六十四 学生、魔法学園に戻る
春休みを使って帰省しているとは言え、王都からイタロスの屋敷まで片道七日掛かることもあり、俺とロン、レンは二日の滞在の後に魔法学園へと出発した。
行きと違う点を挙げるとすれば、マリアが付いてこなかったこと。そして、帰りの馬車にシモン・ロマとエルトリアが乗っていたことだ。
いや何でだよ!
「実は私の弟、アンドレが、今年入学することになってね。一足先に王都に入っている弟にサプライズをしようと思って。エルトリアも一度王都に行きたいと言っていたし、丁度いい機会だと考えてね」
今この状況が既にサプライズだわ。まともな理由があって良かった。また魔法学園に通いたくなって、とか言い出すかと思った。
「まあ、君たちと会って再び学園に行きたいと思ったということもあるが」
うん、でしょうな。シモン、君ならそう言うと思ったよ。
「通う方法がないわけでもないぞ。リアが生徒として魔法学園に通い、その付き人としてシモン、君が通えばいいんだ」
おいレンてめえ何言ってんだ。エルトリアを巻き込むな。魔法学園にはアーカヴィーヴァもいるんだぞ。ただでさえ片想いで発狂して放火魔になったっていうのに、目の前で夫婦プレイを見せつけられたら今度は魔法学園を燃やしちゃうよ。発狂して虎になっちゃうよ。俺もSAN値削られちゃうから。
「レンお兄様、冗談はよして。魔法学園は政治とお見合いの場所。私は政治には関わらないし、既に結婚している身よ」
前世で大学は遊ぶ所だと言っていた友人の記憶が蘇ってきた。
「だが、既婚者が通ってはいけないという決まりはないはずだ」
シモン君、貴方だいぶ食い下がりますね。
「決まりはありませんが、既婚者が魔法学園に通うと、そう遠くない内に離婚する、というジンクスはありますよ」
ロンが告げたジンクスには確かな根拠がある。既婚者が魔法学園に通うと、領地に配偶者を置いて来て疎遠になるという点と、魔法学園の生徒と浮気をしてそれがバレるという点の二点が主な離婚の理由だ。
しかしレンの提案はそもそも二人が一緒に通うので、その二点とも発生しないのだ。故に、ジンクスが起こるとは思えなかった。
「それは困った」
そう言って大真面目に考え始めるシモンを見て、エルトリアはシモンとの結婚を政略結婚と言っていたが、シモンの方は普通に大切にしようという気持ちがあるのではないかと思った。
では、エルトリアの方はシモンをどう思っているのだろう。優しい人、と表現していたが、それ以上の気持ちはあるのだろうか。
「ルシウス君。君は何か意見はないかい」
シモンが俺に尋ねてきた。
先程のジンクスの問題点を指摘しようと思ったが、二人が魔法学園に通うことを想像したくなくて別のことを話した。
「しばらくの間、王都にとどまっておくのはどうですか?」
「それは駄目だな。王都は空気が汚い」
あくまでもモンス領と比べて、という程度で、王都の空気が産業排気ガスで黒く濁っているとかそういう程ではない。田舎の方が空気がおいしい、というやつだ。
エルトリアは空気が汚いこととシモンが王都にとどまることに反対したことの間の繋がりをいまいちわかっていないようだったが、俺も、ロンもレンも、シモンの意味したことを直ぐに理解した。
そもそも、エルトリアは体が弱く、その療養の為に今はなき白い花畑に通っていたのだ。
俺が繋がりに気付くよりも早く察していたロンとレンは、長くエルトリアと過ごしていてそのことを十分に承知していたのだろう。
「魔法学園内の空気はきれいだが、王都は駄目だ」
シモンが繰り返し念を押して、エルトリアはようやく気付いたようだった。そしてくすくす笑うと、微笑みながら隣に座るシモンの手に自分の手を重ねた。
「私、もう体は大丈夫よ」
何気ない動作に、彼らが過ごした一年が表れていたように思う。
ロンがナオミとの間の関係をはっきりさせたように、俺もエルトリアとの関係を言葉で明確に振られた方が良いのではないか。
いつか話題として恋愛のことが晒されるであろうロンのことを気の毒に思いながら、そんなことを考えた。
王都に着いた後、シモンとエルトリアとはそこで別れ、俺とロン、レンは真っ直ぐ魔法学園へと向かった。
彼らはどこに行くのだろうと思えば、公爵家ともなれば、王都に邸宅を構えているのが普通なのだとか。領地を代官に任せて自分は王都で豪遊する、という貴族スタイルの産物であることが通常ではあるようだが、現モンス公爵であるシモンの父、ウァカティヌス・デューク・モンス・ロマは王城で勤めている為に、王都に住んでいるそうだ。しかし、彼の兄弟親戚たちの金遣いが荒く、ロマ家は傾いていたのだとか。
親族のせいで痛い目を見るとは。きっとモンス伯爵はお人好しなのだろう。それとも、その人柄ゆえに政治的発言力が強いのだろうか。
そんなことを思いながら、馬車の窓の外をぼんやりと眺めていると、流れていく風景の一角に、物珍しいものがあった。
金髪に紫の瞳。ジブリールを連想させる少女が、魔法学園へと続く道を徒歩で進んでいた。
この世界、金髪というのは珍しい色ではない。問題は瞳の色だ。瞳の色は血統を色濃く反映させるものらしい。現に、旦那様、ロン、レン、エルトリア、加えて俺は、皆同じ海の青の瞳である。
その中で、紫色という色が意味するところは、あの少女が高貴な存在である、ということだ。
しかし、そんなことあり得るだろうか。どうして徒歩で魔法学園を目指しているのだろうか。
紫の瞳を持つものは、王家に連なる者なのだ。




