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六十三 学生、育ての母と話す

 翌朝、昨夜何事も無かったかのような態度で働くマリアを視界の端に捉えながら、祝福と共に解け消えぬ疑問を胸の内に抱いていた。

 マリアが召喚魔法の使い手ということを考慮すれば、動物を使って手紙のやり取りをすることなど容易だろう。バルの話によれば、ハトを使えば一晩もあればマリアの故郷とイタロスの屋敷を繋ぐことが出来ると言っていた。つまり、手紙のやり取りはそれほど難しくない、ということだ。

 しかし、十五年前。丁度、俺が生まれ、マリアの故郷にやって来た時だ。その当時、俺はもちろん赤ん坊であったので、基本的にマリアは俺に付きっ切りであったはずだ。一体どこで出会い、どういう流れでプロポーズに至ったというのか。

 自分の記憶を必死に辿り、ようやく一つだけ思い出したことがあった。俺がマリアの故郷について間もない頃、彼女の両親が言っていたことだ。その中身は「直ぐにバツイチでも構わない男を見繕う」というものであったと思う。

 俺はてっきりこれから候補を探すものだとばかり思っていたが、実際には既に候補が上がっていたのではなかろうか。そう考えると、十五年前、という時間との整合性を取ることが出来るのだ。

 だがもしもこの仮定が正しいとすると、マリアとあの男はもっと昔から出会っていたことになり、言うなれば、幼馴染、という間柄が最も考えられるのだ。

 そうすると、明確に待ったのは十五年なのかもしれないが、少なくとも男の方がマリアとの結婚を考え出したのは、もっと前ではなかろうか。少なくとも十五歳での成人の段階で結婚しようとするものも多いのだから、その時点でマリア以外の人間と結婚していなかったということは、十五年よりももっと前から男は結婚を望んでいた、と考えるのが妥当だろう。恐らく二十年、あるいは、もっと長く。

 途方もない時間だと思った。男に対する純粋な称賛の気持ちが湧き上がった。

 ふとあることに思い至った俺は、マリアの許を訪ねた。

「何か御用でしょうか?」

「これを返そうと思って」

 俺はマリアの前に、彼女からもらった黄金の笛を差し出した。

「実は昨日、マリアが人と会っているのを見てしまったんだ。・・・・・・ついでに、話も聞いてしまった。この笛はマリアが居ないと使えないから、俺が持っている意味はないと思って」

 最初は驚いた様子を見せたものの、やがて平時の表情を取り戻した彼女は、笛を受け取らずに俺の手ごと俺の方に突き返した。

「これは貴方に送ったものですよ、坊ちゃん」

「でも、きっと新たに子供が生まれるだろう。なら、この笛はその子に」

「貴方も、私の大切な子供なんですよ」

 そう言って、マリアは俺を抱き寄せた。

「貴方は幼い頃から聡い子供で、もしかしたら、色々なことに気付いていたのかもしれません。私自身が、自分の役目はもう終わっていると思っていることも」

 きっと彼女は、俺がイタロス家の実子であることと、俺がこの家の子供に戻ったことを言っているのだろう。

「ですが、それで私と貴方が家族であることに変わりはないのですよ。この笛はその印として、大切に持っていてくれませんか?」

「・・・・・・わかった」

 いつかは、別れが来ると思った。でも、不思議な気分だ。嫌な別れじゃないから。マリアにとっても、恐らく俺にとっても、この別れは、新しい旅立ちなのだ。

 堪らず、俺はマリアに抱き着いた。

中身はとうにおじさんだし、見た目も既に十五歳。この世界だと立派な大人だし、前世の価値観でも、大人の世界に片足を突っ込んだ年齢だろう。

それでも俺は、自分の育ての親に抱き着きたくなった。甘えたくなった。

別れを惜しむのではなく、ありがとうと、伝えたかったから。

「・・・・・・言っておきますけど、勝手に人の会話を盗み聞きしていたことについてはこれから説教をさせていただきますからね」

 しばらく俺達は抱きしめあった後、マリアが空気を変えるようにそう告げた。

 こいつは長い説教になりそうだ。



 その日の午後、俺はジブリールに乗って空を飛んだ。

 イタロス家の別荘の上空を過ぎた辺りを確認すると、かつて白い花畑となっていた場所には草が生い茂り、別荘の建物は跡形もなくなっていた。

 マリアの故郷は、相変わらずだった。町並みも、そこで暮らす人々も、見覚えあるものばかりであった。

 そのまま町を過ぎ去り、海の上を飛行した。

 エルトリアとも思い出が蘇った。懐かしいと思えた。遠くにあるわけではない。でも、今にあるわけでもないのだ。

 こうやっていろんな区切りをつけて、一歩一歩進んでいくのだろうか。

 前世でも似たようなことを考えていたはずなのに、区切ったつもりになって、色んなものを引きずったまま生きていた。でも、もしかしたら、それはこの世界でも変わらないのかもしれない。

 しかし、それでもいいと思えた。引きずって生きていこうと思えた。

 それぐらいに今は、体が軽いと思えたのだ。



 イタロスの屋敷に戻った後、俺はエルトリアの部屋を訪ねた。部屋の中は彼女一人で、シモンの部屋は別の部屋が割り当てられていた。元から彼女一人の部屋であったということもあり、二人では狭いのだ。

 俺は彼女に部屋の中に入れてもらった後、何から切り出そうかと色々と迷っていたが、昨日の夜の出来事を思い出し、そのまま伝えようと思った。

「エルトリア」

「うん」

「俺は今も、君のことが好きみたいだ」

「うん」

「それを、言いたくなっただけ」

 なんか、かつてこんな感じの歌詞の歌を聞いたことがある様な気がする。愛している、と言う為だけに電話する、という歌詞であったろうか。

 今なら、その気持ちが少しわかる気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここ最近から拝見させていただきましたが、総合的に見てとても面白いです。 [一言] O-ZONEの恋のマイアヒを思い出した。懐かしい。
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