんできた。
通常貴族相手ならもっと賛辞がとんでくるはずだが、アロー家は大貴族なので、ネームバリューに押されすぎてやってこなかった。
ようやく相手も緊張がほどけてきたのだろうか。
‥‥‥遅いと思わなくもない。
「わたくしはお母様の下に参りますわ。案内してくださる?」
「かしこまりました。」
そのまま話題を切り替え、お母様の下に向かう。
先導する店員について行きながら、廊下をキョロキョロと見まわし…そうになって、お母様に言われたことを思い出し、顔を正面に固定する。
視線を動かすことはやめないが。
そしてさっきとは違う部屋に到着する。
具体的に言えば左右構造で真逆な場所、と思われる場所だ。
コンコン
「奥様、お嬢様をお連れ致しました。」
「入って頂戴。」
「失礼いたします。」
入室するとやはり、前の部屋によく似ている。恐らく両方とも用意していたのだろう。
そこでは優雅にお茶を飲みながら本を読むお母様と、給仕を行っているであろう店員がいた。
「もういいのかしら、ディーナリズ。」
わたくしに気づいたお母様は、ふわっと柔らかく笑い、ゆったりとした声音で話しかける。
「はい。ありがとうございました。」
「あらあらいいのよ。欲しいものは見つかったかしら。」
「二人にプレゼントを購入しようと思いまして、いいでしょうか?」
「もちろんいいわよ。甘えてくれてうれしいわ。」
そのままの調子で浮かれたように話すお母様。
(後にお母様に聞いたら、これが欲しいあれが欲しいなどと我儘だった時は言っていて、それに呆れていたけれども、いざ言わなくなると寂しくなったから、真っ当なおねだりが嬉しかったらしい。)
音を立てずに膝に置いた本を閉じて、ティーカップをソーサーに戻す。
「なら、用事も済んだし帰りましょうか。」
「はい。アーバンさんはどこに?」
「彼ならあなたが悩んでいるときに戻って来て、わたくしのデザインが決まった時にまた馬車を取りに行ったから、入り口前にいるはずよ。」
「…待たせてしまって申し訳ない気がしますわ。」
「なぜ?」
「え?」
「「……」」
お母様とわたくしの常識の齟齬は、思っていたより多そうだ。
そしてわたくしとお母様は入口まで戻ってきた。
執事服に皴の一つもない状態で、アーバンは待っていた。
「お待ちしておりました。奥様、お嬢様。」
馬車の扉を開けるアーバン。
わたくしとお母様は馬車に乗り込む。
「またのご来店をお待ちしております。」
扉が閉まる直前、店員の代表であろうものが言う。
「……」
「ええ。」
お母様は余裕を持ってそれだけ答える。
わたくしはどう反応するのが正解か分からないので、沈黙を貫く。
馬車が走り出す。
店員は何時まで見てもこちらに向かって頭を下げている。
とうとう見えなくなるその時まで、顔は上がらなかった。




