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七十四 学生、公爵家の邸宅に泊まる

 俺は屋根から降り、シモンの許へ寄った。

「本当に助かりました」

「でも、どうやら逃げられてしまったみたいだね」

「シモンさんのお蔭で、相手の所持品も手に入りましたし」

 俺は腕に抱えたマントをシモンに見せた。

「もう遅い時間だし、今晩はうちに泊まっていけばいいよ」

「いえ、俺の足なら直ぐに魔法学園に戻れますから」

「・・・・・・私は明日早くに王都を去る。その前に、色々と聞いて起きたことがあるんだ。いいだろ?」

 シモンはにこりと笑った。

 どうやら、俺には説明責任というものがあるらしい。



 邸宅の中に入った俺の姿を見て、出迎えに現れたエルトリアは驚きの声を上げた。

「まあ、ルシウス」

 予想外に訪問してきた客人の顔を、彼女はしげしげと眺める。

「貴方、眼鏡なんて掛けるのね」

「あ、いや、これは魔道具なんだよ」

 そうか。眼鏡が気になっていたのか。

「少しルシウス君と話したいことがあってね。お茶を入れてもらえるよう頼んでくれるかい」

「はい。わかりました」

 返事をして、エルトリアは使用人を探しに行った。

 三階にあるシモンの私室に向かう途中、夜中に突如来訪した男を不思議そうに眺めるアンドレの姿を見た。俺は彼に軽く会釈をした後、シモンの部屋の中へと入った。

 向かい合って椅子に腰かけると、シモンはゆっくりと言葉を紡いだ。

「話したくないことは話さなくても構わないから、そこは安心してくれ。まず、君はどうしてあのフードの人物を追いかけたんだ?」

「・・・・・・答えられません」

 もしドラゴンの件が人為的である可能性を話してしまったら、アーカヴィーヴァの関与が気付かれてしまうかもしれない。故に、話すことはできない。

「わかった。じゃあ、君の身体能力についてだ。あの異常な速度は、何か原因があるのかな?」

「俺自身は、レベルアップなんだと思っています」

「少し、足を見せてくれるかい?」

 俺がズボンの裾を捲り上げると、シモンは俺の足を持ち上げて自分の膝の上に乗せ、俺の足に手を添えた。

〈解析〉

 またもや、短い言葉であった。きっと、これも呪文なのだろう。意味は字義通りなのだろうか。だとしたら、何の魔法なのだろうか。体の構造を『解析』する魔法など、俺は聞いたことがない。

「わかった。もういいよ」

 俺が足を元に戻すと、シモンは嬉しそうに笑った。

「間違いない。レベルアップだよ。筋繊維が通常のものとまるで違う。身体構造そのものが変化しているよ」

「シモンさんは、レベルアップの研究をされていましたよね」

「ああ、そうさ。・・・・・・こういうのは嫌味に聞こえるかもしれないが、私は子供のころからあらゆることが人並み以上に出来たんだ。だから、些か世界や人生というものが、退屈で退屈で仕方が無かったんだ」

 天才ゆえの苦悩、というやつなのだろうか。俺には一生、いや、二生縁がないものだ。

「だがある日、私は黄金の怪鳥を見た。衝撃だったよ。あれほど美しい生き物がいるのだと。その生き物は普通の生き物じゃない。恐らく魔物だ。だが、何で魔物なんて生き物が存在しているのか、誰もわからなかった。

 そんな時、レベルアップ理論の話を偶然耳にしたんだ。魔物はね、生き物の未知なる可能性の発現なんだよ。私達の体内に眠っている誰も知らない可能性が、この世界に現れたのだよ。

そう考えた瞬間、私は気付いた。全ての生き物は可能性に溢れていると。なんて尊い存在なのだと。

 それからだよ。レベルアップの研究をしたくなったのは。魔法学園に入れば思うままに研究が出来ると思っていたのに。うん。実に残念だった」

「領主になってからも、研究が出来るのではないですか?」

「いや、実際領地の仕事は忙しい。それに、我が家はイタロス家の援助を受けなければ直ぐに潰れてしまうかもしれないほど、金に困窮している」

「・・・・・・政略結婚、ってやつですか?」

 俺がそう尋ねると、最初は目を丸くしたシモンであったが、やがてふっと笑った。

「実を言うと、エルトリアに対しては、私の一目惚れなんだ。・・・・・・このことは、彼女には内緒にしてくれると助かるよ」

 一目惚れ、だと・・・・・・。エルトリア美少女過ぎるだろ。アーカヴィーヴァ、シモン、俺。みんな一目惚れやんけ。いや、アーカヴィーヴァは推測だけども。

 だがそれだと、ゲームのシナリオと辻褄が合わない。シモンがナオミに惹かれる特別な理由があるのか? それとも、シモンが黄金の怪鳥を見たことは、ゲームの本来の流れには存在していない出来事だったのか?

「まあ、訊きたいことは以上だ。どうもありがとう」

 エルトリアへの一目惚れを告白したシモンは、どうやら自身の想定以上に恥ずかしいことであったらしく、早く一人になりたそうにしていた。

 俺が空気を読んで部屋を出ると、丁度お茶を運んできたエルトリアと鉢合わせてしまった。というか、どうして給仕にやらせないのだろうか。

「あら、もうお帰り?」

 このままだと、エルトリアがシモンの部屋に入ってしまうかもしれない。

「シモンがお茶はいらないと言っていたよ」

「本当。じゃあ、どうしようかしら、これ」

「折角だし、少し話をしない」

「そうしましょう。私の部屋に来て」

 えっと、それっていいんでしょうか。私の中の両親が「あかん」と言っている。いや、良心だけども。

 内心ではそんな葛藤を繰り広げつつも、俺の体は何の抵抗も無くエルトリアの部屋に入った。

 本当に現金な奴だ。

 自分を心の中で罵倒しつつ、エルトリアが机の上に置いたティーカップの入ったトレーを見ると、そこにはティーカップが三つ置いてあった。ひょっとするとひょっとしなくても、エルトリアは俺とシモンの会話に混ざるつもりであったのだ。だからわざわざ自分でお茶を運んできたのか。

 いや、それってありなんですか。夫と怪しい関係になったことがある義弟との会話に混ざるなんて普通するかい?

 自問自答しながら紅茶を口に運んだ。

「おいしい」

「どういたしまして」

「え? エルトリアが入れたの?」

「そうよ。結構練習したのだから」

「給仕の人は?」

「・・・・・・ロマ家は、お金が少なくて」

 そう言えばそんな設定もあったよ! 何が給仕の人に持ってこさせればいいだよ! 俺完全に感覚が貴族に染まってるよ! こわ! 異世界こわ!

「ねえ、その眼鏡見せて」

「どうぞ」

 俺は掛けていた魔道具をエルトリアに渡した。

「それは、魔力の性質を見る水晶と同じ原理で出来ている魔道具なんだ。火魔法の形の魔力は赤く、水魔法の形の魔力は青く、土魔法の形の魔力は黄色に、風魔法の形の魔力は緑に見えるんだ」

「へえ、面白そう」

 そう言って、エルトリアが眼鏡を掛けた。

 美しい顔立ちの上に、ギャグマンガの様な黒縁眼鏡が重なると、なんともアンバランスで、俺は思わず笑ってしまった。

「そんなに似合ってない?」

「いやいや、眼鏡をしてない方がきれいってこと」

 俺は必死に笑いを堪えた。

「言っておくけれど、ルシウスも似合ってなかったわ」

「わかってるよ」

 以前鏡で見た所、掛けると知的に見えるはずの眼鏡が、俺を間抜けに見せるという不思議がそこには映っていた。

「眼鏡が無い方が良いという意味よ」

 彼女が眼鏡を外して、微笑んだ。

 ドキリと心臓が高鳴った。そして、直ぐにブーメランだと気付いて胃が痛んだ。なに人妻口説こうとしてんだ我ぇ!

「・・・・・・今夜は、泊っていくのでしょう?」

「──────うん」

 どうして俺は、こういう時に帰ると言えないのだろうか。

 その夜はもちろん、俺は客間で一人きりで寝た。



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