七十一 学生、義兄の弟に会う
魔法学園の入学式の日の午後。エルトリア達と別れ、残りの攻略者達とヘレナとの出会いの詳細を聞く為に、俺は魔法学園の中庭でナオミと落ち合った。
彼女の特技の一つに絵があり、彼女が非常に上手く描き上げた攻略者達の肖像画を見ることによって、顔と名前が一致しなかった人物も把握することが出来た。
俺が次に対処することになるスルビヤの絵を睨みながらどう行動しようかと頭を悩ませていると、ナオミが突然俺に尋ねてきた。
「ルシウスは、エルトリアさんとどんな関係なの?」
言葉の裏に込められた意図が全くわからなかった俺は、極単純に「姉弟だよ」と答えることしかできなかった。
「でも、義理の姉弟なんだよね?」
「まあね」
この話は、俺がナオミにしたことがあった。
「そしたら、姉弟以上の関係になってもおかしくはないわけで」
この話は、俺はナオミにしたことがない。というか、俺はエルトリアと過去にあったことを、今まで誰にも話したことがなかった。
一体どこで嗅ぎ付けたのやら。
俺はナオミを疑いつつ、慎重に言葉を選んでいく。
「君が何を意図しているのかわからないな」
「・・・・・・実はさ、食堂での会話、聞いちゃったんだよね」
食堂での会話? ナオミは近くに居たのか? ・・・・・・いや、風魔法を使えば近くにいる必要はないのか。この魔法社会プライバシーとかないのかしら。いや、俺もロンがナオミに告白する現場を覗いていたからどうこうしろとは言えない立場ではあるのだが。
問題はプライバシーではない。そもそもシモンや隣に初対面の公爵家の長男がいるような状況で、一体どうやって俺が過去の恋愛の話をするというのか、いやしない。
ナオミは一体何の話をしているんだ。
「食堂での会話がどうかしたのか?」
「ルシウスとエルトリアさんの会話を聞いていると、どうもルシウスがエルトリアさんにキープされているように聞こえるんだよね」
キープ。キープ。キープ?
「キープって何?」
「何と言われると難しいんだけど、本命で好きな人がいるとして、その人とは別に友達以上恋人未満の関係を保っておく相手っていうか、本命が上手く行かなかったときの保険っていうか」
「でもエルトリアはもう結婚しているし、夫婦仲も良好だ。もう保険は必要ないだろう」
「何と言うか、好きな漫画は観賞用と保存用と布教用に三冊買うでしょ?」
いや買わないよ。
「シモンさんが観賞用だとしたら、ルシウスは保存用みたいな感じと言うべきか」
ちっとも喩え上手くないからな。ていうか布教用は誰だよ。
「・・・・・・つまり、ナオミは俺とエルトリアが恋仲だと疑ってるのか?」
「まあ、そういうことになるかな」
なるほどね。ナオミは食堂での俺とエルトリアの微妙な会話から、何かを感じ取ったのかもしれない。・・・・・・いや、しかしあの会話から一体何がわかるというんだ。
「私はゲームのエルトリアさんしか知らないけど、ゲームの中の彼女なら、そういうことしそうっていうか、何と言うか」
ゲームの中のエルトリアねえ。
「その『ラブマジ』の中のエルトリアについて、少し教えてよ」
「・・・・・・うん。わかった」
そう言って、ナオミはゲームの中のエルトリアについて語り出した。
エルトリアは元々体が弱かったが、二人の兄が魔法学園に行ってしまって以来、ことさら部屋の中に閉じこもるようになってしまった。そんな時に病気になり、更に体が弱ってしまった。
エルトリアのことを心配した旦那様と奥様は、エルトリアの病気が治るように病に効く薬草のある別荘で彼女を療養させた。
俺は森を一日以内で往復することが出来る足を持ちかつ行き来可能な距離に居たが、イタロスの屋敷から花畑のある別荘までは馬車で三日と距離がある。別荘に居た方が何かと便利なことに違いない。
しかし、それが彼女の体の健康には良くても、心の健康には果たしてどんな影響を及ぼしたのだろうか。療養の為とはいえ家族と離れて過ごす孤独な日々。
彼女は静かすぎる別荘の中で、孤独に成人の時まで過ごした。そうして、少女は愛に飢えていくようになった。
やがて婚約者が結婚を渋るようになると、成人した彼女は魔法学園に乗り込んでくる。
時には婚約者を、時には兄弟を、また時には自らに想いを寄せるものを、誰にも渡しはしないと、ヒロインの邪魔をしてくるのだ。
決して人に気付かれぬように、したたかに、愛を守るのだ。
そこまで話を聞いて、俺はナオミの話すエルトリアと俺自身が知っているエルトリアとの間にある大きな溝を、どうしても埋められずに居た。
俺という存在の介入は、果たしてゲームのシナリオにどれほどの影響を与えたのだろうか。少なくとも、エルトリアが愛情に飢えているようにはこれっぽっちも見えない。彼女は、常に満たされているように俺には思えるのだ。
しかしエルトリアが悪役令嬢となるには、シモンとの結婚の延期という要因が必要になるはずだ。どう考えても、俺がそこに及ぼす影響などありはしない。一体何が何やら。
俺が頭を抱えていると、ロンとレンが遠くからこちらに近付いて来るのが見えた。彼らの後ろには、見知らぬ少年が付いて来ていた。
俺はナオミからもらった似顔絵をこっそりポケットの中に隠しつつ、二人の兄弟を出迎える。
「ルシウス。こんな所で何をしているんだ?」
少し動揺した様子でロンが尋ねてくる。どうやら、お互い恋は引きずるタイプらしい。こういうところが兄弟なのだろうか。
「偶然会ったから世間話をしてたよ」
「うん。入学式でかわいい女の子を見付けた話とか」
なまじ前世の知識に関わってくる事柄であったので、ナオミは直ぐに話を合わせてごまかしに入ってくれた。
しかし、ロンは今一つ納得のいっていない様子であった。
「まあ、平民の感覚というやつか。その手の話題、僕は苦手だよ」
ややツンデレの混じった絶妙なフォローをレンが入れる。
「それよりルシウス。入学式でリアが貴様を探していたぞ」
「食堂で会えたから大丈夫だよ。・・・・・・所で、レムス。後ろの彼は?」
「ああ、紹介しよう。シモンの弟、アンドレだ」
紹介された少年は一歩前に踏み出した。
シモンと同様に整った顔立ちではあるが、全体的に彼と比べて幼い印象が目立った。しかし、アーカヴィーヴァと比べて、女性に見える、という感じではない。
「アンドレ・ロマです。よろしくお願いします」
「ルシウス・イタロスです」
「ナオミです」
俺とナオミが挨拶をすると、アンドレがにこやかに言った。
「お二人とも、僕の先輩なのですから。身分などお気になさらず、敬語も入りませんよ」
普通そう言われて、額面通りに受け取る人間はこの魔法学園にはいない。しかし、アンドレの表情を見るに、どうやら彼は大まじめに言っているようだ。
そんな彼の様子を見て、俺はシモンに関する情報を弟から得ることが出来ないだろうか。そんなことを考えていた。




