七十 学生、姉夫婦に会う
第三王子のスコット。そしてエクサゴナル伯爵家の次男マルセイジュ。彼らの次に『ラブマジ』2のヒロイン、ヘレナと接触する攻略者は、マルセイジュと婚約者を取り合ったドゥイチェ公爵家の長男ケルンだ。
接触場所は魔法学園の食堂だ。出会い方はヘレナと肩がぶつかり、彼女の食事がケルンに掛かってしまうというものだ。この解決法は至って単純、ぶつからないように注意を促すか、俺が代わりにぶつかってしまえばいいのだ。
入学式が執り行われている講堂に行き、入学式が終わるまで待機。入学式終了後、一旦学生寮へと戻るヘレナを観察するが、既にマルセイジュたちは立ち去った後なので、彼らが出会うことは無かった。
そして学生寮で友人に食事にでも誘われたのか、ヘレナは友人と連れ立って食堂に向かった。
ヘレナの後を追って俺も食堂に入った。
さて、ケルンはどこにいるのやら。
攻略対象を探して首を動かしている俺の肩を、誰かがポンポンと叩いた。なんだ?
無防備に振り向いた俺の頬に、何かが刺さった。
これ小学生の頃に流行った肩トントン叩いてからほっぺを人差し指で刺すいたずらじゃん。正式名称知らねえよ。ていうか誰だ。
一歩前に踏み出しながら後ろを向き、そこに立っていた人物を見て俺は思わず唾を飲み込んだ。
そこには、笑顔ながらも圧力を放つエルトリアが立っていた。
何で? いや何でエルトリアがここに?
「私は、アンドレの入学式での様子が見たいと言ったシモンの付き添いで来たのよ」
ナチュラルに心読まないでよエルトリアさん。貴方実は女神なんでしょ。そうでしょ? だって王族や女神よりも貴方の方がはるかに美しいからね。・・・・・・俺は混乱していた。
「ルシウス、どうして入学式に出ていなかったの?」
いや、そんなのわかる普通? 見つからなくても見間違いだって思うよね普通。
「ええええっとおおおお。何の話か」
「どうしていなかったの?」
圧が、圧が強いよエルトリア。
「そうだよ、ルシウス君。折角の弟の晴れ舞台、写真機というものを使って皆の肖像画を作ろうと思っていたのに」
どこからともなく現れたシモンに、俺は驚きの声を上げた。・・・・・・ん、写真機?
「あの、写真機って」
「ああ。レンズを使って光を集めた先に板状の魔道具が置いてあって、それに魔力を流し込むと取り込んだ光の線を紙の上に焼き付けてくれる魔道具なのだ」
それ考えたヤツ絶対前世の記憶あるだろ。
「写真機は貴重で、今の所王城と魔法学園に一台ずつしか存在していないそうだが、こういった催し物の時には魔法学園は使わせてくれるのだ。折角エルトリアと私とアンドレ、それにロムルス君とレンの五人で肖像画を作ったのだよ。君が居てくれなくて、私は寂しかったよ」
シモンの本心からの言葉と、エルトリアからの許さないという意志の籠った笑顔の圧力を前に、俺は良心の呵責を覚えた。
「あの、ロムルスとレムスは?」
「彼らは食事の前に一試合すると言ってどこかに行ってしまったよ。アンドレは友人と昼食を取るそうで」
それ、新婚さんに対し気を使っただけでは? このままだと、俺も食事に巻き込まれるのでは? やばい。早く逃げないと。ていうかケルンを探さなくては。
「あ、お~い、ケルン」
シモンが手を振る先を見ると、そこにはケルンが居た。彼はシモンの呼びかけに気付くと、こちらにやって来た。
「シモン、久しぶりじゃないか」
「ああ、久しぶり。こちらは私の妻、エルトリア。こちらは義弟のルシウス」
「エルトリアです」
「ルシウスです」
「ケルンだ」
「折角だ。ケルンも一緒に食事をしないか」
シモン、ナイスだ! これでケルンとヘレナとの接触を阻止することが出来る!
「ありがたい誘いだが、しかし・・・・・・」
ケルンさんマジ空気読めるよね。わかるよ。新婚さんだもんね。でも今は一緒に食事しよう。ね?
「本当に、シモンはみんなで食事をするのが好きね」
エルトリアがくすくすと笑った。その笑顔を見て気が抜けたのか、ケルンはシモンの食事の誘いに乗った。・・・・・・エルトリアの圧が抜けず、俺も参加することになった。
しかしよく考えてみよう。シモン、エルトリア、ケルン、俺の四人で食事を取ろうとすると、一体何が起きるのかを。
配置は自然と、シモンとエルトリアが隣同士。シモンの前にケルンが座り、その隣に俺が座る羽目になる。つまり、隣は公爵家の跡取り。正面はおかんむりの女性。うん、地獄だ。
ここは出来るだけ静かにして乗り切ろう。
だが、いざ実際に食事を並べて食べ始めると、俺の思惑通りに事が運ぶことは無かった。
「ケルン、知っているかい。今、ルシウス君は魔法陣の研究をしているそうなのだ」
「ほう。魔法陣とは、これまた珍しい分野を研究しているんだな。今はどんなところを調べているんだ?」
シモンてめえ。胃の痛みで飯が喉を通らねえじゃねえか。
「今は水晶の研究をしているんです。色や音を使って魔法を発動させる魔道具とは異なり、水晶はその内部の結晶構造が直接魔法の発動に影響しています。今は幾何学模様の集合体で水晶の結晶構造を再現できないかと考えていまして」
俺の懐に眠っている黒縁眼鏡もその一つだ。レンズと言っても硝子ではなく水晶で出来ている。どちらも主要な材質は二酸化ケイ素であると前世の知識から判断できるが、後者は完全な個体である。その規則正しい配列に隠された魔法的特徴を幾何学模様で抽出して再現できないかと考えているのだ。
そんな感じの話をすると、暫くして話題の矛先がケルンに移った。
一安心した矢先、今度はエルトリアの攻勢が来る。
「入学式の間、一体どこで何をしていたの?」
俺はエルトリアに対し、どうしても嘘が付けない。恐らく、彼女もそれがわかっているのだ。それに、女性は嘘に対して敏感だ。下手を打てばマリアに初恋がバレてしまいかねない。しかし真実だけでも不十分なのだ。俺は学んだ。
つまり俺がすべきことは、正直に告白することなのだ。
俺は話を弾ませているシモンとケルンを気にする素振りを見せ、エルトリアに身を寄せながら小声で呟いた。
「いちゃつかんとする男女の邪魔をしておりました」
これぞ完璧な一言。未来の話。そう、未来にいちゃつくかもしれない乙女ゲームのヒロインと攻略対象の邪魔を俺はしていたのだ! 一部の隙もない真実。そして男の浅ましさが垣間見えるこの回答に疑いを挟むことなどしないはずだ。何故なら見栄を張る人間は疑われるが、自分を卑下する人間は同情されるからだ。
そんなことを考えつつ、心の奥底ではきっと俺の思いもよらない所から攻撃を受けるんだろうなと考えていた。
だが、そうはならなかった。
「そう」
恐ろしくあっさりとエルトリアは攻撃を止めたのだ。何故だ?
「何に嫉妬しているのかしら」
彼女の微笑みが、俺の心臓を鷲掴みにした。美しい。あまりにも美しい。
しかし、温かな陽だまりの様な空気の中に、おとぎ話の妖精の様な、どこか悪戯っぽい冷たさが一瞬垣間見えた。
エルトリアが乙女ゲームの悪役令嬢ポジションであったという事実。俺はほんの少しだけ、その事実に対する疑いを緩めた。




