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七十六 学生、修羅場に巻き込まれる

「では、今から魔法戦の模範試合をしたいと思うが、誰かやりたいものはいるか」

 教師の指示で真っ先に手を上げたものが一人。その名はスルビヤ・バロン・バルカン。単身で魔物を狩ったことがある、かなりの魔法の使い手だ。

 しばらくして、スルビヤの相手となるものが手を上げた。名をアンドレ・ロマ。その兄シモン・ロマは魔法の天才として名高いが、彼自身の実力は未知数だ。

 教師が両者に結界を付与した。

「この結界に魔法を先に当てた側が勝者となる。それ以外は、各々創意工夫を用いて試合するように」

 教師が両名をそう言って送り出した。二人は相対し、始め、の号令がなった。

〈〈発火〉〉

 スルビヤとアンドレの呪文が重なった。いくつもの小さな火の玉が二人の間を飛び交い、そのどれもが相手の結界に当たる前に他の火の玉に打ち落とされた。

 呪文は〈発火〉であるが、火の玉は、魔法の分類上では火魔法と風魔法の複合魔法となる、燃えている空気鉄砲。しかし魔法に名称は付けられておらず、基本的に『発火』と呼ばれている。平民の中にも使えるものもいる、珍しい種類の複合魔法である。

 高威力の魔法ではなく、低威力の魔法を互いに打ち合う数の勝負をあまり見たことがなかったのか、観戦する生徒たちの中から感嘆の声が上がった。

 その生徒たちの中に紛れている俺は、魔法を打ち合う二人の顔をそれぞれ眺める。

 スルビヤの表情は、アンドレの行動が意外であったと言わんばかりに驚き、且つ同じ思考の持ち主と出会えた喜びを湛えていた。

 対するアンドレは、額に汗を浮かべながら、じっと機会をうかがっているようだった。

 俺が彼に与えた作戦はこうだった。ナオミからの前情報で、予めスルビヤが火の玉を乱発することはわかっていた。ゲーム内でヘレナは結界を作りその魔法を防いでいたそうだが、アンドレは結界を作れなかった。そもそも自力で結界を作るのはかなり大変であり、魔法学園の学生の身で作れるヘレナがすごいだけなのだが。だからこそ、俺はアンドレに「目には目を、歯には歯を」作戦を与えたのだ。これによって、結界とほとんど同じ結果を達成出来る。勿論、飛び交う火の玉に正確に火の玉を当てられるのは、アンドレの技量あってのことだろう。

 しかし、この火の玉の打ち合いだけでは決定打にならない。俺自身はこの模範試合の勝敗はどうでもよかったが、アンドレは勝てる作戦をくれないと頼みは引き受けないと頑なであった。どうやら彼は、負けず嫌いな性格らしい。天才の兄を持ったため、彼に対抗するために必死になっていた、とかだろうか。

 アンドレが模範試合を受けてくれることに前向きであったことに、俺は少々驚いてしまったのだ。彼の負けず嫌いな性格が、やるなら勝てる作戦を、というある意味前向きな回答を導き出してくれた。俺はその願いに応えようと思った。

 まさに、前世の知識で無双の時間ということだ。

 基本的に、人は二つの魔法を同時には使えない。エイブという例外は、あくまで訓練の先で多重詠唱を獲得したのである。そうすると、両者手数で押し合う火の玉の弾幕を張った時点で、試合は当然膠着状態になってしまうのだ。

 この状況を打破しようと別の魔法に切り替えた瞬間を狙われて、一気に手数で押し切られるからだ。先に一発当てた方が勝ちというルールなのだから、手数で攻めた方が当然有利となる。

 魔力量の差で圧倒されるかもしれないという可能性が心配であったが、スルビヤとアンドレの火の玉の数は全くの互角。お互い余力を残しており、相手の行動を窺っているようだった。

 だから、俺は至極単純な作戦をアンドレに与えた。

 それは、上から狙えというものだ。

 弾幕を張っていると、視線は自然と正面に集中する。全ての火の玉が生成された瞬間を捉えることは至難の業であり、その内一つがあらぬ方向にいっても恐らく気付きはしない。故に、視界の外からループを掛けた軌道の火の玉が飛んでくれば、およそ避けようがないのである。

 スルビヤは驚きの表情を浮かべていた。自分の意識の外から飛んできた火の玉によって、自身の敗北が決定づけられたのだから。

 教師が試合を止めた。勝者は俺の方を向き、にっこり笑ってみせた。



 試合の後、アンドレはスルビヤに声を掛けられていた。余程アンドレのことが気に入ったのか、スルビヤの顔は終始笑顔であった。

 また一つ、友情を作っちまった。

 そんなきざなことを考えながら、俺は次の一手を考えていた。

 ヘレナは第三王子と無事にあった。マルセイジュ、ケルン、スルビヤとの出会いは回避された。勿論別の道で出会うかもしれないが、その時はその時だ。

 ユークレイン・バロン・グリムとの出会いの遠因として、ヘレナにはテスト前に一緒に勉強する友人が出来なかったという悲しい設定があったはずなので、その前に彼女に友人を作らせればいい。まあ、イケメンと次々に関わっていれば、そりゃ同性から疎まれるというものだけどな。

 イズミル・テュルキイェに関しては、夏休み前に学校が前期お疲れ様会と銘打たれたパーティーで、第三王子とヘレナが会話を交わしている所で介入してくるので、その妨害のしようがない。

 つまり俺が次にすべきことは、イズミルの調査、ということだろう。

 そもそも命じられていたのはヘレナの調査であったが、セバスチャンにそのまま取り組むようにと言われたように、基本的な立ち回りとしては、ヘレナが貴族と恋愛しないように動けばいいのだ。彼女の出自に関しては他の人間が調べているだろうし、俺がこの魔法学園で調べることが出来るのはヘレナの人間関係くらいだろう。だが彼女は一般的な乙女ゲームのヒロインよろしく、同性の友人がおらず、特定のイケメン、すなわち攻略者としか関りがない。

 つまり、ヘレナ本人に関する情報収集は俺にはどうしようもないということだ。ヘレナ本人の部屋に侵入するという手もあるが、それは最後の手段としたい。

 よって、やはり俺が次に取り組むべきはイズミルの調査なのだが、一体どうすればいいものか。野郎の部屋に侵入するのは何の抵抗もないから、イズミルの場合は部屋に入るか。

 そんな下種なことを考えながら廊下を歩いていると、何気なしに覗いた窓の外に、見知った顔の男がいた。

 ケルン・ゲルマニア。ドゥイチェ公爵家の長男であり、ヘレナをヒロインとした乙女ゲームの攻略対象でもある男。

 そんな彼が、俺の知らない顔の女に、口付けをした。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・口付けをした?

 いや、いやいやいや。いやいやいやいやいや。いやいやいやいやいやいやいや。

きっと、ものごとの考え過ぎで頭が披露してしまった為に幻影が見えているに違いない。それとも人を見間違えたか?

 改めて見ても、ケルンが女生徒とがっつりキスをしていた。

 まじかよ! おい、ちくしょう!

 相手の女性は美人であった。恐らく、彼女はエルゼス・ロートリンゲ。エクサゴナル公爵家の次男マルセイジュ・ガリアの婚約者であり、ケルンの元婚約者でもある女性だろう。

 え、こんなシーン見ても良かった。いや良かないけども。ていうか、ケルンは堅物でエルゼスに手を出せないとかいう設定じゃなかったか?

 そこで俺は、自身の行いを振り返る。

 本来、ケルンはヘレナと出会うはずだった。彼女と恋におちるかもしれなかった。それはケルンのもうひとつの恋を終わらせる為に必要なものだったのかもしれない。

 つまり、ケルンのエルゼスへの恋心を揺らがせる要因が現れず、燃え上がった恋心がゲームのシナリオとは別の展開を引き起こしてしまったということか。

 え、それって全く展開読めないし、確実にドロドロの泥沼に陥るじゃん。おいおいおい。相手は婚約者いるんだぞ。何キスとかしてんだよ。

 確実にブーメランが突き刺さることを考えながら、俺はヘレナ以外の人間関係を考慮しなくてはいけないのかと頭を悩ませる。

 しかし、元々人間関係に爆弾を抱えていたものが勝手に爆発しただけだから、俺の知ったことではないのでは?

 自分の行動のツケというものを全て見て見ぬふりをしようと思った矢先、俺の視線の席に、窓の外を眺める男がいた。

 マルセイジュ・ガリア。エルゼスの現婚約者であった。

 ・・・・・・間違いなく修羅場るわ。

 全てに気付かないふりをしてマルセイジュの横を通り過ぎようとした時、突然俺の腕が掴まれた。

 恐る恐る目をやると、マルセイジュの手が俺の腕を掴んでいた。

 犯人はヤツ。俺じゃないよ

 困惑する俺の目を、マルセイジュはぎろりと覗き込みながら言った。

「今見たこと、誰にも話すんじゃないぞ」

 何が何やらさっぱりわからないが、俺が確実に修羅場に巻き込まれてしまったことだけは確定していた。


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